第132話 帰ってきたミル
「ブラッディチルを」
レイラは、頬杖をつきながら、頼んだ。アスターシャに、そうしろと言われたのだ。
バーテンダーは、チラッとレイラを見ると、飲み物をつくった。無言である。新参者には、冷たい店なのだろうか。
真っ赤なドリンクのグラスが置かれる。
レイラは、ゆっくりと、口に含んだ。
グホ、
ムセかえりそうになった。なんだ。この酒は。トマトジュースにコークを混ぜて? そして、やたらと強い酒。
危うく噴き出すところだった。何とか飲み下したが、冷や汗が出る。
これが、ミルのお気に入りの酒か。暗黒街住人風味? 本格的にミルの真似をしてなりきれというなら、もうちょっと予習させて欲しかった。いきなり、こうこうこうしろ、と言われたのだ。ちゃんとやれてるのかしらん。うまくできなくても、責任は取れない。
チラッと、反対側の隅のアスターシャを見る。
黒いワンピース、黒い帽子に黒の面紗。表情は見えない。静かに、自分の頼んだグラスを見つめているようであり、レイラに視線を送っているようにも、見えた。
◇
刻が経つ。
客も、増えてきた。喧噪。ダンスフロアにも、ぼちぼち、人が立つ。これでもまだまだ、序の口。本格的に盛り上がるのは、日付が変わり、夜明けに差し掛かる頃だろう。
こういう店では。
レイラは、ついつい刑事の習性で、店内の観察をする。さりげなく、鋭い目線を投げかける。
違法な薬物の取引が、行われるものだ。それに、男女の一夜の出会いの商談も。
今日は、刑事として来ているわけでは無いから、何かあっても動くつもりは、ない。が、つい、気にかけてしまう。
警察が、定期的に、裏街の一斉手入れ摘発をしても。
また、一時は姿を消した暗黒街住人は帰ってきて、何事もなかったように、仕事を始める。店に灯りがつく。そして、誘蛾灯に群がるように、夜の客たちも集まってくるのである。
これは、永遠に変わらないな、レイラは思う。ここも、この星都に必要な動脈なのだ。しかし、警察の手入れも必要。まるっきり暗黒街住人を野放しにするわけにもいかない。いたちごっこと分かっていても、摘発を行う。複雑に軋み合う歯車の世界。
レイラは、ゆっくりとグラスを傾ける。やっと飲み干した。そして、2杯目を、注文する。
時間をかけて、2杯は飲んで、とアスターシャに言われたのだ。追憶の登場人物を演じる。簡単なような難しいような。
また、グラスに口をつける。もう、むせないように、本当に少しずつ。
アスターシャは。
目の前のグラスに、ほとんど口をつけていない。じっと佇んでいる。面紗が気になるのか、バーテンダーが、時々チラチラと見ているが、アスターシャは、気にしていないようだ。
今日は、ミルの格好でミルのお気に入りの店で、ミルの好きな酒を2杯飲む。それで終わり。そういう話だ。
目の前のグラス。あと半分くらい。アスターシャは、追憶に浸っているようだ。姿を消した姉を胸に刻む時間。もうちょっと、ゆっくり飲んでいこう。
レイラが、グラスを持ち上げた時、
「ミル!」
後ろから、声をかけられた。




