登山開始
宿に入ったカルドラたちは一旦カルドラの部屋に集まり、グランドルへの対策を話し合うことにした。
「おっさん曰くガルシアは明日出発するらしいからこうしておれたちものんびり休めるわけだが…、でっかいヒヒの群れか…。どう立ち回る?」
床に座ってソラを撫で回しながらカルドラが尋ねる。
「とりあえず狩猟対象はボスだけですので群れの個体はなるべく傷つけないようにしたいですね。必要以上に攻撃しちゃうと今後人族ってだけで襲われるようになっちゃうかも」
椅子に座るサニアが先の懸念を話し、ベッドに座るアイーシャが頷く。
「そうですね。今回のガルシアさんみたいに薬草採取のために縄張りの近くに行く人もいるでしょうから、敵対行動は極力少なくした方が良さそうです」
「でも群れで襲い掛かられたらさすがに攻撃無しで凌ぐのは難しいぞ?」
カルドラの指摘を聞き、「ふむ…」と人差し指を唇に当ててサニアが考える。
「一撃必中で仕留めましょう。私がレーザで打ち抜きます。ボスが倒れれば群れは逃げるはずです」
「なるほど、確かにサニアのレーザは初見での対処は難しいな。じゃあもし初撃に失敗した時はどうする?」
「その時はグランドルの反応速度によって対応を変えるのが良いかと。レーザに対して明らかにギリギリで対処している様ならば、マルチソーサリーでの連射で確実に仕留めます。回避に余裕が見えた場合は…、その時は仕方ありません、群れとの全面戦争です。カルさんにボスと戦って頂いて、私とアイーシャさんががんばって群れを牽制します」
冷静な雰囲気でだいぶ過激なことを話すサニア。
(まぁ確かに、でかいヒヒの群れを相手に温いことは言ってられないか)
カルドラは頷き、まとめに入る。
「うん、その流れでやってみよう。まずサニアがレーザで攻撃。その後もレーザだけで終われば万々歳。レーザがダメな時は群れと全面戦争。これで良いな?」
「「はい」」
アイーシャとサニアが頷き、作戦会議は終了だ。
「よし、じゃあ今日はもうゆっくり休もう。これで解散だな」
「そうですね、私も部屋に戻ります」
「カルさんサニアさん! おやすみなさい!」
3人で「おやすみ」と挨拶を交わし、それぞれの部屋へ入って行く。
しかしその直後…。
コンコン
「サニアさん…、ちょっといいですか…」
アイーシャがサニアの部屋をノックした。
「アイーシャさん?」
すぐに扉を開けると、アイーシャがすぃーっと部屋に入ってきた。
「どうしたんですか? 何か話し忘れました?」
扉を閉めながら尋ねると、アイーシャはキリッとした表情で話し出した。
「サニアさん! 久しぶりに"例の鍛錬"をしたいです! 今からなら朝に目が覚めるはずです!」
「あぁ…、リィナさんのいた町でも、峡谷の町でもできませんでしたからね…」
例の鍛錬とは魔力量を増やすための命懸けの鍛錬だ。最後にやったのは鉱山の町での滞在最終日。そこからここまで何かと用事が重なって出来なかったのだ。
というのもこの鍛錬を行った後は深い眠りに落ち、しばらく目を覚まさないため、次の日の朝に予定が入っている日は行うことが出来ないのだ。
しかし今日はかなり早めに宿に入っているため急げば用事に間に合うかもしれない。チャンスだった。
「確かに、今までアイーシャさんの回復時間から推測すると今やっちゃえば朝には目が覚めますね。でも、それでも少し寝坊することになりますよ? カルさんへの言い訳は考えてあります?」
「言い訳はその時考えます! 最悪サニアさんに叩き起こして貰います!」
「えぇ……」
あまりに無計画な考えにサニアが困った顔をすると、アイーシャは少し俯きながら続けた。
「私は…、前の町で初めてカルさんの覚悟の深さを理解しました…。私…! カルさんの覚悟に応えたいんです! サニアさん、お願いします!」
アイーシャの胸元に光るカルドラからプレゼントされたルミナリウムのペンダント。それをぎゅっと握りしめ、アイーシャはサニアに懇願した。
その言葉と姿に、サニアは「ふぅ…」とため息を吐いた。
「わかりました。じゃあすぐに始めましょう。アイーシャさんの部屋に移動しますよ」
「!!! ありがとうございます!」
そして2人はアイーシャの部屋へ移動。高圧高速の魔力循環で魔力核と魔力路を強引に鍛える"例の鍛錬"を行い、アイーシャは深い眠りへ落ちていった。
次の日の朝。アイーシャは何とかギリギリ寝坊することなく準備を完了し、3人でグランドルの縄張りである山の中腹を目指し登山をしていた。
「いやー景色がきれいですねー! あ! 2人とも見てください! 山頂に何か飛んでますよ!? 何でしょうか!」
昨日命懸けの鍛錬をし、魔力を限界まで消費してからの昏睡を経て起床したアイーシャ。そんなことを微塵も感じさせない元気な姿を見せつける。
アイーシャの相変わらずの異常な回復力にサニアはため息を吐く。
(はぁ…、アイーシャさんに対してこの何とも言えない感情を抱くのは何回目でしょうか…)
アイーシャの常識外れの行動に対しては深く考えてはいけないと頭では理解していても、やはり常識を破壊された心は虚無のような嘆きのような感情を送ってくる。
とりあえず楽しそうなアイーシャを見るのは好きなので、その姿で精神の安定を図る。
「あーほんとだ。何だろうな?」
「結構大きそうですよ!?」
カルドラとアイーシャは山頂付近で飛んでいる何かに釘付けになっているようだ。サニアも"それ"を見てみる。
遠くに小さく見えるそれは4枚の翼で風を受け、クルクルと円を描くように飛んでいた。
「………、シルフィードですね。飛んでるのは3頭ですか…、あの感じだとまだまだ居そうですね…」
「へー、あれがシルフィードか。普通に飛んでるんだな」
「こうやって普段から見れるなんて、身近な精霊なんですね~」
感嘆の声を漏らすアイーシャ。
アイーシャの言う通り、シルフィードは山頂を見れば普通に飛んでいる姿を見れる身近なエレメンタルだ。森のドライアドは知らない人族の前には姿を現さないし、ウンディーネは普段水脈の通る地下にいる。他の地域でも、サラマンダーは火山地帯でしか見れないし、他の数種のエレメンタルも滅多なことでは姿を現さない。いつでも見れるシルフィードはだいぶ特殊な立ち位置だった。
「しかしグランドルは一向に出てきませんね。そろそろ縄張りに入ってるはずですけど…」
「そうだなぁ。やっぱりソラを連れてきたのはまずかったんじゃないか?」
「ピー!ピピー!」
「あーそんなこと言うからソラちゃん怒ってますよ?」
実は今回、生き物捜索が絡む依頼だったのでいつものようにソラを町へ置いて行こうとしたのだが、ソラがどうしてもついて行きたそうにしていたので一緒に連れてきているのだ。
ハピの件もあるので圧は大丈夫なのか確認してみたところ、「ピ!」と自信満々に返事をしたので信じてカルドラの頭に乗せている。
「ふふふ、たぶん大丈夫だと思いますよ? ずっと周りを確認してますけど、今日はなんと小鳥が近くにいるんですよ! ソラちゃんがいる時に小鳥を見るのは今日が初めてです!」
「え!? まじで!?」
サニアの言葉を聞きカルドラもすぐに周囲を見渡してみる。すると背の低い木の茂みがガサガサと動き、中からピピピッと小鳥の囀る声が聞こえてくる。そしてガサッガサッと茂みを出たり入ったり、小鳥たちは可愛らしいダンスを披露してくれていた。
「おー! ほんとだ! ソラ、疑ってごめんな?」
「ピ~」
カルドラに謝罪されたソラは満足そうに頷いた。




