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12.再び養護院へ

12.再び養護院へ


「次は右で……そのまた次の角も右です……。」


 ハーゲル暫定王の指示の元、ジグザグに進んでいくと……通りの幅がだんだんと狭まってきて、なんだか見覚えのある風景が……左右の道路わきに立つ建物の壁が崩れ始めてきているようだ。


「ここは……もしかしてスラム街の端でしょうか?もしかして……目的地は養護院ですか?」


「はい……そうです。あそこならすぐ隣が広い空き地ですからね……装甲バスとやら2台だって、悠々と停められます。しかも……政府系の追手だったらまず入ってこない……少しでも金目のものをつけていたら、身ぐるみはがされると昔から評判ですからね……食事だって……今なら勇者様から頂いた大量の金貨がありますから、そりゃあ贅沢はできないにしても……食べるには困らないはずです。潜むには適当な場所でしょ?」


 ハーゲル暫定王は俺の問いかけに笑顔で振り返った。


「そ……そりゃあ……教会もあったし、こんな大人数が身を隠すには適当ともいえるでしょうけど……迷惑をお掛けしませんか?子供たちだって大勢いたのに……敵は火縄銃や大砲を持っているんですよ!


 もし場所を知られて攻撃でもされたなら……やめておきましょう……俺だったら、もっと郊外の何もない場所が適当かと思いますけど……。」


 子供達を危険な目にあわせるわけにはいかない……町はずれにどこか適当な空き地を見つけたほうがいい。


「無理ですよ……タッタルンは長年景気が良かったので、街道筋にはどこまでも家並みが続きます。今は前王が捕らえられて国民の意気が消沈し、購買意欲もなくなり街が死んだようになっていて人通りもほとんどありませんが、どこまで行っても平地は人家か農地になっています。


 仮に空き地があったとしても周囲には人が住んでいる家か耕作中の農地がありますから、どこまで行っても賊との戦いとなったなら周りの人々に迷惑をかけることになります。


 だったら……養護院だったらスラム街の最奥にありますし、一般の人に迷惑をかけることはまずありません。しかも出合って間もないというのに資金に余裕がないと愚痴ったら、勇者様はすぐに大量の寄付をしてくださいました。シスターはじめ、子供たちだってあなた様にはお礼の言葉がないくらいに感謝しているはずです。


 ただでも目立たない場所ですし……例えそこが戦場と化そうとも、誰も文句など口には致しません……最大の恩人である勇者様たちのお役に立てるのなら、子供たちだって本望のはずです。」


 ハーゲル暫定王は、タッタルン内にはそんな適当な空き地などないと告げ、スラム街奥の養護院だったら最適であるとなおも繰り返した。そりゃあ……あそこだったら装甲バス隠すには最適とは俺だって思うけど……。


「うーむ……聞いた限り……他に適当な場所は今のところ思いつかない様子……取り敢えず一旦養護院とやらへ行って、そこでスラム街の住民らに適当な隠れ場所へ案内してもらうのがいいかもしれん。


 まずは行ってみよう……文美雄の心配ももっともだから、長居は無用だろうが、取り敢えずそこからもう一度伝令バトを飛ばして、援軍を頼むのが先決だろう。向こうはあたしらが逃げ帰ってくることを待っているはずだからな……帰りが遅くなったら、いらぬ心配をされても困る。」


 事務長が取り敢えず、一旦は養護院へ向かうと決めた。



「まあまあ……ようこそいらっしゃいました……当教会では、迷える子羊達は大歓迎ですよ……先日大量の食材の買い出しに行ってきたところでしたから……すぐに食事の支度をしますからね……。」


 養護院を目指し、手前の空き地に装甲バスを停車させ教会を訪ねると、シスターは笑顔で全員を広い講堂へ招き入れてくれた。確かにここだったら80名もいても、余裕で匿えるのだがな……。


 食事の支度と聞いて、全員の腹の虫が鳴り始めた……そう言えば……夕食に眠り薬仕込まれているとかで、一切手をつけずに脱出したんだったな……装甲バスには携帯食積んでいるのだが、火縄銃を何発も撃たれてそれどころじゃあなくて……追手の馬車の大群を横転させ何とか逃げて来たんだった。


「伝令バトにここの場所を記し、援軍の要請をしておいたぞ……そう言えばこのところずっと外食もせずにおとなしくしていると不思議に感じていたのだが……もしや小遣い全部寄付してしまったのか?」


 講堂の長ベンチに皆と一緒に座っていたら、後席から事務長に耳打ちされた……ううむ……お見通し……。


「はい……だって隣の養護院には大勢の子供たちがいて……元々ハーゲル暫定王が育った場所だったらしいのですけど……以降は暫定王のお母さんと暫定王が援助していたと聞きましたが、今は文無し状態だから……だったらと……俺が持っていた巾着袋全部……。」


 ちょっと言いづらいので小声で答える。


「ふうむ……タッタルンの改善は長丁場と見込んで、半年分の小遣いの前渡しだったのだがな……大丈夫か?半年小遣いなしで……?」


「ええっ?は……半年分……だったのですか?半年……ひえーっ……!」


 事務長はあくまでも冷静に小声で耳打ちしてきたのだが、思わず立ち上がり大きな声が漏れる……途端に全員が俺の方へと振り向いた。


「あっ……いや……なっ……何でも……ありません。」

 恐らく耳たぶまで真っ赤になっていることだろう……慌てて何でもないと否定し、すごすごと席に着いた。


「まあ……いいことをしたのだから……エルムグリムへ戻ったら、また渡すけど……今度からは使ったなら使ったと、隠すことなく言ってくれた方がいい。おかげでこんな大人数で押しかけたのに、食事出してくれそうだしな。


 例え外で女に使ったとしても、あたしは怒らないからな……まあ……他の女房連中はどうか知らないがね……。」


 なんと……戻り次第また小遣いもらえそうだ……ラッキー……これからは小遣い帳でも記入することにして、毎回事務長あてに提出するかな……俺は決して外で女を作ろうとはしないと決めているというか……今でも実質6人の嫁さんがいるのに……これ以上なんて……あり得ない。



「皆さん……食事の支度が整いましたよ……すみませんが隣の養護院の食堂まで移動願います。

 それで……夜遅い時間ですから子供たちは寝ておりますので……出来ましたらお静かに……。」


 暫くしてシスターが戻って来た。食事は養護院の食堂で食べられるようだ。やけに静かだと思っていたのだが……そう言えばもう遅い時間か……色々あったから、時間の感覚が狂っているようだな。


 もう深夜帯の時間なのだろう……教会隣の木造2階建ての学校のような養護院施設は、1階中央部分だけ明かりがともされているようだが、その他の窓は全て真っ暗だ。


 子供たちは寝静まっている様子だな……こんな時間に……申し訳ない。


「取り敢えず数名は残って、教会にも魔法結界を張っておけ。食事が済み次第交代要員を送る。

 養護院も同様……魔法結界を張っておくぞ……万一急襲を掛けられたなら、丸焼けだからな。」


 事務長が十名の僧兵を残し、教会に魔法結界を張るよう指示を出した。そうして養護院にも同様に魔法結界を張っておくのだ……確かに……今日これから移動なんて……とても無理だろうからな。


 交代で結界魔法張りながら眠るしかないのだろう。移動は明日……日が昇ってからになるだろう。


 ううむ……戦時下であるという事が、まざまざと認識された……後は……援軍が来るまで耐え忍べるかどうか……という事だな……だけど……例え援軍が来たとしても……人間相手に攻撃できなければ、現状と変わらないよな……いや……ここで戦闘になったならスラム街の住民や養護院の子供たちに迷惑がかかるから、仕方なく人間相手にも攻撃するしかなくなるのか?


 そうだよなあ……向こうは何の躊躇なく撃ってくるのだからな……躊躇っていたら全滅だ。


 はあ……気が重い……どうして……同じ人間同士で争わなければならないのだ?人を騙したり脅したり……影で工作して巨万の富を溜め……それがバレて没収されそうになったら今度は暴力に訴える。


 まあなあ……話し合いとか……法律論争になれば負けるの必至だからなあ……つまり自分で犯罪を犯していること……認めてしまっているわけだ……だからもう……力づくで相手を押さえつけていいなりにしようって魂胆……それに対抗するにはさらなる暴力しかないのか?



「さあどうぞ……粗末なものしかありませんが、せめてもの心づくしです。遠慮なくお召し上がりください。」


 養護院の食堂には湯気が立つ温かなスープが入った大鍋と、大量のコッペパンとバターに付け合わせの生野菜が盛られた幾つものボウルが、花柄のテーブルクロスに飾られた長テーブルの上に置かれていた。


 スープ鍋を覗いてみると、一つはジャガイモのスープでもう一つは豆のスープの様子……恐らく好き嫌いを考慮して2種類用意してくれたのだろう……有難い……どちらもうまそうだ。


「突然の来訪にも拘らず……有難いおもてなし……感謝いたします。さあ皆……頂こう。」

 事務長がシスターに礼を言い、全員が合わせて頭を下げた。


 そうして各自スープ皿に好みのスープを盛り、サラダを皿に盛り付けコッペパンにバターを塗る。なんだか久々の団欒……という気がする……1週間……ほぼ毎日変わらぬ焼き魚定食に嫌気がさし、文句が口を突いて出ていた俺がどれだけ恥ずかしかったか……今ようやく分かった気がする。


 食べられるだけでありがたいのだ……空腹は最大の調味料と言うが、腹が減った時の温かなスープのなんとおいしいことか……本当に目頭が熱くなってくる……



「明朝にはテルナティも教会へ顔を出すことになっているので、丁度良かったですね。お城へ顔を出すよう伝言を預かっておりましたけど、彼は公の場へ出ることを極端に嫌いますから皆さんがこちらへ出向いて頂けて……本当によかったと思います。」


 シスターがハーゲル暫定王に笑顔で告げる。なんと……テルナティに会える……そりゃ楽しみだ。


「テルナティとは……文美雄が報告していたスラム街の顔役だな?そうか……ようやく連絡がついたという事か。それは都合がいい……いや……まずはこの窮地を脱しなければならないからな……。」

 事務長が豆のスープをスプーンですくい口へ運びながら呟く。


「そうですね……スラム街の顔役なら……何とかエルムグリムへの脱出ルートとか、悪くても隠れ場所を教えてもらうくらいは期待できそうですが……加勢は……期待しちゃいけないですよね……。


 まあ……何も関係がない一般人を巻き込むわけにもいかないし……あわわわわ……。」


 俺は芋スープの中の大きめの芋を口に頬張り……あちちちち……慌てて口の中に息を何度も出し入れして冷まそうとする……逃げるわけはないので慌てて食べる必要性はないはずだが、空腹も限界に来ていて……特に安全地帯へ逃げ込んだ安心感も手伝い……一気に食欲が湧いてきてむしゃぶりつくかの如く手が止まらない。


「テルナティと言うのは……私が調べた限りでは……サーベリアンよりもっと前の助役が……そのような名であったはずです。確か何らかの悪事の責任を負って追放されたとか……ですので彼は文官であり、恐らく回復系の……僧兵の修業すらしていないと思いますよ。


 ですから……私同様……戦闘時には何らお手伝いできないかと……。」

 俺の隣でコッペパンを口に運びながら、ハーゲル暫定王が口を挟んできた。ええっ?元……政府の助役?


「何かの嫌疑で職位をはく奪され王宮から追放された……それで公の場には顔を出さないのでしょうか?


 政府のナンバー2がいきなりスラム街とは……堕ちるに落ちたというところでしょうか……それでも荒くれものの集団であるはずのスラム街の住人らを与して束ねたというのですから、腕っぷしは余程ではないのでしょうかね?そうでなければ、堕ちて来た時点でその辺に死体が転がっていたはず……。」


 事務長はスープでのどを潤した後サラダを少しだけかじり、それからコッペパンへと手を伸ばした。


「成程……そのような見立ても可能ですよね……何せ私が城へやってくるかどうかのタイミングで追放された御方で……顔の記憶すらおぼろげな……調べてようやく思い出せたような感じで……言われてみたなら確かに……遥か見上げるほどの巨人であったようなイメージが……ただそれは私があまりに幼く小さかったからともいえるし……ちょっと曖昧ですよね?」


 ハーゲル暫定王はコッペパンを食べ終わるとスープも飲み干し、今度は芋のスープをスープ皿に盛った。なんだなんだ?お代わり自由なのか?だったらと……俺も急いで芋スープを飲み干して豆のスープをスープ皿に盛った。同じタイミングで2杯目を皆が盛り始める……ううむ……競争……


「なんにしても……明日以降は忙しくなりそうですね……。


 タッタルン国軍はハーゲル暫定王の指揮下にあるのですよね?だったら……明日にでも一個大隊をバンターレ商会へ派兵して、サーベリアンを逮捕するわけにはいかないのでしょうか?如何な腕利きの私兵の暗殺集団を持っていたとしても、よく考えたなら国軍の大隊には敵わないはずですよね?」


 そういや……エルムグリム軍の応援を仰がなくても、タッタルンにだって国軍はいるはずだよなあと、食べながら気が付いた……。


「いやあ……タッタルンは徴兵制ではなく希望入隊制であり、それでも国軍は恐らく戦前のエルムグリムの倍ほどは兵士がいるでしょう。定年は60歳で、エルムグリムより遥かに長期間軍務を継続します。いわば職業軍人ですが……その中でも優秀な兵士は……高給でスカウトされるのです。


 しかもそれが……バンターレ商会……つまり……バンターレ商会とは国軍兵士の再就職先として、誰もが憧れている職場なのです。商社なのに兵士を集める名目として……諸外国から高級な輸入品を扱うために警護が必要としています。現に……他の大陸との交易時は、海賊との交戦も報告されておりますからね。


 ですので……バンターレ商会の私兵の中には国軍兵士の先輩や後輩……下手をすると兄弟や息子などの肉親すらも所属している可能性があるのです。流石に同胞同士で……戦わせるのは不憫で……そのために王宮は警護を固め防衛に徹するよう命じておきました。


 恐らく我々がいなければ、バンターレ商会だって王宮を攻めようとはしないはずです。


 それなので……大変申し訳ないのですが……タッタルン国軍は……バンターレ商会の私兵相手には戦えないものと……ご理解ください……。」


 ハーゲル暫定王はスプーンからようやく手を離し、テーブルに手をつき深々と頭を下げた。なんと……バンターレ商会の私兵って暗殺軍団だなんて言っていたのに……寄りにもよって国軍兵士の知り合い?元国軍兵士?


「ふうむ……そのような事情がおありでしたか……道理でハーゲル王も御一緒にエルムグリムを頼られたわけだ……そうなると……ますます何としてでもエルムグリム迄逃げおおせねばならなくなりましたね。


 ですがまだ……国境までは装甲バスですら半日以上もかかる距離……街道筋にはバンターレ商会が貼りついているでしょうし……如何様にすればいいのか……参りましたね……。」

 事務長も持っていたコッペパンを食べ終わり、空になった皿をまとめながらため息をつく。


「取り敢えず十名……食べ終わったなら隣の教会の兵と交代してやってくれ。それとこちらの養護院の結界担当とも交代を……。」


「はっ……直ちに……。」

 事務長の指示で交代要員の十名が駆け足で教会へ向かった……そういや結界要員残してきたんだった。

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