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双棍のトラベラー  作者: コルミ
影の放浪者
200/201

サニアとガルシア

(…っ!!! まずい! 何か…止まる方法…!)


 落下するサニアは必死に思考を巡らせていた。


(アイスウォール…! ダメ! 左右の壁に届かない! カルさんのシールドの応用みたいにウォールで…! いえ、そもそもこの落下速度でウォールにぶつかったら死んじゃう! まず落下速度を落とさないと…!)


 様々な方法を瞬時に脳内に巡らせるが良い方法が思い浮かばない。そしてその間もどんどん先の見えない地の底へ落下していく。


(私…、死んじゃうの…?)


 この状況では致命的な一瞬の思考の停止。サニアにそれが訪れ、その瞳には流れる壁面と地の底の暗闇が映る。


(カルさん…、アイーシャさん…、ごめんなさい…。少し油断したばっかりに…)


 カルドラから貰ったブレスレットを触り、死を悟り、目を閉じた。

 そして大好きだったおばあちゃんの顔を追い浮かべた。


(おばあちゃん…)


 次の瞬間。


ふわ…


 サニアの身体が何かに包まれる。そして…。


ガガガガガガガガガァァァァ!


 左右から何かが削れる音が激しく響き、同時にサニアの落下速度落ちていく。

 数秒でサニアの落下は完全に停止した。


「………ぇ…?」


 ゆっくりと目を開いたサニアの目に映ったのは、サニアを支える"黒い何か"と、それから左右の壁に向かって何本も伸びる"黒い手のような何か"だった。

 そしてその"手"は器用に壁面を掴み、ぐいぐいとサニアを支える"黒い何か"を持ち上げていく。


「…いったい何が……」


 サニアが身体を起こすと、支えてくれていた何かがスルッと離れ、足元の"黒い板"に溶けていった。

 その"黒い板"にはガルシアも乗っていて、"黒い何か"を操作しているようだった。


びゅおおおおおおおお

「っ!!!」


 少し冷静さを取り戻したサニアが感じたのは激しい横風だった。咄嗟に腕で顔を覆うと、黒い板から壁のような物が伸びて来てサニアを風から守ってくれた。




「サニア!!! 今行く!!!」

「ちょちょちょダメですカルさん!!! 自分で"落ちたらやばい"って言ったの忘れたんですか!?」

「ピー!!!」


 地上ではサニアが落ちた地割れにカルドラが飛び込もうとしていた。アイーシャが腕を掴み、ソラが額を押して制止する。


「そんなこと考えてる場合か!!! 早く助けに行かないと!!!」

「カルさん!!!」

ぎゅううう


 アイーシャがカルドラにしがみ付き無理やり止めに掛かる。


「カルさんまで落ちて…いなくなっちゃったら私はどうすればいいんですか…? 置いていかないでください…」

「アイーシャ……、で、でも……」


 アイーシャの必死の説得に冷静さを取り戻すも、しかしサニアを助けなければという焦りは消えはしない。

 必死に方法を考える。その時、地割れの中から音が響いてきた。


ガガガガガガガガガァァァァ………


 その音を聞き、カルドラとアイーシャは顔を見合わせる。

 そして慎重に地割れを覗き込み、呼び掛けた。


「サニアー!!! 無事かー!!!?」

「サニアさーーーん!!!」




「大丈夫でーす!!! そこで待っててくださーい!!!」


 上から聞こえてきた声に返事を返すサニア。

 そして横のガルシアにお礼をする。


「ありがとうございます、ガルシアさん。助かりました」

「……あぁ」


 一言返って来た。

 ガルシアの表情を窺ってみると無表情。さっき地上で話した時もそうだったが、ガルシアはあまり感情を外に出さないようだ。

 そんなガルシアはそっとしておき、改めて周囲を観察してみる。

 足元には黒い板、そこから何本も黒い手が伸び、壁を掴んで器用に上へ登っている。黒い板からは風除けの壁まで生えている。


「この黒いのは何ですか?」


 疑問に思ったことを聞いてみる。


「…影だ。操作できる」


 簡潔に返って来た。


「おもしろい魔法ですね。いろいろ応用が利きそうです」

「……まぁね」


 感想を言ってみるも、返って来るのはやはり簡単な答え。

 サニアは少し首を傾げる。


「ガルシアさんは冒険者なんですか? おじさんは受付に来るのが珍しいみたいなこと言ってましたけど…」

「……違うと思う」

「…?」


 サニアが何とか会話をしようと質問をすると不思議な答えが返って来た。


「ではガルシアさんは自分を何だと思ってるんですか?」

「……放浪者…かな」

「放浪者?」

「……ごめん、忘れてくれ」

「…」


 また会話を切られてしまった。

 どうもこのガルシアという男、人と距離を取ろうとするところがある。

 サニアとしては普段ならこのような振る舞いの人には無理に関わることはしないのだが、今はこの男と2人切りである。しかも地上はまだまだ遥か上だ。このまま無言で過ごすのは居心地が悪い。


「ガルシアさんの魔法は何の系統なんですか? どの属性にも見えませんけど、無属性でも無さそうですし」

「……強いて言えば…、闇属性…かな」

「闇…ですか?」

「……」


 返事が返ってこない。手ごわい男だ。


「昨日ギルドでアブソーブという魔法を使ってるのを見たんですけど、あれはどういう魔法なんですか?」

「……邪気を吸うのに使ってる」

「…? 妙な言い回しですね。別の使い方があるんですか?」

「……」


 また黙り込んでしまった。さすがのサニアも疲れてきた。


「せめて質問には答えて貰えると助かるのですが…。私と話してても面白くありませんか?」


 すると足元の黒い板がグラッと揺れた。


「きゃっ」

「…! ごめん、制御がブレた。集中する」

「いえ、大丈夫です…。………もしかして、この魔法の制御、すごく繊細なんですか…? ごめんなさい…、少し黙ってますね…」


 申し訳なさそうにするサニアにガルシアがフォローを入れる。


「いや、君さえ良ければ話してくれた方が助かる。確かに制御は難しいけど、自分1人では"覚悟が保てない"。人の命を預かってるって自分に言い聞かせないと…俺は…諦めてしまう…」

「…なんだか、複雑な事情がありそうですね…」


 サニアが神妙な表情をすると、今度はガルシアから話し始めた。


「気分を害したことは謝るよ。俺は…返事を考えすぎるんだ。言葉は頭の中にあるのに、口に出そうとするとブレーキが掛かる。直らなくてね」

「…そうなんですね。ガルシアさんのこと何も知らないのに私ったらズケズケと…、本当にごめんなさい」

「謝らないでくれ。喋らない俺が100%悪い。知らないことを配慮するのは不可能だよ」


 喋り出したかと思えばするすると言葉が出てくるガルシア。言葉は頭にあるというのは本当のようだ。


「答えられなかった質問に答えるよ。まず放浪者ってやつ。俺は冒険はしない。でも他の職に就いているわけでもない。金が無くなったらギルドで稼いで食い繋ぎ、無くなったらまた稼ぐ。そんな…その日暮らしの生活をしてるんだ。これで『俺は冒険者です』なんて言ったら本職に怒られてしまう」

「……」

「次は魔法の属性について。3年前、あることがきっかけで邪気を吸ったり影を操ったりできるようになった。他にも何種類かあるけど、全部既存の魔法体系からは外れてる。そして、その全てが静寂を背景に発現してる気がするんだ…。だから、夜の静寂に(なぞら)えて闇ってことにしてる。…恥ずかしいからこれは誰にも言わないでくれ」

「…ふふ、わかりました」


 闇の理由を聞き、かわいい所もあるものだと感心するサニア。

 しかし本当にどんどん言葉が出てくる。もしかしてこの言葉全てを話すべきか黙っておくべきかのフィルターに掛けていたのだろうか。返事が遅れるのも納得である。


「次にアブソーブについて。…この魔法の本来の使い方は"生命力の吸収"なんだ。だから…、言うか迷った」

「生命力の吸収…。確かに…、それは言い難いですね…。ギルドに知られれば間違いなく監視対象になる…。納得しました」


 このアブソーブという魔法は確実に禁術の類だ。彼はそれの本来の能力を隠し、邪気を吸うという形でギルドに貢献してきたらしい。


「そして最後なんだけど…。…君と話しててつまらないなんて男はいないと思う。だからその…、安心して話して欲しい」


 それを聞きポカンとするサニア。そして…。


「ふふふ…、あはははは! なんですかそれ! 真面目な話の最後に持ってくるのが"それ"なんですか? あーおかしい!」


 最後に出た言葉のあまりの温度差に笑いがこみ上げるサニア。

 ガルシアは少し赤くなり顔を逸らしている。


「笑わないでくれ…。俺としては女性の気分を害してしまったというのは大問題なんだ…」


 顔を逸らすガルシアの横で、サニアはしばらく笑いが止まらなかった。

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