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13.テルナティ

13.テルナティ


「まあまあ……綺麗に食べ終わりましたね……足りなければまだご用意出来ますよ……。」

 交代後の結界要員が急いでかきこむかのように瞬く間に残った食材をきれいに平らげたころ、シスターがやってきて満足そうな笑みを浮かべた。


「いえいえいえ……もう十分です……ありがとうございました。大変おいしかったです。」

 事務長が代表して礼を言い、全員が立ち上がって頭を下げた。


「それで……大変申し上げにくいのですが……宿泊場所が……人数が多いもので確保が難しくて……今ご用意できるのは教会の講堂くらいしかないのです。こちらの養護院は空き部屋はもちろんありませんし、学校も併用なので教室はあるのですが……明日からの授業に支障が……。」


 シスターが口ごもりながら、いいづらそうに打ち明ける。


「そんな……講堂だけでもお貸しいただけるのであれば有り難いです。それでも念のために十名ほど、この食堂に待機して魔法結界を張らせて頂いてもよろしいでしょうか?夜間に襲撃されると被害が大きくなりそうですから……お願いいたします。」


「それはもう……もし養護院や教会が襲撃されるようなことになれば、子供たちは避難させますが、夜間に攻め込まれたなら逃げ遅れることもありますから……結界を張っていただけるなら大変ありがたいです。


 お願いいたします。」

 シスターは慌てず騒がず、やさしい笑みを浮かべて頷いてくれた。


「では……食器は片付けておくから……女性陣は装甲バスで仮眠とする。男性陣は講堂をお借りして仮眠。十名の僧兵はここに残り、魔法結界を一晩中お願いする。


 装甲バスにも念のために魔法結界を施してくれ。3時間ごとに要員交代するように。シフトはそれぞれの班ごとに任せる。」


『はっ……了解しました。』

 事務長の指示を受け、蜘蛛の子を散らすかのように個々に散って行く。


 俺はと言うと……事務長と共にテーブルの上の皿をまとめてキッチンへと持って行って、綺麗に洗って洗い桶に重ねておいた。家でも食べ終わった食器の後始末は俺の役目だからな……慣れたものだ。


 そういや……このところ俺の仕事であったはずの子供の風呂……全然できていない……どころか、子供たちとスキンシップすら取れていない……ひえーっ……寂しいよう……。



「おはようございます。」

「おはよう……よく眠れたか?」


「いやあ……流石に講堂の長いすでは……硬すぎてうまく寝付けませんでした。まあでも……冷たい地べたで寝るよりはずいぶんましだったと思いますけどね……。」


 朝起きて顔を洗い、朝食が出来ているので養護院の食堂へ向かったら、既に事務長以下女性陣は食堂に来て朝食をとっていた。


 昨晩は教会の講堂を借りて各自長椅子で横になった……勿論、重い甲冑は脱いで下着だけになって……が、木製の長いすは結構固くて寝付くのが大変だった。だがまあ……外で寝ることを思えば……贅沢は言っていられない。それでも目の下にクマくらいできているであろうな……


「そうか……今日は下手をすると、バンターレ商会の暗殺軍団とやらと戦闘になるかもしれないからな。なるべく体は休ませておけよ……それと……少しは緊張感を持て……もう子供らはとっくに教室へ向かったようだから、いいともいえるがな……。」


 事務長がコッペパンを頬張りながら、声をかけて来た。既にステンレス製甲冑に身を包み、臨戦態勢だ。


 対するこちら男性陣はと言うと……だらしなくも下着のシャツにパンツ姿で全員が食堂にやって来たのだ……お小言をくらうのは仕方がないか……昨日は晩飯含め夜遅かったからなあ……。


「すっ……すいません……すっ直ぐに……着替えてきます……。」

 焦ってコッペパンを両手に一つづつ持つと、そのまま教会へと取って返すことにした。つられて他の男性兵士らも食材を手に持ち、駆け足で教会へ戻って行く。



「おはようございます。ハーゲル王子様……いや、今は暫定王でしたか?ご無沙汰しております。」


 朝食も早々に教会の講堂で甲冑を着込んでいると、いつの間にか一人の男が俺たち兵士の群れの中に入り込んでいた。そうしてハーゲル暫定王を認めると、つかつかと近づいて行き頭を下げた。


 服装は……どちらかと言うとボロボロ……とまではいかないが、別に汚れや穴が開いているわけではないのだが、上着の肘や袖に裾のポケット部分……ズボンは右尻部分と両膝に当て布をしていて継ぎはぎだらけの服装の男は……飛び抜けて背が高かった。


 とはいえ……この世界の住民の平均身長は160くらいだから、高いと言っても2mはないだろう……それでも180は余裕で超える、中年大男だ。


「ああ……やっぱり……テルナティさんですね?何処か見覚えがありますよ……20年ぶり……位でしょうか?お久しぶりです……。」


 深々と頭を下げる男に対し、当初戸惑っていた様子のハーゲル暫定王だったが、すぐに満面の笑顔に変わった。そうか……彼が……テルナティ……確かに背が高いし肩幅広いし、がっしりと筋肉質に見える。スラム街の荒くれ連中を、束ねているだけのことはありそうだな……。


「正確には20年と半年……でしょうかね?前タッタルン王が城の地下に、奴隷の子らを匿うための地下室建築を咎めた翌週に、いわれのない横領の罪を着せられ解雇させられたのです。


 私はエルムグリム議会議長らが先祖代々奴隷を囲っていたことを、この際明らかにすべきと主張しましたが、タッタルン王は親しい関係にある議長らをかばうおつもりのようで、頑として聞き入れて頂けませんでした。


 帳簿上での証明も困難な端数以下の細かな不整合全てを私の横領と決めつけ、私が役所勤めとなってからの実に十年間で467件もの横領罪に問われました。1件当たりではお茶代にも足りない額ですが、タッタルンでは重犯は重なるたびに倍々と罪状が重くなっていくため、それだけで終身刑以上の罪となってしまいました。


 ご存知のように私は経理部門を担当したことは一度もなく、登城当初から総務部門担当で助役まで上り詰めました。ですが……政府での犯罪の一切を裁くのはタッタルン王ですから吟味も何もなく、ただ執行猶予を与えられ、20年間王城から5里圏内に近づかないことを約束させられました。


 そうなると……王都に私の居場所はなく……かといって親にも勘当させられた身の上……行き場もなくスラム街まで辿り着いた次第です……。」


 大男のテルナティは簡単にでも分かりやすく、助役から転落した状況を説明して見せた。成程……奴隷に関して隠し通したいタッタルン王により……言ってしまえば冤罪を着せられたわけね?


 まあ……エルムグリムの旧議会議長らが奴隷の子らを隠していた罪に問われ取り調べを受けたなら、エルムグリムに対してタッタルンが行っていた数々の悪行も公になってしまう可能性大だったからな。口うるさい助役を陥れてでも解雇して口をつぐまそうと……画策したわけだ……なんでもありだな……。


 流石に終身刑に処して投獄したなら……獄中で周りの囚人らに色々と吹聴して回られたらたまらないから執行猶予という事にして、王都にはいられなくさせたのだろう……。


「それはそれは……さぞご苦労されたことでしょう……幼かった私には、ついぞ知らぬことだったとはいえ、申し訳ありませんでした。王城地下の収容施設に関しては、おぼろげながら知っていたというのに、それに関連する陰謀を見抜けなかったこと、深くお詫びいたします。


 同時にわが父……先代タッタルン王の暴挙に関しましても、重ねてお詫び申し上げます。」

 前王の陰謀により失墜させられたといってもいいテルナティに対して、ハーゲル暫定王が深く頭を下げて詫びた。


「いやあ……王子はまだ当時……5、6歳だったでしょ?第1王子第2王子までもが次々と流行り病に倒れ、突如城へ招かれた身……仮に成人年齢に達していたとしても、前王の悪だくみには気付かなかったでしょう……致し方ありませんよ。


 ですがまあ……スラム街暮らしも悪くはなかったですよ。何せ大半がくいっぱぐれの日雇い労働者……金はないが力だけは有り余っていた。丁度そのころは、いつ魔王国がエルムグリムに攻め込んでもおかしくはないと……エルムグリムの貴族の中ではもっぱらの噂でしたからね。


 エルムグリム議会議長はじめ、議員連中はタッタルン国での保護が確約されていましたけど、一般貴族はそうはいかない……その為、お屋敷地下に防空壕ならぬシェルター……言ってしまえば隠れ場所ですな……保存食を蓄えた地下3階程度の隠し部屋の注文を取り付け、大儲けできました。


 何せエルムグリム内ではタッタルンと魔王国との同盟関係は極秘中の極秘……貴族連中は皆知っていたようでしたけど……おおっぴらに隠し部屋の工事など出来ませんから、タッタルンからスラム街住民を募り、しかも夜間工事に徹して、数年がかりで工事して回ったものです。


 おかげで多くの住民は未だに働かなくても十分な蓄えがあり、一歩足を踏み入れたなら身ぐるみはがされて出てくる……なんて過去の噂は消えようとしております。


 それでもなんでスラム街の建物の外観は変わらないのかって?スラム街の住民全員が儲けた訳ではありませんからね……ごく一部の数十人程度が儲けたにすぎません。


 それでも稼いだ金で事業を起こして、そこで働いてもらったりもしておりますが……3割近くは働けない老人や病人でさ……さらに2割程度は未だに日雇いがおりますからね……。


 儲けた金はなるべく近隣住民に分け与えようとはしておりますが……家の外観より貧しいものへの支援が先……といった関係で……この養護院と交代で炊き出しなどさせていただいておりますよ……。」


 テルナティはスラム街へ来てからの、生活に関しても簡単に教えてくれた。成程……政府の助役だったから、エルムグリムと魔王国……敵対する2国間との協定に関しても知っていたし、そもそも魔王国が攻め込んでくる危険性があるから地下に保護していた魔族や妖精や獣人らの元奴隷をタッタルンで保護してくれと頼みに来たんだったよな。


 恐らくその情報に乗って、タッタルンでの保護は望めない貴族連中らの自宅に地下シェルターを作ってやったという事か……しかも極秘に……ふうむ……恐らく言い値だからぼろもうけだっただろうな……。


 あれ?でも……


「すっすいません……確かエルムグリムと魔王国と敵対する2国との軍事協定を結んでいたことを追求した際に、助役のサーベリアンはまったく知らされておらず、タッタルン王が単独で結んだ戦争犯罪だと証言していましたが……元助役のあなたが知っていたという事は……助役を引き継いだサーベリアンも……?」


「ああ……知っていたのは間違いがない……私は犯罪人として追放された身の上で、碌な引継ぎはできませんでしたけど……軍事協定などの諸事情は日報にも記載があったので、読んでいたはずです。


 尤も……私の後継の助役はサリフランというバンタレイ商会の跡継ぎ息子でしたけれど……現助役サーベリアンの父……サリフランが助役になって1、2年ほどでバンターレ商会と社名を変えたはずです。


 恐らくそのころに……バンタレイと言う名が目立つようになってきたからではないでしょうかね……タッタルン政府の助役の実家が、元奴隷商の元締め……と噂がたっては困りますからね……。


 代々王家の秘書役ともいえる主幹事を務めていた家系で、いわば王家の影の補佐役的な役割だったはずですが、私の後継として助役を引き継ぎ表舞台へ出てきたもので、周囲からの見た目を気にしたのでしょうね。」


「だとすると……やっぱりタッタルン王は、バンターレ商会の暗殺軍団に脅されて言うことをきかされ……全ての罪を背負って……?」


「うーん……そう言った見方も出来るでしょうけど……どうなんでしょうね……どちらが先に悪だったのか……私には分かりかねますね……。」


「へっ?どちらが先に悪って?」


「つまり……タッタルン王家の積年の目標は……エルムグリム併合です……いや……でした……か。


 そのために魔王国とも軍事協約を結んで、時にけしかけてエルムグリムを窮地に追いやり、タッタルンに有利に事が運ぶよう、講和条約など結んできたわけです。


 つまり……元々タッタルン王家が仕掛けていた悪事に……バンタレイ商会と言う奴隷商も絡んできた……という見方が出来るのではないでしょうかね……長年に渡る運命共同体……と言えるのではないかと、私は見ておりますけれどね……この度戦争犯罪として浮き彫りになった時点で、バンターレ商会がタッタルン王を見限った……ただそれだけでしょうね。」


 テルナティが、このところの一連の動きを厳しく分析して見せた。なるほど……どっちもどっちと言うところか……悪同士だったから、どちらが裏切っても仕方がないという事だな……。


「タッタルン王家とバンターレ商会とのいきさつは、おおまかには理解できました。それで……今現在……バンターレ商会の暗殺軍団とやらに追われている身なのですが……向こうは訓練された私兵集団で、火縄銃とかいう飛び道具を持ち、更には大砲と言う強力な破壊兵器も持っている様子です。


 バンターレ商会の悪事を暴き、それがタッタルンがここまで落ち込んだ元凶であると追及し、バンターレ商会が脅し取ったともいえる金塊を法に則って徴収しようとした矢先に襲われました。


 何処かで身を潜めやり過ごしてエルムグリムからの援軍を待つか、若しくはエルムグリム迄逃げおおせたいのですが、隠れ場所なり逃げ道なりありませんでしょうか?」

 諸事情を説明してくれたテルナティに対し、事務長が今現在の大命題を打ち明け、協力を求めた。


「おやおやおや……タッタルン王が失脚し……過去の謀略とは無縁と思われるハーゲル暫定王に引き継がれたのを機会に……バンターレ商会の悪事を白日の下に晒して罪に問おうと……丁度執行猶予期間も終わり、王都へ出入りできるようになりましたのでね……


 失敗して標的になる前に全ての事業を引き継いでおいたのですが……すでに動かれていたとはさすがハーゲル様……ですが……うーん……スラム街とはいえ……ここ以上の隠れ場所などどこにもないでしょうね。


 何せ空き地など、タッタルンにはほとんどありませんからね。養護院は学校も兼ねているので、十分の一里のトラックがあるグラウンドが目の前にあり、空き地となっていて馬車が停められますが、学校や停車場以外にはそんな場所すらありません。


 エルムグリムへ逃げ込むには北へ向かう本街道を使うのが一番距離が短いですが、街道筋にはバンターレ商会の支社があり、見張られていることでしょう。西か東へ迂回するにしても、グラウンドに停めてあった馬のない馬車が最高速度で走れるような広い街道は、恐らくすべて見張られているでしょう。


 かといって狭い路地をぎりぎりで躱しながら走るのでは……途中で見つかった際に逃げ場はありません。


 ですが……エルムグリム兵は……百万の魔王国軍をたったの2万そこそこの兵でうち破った、無敵の兵士軍団と聞き及んでおりました。馬のない馬車もそうなのでしょうが、勇者殿考案の数々の優れた武器を使用して、連戦連勝だったと……。


 バンターレ商会の暗殺軍団も……恐らく交易の際の海賊との交戦で戦い慣れてはいるでしょうが、考えるにエルムグリム兵ほどではないと……踏んでおりますが……簡単に蹴散らして、悠々エルムグリムへ戻られてはいかがでしょうか?」


 事務長の問いかけに対し一旦は困難である旨回答し、その上で、至極当然のことを指摘してきた。確かになあ……はたから見たなら無敵の軍団……のはず……


「はあ……その……どう言えばいいのか……今の我々の半数は女性兵士であり、元々は戦闘訓練も受けていないただの女工……それが魔王国軍の最初の襲撃でエルムグリム国軍の大半を失い、兵力がない中戦闘参加したのです。確かに勇者考案の武器は役に立ったのですが……あくまでも魔王国軍相手であって……。


 同じ人間相手に戦うのは慣れていないというか……抵抗があるのです。それはその……戦闘訓練を受けていたはずの男性兵士にも言えることなのです。仮想敵国は長年……魔王国でしたからね。


 同じ人間族であるタッタルンは、同盟国であるとずっと信じておりましたから……。


 ここへ逃げ込む途中でも……追っ手をまくため……人間ではなく馬車の馬を狙って……。」

 事務長が至極言いにくそうに……内部事情を打ち明けた。


「はっはっはっ……無敵と評判のエルムグリム国軍にも……意外な弱点があったという事ですね?


 だがそれは……非常に厳しい状況と言わざるを得ませんね。向こうは非情の暗殺軍団……人間相手であっても、躊躇なく撃ってきますよ……人を殺す事なんて何とも思っていない連中ですからね。


 だけど考えるに……あなたたちが正常なのでしょうけれどもね……人が人を傷つけたり殺めたりするなんてこと……あってはならないこと……だからこそ法律と言うものがあって、そう言った不逞な輩を取り締まることになっているのでしょうがね……。


 どうにもこの国は……何時からこんな悪行がまかり通る様な情けない国へと変貌してしまったのか……。


 ですが……戦えないと分かると、向こうは嵩にかかって攻め込んで来ますよ。こんなところで周りを取り囲まれでもしたなら、教会のシスターたちや養護院の子供らにまで被害が及びかねない……。


 なんでしたら……スラム街のゴロツキ連中を呼び寄せましょうか?今でこそおとなしくなりましたが、ほんの14,5年くらい前までは人を傷つけることなんか息するよりも当たり前みたいな……そんな生き方をしていた奴らですからね……十分戦力になりますよ……。」


 テルナティは俺たちのふがいない様子を特に責めるでもなしに、代わりに戦うべくスラム街の住民を集めてくれると言ってくれた……だが……それでは……


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