第134話 追憶の巡礼
レイラとアスターシャ、一緒に店を出る。
何人かの視線を感じたが、声はかけられなかった。さっきのピンクのコートの女は、コートを脱いで、ダンスフロアで踊っていた。もうレイラのことは、気にも留めてない。
階段を上り、裏路地へ出る。誰も追いかけてはこない。ひんやりした空気。
レイラは、ほっと息をつく。
「これで、よかった?」
アスターシャ、面紗を持ち上げる。
「うん。ありがとう」
やや、体を震わせている。
表通りまで歩き、エアカータクシーを呼んだ。
◇
車内で。
「レイラ、本当に、本当に、今日は、ミルだったね」
アスターシャが、瞳をキラキラさせて肩を寄せてくる。
「そうかな」
と、レイラ。
ただ、ミルの格好をして、ミルの好きなお酒を飲んだだけ。やった事は、それだけなんだけど。そもそも。
「あの、何度も言ってるけど、あなたがミルと、ここに一緒に来たときのミルの顔とは、今の私の顔、違うんだよね。そういうの、気にならないの?」
追憶を上書きしたいのか? いまいちレイラには、わからないが、
「ミルは、顔を変えることを選んだ。私は、それを受け入れる」
アスターシャは、しっかりとした声で。
「だから今日、あなたの姿が胸に刻めて、よかった。本当に。ミルが新しく蘇った、そう思えるの」
複雑な境遇の少女の感傷。そういうものなのだ、と思うしかない。
「でも、びっくりしたね。ミルと同じ服を着てただけで、昔の知り合いに間違われちゃうんだもの。昔っていっても、半年前だけど」
レイラは、酔って絡んできた女のことを思い出す。
「ミルは、ここで特別だったの」
と、アスターシャ。
「みんなの注目を集めていた。誰よりも。みんな、ミルに憧れてた」
◇
「ねえ、レイラ」
「なに?」
エアカーの車内。そろそろ、裏街を出る。
「もうちょっと、行きたいところがあるの」
アスターシャの紫の瞳が、レイラを見つめている。
「これから?」
「ううん」
アスターシャは、首を振った。
「今日じゃなくて。またしっかりと準備して、行きたいの。昔、ミルに連れて行って貰った所、あと三つあるの。そこにレイラと行きたい。今日みたいに」
「三つ? あと、3カ所回りたいってこと? 裏街を?」
「そう。1つ1つの場所が、本当に大事な、思い出の場所なの。そこさえあなたと一緒に回れれば、もう、それでいい。それで終りにする。ね、お願い」
レイラは、考えた。
追憶の聖地巡礼?
聖地、と呼ぶには。なにしろ裏街だ。あまり適切じゃないけど。
姉と一緒に行った想い出の場所。そこを全部回りたい。少女の純粋な願いと言えば、そうだけど。
今日のことを考えてみる。問題あるかな。ミルの知り合い。大丈夫だ。何があっても、大した事にはならない。なるわけない。気をつけて行動すれば、それでいい。
「うん。わかった」
レイラは、言った。
「あと、三か所、ミルになりきって行けばいいのね? いいよ。それ、1日で回るの?」
「うれしい!」
アスターシャ、レイラの手をぎゅっと握る。まるで、本物の姉に再会したかのように、力強く。
「あの、1日に、1つの場所に行く、そうしたいんだけど」
「じゃあ、全部回るのに、あと三日必要ってことね」
レイラ、自分の携帯端末で、予定を調べる。
「ええと、予定開いてる日は、こことここ、1週間で、あと3回お出かけできるね」
「うん! 夢みたい! 本当にワクワクする!」
紫の瞳をキラキラとさせたアスターシャ。
いつまでも、レイラの手を握っていた。




