第133話 酔った女
レイラは、振り向く。
派手なピンクのコートの女。強い香水の匂い。トロンとした目。すでに、だいぶ酔っているらしい。レイラと同世代に見える。やや荒れた肌が、コートの下に覗く。
「あら」
女は、言った。
「なんだ、ミルかと、思った。ミルが帰ってきた、そう思った。後ろ姿、そっくりなんだもん」
ジロジロと、レイラを見て、
「あんた、その格好、どうしたの?」
と、訊いてくる。
「どうって」
レイラは、慎重に、答える。
「ただ、こうしたいだけ。それだけよ」
「嘘」
女のトロンとした目が、心持ち鋭くなる。
「わざとそんな格好しちゃって。どこで覚えたの? ひょっとして、ミルから売ってもらったの? その一式」
「その人は」
バーテンダーが、口を挟んできた。
「ミルの好みの酒も、知っているんだよ」
「へえ」
ピンクのコートの女、まじまじと、レイラを見つめる。
「あんた、見ない顔だね。ひょっとして、どこかでミルと会ったの? ミルを知ってるんだよね。ミルは今、どこにいるの? ねえ、教えてよ」
「知らない」
レイラは、言った。ミルの知り合い。当然、この店に来るはずだ。でも、顔だけじゃなくて、ミルの服装まで、覚えているの?
「ほら」
女は、携帯端末を取り出し、レイラに画像を見せる。疑問は解けた。女と、顔の手術前のミル、つまりアスターシャの顔のミルが、並んで写っている。そしてミルの服装は、まさに今のレイラの格好だった。
あっ、と驚くレイラ。アスターシャは、裏街でのミルの服装を、正確に再現したんだ。
「ね」
女が、顔を寄せてくる。香水の匂いに混じって、酒の匂い。
「これで、ミルを知らないって、ありえないでしょ?」
いかにも。ミルを演じてと言われて、こうしてるんだけど。顔は別人だから、ミルの知人に会ってもトラブルにはならないと、すっかり思い込んでいた。レイラは、チラッとアスターシャを見る。黒い面紗の少女は、身じろぎもしない。
少々厄介なことになった。
でも。
酔った女が、ちょっと絡んできただけだ。たいした事じゃない。
「知らない」
きっぱりと、言った。
「私はただ、自分のしたい格好して、したいことをしているだけ」
カウンターの方を向く。これ以上、酔った女は、相手にしない。バーテンダーも、興味津々といった様子だったが、無視する。
「そう」
後ろから、女の声。
「ミルを知らない、そう言うのね。まあ、いいわ。そういうことに、しとく。でも、もうじきスキッドも出てくるしね。ミルもこの街に戻ってきたら、またこの店も賑やかになるね」
スキッド?
誰だ?
ミルの関係者か。
出てくる、といった。その言葉は。こういう場所では、刑務所からの出所を意味する。そうではないか?
「あんた」
後ろからの女の声。やや、凄みを増す。
「ミルとどういう関係か知らないけど、ここのこと、よく知らないなら、変なことしないようにと言っておくわ。特に、スキッドの前でミルの真似なんてね。これ、親切で忠告してるのよ」
フラフラと、離れていく、足音。酔った女。言いたいことを言って、離れていく。
よし。とりあえず、なんともなかった。
ミルの真似。こんなに気づかれちゃうものなんだ。確かに派手な服装だけど。
スキッドという言葉が引っ掛かった。半年前に、急に姿を消したミル。いろいろと、いざこざ出入りがあったのだろう。
ともあれ。
ゆっくりと。
レイラは、グラスを干す。
そして、立ち上がる。
反対の隅のアスターシャも、すっと立ち上がった。




