5.テルナティという人物
5.テルナティという人物
「は……はあ……その……テルナティさんっていう……ヒーローがハーゲル王子様と行き違いでやってきて、ここスラム街の環境を正していってくれたのですか?人知を超えた超人……ってことですよね?
たった一人で夜回りして、夜盗や強盗に立ち向かっていって捕まえたんでしょ?果ては地域のボス迄……」
なんか……凄い……超人がいるなあ……本当なのかなあ……
「そうですね、テルナティは身の丈は2mを超え、雲を掴むほど巨大……本人は否定しておりますが剣豪であり、恐らく上級魔導士でもあるはずです。」
俺の問いかけにシスターが、何度も頷きながら答える。ひえーっ……ほんまもんの超人だ!しかも2mって……確かにエルムグリムよりもタッタルンの人々の平均身長は高めの様子だ。恐らく裕福な国だからそれだけ栄養の偏りもなく、背も伸びるのであろう。
加えてエルムグリムではめったにお目にかからない、肥満体形の人も多く見かける。これも裕福であるが故の光景ではなかろうか。
だがそれでも……恐らく平均身長は俺よりもまだ少しは低め……つまり170はない筈であり、2mを超えるというのはこの世界では非常に巨大……魔王や妖精国の王を彷彿とさせるような感じだな。まあでも……俺の居た日本にだって、バレーボールやバスケットボールの選手で2mを超すような人は結構いたか……
「そっ……そんなすごい御方が……どうしてまたスラム街に?まさか……荒れ果てたスラム街を立て直そうとしてやってきた……とかですか?」
「私には分かりかねます……本人は……自分は中央からやってきたとしか話さなかったからです。
ですが……自分ではどうにもできない事情で、スラム街まで落ちるしかなかったのであろうと噂されております。本人に確認いただくしかないのでしょうが……先ほど申し上げました通りに彼の所在が不明なのです。
確認したところ1ヶ月ほど前から警ら隊の組織変更を言い出して、後任の隊長を人選していたとか。他にもスラム街と王都との境界辺りに商社や工務店などを設立し、そこで多くの人を雇っていたのですが、それらにも後任の代表取締役を決めていたとも聞いております。
つまり……理由は分かりませんが、テルナティは全て清算してどこかへ姿を消したとしか思えないのです。」
シスターは超人に関して淡々と現況を告げた。なんと……行方不明?しかも計画的に?
「ほっほう……その……テルナティなる人物が20年ほど前にこの地へ流れつき、なんと荒れ果てたスラム街を安全な場所に塗り替えた……しかも住民らに職を与え、飢えることもないよう改善した。
素晴らしいことではないですか……ですが私はここへ何度も足を運んでおりましたが、毎回々々養護院の子供たちの様子を確認するのみで、スラム街全体の改革には全く気付かずにおりました……実に恥ずかしい。
いずれはテルナティと言う方の銅像でも、スラム街の中心地に建てたいところですが……まあでも……後任をきちんと立てて何処かへ行かれたということで……もしかすると他の都市にもスラム街は存在するでしょうから、そちらの改善に向かわれたのかも知れませんね。
取り敢えずこの地の住民らの生活は今後も安泰ということで……勇者様の疑問も晴れて、よかったということでよろしいでしょうかな?」
ここ迄無言で、じっと腕組みして考え込んでいただけのハーゲル暫定王が、ようやく口を挟んできた。
「はあ……まあ……養護院の子供たちが安全に暮らしていけている理由は分かりました。余計な心配をしなくて済みそうなのは良かったです。
ですがその……新たな疑問……その……テルナティなる超人のこと……ですよね……彼がどうしてこの地へ流れ着いたのか……とか、どうしてスラム街を改善して回ったのか……不思議ですよね?
だって自分でも商社や工務店を設立したって……そんな商才があるのなら何もわざわざスラム街へ来なくたって、街の中心部で普通に起業すればよかったはずなのに……なのになぜでしょうかね?」
ふうむ……疑問は尽きない……これがタッタルンと言う国のせいなのだろうか?一般人は簡単には起業出来ないとか?長く続く王政だからな……貴族でなければ人に非ず……なんて社会だったか?
「そうですね……不思議でしょうけど……ですが本人の所在が分からないのであれば……確認のしようがないかと……他の都市のスラム街を回っているとしたなら……彼の改善計画のお邪魔になるのではないでしょうかな?恐らく最初は隠密行動で、小さな悪を叩いて行ったのでしょうからね。
そうして自らの強さと正義感を周知させたうえで自警団を組んで、巨悪に立ち向かっていく……そのような計画ではないでしょうかな?いきなり見知らぬ土地へ行って、その地域のボスを倒すから仲間になってくれと打ち明けても、誰も仲間に等なってくれないでしょうからね。
状況が分かってくるまでは周囲が全員敵と考え、あくまでも隠密行動で単独で1人ずつ倒していって実績を積む……と言った考えではないかと……大っぴらに捜索することは、彼の計画の邪魔になってしまいます。」
ハーゲル暫定王は、テルナティなる人物の崇高な計画の邪魔をしてはいけないとばかりに、俺の疑問を解決するのはあきらめるよう促す。
「確かに……仰る通りなのでしょうけど……ですが……ここタッタルンは、王様が捕らえられてハーゲル王子が暫定王として即位され、今後は議会制民主主義国へと変貌しようとしています。
その際に……テルナティさんが必要とは思えませんか?彼の力を借りられたなら……なにもタッタルンと言う国の内情も何も知らない俺や事務長さんなんかが助言せずとも、タッタルンをいい方向へと導いてくれるのではないかと……なんせ最悪の状況のここスラム街を、安心安全な街へと作り替えた御方ですからね。
何とか彼の行き先を探して、協力を頼めませんかね……。」
ただの興味本位でテルナティなる人物の考えを確かめたいのではなく、タッタルン再興のための協力を得たいのだと、目的を打ち明ける。
「ああ……そうでしたか……確かに……彼にも手伝って頂くという発想は、有りでしょうね。成程……そうであれば……自警団のメンバーたちから彼の要望風体を聞き、似顔絵など作成してでも捜索いたしましょうかね。うまくすれば……数日で所在は判明するでしょう……恐らく行動自体は目立つはずですからね。」
ようやく俺の目的を理解したのか、ハーゲル暫定王は似顔絵を作成して捜索に当たってくれると答えた。
「では……よろしくお願いいたします。もしテルナティさんが、各地のスラム街を正していくことを目的として行動しているのであれば、いきなり協力してくれと言ってもいい返事は聞けないかも知れません。
その際は……俺が説得しますから、何とか連絡先だけでも分かるようお願いいたします。」
「承知しました……。城に戻り次第、警察署長にお願いして自警団から探ってみましょう。」
「お待ちください……テルナティは、目立つことを大変に嫌います。
警察官を総動員して捜索……等と言うことにでもなったなら、下手をすると他国へ逃げ出してしまうかも知れません。元々流れ者の身の上……恐らく獣人国にもつ手があり、生活には困らないのかと……そういった事もたまに話しておりましたから……。
もしそうなると厄介ですから、私が自警団に出向いて事情を説明し、何とか彼に連絡を取っていただくようお願いしてみます。自警団には知り合いも多いですから、むげには断られないでしょう。
少々お時間がかかるかも知れませんが、それが一番いい方法と考えます。」
するとシスターが、表だって大規模に捜索するとテルナティなる人物は雲隠れしかねないと……しかも獣人国へ逃げ出す可能性まで示唆……かなり厄介だな……
「分かりました……ではテルナティさんの捜索はシスターにお願いするということで……お手数ですが、これもタッタルンのためになることですから、何とかお願いいたします。
では……そろそろ夕餉の時刻になりそうですので……王城へ戻りませんか?ハーゲル暫定王様?そう言えば……王宮の馬車は空き地に停まっておりませんでしたが、どのようにしてここまでいらっしゃいましたか?」
仕方がないので、丸投げはいい加減卒業したいところだが未だに……でもまあ今回も仕方がないと自分に言い聞かせ……シスターにお願いすることにした。
その上で……いい加減城へ戻ろうと暫定王に告げる。
「おやおやおや……そんな時刻ですか?まずいですね……午前中には戻ると言って出てきたのですが……今日もサーベリアンのお小言は免れそうもありませんね。
気が重いですが……帰りましょうか……養護院へ出向くのは公務ではないので、王宮の馬車は使えないのですよ……ですので以前から辻馬車を雇って……スラム街と王都の境目まで出れば、流しの馬車がいるのでそれで……。」
ハーゲル暫定王はすりガラスの向こうの色合いがだんだんと薄暗くなっていることにようやく気付いたのか、頭を抱えて嘆き、その上で辻馬車を使ってきていることを打ち明けた。
「でしたら……俺が乗ってきた装甲バスでご一緒しましょう……。」
どうせ帰る場所は同じなので……暫定王もご一緒していただこう……
「それは大変にありがたいことです……。」
暫定王がぺこりと頭を下げる。
「おおお……お待ちください……多額の寄付金を頂いた大恩人を……しかもハーゲル王さま迄……そのまま帰すわけにはまいりません……せめて夕餉を共にしてお帰り下さい。
すぐにご用意いたしますから……子供たちもお客様とご一緒の方が喜びますので、どうかどうか……お願いいたします。」
このまま教会の外へ向かおうとしたら、シスターが前へ回り込んで跪き、両手を合わせて縋り付くようにねだられてしまった……まずい……帰りが遅くなると俺だって事務長に……
「お誘いは大変にありがたいのですが……本日エルムグリムからタッタルン王宮へ到着し、私はその足でハーゲル暫定王さまに会うためにこちらへ伺いました。そのため本日の宿も決めておらず、荷物もほどいていない有様なのです。戻って宿の手配などを決める必要性もあるので……折角のお誘い大変申し訳ありません。
お食事はまたの機会と言うことで、お願いできないでしょうか?」
決して養護院の子供たちとの食事が嫌だと思っているわけではないのだが、いい加減戻らないと……不慣れな他国で糸の切れたタコ状態の俺を、事務長が心配しているのではないかと案じてしまう。
「おやおや……そうでしたか……サーベリアンの奴……会議や発注の手配などしっかりこなすし、そつのない人物なのですが……少々抜けがあるようで……お客人の宿泊先もお教えせずにすぐに仕事の話をしだすとは……大変申し訳ありませんでした。
恐らく王宮の客室を割り当てていると思いますので、城についたらすぐに案内させましょう。
ではシスター……扉のがたつきは修繕できましたので……本日はこれにて……また近々参ります。」
ハーゲル暫定王はぺこりと頭を下げると、そのまま踵を返すようにドアから講堂へ出て入り口へと長い通路を歩き始めた。俺もシスターに小さく頭を下げてから、暫定王の後に続いた。
王城までの帰路も、装甲バスはスムーズに走り続けた。そろそろ帰宅時間帯だというのに馬車の車列もなく渋滞もない……やはり活気がずいぶんとなくなってきているな……王様が糾弾されて財産没収されただけで、こうまで国の情勢が変わってしまうものなのか……エルムグリムだって魔王国だって賠償はタッタルン王国当てではなく、あくまでもタッタルン王個人に向けているにも拘らずに……だ……
ほとんどノンストップで王宮へ向かって走って行く。
確かに……トップである王様が今では囚人として、エルムグリム王城で軟禁状態にあるのだからな。そうしてタッタルン王国は、暫定王を掲げてこれから議会制民主主義国家へとかじ取りを始める所なのだが……実際そうもうまく事が運ぶかどうか……分かってはいない。
確かに不安も大きかろう……資産に余裕があるのであれば……今では富裕の差が完全に逆転したエルムグリムへの移住を決め込むものが多いというのも頷ける。
そりゃあ誰だって活気のある暮しやすい国で生活したいはずだ。今のエルムグリムではインフラ整備から何から何まで……全てハイテク……とまではいわないが、何もかもが新しい。
王都の住居ビルは水車での発電が使えずエスカレーター完備と行かないので6階建てまでとしたのだが、事務長が蒸気機関車の蒸気機関で水車の代わりに発電機を回せばいいのではないか?と……至極当然のことを前回の元老院会議開催直前に思いつき、王都にも発電所なるものを住居ビル建ち並ぶ地区ごとに建築し始めた。
王都の住居ビルの階段は将来を考えて全てエスカレーター構造にしていたために、発電が機能すれば可動も可能……今後の新築物件に関しては、地上11から15階建てまでを計画しているという事だ。
この発電……蒸気機関を動かすのは石炭火力ではなく、火炎魔法なのだ……。
トロッコ列車で火炎魔法による蒸気窯加熱と、タービン摺動から回転運動へ変換技術と、発電用のモーターは既に水車発電で培われている……つまりすべて既存技術で賄えたのだが……それでも事務長は、会議開催中昼間は元老院で夜は工房……という生活……ほとんど寝ていないようだった。
実を言うと魔王国との国境にある住居ビルでは、夜間は常時物理結界を建屋毎に張っていて、更に穀倉地帯を縦横に走るトロッコ列車の蒸気機関を動かすのは魔法兵……訓練のみの王都の兵に比べて、スーパー堤防の兵の魔法技能発達が数倍速いということがレルムの分析で明らかとなった。
これも終戦後からの新卒兵士は1年ごとに入れ替わり隔年就役なのだが、都度配属先が異なる場合も多く、前回の就労場所に寄って同じ年季でも魔法能力の違いに大きな差が出たために明らかになった。
日々の訓練はどちらも怠ってはいないのだが、やはり実戦での魔法経験は何よりも強い……と言ったところか……その為王都では必要もないのだが僧兵には王城夜間の魔法結界をはらせるように取り決め、魔法兵は交代制で、各地域の発電所の蒸気タービンを回すための火炎魔法を唱えることになったらしい。
これは王都だけではなく、今後は西部地域迄順繰りに進めて行く計画と、元老院会議で法案申請された。
なんにしても火力ならぬ魔法エネルギーであれば……クリーンなので素晴らしいことだ。
どうせ発電するならと……電球による照明……確かガラスの電球内を真空にして……真空魔法で実現可能と言う事だった……最初は京都か何処かの竹炭……をフィラメントにした……とか習ったよなあ……的な丸投げをしてみた。様は純度の高い炭素のフィラメント……またはその代替え品を作ればいいはず。
蛍光灯は……蛍光塗料を内側に塗って……電子を飛ばすのだったよなあ……とか……電球の方は何とか明かりが灯るような形になってきているようだが、蛍光灯はまだまだだ……
やがては……油や蝋燭を使った照明が全て電化されたらいいなあと……考えている。
今回のタッタルン支援では、鉄道の敷設と蒸気機関技術の指導……本当はすべて委託を受けてエルムグリムとして工事竣工したかったのだが、今のタッタルンではそこまでの財力がないからと、技術支援して自国労力で発展するよう指導することになったのだ。勿論元老院も王様も承認済みだ。
産業の基盤ともいえる重要な技術だが、この技術がなければ急速な国の発展は望めないだろうと、王様からお願いされて元老院側が承諾する形となった。
ただ単に王政から議会制民主主義国家へと移り変わるかじ取りを支援するだけでは、恐らくタッタルンは国として成り立っていかないだろうと、王様は懸念されている様子だ。
まあ……大陸内に2国しかない人間の国家だからな……これまでは影の黒幕的な国だったから実は敵国だったのだが、その首謀者も収監された今では、同じ人間の国として支援して支えなければならないのだろう。
「到着いたしました。」
王城正門をくぐったところですぐに右へ曲がり、塀よりの駐車場に装甲バスを停め魔導士が振り向いた。
「ありがとうございます。今日はもうバスを使うことはないでしょうから……そうでしたね皆さんの宿泊場所の割り当てもまだでしたね。一緒に城の中へ行きましょう。」
エンジン役と運転手の魔導士と護衛の魔法兵らとも連れだって、タッタルン王城中庭を城のエントランスへ歩いていく。王城のエントランスへ馬車を横付けできないルールは、こちらでも同じだ。
「大変申し訳ありません……サーベリアンは貴国からの技術支援をそれはもう……楽しみにしておりましたので、恐らくそれで頭がいっぱいで他のことまで手が回っておらず……すぐに城の他のものに言って手配させますので……。」
俺たちの会話に気付いたのか、ハーゲル暫定王が駆け寄ってきて頭を下げる。王城入り口エントランスへ装甲バスを横付けすることを遠慮した暫定王は、一緒に駐車場でバスを降りた。
「いえいえいえ……技術支援のために工房への案内を急かせたのは、事務長さんですから仕方がありません。
大丈夫です……装甲バスにはトイレもついているし、携帯食や本日分の軽食も積んでありましたから、休憩だって十分に……ですよね?」
「ああ……はい……何の問題もありませんでしたから……お構いなく。我々は本日の宿舎割り当てが決まり次第、城下町へ降りて一杯……することが楽しみなだけでして……。」
エンジン担当の魔導士が、手振りでグラスを一気空けするふりをして笑いを誘う……そうか……彼らだってタッタルンへ出向くことなど、これまで一切なかったはずだ……定例会議でのタッタルン出張など恐らく旧議会の貴族議員らと、その関係者に限られていただろうからな……。
薄給で苦しい生活を余儀なくされて……観光旅行なんて……滅多にしなかっただろうからな。
一応国境はあるし通関もしなければいけないのだが……お隣国どおし……気軽に行き来できるようになればいいな……。




