15.魔族
15.魔族
「まてっ……全員バス内に退避!急げっ!」
暫く調子よく火矢を放っていたら、突然慌てた様子で退避命令……ダッシュで全員が装甲バスへと戻って行く……
「一体……どうしたのですか?」
「ああ……恐らく魔族だ……向こうには魔族がいる……。」
装甲バスに戻り事務長に尋ねたら、苦虫をかみつぶしたような顔で事務長が俯き気味に答えた。
「えっ?……ま……魔族?」
急いで側面のスリット窓から覗くと……こちらから撃っているボウガンの矢を余裕で手で払い除けながら、3つの影がゆっくりと巨大盾の陣の上へと上昇している所だった。半袖Tシャツに短パン姿の腰からは……確かに太くて長い尻尾が……更に一人は体と同等程度の長さの巨大な羽を有していた……。
「へええっ……?まま魔族?もしかすると……19年ほど前にタッタルンへ運ばれた奴隷のうち、魔族だけはバンターレ商会に買われたのでしょうかね?魔族の攻撃力は暗殺軍団に、うってつけでしょうからね。」
「恐らくそうなのだろうな……だから匿われていた奴隷のうち、魔族だけが見つからなかったという訳だ。
そうして絶対服従の禁呪を用いて……操っているのだろうな。魔族を愛玩用に飼うだけではなく、今度は兵器として……戦う道具とするとは……とんでもない奴らと言えるな。
だが……折角五分以上に戦えていたのが……これで完全に劣勢だ。さて……どうしたものか……装甲バスの装甲をもってすれば逃げ出すことは可能とも考えるが、教会のシスターや養護院の子供らをそのままにはできないしな……参ったな。」
事務長が頭を抱えて蹲ってしまった……。
「きゃあっ!」
その時、ボウガンを構えてスリット窓から外の様子を除いている女工が悲鳴を上げた。
「どうしました?」
「ほっ……炎が……敵が巨大な火炎攻撃を始めたようです。あまりの勢いで一部結界を突き破って炎が……」
急いでスリット窓を上げて外を見ると……真っ赤と言うよりも黄色い……装甲バスの外側全体が炎に包まれていた。炎で揺らぎながらも……十mほどの高さに3人の人影が見える……恐らく魔族……魔族がこちらを見下ろしながら念じている様子……。
「うわっぷ……」
スリット窓を開けている右手指があまりの高温で耐えられなくなって手を離す……自動的に窓が閉まり視界が閉ざされた。
「全員中央通路に移動!魔法結界の詠唱を続け、何とか耐えるんだ!」
流石魔族……十人の魔導士の詠唱による結界をものともせずに、紅蓮の炎で装甲バスを包み込んでいるようだ……取り敢えず内装には断熱用石膏ボードを貼り付けてあるし、すぐにどうという事はないのだが……。
「他の二人はともかく、羽のある魔族は恐らく飛行術ではなく、自由に飛べるのではないでしょうか?そうだとすると、数十mの結界なんか飛び越えて、裏の教会や養護院を直接攻撃しかねませんよ。そうなる前に何とかしないと……。」
「ううむ……確かに……だがどうすればいいのか方法が……。」
事務長が小さく何度も首を横に振りながら思案にふける……ううむ……魔族まで投入されてしまっては、手が出ない……
「あれ?ちょっと周りが静かになったと思いませんか?」
「うん?気のせいではないのか?いや……確かに先ほどまでごうごうと燃え盛る炎の音に包みこまれていたのだが、その音が治まってきているような……」
「気のせいなのか慣れたのか……知りませんが、さっきまでの灼熱地獄がさほどでもなくなってきて……。」
音もそうだが、サウナにでも入っているのかとも思えた、先ほどまでの高温が治まってきているようだ。
焦ってスリット窓から外の様子を伺ってみると……
「百mほど先の魔族はそのまま……あれ?上の方を見ているな……上は……遥か上方から二つの影が下りてきている様子です……あれは……ああっ……恐らくギレージュとダッフンバルト2世……援軍です、援軍がようやく到着しました!」
地上十mほどの高さに浮いている3人の視線の先を見ると、高空からゆっくりと降下してきている2つの影……その姿には見覚えがあった……仲間の飛来に……敵方魔族も攻撃の手を止めた様子だ。
「3人の魔族も上昇し始めた模様……同じ魔族同士で……戦いませんよね?」
外の様子を実況しているのだが……このままでは魔族同士の同士討ちになってしまいそうで怖い。
そうこうするうちに……5つの影が至近距離で……しかし魔法や打撃による攻撃は発生しなかった。
「あれ?」
「どうした?」
「いや……ちょ……ちょっと待ってください……」
5つの影が下方を見つめる中……恐らく炎なんかよりはるかに高温の……真っ白い光の弾が何発も何発も連続して、敵方の陣地である百mほど先に向けて発せられた。
少し間を置いて……爆発の轟音と共にすさまじいまでの熱風が装甲バスに襲い掛かって来た。
「どうした?」
「どうしたも何も……恐らく全滅ですよ……火薬にも引火して……全て燃え尽きて……死体も何も……全て灰と化したのではないでしょうかね……多分……俺なりの解釈ですけど……捕らわれていた魔族らとダッフンバルト2世らが再会して、魔族の3人は攻撃を取りやめた。
だけど……それでは敵側の人間らが黙ってはいない……絶対服従の呪詛を用いて同士討ちをさせたり、あるいは死の制裁の呪文を唱えるかもしれない……対象の指示者がどこにいるか分からないから一気に……全員を始末してしまおうと……確かに絶対服従の呪詛を使われては、こちらにも被害が出た可能性もありますからね。
でも……もう少し何か方法がなかったのか……はあ……」
ううむ……敵方が何人いたのか分からないが……盾の数だけ数えても数十人はいたはずだ。それらが一瞬にして……ううむ……
「まあ仕方がないだろう……こちらには後方に養護院とか守るべき対象もあったしな……やむを得なかったとあたしは解釈するぞ。表に出ても大丈夫か?」
「はい……すぐに鎮火させたようで、もう火も消えているので……問題ないでしょう。」
スリット窓から覗く外の状況を伝え、俺も装甲バスから外へ出てみようとする。
既に太陽は天頂から傾き初めていた……ああもう昼すぎなのだ……朝からの戦闘が……結構時間経過していたんだ……弓矢攻撃とか火矢攻撃とか……そこそこ時間稼ぎはできていたんだな……。
ゆっくりと5つの影が、慎重に様子を伺いながら降りてくる……それに続いて大きな飛行船も……次々とグラウンドのような空き地に降りて来た。
「まさか仲間が未だに捕らわれていて……しかも戦闘に利用されていたとは……ここに来て初めて知り驚きました。すぐに投降するよう説得できましたが……絶対服従の呪詛は効果時間は短いのですが、効果が発動している限り、声さえ届けば数十m離れていても命令できるし呪殺も可能です。
その為……余裕を与えずに一気に殺してしまうしか方法はありませんでした……敵方とはいえ、我らの仲間を救うために多くの人間を犠牲にしてしまいました、申し訳ありません。」
ダッフンバルト2世が真っ先に降りてきて、深々と頭を下げた。
「いえ……魔族を呪詛で操って、その魔力を思いのまま戦闘に使わせるなどと……非道の極致……同じ人間としても恥ずかしく思っております。あのまま魔族同士で戦いが始まったなら、我々のみならず養護院の子供らに被害が及ぶ可能性もあったので、あの処置はやむを得なかったと判断いたします。
こちらこそ……人間同士の争いに魔族の方々を巻き込んでしまい、申し訳ありません。」
そうして今度は事務長が深々と頭を下げた。
前国王を脅して税金を誤魔化し富をなし、更に本来許されない兌換紙幣の兌換を無理やり行い、国家の力を弱体化させた。それを咎められると、国家再生のために呼ばれていた我々使節団を始末しようと暗殺軍団を差し向ける……そのような卑劣な奴ら等……殺されても文句は言えないのかもしれない。
まあ……頭の中ではわかっているのだが……あまりいい気持ちはしない……やはり人間同士で殺し合うというのは……気持ちのいいものではない。
「それにしても……魔王国から……連絡を受けてきたのでしょうけど、良く間に合いましたね?飛行船……そんなスピード出しても壊れないものでしょうか?強力な物理障壁を張っておけば、大丈夫でしたか?」
一報を入れた……というか飛ばしたのが昨日の夕方……そこから伝令バトが如何な高速で夜通し飛んだとしても、今朝未明くらいでようやくエルムグリム王都着であろう。そこからレルムが木霊魔法を用いて魔王国へ連絡したとしても……半日かからずに魔王国からタッタルン北方到着は早すぎだ。
「いえ……折角頂いた飛行船ですから、試運転かねて魔王様も一緒にエルムグリムを訪ねる予定だったのです。
その連絡を入れた後に、急遽妖精国と獣人国も試運転かねて魔王国王都を訪ねると連絡が入ったものですから……先の国際会議の場で妖精族と獣人族の奴隷として監禁されていたものが解放されましたが、その解決に魔王国も一枚かんでいたので、そのお礼としての訪問という事でした。
どうやら忌まわしき種として忌み嫌われた存在も、正式に認められたのだと魔王様も大喜びで……。
当然魔王様は居残りで両国のお相手をすることとし、私とギレージュだけでエルムグリムをお礼がてら訪ねていたのです。王宮で勇者殿と賢者殿の緊急連絡を受けまして、兵士長殿とレルム殿と連れ立って、急いで駆けつけた次第です……たまたま偶然とはいえ……間に合ってよかった……。」
ダッフンバルト2世が笑顔で答えてくれた……成程……丁度エルムグリムへ来ていた訳か……各国間の行き来の方法として、飛行船が大活躍しているという事は、発案者の俺としてもなんだか鼻が高いな……。
「一報を受け取りすぐに夜明け前に出発し途中第2報を木霊魔法で知った後、物理結界を強化して船が壊れる限界まで風魔法で加速して飛んできたのです。本当に……間に合ってよかったですね……。」
さらにギレージュが、船が壊れそうなくらいに急いできたことを付け加えてくれた。
「まあ……まずは……戦場を片付けようではないか……。」
ダッフンバルト2世らの影に隠れていた兵士長が、声をかけて来た。ああ……いたのか……
それからは結構大変だった……
「うわっ……くさっ……。」
小学校の理科の実験で髪の毛をアルコールランプの炎で燃やした時のような……たんぱく質が燃える時鼻につくような匂い……業火で燃やし尽くした後、既に魔法効果は消滅しているのでくすぶってさえいないのだが、何とも言えない悪臭が立ち込めている中、敵陣があった場所の様子を確認することになった。
まだ生き残りがいる場合は、手当てが必要という事から……
「これは……鉄か銅の鎧……でしょうかね……燃え残って自重で倒れていますね……中身はほぼ完全に灰になってしまっているようです。あっ……こっちの兵は……火縄銃を構えたまま……銃身のみ焼け残ってますね。盾で囲った陣地付近だけで……20体ほどの死体があるようです。」
悲惨な状況に足がすくみ容易に入って行けそうもないのだが、ギレージュは平然と歩いていき左右の状況を解説していく。中身のない中空の鎧の胴の下方に僅かだけ積もって見えるのは……恐らく燃え残った人体の灰であろう……骨さえも粉々に燃え尽きて……
「こちらは……魔法兵でしょうかね……耐魔法効果を施した鎖帷子を装備していたようで……結界魔法を唱える僧兵と異なり、まだ人の形が残ってますね……これだったら誰のものか素性が分かるかも知れませんね。どうやら攻撃を察知して逃げようとした様子がうかがえます……」
続いてダフンバルト2世が指す先には……真っ黒いパペット……と言うか人型……耐魔法効果のおかげで骨まで燃え尽きずに済んだのだろうが、それでも黒焦げとなって死んでいる……3人ほどの人が折り重なっているのは、我先にと逃げだそうとした様子がうかがえる。
よく見ると……更に少し離れた場所にも黒焦げの折り重なった死体が……
「おっ……おえーっ……」
ううむ……完全な灰だけだったならまだしも……生々しい人型の焼死体迄見せつけられてしまっては……耐えられない……思わず吐き気を催して蹲ってしまった。
「大丈夫か?無理せず……離れていてもいいのだぞ。」
すぐに事務長が駆け寄って来て、背中をさすってくれた。
「ぐふっ……ぐふっ……なんまんだーぶ……なんまんだーぶ……」
思わず日本語で、しかもここしか知らないお経を唱える……考えてみれば……生々しい死体なんて……見るのは初めてだ。魔王国軍の侵攻時も、当初の攻城戦では投石器によるけが人や死者は出たであろうが、仲間の小鬼らが持ち帰っていたので、死体はなかった。
兵糧の奪取作戦辺りから敵の死者もそれなりに残っていたのだが……俺が提案して埋葬しましょうと、自ら進んで穴掘りに従事していたので、実は死体の処理は一切していない。周りの兵士らも、まだ若い俺に死体を見せないよう気遣ってくれていたのか、そう言った場面に出くわしていなかった。
戦っている最中は無我夢中で、倒した相手のその後なんて見ちゃいなかったしな……。
「これだからもう……人間と言うのは甘ちゃんですね……いいですか?あなたたちを取り囲んで、圧倒的火力で殺そうとしていたにっくき敵なんですよ!奴らの死体を見て……やってやったと喜ぶのが信条。そうでなければ、この先命のやり取りなんて、とてもやっていけませんよ!」
久しぶりに辛口の……懐かし気の口調がきけた……このところずっと毒気が抜けて、おとなしめの話し方に変わっていたというのに……
「もしかして……励ましてくれてる?」
起き上がって思わずギレージュの方へ振り返る。
「まっ……まさか……どうして私が?あなたを?」
途端にギレージュはくるっと後ろを向いてしまった……恐らく耳たぶまで真っ赤なのではないのだろうか。
「ああっ……やっぱりか……この……耐魔法効果を施した鎖帷子を着ている魔法兵……両手を合わせ指を互い違いに組んで天を仰いでいる……恐らく彼が魔族に絶対服従の呪詛を唱えていたリーダーで、奴隷兵が我らと出合って攻撃をやめたので、呪詛を使って服従させようと呪文を唱え始めたところだったはず。
危ないところだった……あと数秒遅れたなら……最大級の攻撃魔法を発せられて……私とギレージュは何とか耐えても、地上の皆さんや後方の教会などは持たなかったでしょう。恐らく結果は逆で、こちら側が灰と化していたはずです。まあ……やむを得なかった措置だとする、証拠にはなりそうですね。」
ダッフンバルト2世が、盾で組まれた陣から20mほど奥の最奥の場所で、立ったまま両手を組んで上方を仰ぎ見ている黒焦げ死体を見て解説する……
「成程……そうすると……あの死体がサーベリアンでしょうかね?」
「いえ……恐らく違うでしょう……絶対服従の呪詛は術者が死なない限り代替わりはできないと聞きました。恐らくサーベリアンの父親のサリフランではないでしょうかね?」
事務長の問いかけに、テルナティが答える。成程……先代……
「そうだとすると……サーベリアンは一体どこに?捕らえに行かないと……」
「そうですね……まずは……この陣地部分を切り取って……これくらいだったら何とか形を保ったまま運べますから、そのまま証拠として警察へ持ち込みましょう。
死体はざっと数えても百体は下らないと思います……相当な軍勢で襲って来たようですね……これが向こうの兵力のすべてだとよいのですけど……」
事務長の問いかけにすかさずダッフンバルト2世が追随……へえ……そんなことが……
どうせ子供らが使うグラウンドに人が燃えた灰などそのまま放置も出来ないので……高温で灰となった装備含めた死体を土ごと土系魔法で切り取り浮遊魔法で中空に浮かせ、土系魔法で盛り土をしてグラウンドとしての体裁を保った。
いくら悪党でも、供養はしてやらねばならない……装備の燃え残りは形見ともなるし、我々が襲われた証拠にもなるので、このままの形で持っていくと言っていた。数十人の魔導士と魔族が5人もいるので、俺はスコップを手にしたまま、見ているだけで見る見る進んでいった。
3人の保護された魔族は、一緒に飛行船でやってきたレルムが呪詛を解いてくれた。
彼らは予想通りエルムグリムからタッタルンに連れてこられ、そのままバンターレ商会に引き取られたようだ。魔族は暗殺軍団に引き入れようと、サリフランが画策していたのであろう。




