6.支援すべきは……
6.支援すべきは……
「お帰りなさいませ……今賢者様たち工房の方たちのお部屋の手配が終わったところです。
引き続き勇者様と、装甲バスと護衛の兵士の方たちのお部屋の割り当てを行います……お一人ずつお部屋を割り当てとなっておりますが、部屋はとりあえず人数分用意いたしましたので割り当てはご自由に……で、よろしいでしょうか?お食事は1階奥の食堂にていつでも始められます。」
王城入り口から広いエントランスへ入ると、既に助役のサーベリアンが鍵束を手に待ち構えていた。
「ありがとうございます……では部屋割りはこちらの方で……。」
サーベリアンから鍵束を受け取り振り返る。
「本日は……夕食は手配済みの様子なので……飲みに行くのなら食事後か……または明日……の方がよろしいでしょうね。」
小声でエンジン役の魔導士に告げる。
「ああ……まあ……折角ご用意いただいているのなら、食べないのはもったいないですからね……分かりました、飲みに出るのは明日にいたします。」
魔導士が苦笑しながら、小さく頷いた。
面倒なのでいる順に上から鍵を手渡し、各自部屋へと荷物を置きにまずは行くことにする。それから……廊下で待ち合わせて全員で1階奥の食堂へ……既に事務長と工房の女性たちは席について夕餉を楽しんでいた。
「ああ……お酒も……色々と準備してくださったようで……良かったですね?」
長テーブルにはすでに皿が並べられ、ウエイターが待ち構えていたが、左奥のカウンターはバー形式になっていて、様々な形の酒瓶が並んでいる様子にほっとした。
「勇者様……さあ此方へ……。」
そうして食堂にはすでにハーゲル暫定王が来ていて、俺たちが入ってくるのを待ち構えていた様子だ。まあなあ……自国支援の使者だからなあ……歓待しなければならないという責務からだろうか……。
魔導士らは入ってすぐの席に順について行くのだが、俺一人だけは背中を押され奥の席へと強制的に歩かされる。仕方なくそのまま歩いて、最奥の壁を背にする形の短辺側の恐らくは上座……には暫定王が座っているので、空いている向かって右側の席につく。正面には既に事務長が座っていた。
見ると各席には三角に折られたネームプレートが……魔導士らも適当に座ったわけではなく、席順は決められていたようだ。
恐らく20mは優にあるだろうか……長テーブルにはおおよそ1m間隔に椅子が配置され、ゆったりとした間合いを埋め尽くすほどの絢爛豪華な食材……ぱっと見ただけでタイの尾頭付きにローストビーフのような見た目の焼いた肉の塊にグラタン……だろうか、溶けたチーズの焦げ目がおいしそう……。
更に更に……船盛?……木で出来た漁船を思わせる大皿にはなんと何とお刺身まで???
「如何でしょうか?賢者様に事前にお伺いしておいたのですが、勇者様の元居た世界では魚の切り身を生で食していらっしゃったと……残念だが永い間海がなかったエルムグリムでは、魚介類の生食の習慣がないので寂しいと時折呟かれるとか……さらに醤油は元の世界に似てはいるけど、ちょっと甘い……とか。
タッタルンは魚介資源が豊富な国で、古くから魚の生食の習慣がございました。その関係性か……エルムグリムとは醤油の味も少し異なる……風味が強くて塩気も強いのです。
お口にあいますかどうか……お試しください。」
いつの間に居たのか背後から声が……振り返るとサーベリアンがウエイターのようなベストにスラックス姿で立っていた。
「あっ……ああ……その……さっ……刺身ですよね?しょしょ……醤油も違うと?ええっ?」
何がどうなっているのか……戸惑いながら言われたことをただ繰り返す……
「まあいいから……席について食べてみるといい。
確かに煮物中心のエルムグリムとは醤油の風味がずいぶんと異なるが、生魚の生臭さが消えておいしく食べられるぞ。しかもこの……ワサビとかいうツーンとした香辛料は……これはエルムグリムにもあることはあるのだが、あまり人気がなく……そうか……生魚様だったのだな……。」
一瞬……何をしていいのか戸惑っていたら、テーブルの向こう側からいつもの声が……
「はっはい……まずは……この赤身から……」
すぐに席について、船盛の中から目当ての刺身をつまむ……そういや……こっちの世界でも2本の木の棒……いわゆるお箸……の文化だったよな……米食中心だと箸になるのかな?煮物を食べる時は大きなスプーンで、肉は煮て柔らかくしてあるから、金属のスプーンでナイフのように切って食べるのだ。
だけど戦時中はプレスしたステンレスプレートに煮物や焼いた鶏肉などを乗せ、ステンレス製の大きなスプーンひとつで食べていたな……あれは洗い物を減らすためだったであろう。
なんか当たり前のように意識せずにそのまま食べていたが……日本食と同じ様な食材を前に、食文化のことが突然頭に浮かんできた……なんか……懐かしい……。
「マグロの赤身ですね……その隣は中トロです。他にタイやヒラメ……ホタテの貝柱もございます。」
見慣れた赤身はやはりマグロだった……小皿に醤油を注ぎ、ワサビを溶かす……ワサビの風味が飛ぶので醤油には溶かさずに刺身に乗せて一緒に口へ運ぶのが通……だなんてグルメ番組で見た記憶があるが、俺は断然わさびを醤油に溶かして刺身を浸して食べる派だ。
ふわっと……鼻に抜けるツンとした刺激……と同時にコクのある塩味が舌の上に流れ込み、さらに追い打ちをかけるように赤身の何とも言えないうまみが口中に広がる……これこれ……正に日本……
「おっ……おいしいです……」
すぐに茶碗におひつからご飯を盛り、がっついた後に今度は白身へ箸を伸ばす……
「お気に召して頂けて、大変うれしいです……タッタルンも……そう悪くはないでしょう?」
背中からかかる声に何度も頷きながら、振り返らずに刺身へと伸びる箸が止まらない……
「こらこら……行儀が悪いぞ……ちゃんと口に入れたものを噛んで細かくして、全て呑み込んでから次へ箸を伸ばすのだ……ここは他国の……しかも歓迎を受けている公式の場であることを忘れずにな……。」
刺身とごはんで頬がはちきれんばかりに膨らみまくるのも構わず箸を止めずにむさぼっていたら……正面から叱咤の声が……途端に右手が止まる……まずい……確かに……まずい……
「まあまあ……久しぶりに元の世界に近い風味が味わえて……懐かしさのあまりに興奮されているのでしょう。元々タッタルンでは魚介類の生食の習慣はあったのですが、いかんせん醤油は……恐らくエルムグリムの今のものと大差なく、生食と言っても生野菜とともに酢と油に漬けたサラダに近い形でした。
ところが30年ほど前から醸造方法に手を加えて、現在の醤油が出回り始めたようです。さらにさほど人気のなかった香辛料であるワサビの使い道まで……私も父から聞いただけではありますが、当時は食事の革命ともいえる大きな出来事であったと聞いております。
当時は甘酢で味付けしたご飯の塊の上に刺身を置いて形を整え食べる……と言った形式の食事も人気だったようですが、すぐに廃れてしまい今では切り身の生食のみとなっているのが残念とも言えます。
私はまだ幼かったので、魚介類の生食すら好んで味わうことがなかったものですから……。」
ええっ……?そ……それって……もしかして……寿司?まさかな……いや……この醤油の味なら……あり得なくもないのだが……ハーゲル王子の言葉に、心臓が高鳴り始める……
「ですが……あらかじめ申し上げておきますが……現状タッタルンは財政に困窮している状況……いわゆる緊縮財政……ハーゲル暫定王さまがどうしてもとおっしゃられるので、初日の歓迎パーティは無理でも食事会程度ならと……今出来る限りの献立を準備させていただきました。
ご満足いただけたのであれば、大変にうれしいことですが、明日からは……一般職員たちと同様の食事となりますので、悪しからず……。」
暫定王の言葉にサーベリアンが言葉を足す……
「いえいえいえ……満足なんてものではなく……本当にどれも大変においしいです。
それに……この醤油なんて……まさに俺が元居た世界のものと変わりありません……大感激です。この味だったら、エルムグリムに輸出しても売れるんじゃあないですか?向こうでだって新鮮な魚が今では手に入りますから、生食だって可能ですからね……。」
取り敢えず歓待の礼を告げておくことにする……と、いうか……この世界へ来てから初めて、心の底からうまいと思った……大変申し訳ないが、これは実感だ。戦時下では焼いた鶏モモが出て来ただけで大層なご馳走と感じたのだがなあ……最近は昆布でだしをとって結構食堂の食事もよくなっては来ているのだが……。
だがやはりふるさとの味は……と言うよりも……日本食は……どこの世界へ行っても忘れられないのだろうな……すっかり諦めきっていて、解毒魔法をかけまくってちょっと甘めの醤油もどきをかけた玉子かけご飯を、養殖した海苔と一緒に食べることで満足していたのだが……
「そうですな……この味だったら現行の醤油に置き換わる可能性すらありそうな……輸出すればそれなりに外貨を稼げると考えます。」
すぐに事務長が俺の感傷に浸る気持ちを現実的な話に切り替えた。
「成程……我が国の醸造醤油を、エルムグリム宛に輸出するのですね?エルムグリムは現在好景気で、食への関心も高いでしょうから……いいお考えで……。
魔王国との戦勝から穀倉地帯を取り戻されて、我が国から貴国への魚介類の輸出はさっぱり……更にそれまでは定期的に購入いただいていた輸入家具類の販売も注文がさっぱりと言った状況ですからね。
さらに追い打ちをかけるかのように、輸入機織り機の修繕補修契約の打ち切り及び、段取り替え及び糸交換作業員の派遣契約も打ち切られてしまいました。半年も経たぬうちに今度は妖精国及び獣人国からも、同様の契約打ち切り連絡が一方的に通達されました。
その影響で我が国の収入と申し上げましょうか、数百年間も継続していた他国との黒字貿易が、今年度より赤字へと転落してしまいました。
特にエルムグリムからは魔王国の侵攻を阻んだ武器の輸入が大きく、更に今回は蒸気機関及び鉄道敷設の輸入にかかる経費が膨大で、とても賄いきれないと技術支援のみをお願いした次第です。
我が国からの一方的なお願いを快く受けて頂いて大変恐縮ですが、さらなる貿易赤字を埋める為の貴国への輸出案件などもご提示いただけますとありがたいです……何卒ご教授願います……。」
サーベリアンが、醤油の輸出だけでは貿易赤字に追いつけないと不満げな様子……仕方がないだろ?これまでは他国を脅し、騙して……不公平貿易を行っていたようなものだからな……化けの皮が剥がされ、全て破棄とされた途端に経済破綻だ……と言われたところで、誰も同情などできない。
「まあ……不平等貿易はやがて経済の破綻を生み出しますからな……だがその元凶は……貴国にあったという事だけはお忘れなく。貴国はこれまで数百年間にわたり他国から吸い上げ続けてきた不当な貿易黒字を、まずは吐き出すことから始めるべきと私個人は考えておりました。
恐らく妖精国及び獣人国含め、この大陸の他の国々の民はほぼすべて、エルムグリムと同様な考えを持っていることでしょう。
貴国は戦争犯罪責任及びこれまでの不祥事全てをタッタルン王1人に被せ、貴国民は誰一人として関与していないという態度を貫いた。確かに組織的に悪事に関与してはいなかったでしょう……ですが結果的に……エルムグリムに妖精国に獣人国及び魔王国から不当に巻き上げた利益による経済発展の恩恵は、貴国民の誰もが甘受していたはずです。その間他国では貧困にあえいでいたにも拘らず、援助しようとしなかった。
ところが次々と自国王の犯した不祥事が発覚し、それにより経済が止まってしまうと、すぐ様戦勝で景気のいいお隣のエルムグリムへ支援を求めてくる……どこまで勝手な国民だと……思いませんか?
私はそのような身勝手な国へ援助の手を差し伸べる必要性は到底ないと……開墾技術もなく140年前に手に入れた耕作地を延々と手を入れずにただ耕作し続け、年々収穫量を低下させてどうにもならなくなり、仕方なくエルムグリムへ攻め込んだ魔王国とは異なり、同情の余地はないと……そう主張致しました。
ところがわが王……エルムグリム王さまは、おなじ人間の国なのだから、苦しんでいるのであれば手を差し伸べてあげてくださいと……お願いされ仕方なく勇者とともに参りました。
勇者がどう考えてこの国へ駆けつけたのか私には分かりかねますが、少なくとも私はあくまでも王様からの指示により……技術支援に参ったということをお忘れなく。
エルムグリムにもたらされた勇者の元の世界の技術による多大な恩恵を期待しているのであれば……それはお門違いと言うものであると最初から申し上げておきます。」
サーベリアンのさらなる改善策要望に対し、事務長は辛らつな言葉で返した。はあ……確かになあ……俺なんかは魔王国が進行してきてから召還されたから知らないが、事務長はそれまでの二十数年間にもわたって、不自由な生活を強いられていたんだった……しかもその主な原因は、旧議会議員らの汚職や背任行為による搾取だったが、彼らの暗躍の温床と言うか背後にはタッタルン王が存在していたのだからな……。
しかもそれが何となんと……二百年間以上に渡って代々行われていたというのだからな……黙っていられないわな。
「えっ……?いやあ……その……でっですが……タッタルン国民は、突然巻き起こった経済不況に対し汲々とし、明日への不安を抱えているものが多数おります。
どうか……お考えをお改めになられ、何卒厚きご支援を……お願いいたします。」
途端に舌が回らなくなったサーベリアンだったが、それでもなおも支援の言葉を繰り返す。
「まあまあ……賢者殿の仰ることはごもっともだ。確かにわが父……先王は国際法に背く行為を行い……だがそれは……代々受け継がれた我が王家の唯一の望み……エルムグリム統一の為であり、1代のみの不祥事では決してなく代々受け継がれてきた経緯があった。
他国に対して不当に利益を上げ経済的優位を保ち自国の繁栄を主導し続けた……その恩恵をサーベリアンだって受けて育っていたはずだ。君の実家は大きな商社だからな……さぞかし他国との不平等貿易で、多大な利益を上げていたはずだ……違うとは言わせないぞ。
わが父はエルムグリムを始め他国との条約や外交交渉に関して、常に魔王国の存在をちらつかせて優位に契約を更新し続けた経緯はあっても、そこから生まれる不平等貿易による利益はあくまでも、商社らに任せていたのだからな……莫大な利益を上げて国税が潤えばいいというのが父の考えだったからだ。
今回不祥事の賠償金で没収されてしまった財産だって、不当に上げた利益の積み重ねではなく、四百年前の2国分離後に、妖精国と獣人国がこぞって独立を宣言し、大陸西部方面の土地の代金として2国から徴収した金を、エルムグリムと折半した時の蓄財だったのだからね。
タッタルン国民は何世代にもわたって、他国から不当に巻き上げたともいえる利益によって潤って来たのは間違いがない。いい加減、これまでの利益分を吐き出すべきであろうと私は考えている。」
更にハーゲル暫定王までもが、これまでの不平等貿易で得られた利益を、他国へ還元すべきと提案する。そうか……サーベリアンの実家は商社なのか……さぞかし貿易で利益を上げていたことだろうな……。
「ばっ……馬鹿な……先ほども申し上げた通り、エルムグリムへの魚介類の輸出は既に打ち切られ、その上昨年度からは魔王国との漁業権委託契約も完全に解消されてしまいました。
更に更に追い打ちをかけるかのように、昨年度でのエルムグリム向け紡績工及び職人らの派遣契約が打ち切られ、引き続き妖精国と獣人国も派遣契約を一方的に解消を連絡してきました。加えて永年継続としていた機織り機の保守点検・修繕契約及び老朽機の定期交換契約すらもすべて白紙とされました。
安定していた定期収入が断たれ在庫が増加し、国内市場価格も大暴落……どれだけの損害を被ったのかお分かりか?おかげで本年度の貿易に関する収支は大赤字となり、税金は一切支払えなくなりました。
他国に対してこれまでの利益を還元せよとおっしゃられたが、払えないのです……国庫へ納める税収さえもない大赤字なのですからね!」
しかしサーベリアンは、今年は貿易が大赤字なのでとても他国への支援など出来ないのだと答える。
「だが……今つらつらと並べたてられたエルムグリムへの魚介類輸出を取り決めた通商条約も、魔王国からの漁業権受託に関しても、更には機織り機に関する補修や段取り替え契約に関しても、それらは全てタッタルン側が一方的に値を吊り上げ、暴利を得ていた正に不平等貿易によるものではないですか。
それらが解消になった今……おかげで大赤字になったとおっしゃられたが、それは長年に渡って得ていた暴利が暴利ではなくなり、普通の利益としか認識出来なくなったが故の、経済構造の問題によるものでしょう。
先ほどまで工房の職人らと話しておりましたが、タッタルンとエルムグリムでは物価が2倍ほども違う。同じ量の米やパンを買うにも、タッタルンではエルムグリムの2倍ほども高いのです。彼女らの弁当を見せて頂きましたが、品質的には大きな差はなくただ単に物価が2倍。
元々高額だった魚介類をエルムグリムへの輸出に際して倍額とし、さらに旧国会議長が2倍にして市場に卸し、業者がさらに倍にする……エルムグリムの狭い海岸線で勇者が主導して漁業を始めた時の収穫で、通常で4から8倍……ものによっては十倍から二十倍ほどもタッタルンから輸入していた魚介類と価格差があったのも頷けます。
エルムグリム内でも旧国会議員らが暴利をむさぼっていた事実はありますが、まずはタッタルン側で得ていた利益は本来得られる利益を大幅に上回っていたことを理解することです。その上で少ない差益で利益を生み出せる体質を構築していかねばならないでしょう……。
聞くところによるとタッタルン国民の生活水準は、今のエルムグリム国民の生活水準と大きく変わらない……同業種で同年代であれば給料は2倍程度なようですが、物価も2倍なので生活水準は変わらない……そうなると、2倍の物価に底上げしている分はどこかがピンハネしていることになりますね……。」
事務長が意味深な言葉を発し、鋭い目つきでサーベリアンを睨みつけた。




