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8.元凶

8.元凶


「どうやら財政破綻の原因は……タッタルンの企業にあるようなのです。企業から正当な法人税さえ徴収していたならば……かような異常な状態にはなっていなかった……なのに何ら手を打つ事もなく、タッタルン王は自ら身を引いてしまった。」


 事務長が嘆き悲しむようにその美しい顔をゆがめ、下唇を噛みながら俯き気味に打ち明ける。

 タッタルンが財政破綻寸前まで追い込まれている原因は、タッタルン国内の企業にあるだって?どういうことだ?


「何をおっしゃっているのでしょうか?タッタルンの企業が自国を破綻に追い込んでいるだなどと……そんな事……あり得ませんよ!だって……タッタルンが破産したなら一番困るのは企業の方ですからね!

 何を根拠に、かような戯言をおっしゃっているのでしょうか?」


 今度はサーベリアンが立ち上がり、事務長に掴みかからんばかりな勢いで抗議を始めた。そりゃあなあ……自分の仕事……というか、助役としての責任上、企業を優遇して財政破綻へ追い込んでいるなどと言われたなら、腹が立つのであろうな……。


「そうだろうかな……サーベリアン・バンターレ殿……お名前に聞き及びがあったので、調べさせて頂きました。確か王都……いや、タッタルン国内で屈指の大きな商社の長男でしたね……いずれは会社を継がれるおつもりでしょうかね?それまでの見識を広めるためのお役所勤め……なのでしょうかな?」


 先ほどまでとは違い、今度は丁寧語で……それでも厳しい目つきで睨みつけながら、サーベリアンに諭すかのごとく話しかけた。


「そっ……わわわ……私の素性などどうでもよろしい!今はかような個人的なことを議論している場ではない!いくら勇者殿と同じくタッタルンを窮地から導き上げるためのご使者だとしても、個人的な経歴を上げて貶めるだなどと……到底許されることではありませんよ!」


 サーベリアンは多少戸惑いながらも口調を荒げ、今度は事務長を凄みのある目つきで睨みつけた。


「別に私は貴殿を貶めているつもりはさらさらない……貴殿がタッタルン一の商社の跡継ぎ息子であると、先ほど申し上げただけだ。それがどうして貶めたことになるのかな?」


 ところが事務長は少しも悪びれることなく、平然とした様子で睨みつけるサーベリアンを鼻で笑って見せた。


「さっ……先ほど……タッタルンがここまでの財政破綻に追い込まれたのは、企業のせいだとおっしゃられたではないですか!その企業の跡取り息子……と呼称されれば……それはもう……糾弾されているとしか……思えませんよね!私が自分の立場を使って、実家の会社を優遇しているとおっしゃられるのか?」


 ところがサーベリアンの勢いは止まらない……事務長のとげのあるいい含みを突いて、何とか言い負かそうと勢いをつける。


「ああ……そう言う事か……正にその通り……と言いたいところだが……そうではない。其方らは他の企業らとともに団結して、法人税を不当に下げるよう圧力をかけたのだ。違うか?」

 今度は事務長が凄みを利かせて睨み返す。


「おっ……お待ちください……企業らが団結して国に働きかけ、自社の処遇を少しでも良くしようとすることは、悪いことではないはずです。特定の企業や業種だけ優遇されるよう働きかけるのは、場合によっては贈収賄……等と取り上げられるべき案件かも知れませんが、全ての企業の法人税を下げるという働きかけと言う事であれば……一概に間違っているとは言えません。


 企業が連合会など作って道路整備など輸送ルートの確保を促すことなど同様、通常の政治活動ではないのでしょうか?」


 するとここでハーゲル暫定王が口を挟んできた……確かに……社会全体として税金を下げるよう国に働きかけること自体は、通常のロビー活動として前の世界でだって行われていたはずだ。


「そうですね……タッタルンの法人税は……と言うか、税制や刑法に民法……基本的人権などの部分の憲法に至るまで……タッタルンは元々エルムグリムから独立した国であり、エルムグリムのものと基本的には変わらぬのです。唯一大きく異なるのは……法人税に関する部分だけ……。」


 事務長は表情を緩め、今度はハーゲル暫定王へと視線を移す。


「法人税……だけ……エルムグリムのものと大きく異なるのでしょうか?しかもそれが……タッタルン財政危機の根本原因とおっしゃられるのでしょうか?」


「先日も申し上げた通り……タッタルンの物価はエルムグリムの2倍……その分給料も2倍であるため生活水準自体はほぼ変わらない……エルムグリムもそうですが、所得税や住民税は累進課税法……つまり所得が多ければ多いほどそれだけ税率が増し、支払う税金が多くなってしまうのです。


 収入の少ない民と多い民で実際に使えるお金に、大きな差をつけないために考案された税制ですな。


 その為……タッタルンの民はエルムグリムの民よりおおよそ2.5から3倍もの税金を、毎年毎年納めております。つまりそれだけタッタルンは潤っているはずなのです。


 ところが……法人税は……法人税も累進課税ですから、それだけ多くの税収があるはずなのに……法人税だけはすぐに頭打ち……累進課税が止まってしまい、エルムグリムの2倍の収入のはずの法人税がエルムグリムの企業よりも低い……逆に三分の一くらいの税率にまで下げられているのですね。」

 事務長がハーゲル暫定王を見つめながら淡々と話す。


「そっ……その異常な税率が、タッタルン財政危機の元凶なのでしょうか?」

 ハーゲル王子が機微を見つけたかのような晴れ晴れとした表情に変わり、事務長に訴えかけた。


「お待ちください……かような口車に乗せられてはいけません。


 法人税が下げられているのは……税収は所得税と住民税で十分に潤っており……エルムグリムとタッタルンでは国土面積も大きく異なりませんし、インフラ整備にかかる支出もさほど変わることはございません。


 そのため法人税を下げても……法人税率が高ければ高いほど企業が移転……より安い国へ移転してしまう危険性がある為、タッタルンでは法人税を下げることにより、税収の安定した企業を誘致する目的で法人税率を下げているだけなのです。決して企業を優遇しているわけではありません。


 おかげで実質エルムグリムの企業であるはずの、エルムグリム旧議会議長殿らの親族含めた企業すべてが、タッタルンに本社を置いているのです。それは……法人税がエルムグリムよりもタッタルンの方が安いからに他なりません。優遇税制の効果と言えませんか?


 そもそも企業の収入が2倍もあるのですから税率が低くても実際に支払われる税金は十分な額であり、それによりタッタルン国庫が困窮していたはずはありません。そもそも法人税率が改正されたのは、魔王国が始めてエルムグリムに侵攻したころ……おおよそ2百年も前のことですよ!


 そんな事……お調べになられたのならご存じのはずですが?」

 サーベリアンが数歩進み、今にも事務長に掴みかからんばかりの勢いだ。


「そうですね……税制改正は今から2百年前……恐らくエルムグリムと不平等な交易の契約など勝ち取り、景気が良かったのでしょうな……そうであれば所得税や住民税率も半分にして、法人税も半分にするべきであったと私は感じておりますけどね……それでこそ、均等配分と言うものです。


 ところがここ最近……今からおよそ20年ほど前から……税収がぴたりと落ち込み……徐々に国庫が疲弊していったのです。20年ほど前に……何がありましたか?」

 事務長が会議室内の出席者全員を順に見つめていくが、誰も積極的に反応しようとはしない。


「特に何も……と、いうか……私が見つけた……タッタルン城内の地下の隠し部屋建築……奴隷の子らの処分に困って旧議会議長らがその子らをタッタルン王へ押し付け、やむなく隠し部屋に匿った……丁度そのころだったでしょうか?それ以外は……これと言って……。


 ああ……いや……タッタルン始まって以来ともいえる天候不具合による飢饉がございました。同時に疫病が発生し、それによりお世継ぎであるはずの第一王子も第二王子も亡くなってしまい、私が召し上げられる顛末となり……ですがそれは……25年前もであり……」


 事務長の問いかけにハーゲル暫定王が自信なさげに答えた。


「そうですね……飢饉と疫病という二大災害があり犠牲者も出たようですが、疫病は王都の王宮周辺に留まらせることが出来、タッタルン全土には広まらずに済んだようです。その時はエルムグリムが食糧及び医療支援を行ったと、私も記録を読んだ記憶があります。


 恐らくその時に被った企業の疲弊も要因とは言えるでしょうが、それよりも……


 魔王国のエルムグリム侵攻が現実味を帯びてくる中で、奴隷の子らの処分に困った旧議会議長らがタッタルン王に泣きつき、仕方なくタッタルン王が城の地下に隠し部屋を建築し始めたのが20年ほど前だったのですね。恐らくそのことが発端となったのではないかと……推察しております。」


「発端……とは?一体何がそれ以降に起こったというのでしょうか?」

 事務長のつぶやきにも似た言葉に、ハーゲル暫定王が問いかける。


「どうやら法人税を不当に下げるよう、一企業が王宮に要求したようです。


 その企業こそが……バンダレイ商会。17年ほど前に改名して今ではバンターレ商会と社名が変わっておりますがね……バンダレイ商会と聞いて……何か思い当たることがある方は居ませんかな?」

 事務長がまたもや会議室内をぐるりと見まわす。


「バンダレイという名は、エルムグリムでも有数の奴隷売買を行っていた商人として聞いたことがあります。


 エルムグリムではすでに2百年ほど前に消滅したと聞いておりましたが、もしやその会社が……タッタルンに実在していたというのでしょうか?」


 先ほど蒸気機関移管状況報告を行っていた工房の班長が、少し小さな声でおずおずと答えた。なんと……元はエルムグリムにいた奴隷商人だって?


「登記簿上はバンダレイ商会だが、社屋での表示名はバン・ダ・レイ商会と表記して、分かりにくくなっていたようだな。だがまあ……前身はエルムグリム内で奴隷売買を行っていた、奴隷商のバンダレイとみて間違いがないだろう。法人税が安く下げられたタッタルンへ、移転したものと考えるのが自然。


 だからこそ……旧議会議長らがタッタルン国内へ持ち込んだ、奴隷たちのことを知っていた。


 もしかしたら処置に困った旧議会議長らがバンダレイ商会に相談し、商会が仲介してタッタルン王に取り次いだとすら考えられる。慈悲深いタッタルン王が、処分してしまおうとする旧議長らに反対し、奴隷らを預かり王宮に地下の隠し部屋を建造したことも、うすうす感づいていたはずだ。


 そうしてそのことをほのめかし、タッタルン王をゆすり始めた……。」


「脅して言うことをきかせた……のでしょうか?王宮地下に奴隷の子らを隠したことを公言しない代わりに、何か重要な事をタッタルン王に認めさせた……と言う事でしょうか?」

 事務長の言葉にハーゲル暫定王は言葉を詰まらせながら……動揺を隠せない様子だ。


「そうなのでしょう……何せ奴隷売買及び奴隷飼育に関わったものは全て極刑。如何に一国の王であれども、免罪はできないとエルムグリムでもタッタルンでも同様の法律があります。


 ところが……見た目上はバンダレイ商会は奴隷らの処遇に関して、何ら関わっていない。当事者は旧エルムグリム議員らと、タッタルン国王のみ……彼らがゆすりの対象であり、バレたならおそらくは死刑……。


 まあ……どのような要求であったとしても、飲まざるを得なかったでしょうね。


 そうして……法人税を不当に……十分の一以下の税率にするよう、暫定の法案を無理やり通させたのです。20年前の時点でタッタルン財政は十分に潤っており、確かに法人税が無くなったとしても1時的であれば十分に耐えることはできたでしょう。新たな企業誘致策として、法案は怪しまれることなく導入されました。


 ところがその法案を免罪符として、バンダレイ商会らは以降も法人税を低い税率のままに納め続けたのです。


 法人税納入の際の領収書にはタッタルン王の印があり、金額は未記入で法人税完納とだけ記載がありました。


 詳細調査にかなり手間取りましたが、バンダレイ商会の納税前後の国庫の出納表を詳細に調べて、あり得ないほど低額の税率で計算されていたことが判明いたしました。」

 事務長はほうっと息を大きく吐きながら、悔しそうに告げる。


「なんと……父は……脅されて……それで法人税を誤魔化され……だけど弱みを握られているからそれを糾弾することも出来ず……そうしてやがて国庫が空に?」

 ハーゲル暫定王は愕然と……大きく口を開けたまま、身じろぎひとつできなくなってしまった。


「ば……馬鹿な……言いがかりも甚だしい……技術援助名目でひとの国へやってきて、その実国の内情を探り、更には善良な企業を貶めるような発言をするとは……今ここで訂正しなければ、許すことが出来なくなりますぞ!」


 すぐさまサーベリアンが廊下にまで響きかねんほどの大声で叫び、事務長を睨みつける。


「善良な?ふんっ!元は奴隷商人が善良とは……タッタルンの商人は、随分と悪辣なのでしょうな……奴隷商が善良の部類に入るのでは……。」

 事務長が怒りまくるサーベリアンを横目で見て、鼻で笑って見せた。


「なっなっ……何を……言っている!おーいっ!者どもっ!出合え出合えっ!」

 頭に血が上ったのかサーベリアンの口調はたどたどしくなり、怒りに任せて手勢を送り込もうと叫ぶ。


「待てっ……国防の最高責任者……国軍の長でもある国王の名のもとに宣言する!兵士はそのまま待機!

 賢者殿のお話をお聞きしよう。」


 すわっ……一大事……かと思われたのだが、会議室のドアは固く閉ざされたままで、兵士らがなだれ込んでくることはなかった。ハーゲル暫定王が、サーベリアンの号令を瞬時に打ち消したのだ。


「残念でしたね……ハーゲル王が同席していることをお忘れですぞ!諦めなさい。それと……残念ながらタッタルン国庫が空になったのは、法人税を異常に下げられたからではない……そのことが起因となってはいるが、もう少し続きがある……勿論サーベリアン殿は分かっているとは思うがね……。」


 事務長がいつになく勿体ぶりながら話を続ける。


「先ほども説明した通り、エルムグリムもタッタルンも通貨は兌換通貨であり、要求すれば金と交換できる仕組みだ。だが……基本的に国民は通貨と金を交換することはできない。なぜなら金は多国間との通商に使われるものであり、国民が財として貯蓄するためのものではないからだ。


 勿論金は装飾品としても用いられるから、金は市場でネックレスや指輪などに加工されて売られているが、純金の延べ棒などは国民は購入することはできない。金が市場で取引されるようになると金の相場が出来、隣国と金相場に差が出来ると、少しでも高い国へ金が流れ出し金の保有量に差が生じる可能性がある。


 金相場が低い国のものが高い国のものを購入すると、より高価なものが購入でき一見得をしているように感じるが、これが度重なって行くとやがて国家間で金の保有量に大きな差が生じ、準備金が少ない国の兌換通貨は評価が下がり、物価が高くなっていってしまう。


 兌換を保持するためには発行済み通貨に対応した金の準備が必要だが、相場の乱高下により準備金自体の評価が常に大きく変動していては、兌換の仕組み自体の維持が困難となり、金貨による安定した通商が出来なくなる恐れが出てきてしまうからだ。


 それを避けるため、国民は個人若しくは法人で金を直接保有することはできないと、法令で定められている。

 

 唯一金に兌換できるのは、他国へ観光や業務目的で旅行に出かける場合のみ許される。他国では自国の通貨は使えないから金貨として持ち出すわけだが……それでも昨年の年収及び財産の十分の一以下の量までと、上限も設定されている。


 ところが……だ……またまたバンダレイ商会……いや、この時点ではバンターレ商会と改名していたようだが、兌換通貨の換金を要求した。法人税を極端に下げ、売り上げを伸ばして所得を上げ、その分交換可能な金の量が増えたわけだな……それを17年間も繰り返し……つい昨年でタッタルン国庫の金の保有量はほぼ空……残るはタッタルン王家が保有する金塊のみとなったわけだ。」


 事務長が長々とした説明をようやく終えたようで、水の入ったコップに手を伸ばした。


「そ……それで……国庫が空に……さらに王様が戦争協定違反で莫大な損害賠償責任を負い……王家の財産であった金もなくなってしまった。つまり……タッタルンは今や破産状態?」


 事情が呑み込めたハーゲル暫定王は、小刻みに体が震えだし始めた。確かに……余りにも衝撃の事実……タッタルン王が戦争責任を追及されて、莫大な賠償を負わされたのだが、あくまでも王個人の問題だと考えていた。これまでの指導者が突然いなくなることによる経済混乱に際し、エルムグリムから俺と事務長が立て直しに招聘されたのだと、そう考えていたわけだ。


 だから……旨い事技術指導など行えば、すぐに復興できるだろうと安気に考えていた……ところが……。


「ああ……ですが……だからこれでタッタルンが破産して崩壊……と言った事ではありませんよ、ご安心ください……だからこそ……最初に申し上げた通り、企業にもそれなりに痛みを感じて頂く必要性があるという事です。」


 事務長がゆっくりと言葉を区切りながら話し、最後にもう一度サーベリアンを睨みつけた。


「そっそれは……バンターレ商会に正当な法人税を支払わせるという事でしょうか?」


「もちろんそうです……しかも通貨ではなく金塊でね……どの道……バンターレ商会には通貨の保有はなさそうですからね……自社資産の大半を金に兌換してしまっている様子です。」


「そ……そんな事……一体あなたに何の権限があって、他国の……しかもタッタルンを代表するような大会社に不利になるようなことを、させられると考えているのですか?


 いまここで、バンターレ商会を陥れるかのごとき発言をされるだけでも名誉棄損として訴え、牢獄へ投じることだって可能なのですよ!如何に国賓として迎えられていようが、あなたは蒸気機関や鉄道敷設のための技術支援を行う、ただの一介の技術者に過ぎない。一体何の権限があってかような発言を長々と……。」


 ハーゲル暫定王は絶句し、サーベリアンはいよいよ怒りの矛先を事務長と決め、攻撃を開始した。

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