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9.打開策

9.打開策

「権限?……権限ならありますよ……あたしは特にタッタルンから鉄道を敷いて欲しいとか、自動機械である蒸気機関技術を委譲して欲しいなどと依頼を受けてやってきたわけではない。


 疲弊しきったタッタルンを立て直すために力を尽くしてほしいと……そう申してあたしと勇者をどうしても派遣して欲しいとエルムグリム王様に掛け合ったのは……ほかならぬサーベリアン殿……あなたではないか?あたしはあなたの依頼で、タッタルンを立て直すための活動をしに、ここにいるのです。


 エルムグリム王様あての親書には、勿論ハーゲル暫定王様の捺印もございました……しかも全権委任……といった記載もあったはずですが……いつも手元に……そうそう……これ……」


 事務長は作業着の懐に手を入れ、一通の書簡を取り出し広げて見せた。それはエルムグリム王様あての、タッタルン王宮からの親書だった。


「そっ……それは……タッタルン王が戦犯としてとらえられ、更に依然として物価高が慢性的に続き、国家としての競争力もなく、このまま衰えていくタッタルンに対し、画期的な技術支援とタッタルン独自の産業振興を願おうと……それを勇者様と賢者様にお願いするための親書であり、決して税の徴収をお願いしたわけでは……。」


 事務長の強烈な反撃に対し、サーベリアンは言いにくそうにも親書の意向を述べる。


「そんな都合よく、タッタルン独自技術振興など……如何な勇者であっても無理だろう。それはサーベリアン殿だって承知しているはずだ……何せエルムグリムもタッタルンも元は同一民族で、長年分離していたとはいえ交流もあり、考え方など民族性に大きな違いなどないのだからな。


 勤勉性や手先の器用さなど個人差がある面はさておき、社会の発展性と言う大きな指標で言ったら、両国間に差などあるはずもない。だったらエルムグリムと同じ発展をすべきと考え、あたしは蒸気機関技術と、鉄道の敷設を第一に行うべきと考え、技術者を引き連れてやってきた。


 だが……不況の根底が物価高……収入は2倍だが物価も2倍であり、見た目の生活水準はエルムグリムもタッタルンも変わらないのに、貨幣価値だけが倍も違っていることに気が付き、まずは根底を改善しなければならないと、その元凶たる法人税の安さと国庫を脅かす準備金の枯渇が無視できないと改善させることにした。


 あたしはあくまでもタッタルンを救うために、その根源を対処しようと考えている。そのためには……不正や違法なことをやっているものたちを、まずは取締り正していかなくてはならない。エルムグリムでも、旧議会議長らの不正を暴き、何世代にもわたって不正に蓄財したものを全て国庫に還元させたわけだからね。


 それがなければ今だって……貴族議員らが蓄財に走り国民は貧困にあえいでいたはずだ。


 国が疲弊していく原因が全て一部人間らの不正や背任行為によるものであるとまではいわない……だがそのような行為が露見したなら直ちに正さねば……安定した国家運営はできないとあたしは考えている。」

 事務長は得々と説き、異常な法人税の安さと準備金の不正取得を正すことの意義を宣言した。


「出来るとかできないとかではなく……やっていただくのです……何せ一世代にたった一人しか召喚できない勇者様なのですからね。


 百万の軍勢が王都迄あと数日と言うところまで攻め込まれた時点で召喚され、後がない場面で様々な軍略を指示され、最適な発明品を伝授されて窮地に追い込まれていたエルムグリムを、なんと勝利にまで導かれた。


 そればかりか戦後の復興時も役立つ発明品を惜しむことなく与え、戦前とは一変した近代建築と高速輸送システムを全国展開された。更には敗戦国である魔王国にまで慈悲の心を持ち、食糧支援に農業はじめ様々な技術支援を行うよう指導され、魔王国との信頼関係を築き友好国となった。


 まずは窮地に立った国を救うための様々なご指示と、役立つ発明品を伝授頂かねば……旧議会議長らの粛清は……戦勝後2年も経とうとした頃……戦後の復興も順調に進み、議会制民主主義国家への移行を、王様が宣言されたころのことでしたからね……細かな不正を暴くより、まずは国家の立て直しが先決かと……。」


 ところがサーベリアンは法人税の適正徴収より、まずは俺に案を出させてタッタルンを立て直すことが先決と断言する。ううむ……一体俺に何を期待しているのだ?


「バンターレ商会による法人税の不正は、細かと言えるようなものではない。何せそれに追随して多くの王都在住の企業が、僅かな法人税しか支払わなくなってしまったのだからな。


 ところが奴隷らを匿ったことで弱みがあるタッタルン王は、その行為を摘発して正すことが出来なかった……おかげでタッタルン財政は困窮し、更にバンターレ商会は兌換通貨を利用して国庫から金塊を引き出し始めた。


 何よりもまずは……この不正をただし、出来る限り遡って各企業から適正な法人税を徴収して回らねばならない。勇者による改善案や、蒸気機関技術指導や鉄道敷設事業などほっぽって、政府役人全員でこれらの不正をただすことに当面邁進してもいいくらいだとあたしは感じている。」


 ところが事務長は全員手を止めてでも、まずは不正を対処することが先決と断定する。


「おっ……俺も……まずは法人税の不正や、実際には換金できないはずの通貨と金塊の交換をやめさせ、金塊を戻させることが先決と考えます。


 エルムグリムの場合は……旧議会の議事録は完全非公開であり、何が行われていたのか戦後でも全く分からなかったのが、タッタルンからハーゲル当時の王子が来賓され、その時の打ち合わせにて旧議会議長らの不正の一端が暴かれたわけでして……決して不正を暴くよりもインフラ整備を優先したわけではありません。


 あれは……たまたま……あの時に分かっただけで……もしかするとその時に明らかにならなくても、議会制民主主義へ移行するための選挙運動とかを通して、明白になった事柄もあったかもしれませんが……あくまでも意図的に調査しようとしていた訳ではありません。


 だから……分かった時点で不正は正して、適正に処置するべきと考えます。」


 俺は……現時点でタッタルン独自の産業など全く思いつかないし、やるべきことがあるならそちらをまず行うべきと考えている……俺なんか頼られても……例え絞られても……なんの案も出やしないと思う。


「馬鹿な……税の不正をただすよりもまず先に……タッタルンという国家が今後も継続していけるだけの力が……産業が必要なのです。税を徴収して一時的に国庫が回復したとしても、すぐさま鉄道敷設や蒸気機関技術享受のために使われてしまうのですぞ!


 それでは産業として確立する前にタッタルンが破産してしまう恐れがあるのです!まずは……タッタルンが発展していけるだけの産業を、勇者様に考案していただき、それらを最優先で現実のものとしていかねばなりません。断固として私は、産業振興最優先を主張致します!」


 事務長に続き俺も税の徴収と金塊の確保が優先としたのだが、サーベリアンは頑として聞こうとしない。そりゃあそうだろ……実家の商社の不正を第一に暴かれてしまっては堪らんからな。だが……最早一刻の猶予もないということは、本当のことなのだ。


「税の徴収をしなければ……鉄道敷設をする支出さえできない状態なのだ!根本的にお主の言っていることは間違いだ。国庫には大量の紙幣が唸っているが、兌換紙幣の性質上、流通通貨に見合うだけの準備金が国庫に保管されていなければならないのだから、それらの紙幣は世に送り出せないのだ。


 なのに一部企業らが結託してその準備金を払いだしてしまったのだからな……恐らくタッタルンという国家を思い通りに動かすための材料とするために金塊を払いだしたのだろうが、やり過ぎてしまったな。


 タッタルン王家の保有する莫大な金塊があった当時は良かったが、それすらも戦争責任を問われた賠償金として、全て支払われてしまった。王家ではなくタッタルン王国として責任を負っておけば、ここまでひどくはならなかったのだろうがな……お主が全ての責任を国王に負わせたのが失敗の始まりだ。


 王家の財産が無くなれば保有する金塊の大半を押さえているバンターレ商会が王家に代わって国を支配できるとでも勘違いしたのかもしれんが、そうはならん……何せ不正をして手に入れた金塊だからな。


 正式な法手続きの元、全て没収させていただくことが可能だ。」


 事務長がサーベリアンに引導を渡す。そうだ……国庫が空なのだからな……新たな産業振興どころではないのだ。まずは国庫をある程度潤さねば……枯渇して底が見えたダムでは水の供給など出来ないのだからな……。


「不正不正とおっしゃっているが、バンターレ商会ではきちんと法人税を納めておるのですぞ!領収書にはタッタルン国王の押印があるのですからね!正式な領収書があるのに、それを不正とされても困りますな!」


 サーベリアンは今になってようやく、法人税の不正などないのだと主張し始めた……先ほどまでは産業振興を前面に行い景気が回復すれば、ある程度の不正など目立たなくなるとでも考えていたのかもしれないな……。


「タッタルン国王を……個人を戦争犯罪人として突き出した御方の言葉とはとても思えんな……タッタルン国王がエルムグリム及び魔王国へ行っていた国交業務など、全て個人で働いた犯罪行為と断定し、全ての責任を国王個人に負わせたのはお主だろ?


 それは……何十年にも渡って行われてきたやり取り全てを指し示す……つまり……犯罪人である国王の押印など無効なのだ。法人税が支払われた当時の国庫の出納表から算出した、実際の納金額が納税額であるとして間違いがない。それは……タッタルンで定める法人税率とはかけ離れた額と言う事だ。


 尤も……何度も出てきたが……タッタルンでは前年の年収及び財産の十分の一以上の金の保有は出来ないのだ。現状のバンターレ商会には引き出された金塊のみで、紙幣などほとんど保有してはいない様子だからな……法人税の不正など証明できなくても金塊の没収は可能なのだ……諦めろ!」


 事務長が最後通告とも思える核心を突いて見せる……


「ぐう……わっ……私は納得できん!絶対に納得できないからな!」

 サーベリアンは捨て台詞を残して、会議室を足早に去って行ってしまった。


「ふう……ようやく終わったか……法人税の徴収と金塊の回収は……どうやら明日以降となりそうだな。」


 事務長が窓の外の様子を眺めながらつぶやく……既に西日が入ってきていて、夕焼けだ……朝から始まったタッタルン改善報告会議だったが、なんと……もう夕方……昼食の習慣がないからなあ……それでも最近は昼休憩が行われるようになって、ティータイム……的な事は行われるのだがな……随分と白熱していたから……休憩を誰も言い出せなかったのだろうな……。


「じゃあまあ……一旦部屋に戻って夕方の訓練メニューをこなしてから夕食ですかね……。」

「ああ……そうだな……全ては明日以降だ……大変なことになりそうだが……頑張らねばな……。」


「そうですね……かなりの抵抗が予想されますね……。」

「技術訓練などは一旦保留として、我々も税の徴収作業に同行いたしましょう。多くの企業を回るのであれば、それだけ人手が必要でしょうからね……。」


「我々も加わって……手分けして進めましょう。」


 蒸気機関技術供与のための工房の女性たちや、鉄道敷設事業を進めるための施工技術担当者らも集まってきて、明日からは総出で税の徴収が始まりそうだ。まずは国庫を何とかせねばな……先立つものがなければ何も始まらんのだからな……。


「ああ……すまんが総出で取り組まねばならんだろう……恐らく1ヶ月間は掛かるだろうな……不正企業数も相当数ありそうだからな……。」

 事務長がふっと溜息をもらす……。


「ですが……本人目の前に言ってしまって……今夜のうちに逃げだす……なんてことになりませんかね?」


 そうなのだ……本人も本人……サーベリアン助役は政府の役人ではあるのだが、悪の根源たるバンターレ商会の跡継ぎ……のはずだろ?すぐに実家にとって帰って一家全員が荷物纏めて逃亡……なんてならないのかな?


「ああ……その可能性も……無きにしも非ずなのだが……現実味はほとんどないだろうな。」

 ところが事務長は俺の意見に動揺するでなく、平然と会議室のドアを開けて廊下へ出て行こうとする。


「えっ?どうしてです?だって……普通悪事がバレたなら……逃げるでしょ?」


「そうなのだろうが……だが……考えてみろ……国庫にあるべき額の半分に相当する金塊……いわば国家予算にも匹敵するぐらいの額なのだからな……馬車に積んだとしても恐らく数百台分……軍隊でもあるまいし、一個人がそんな馬車の行列を作ってどこへ逃れられるというのだ?


 ましてや逃げるにしても……エルムグリムには当然逃げられないし、獣人国は個人が財産を持つことを好ましく思わない、共同体国家だからな……大量の金塊を持ち込むことなどできやしない。


 残るは船に積んで他の大陸へ逃れることくらいだが……流石にあのようなことを通達するからにはそれなりに準備はしてある……エルムグリムで今年ようやく建造できた、蒸気機関を用いてスクリュというからくりにて航行する大型船……外洋航路用の軍艦をエルムグリム港にて待機させている。


 タッタルンの帆船などとは違い高速艇だからな……逃げたと分かってからでも追いつけるはずだ……到底逃れられることはできんだろう。


 どちらにしても馬車で数百台もの金塊……港へ運び入れるにしても、それを船に積み込むにしてもどちらも数日は掛かるであろうからな……何年もかけて他の大陸へ運び出していたのであればともかく……一度に運ぶことなど不可能なのだ。他の大陸との交易に関しては、基本的には物々交換が主体だからな……。


 金は貴重で有限だから……金塊などを用いる交易には国王の許可が必要となるし、そのような交易を他大陸と行ったという来歴はこれまでになかった。よって金塊は未だにタッタルン国内にあると判断している。


 没収対象は貨幣などの財産ではなく金塊だからな……転売と言うか他人へ譲渡することもままならん代物だし、だから今回は資産の凍結などという手続きは取らなかった。基本的には個人で持つことが出来ない金塊を異常収集した罪で、全て没収するという算段だ。


 その根源たる理由として法人税を誤魔化していたという、資産を大幅に増やした背景説明があるのだ。国民も……その法人で働く社員たちも納得するはずだ。」


 事務長は淡々と答えてくれた……成程……そんな大量の金塊……そりゃそうだな……国庫を空にしたと言っていたくらいだからな……そんなの簡単には運べないか……。



 誰もが急ぎ行動を起こすこともなく、昨日まで同様に夕方の訓練メニューをこなし、シャワーしてから食堂へと向かった。


「ああ……腹減った……また本日も……ご飯とスープと焼き魚……それと少しだけの野菜サラダ……ですか。初日だけ国賓の歓待メニューで、以降は倹約メニューって言われたけど……極端すぎますよね。


 魚だってずっとアジかサバだけだし……たまには鮭とか……タイやマグロとは言わないけど……。

 こんなことが分かっていたら、初日の刺身の船盛の余った奴……凍結魔法してもらってとっておけばよかったですよ……。」


 腹を減らして食堂へ向かうと……本日も質素倹約メニューだった。


 別に焼き魚定食が貧しいだとか、おいしくないだとか文句をつけているわけではない……ここに来てから最早一週間以上……初日以外毎日変わらぬメニューに飽きてきているのだ。せめて納豆位つけてくれ……納豆は未だにこの世界では出会っていないのだが……豆腐に似たようなのはあるのだがなあ……


「ただで食わせてもらっているのだから、文句を言うでない……足りないのであれば、他の魔導士連中らとともに王宮の外の料理屋にでも繰り出せばいいではないのか?」


「食事が余れば……養護院の子らに持っていってやればいいので……無駄にすることはありませんから遠慮なく、外食してください……。」


 俺たちを気遣ってか、ハーゲル暫定王は毎日一緒に食堂で食事を共にしている。そうして手をつけずに余った分はパックして養護院宛に送っているようだ。


 事務長は、2日目からほぼ毎日変わらぬメニューに文句を言うこともなく、ずっと食堂で食事を続けている。


 食事後も毎晩遅くまで書類の整理をしているからなあ……時間がもったいないから食堂で済ませているのだろう。俺は……持ってきた金貨全て放出済みで、とても外食などできないわけだが……


 男性魔導士らは女性の工員らとともに数人ずつでグループを作り、今日はどこへ食べに行こうか和やかに相談している様子だ……おれも……あの輪の中に入っていけたならなあ……だが……


「あれ?うーん……なんだか懐かしいというか……きな臭いというか……本日何かイベントありましたっけ?確かにタッタルン改革のための大まかな道筋はついて、明日から総動員で活動……と言う転機の日ではありましたけど……その記念なのかな?」


「どういうことだ?何がどうして……記念日だとでもいうのか?」


「いえ……本日はただの平日で……タッタルンでは何ら休日でも祭日でもありませんよ。」

 俺の言葉に事務長もハーゲル暫定王も首をひねる……


「だって……これって火薬のにおいですよね?何かの記念に花火でも打ち上げるのかなって……そうでなければびっくりイベント的に……皆どこかに隠れていてクラッカーでも鳴らすのかなと思ったのですけど……。」


 久しぶりに鼻を突くような、きつい匂いを感じる……これは間違いなく火薬の匂いなのだがな……こっちの世界では到底嗅ぐことのできなかった匂いなので……余計に過敏に感じることが出来たのであろうな……


「花火?くらっか……とは何ぞや?そもそも火薬とは?何のことだ?」

 テーブルの席につこうとしていた事務長が困惑気味に寄ってきて、俺の顔をまじまじと見つめてきた。

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