4.安全である理由
4.安全である理由
「いやいやいや……そっその……炊き出しとか周りの人々への支援が悪いことだと言っているのではなくて……それは……どちらかと言うと……すごく立派な行いで褒められるべきものだと思います。
そうじゃなくてその……周りのスラム街の住民の人たちから脅されてお金を支払ったり、食べ物や洋服を盗られたりはしていないか……それだけが心配で、確認していただいたのです。
周りにその……怖いとか……乱暴ですぐに暴力をふるってくる人とか、居ませんか?」
すぐに質問の趣旨を、暴力で脅されていないか確認したいだけだと説明する。
「そんな人……ここにいるわけないじゃない!貧しいと人は皆暴力的になるの?盗みをするの?
少なくとも養護院に暮らすあたしたちに対しては、皆優しくて親切な人たちばかりよ!」
なるべくわかりやすく説明したつもりが……琴線に触れたのか、厳しい目つきで睨まれてしまった。
「待て待てテレッサラム……勇者様は悪意があって、スラム街の人々を蔑むような表現をしているのではないのだ。確かに……私がまだ幼かったころ……ここスラム街は……特に最奥にある養護院の周りは荒みきっていて、毎日暴力沙汰が絶えず、死人が出ることも日常茶飯事だった。
我々養護院の子供たちは皆義務教育を終えたらすぐに奉公に出て……でも大抵はうまくいかなくてスラム街に舞い戻り、愚連隊の一員となって犯罪に手を染めて行くのだろうと、幼いころはずっとそう思っていた。それ以外の道はとても考えられなかったといっていい。
だからこそ……母様にお願いして私を育ててくれた養護院の全ての子供が高校へ進めるように……優秀な子供は大学へも進めるように……貧しくても高度な教育を受けてさえいれば、立派な社会人として巣立っていけると信じて……支援して頂いたのだ……途中からは私が代わって支援を支えていたのだが……。
私が王宮に召し上げられて早20年……ここはそんなに平和な場所に変わったというのかい?私は……極たまにしか訪問できていないし……しかも昼間の様子しか見られてはいない。だから知らなかったのだが……いつの間に安全な場所に様変わりしたのか……君は知っているかい?」
ひえーっと背筋に冷たい汗が流れだし、どうしたものかと思案していたらすぐにハーゲル暫定王が、俺に代わって弁明をしてくれた。やはりこの場所は相当に危ない場所だったに違いない。死人が出ることも日常茶飯事って……よくそんな場所で暮らせていたよなあ……だけど、今は平和なんだ……一体なぜ?
「あたしは10歳だよ……あたしが生まれて物心ついた時には、もうこの辺は今と変わらず静かな町だったよ。昼でも夜でもね……危険なことなんか、一つもないくらい……ねえ、皆?」
テレッサラムと呼ばれたツインテの女の子は、そう言いながら振り返って周りの子供たちに同意を求めた。
『そうだ、ここは静かで安全な町なんだぞ!』『危ない人なんて一人もいないぞ!』『平和平和』『大人はみんな親切で優しい!』『この間だって、養護院の門がきぃきぃ音がうるさかったら、すぐに数人が来て直してくれた。』
すると他の子供たちも、口々に危険なことは一つもないと叫んだ。やはり……
「ふうむ……私が育った時分とは大違いに……ここは静かで安全な街へと生まれ変わっているようですな。
何度も足を踏み入れているつもりの私は、ちっとも感じ取れてはいなかった……なのにやはり勇者様はすごい……我々凡人とは見ている先が違うのでしょうね。
しかもそれは……既に十年以上前から……と言った印象ですね。詳細は……養護院の責任者でもある、教会のシスターにでも聞いてみなければわかりそうもありませんね。
先ほど勇者様から預かった支援金も渡さねばなりませんから……このまま教会へ参りましょう。」
ハーゲル暫定王はそう言うと……すたすたと学校のような2階建ての木造建築物の方へと歩みだした。
「じゃあすいません……ちょっとハーゲル暫定王とともに教会へ行ってきます。どうやら危険はなさそうですので……皆さんは装甲バスにて待機していてください。」
「分かりました……我々はここで待機しています。危険を感じたならすぐに叫んでください。木霊魔法をかけておきますので、大声を上げたら拡声されますから……その際は装甲バスにて突っ込んでいきます……。
ハーベンタールシャア……………………」
俺の安全を危惧して一緒に出ていてくれた魔導士と僧兵を装甲バスに残し、俺はハーゲル暫定王の後を追うことにしたら、念のための木霊魔法をかけてくれた。装甲バスにはお茶や軽食も積まれているので、ここで休憩していただいていたほうがいいだろう。どうやら危険性はなさそうだ。
ハーゲル暫定王は木造建築物を避けてさらに奥へと進み、その先には大きな三角屋根の高い建物……と言っても2階建ての養護院よりも高いだけで……3階建てくらいの高さかな?恐らくここが教会……だけど、当たり前だが十字架が屋根の上に乗っているわけではない……異世界の教会だ。
細い丸太をくみ上げて作られた、一見ログハウスにも見える教会は、両開きの扉を開けて入ると中は鋭角の屋根の裏側が丸見えの吹き抜け……構造となっていた。吹き抜けとはいっても、補強のための梁の丸太などは数m置きに壁と屋根の境部分を支えているのだが、丸見え……。
要するに天井の天板がもったいないので、そのままにしてます……みたいな……ログハウスと言うよりも、丸太も恐らく角材に出来ないような先端の端材を集めて作られたと想像できる。
まあそれでも……格安で作られているにしても……周囲の養護施設以外の建物に比べたなら……崩れたり穴が開いたりしていない分だけ、遥かに立派な建造物と言える。
中は中央に広めの通路があり、両脇をベンチ型の木材の平板で作られた長椅子が正面を向いて何列にも並び、集会などには多くの人々が集うのであろうな……と容易に想像できた。
両壁に取り付けられた窓はステンドグラスではなく、擦りガラスだが結構大きめで……昼間の採光には十分すぎるほどであろう。
真正面の壁の三角の頂点付近……床から十mほどの高さ部分にも小窓があり、こちらは見た目は擦りガラスではなく普通の透明なガラス……あくまでも想像だが……多分こちらが南側で……午後からの集会時などに……講話をするシスターの頭上から差し込み床(丁度通路部分のはず)に届く光が儀式的な印象を与えるのではないのだろうかな……
だだっ広い教会の講堂には人影はなく、ハーゲル暫定王は中央通路をすたすたと歩いて行き、奥の壁まで辿り着くと、中央部分の演壇やその脇の大きな四角い箱……恐らくピアノのような楽器ではないのかな?には目もくれず、すぐに左へ折れてから数歩進み、さらに奥の壁へと歩んでいき、ドアを開けて中へ入って行った。
俺も遅ればせじと……早足で後を追っていく……
「ハーゲル王……如何なさいました?扉の修繕は終了しましたか?すみませんねえ……不慣れな大工仕事をお任せしてしまって……何時も面倒を見て下さっているテルナティさんらがお忙しいご様子で……これまでにこんなことはなかったのですけどねえ……。
慣れない作業で、何処か怪我でもしていませんか?大丈夫でしょうか?」
入った先は6畳間程度の広さの部屋で、中央には応接セットのようなテーブルとソファが置かれており、奥には木製のデスクがデーンと構えており、恐らくは執務室。
とはいえデスクも応接セットも高級なものではなさそうで、ソファは布張りで破れた箇所には継ぎ当てが……デスクも端材を寄せ集めて作られた風で、木目どころか10センチ角ごとに色目が異なる、いわゆる継ぎはぎ……。
それでもデスク奥で羽ペンを手に、書類の束に目を通していた様子の中年の婦人は、穏やかな口調で目線をハーゲル暫定王に注いだ。
「いえ……どこにもケガなどは……大丈夫ですよ……王宮でも自分の机などは材木を購入して、自分で作ったりしておりますからね。それよりも……本日はエルムグリム王国で召喚された、勇者様が来てくださいました。しかも何と……この施設の窮状を聞き、有難いご寄付まで……どうぞ。」
ハーゲル暫定王は先ほど手渡した金貨が入った革製の巾着袋を手に、ゆっくりとデスクの方へと歩んでいく。
「まあまあまあ……なんという事でしょう……勇者様とおっしゃいましたか?このような場末迄、御足労頂き……なんとお礼を申し上げればいいのか……しかもご寄付まで……。」
シスターはハーゲル暫定王の言葉を聞くとすぐさま椅子から立ち上がり、デスク前まで駆け足でやってくると今度は俺の前で跪き両手を組んで目を閉じ祈り始めた。
「いっいや……あの……おっ俺なんて……ゆゆゆ勇者の称号は頂いておりますけど……実質何の役にもたっていない、ただの男でして……その……きっ寄付に関しましても……そそそんな大層なことではなく……はははハーゲル暫定王さまに現状を聞き、びっ微力ではありますが何とか……。」
突然勇者として紹介されてしまうと面はゆいというか……かしこまって言葉が出て来なくなってしまう。
なんせ勇者の称号は、間違ってこの世界に召喚されてしまった俺が不自由なく生活していけるよう王様から与えて頂いた、ただの収入を得るための肩書でしかないのだからな……。
「先ほども申し上げた通りに、役に立っていないだなどと言うことは金輪際なく……常に周辺地域のへの略奪や凌辱を繰り返していた魔王国の小鬼たちにも職を与え、豊かな収穫が確保されたことで飢える心配もなくなり、不法行為が全く行われなくなったと聞いております。
以前は魔王国領海を航行する商船など、飛行術を使って飛来する小鬼たちの群れに度々襲われる被害が相次ぎ、外洋航路含め航行禁止区域と指定されておりましたからねえ……。
魔王国より漁業権を委託されて漁をする漁船ですら度々襲われることもあったようで……小鬼たちの極悪非道な行いは、大陸に住む住民らの悩みの種でした。
魔王国正規兵らによる妖精国との国境周辺の警戒監視は、どちらかと言うと山奥に潜む非正規の小鬼らによる他国への侵害行為を阻むためが主目的でしたから……。
それが今では余りある稼ぎ口に惹かれ、全ての小鬼らが魔王国国民として正式に取り入れられ、秩序ある生活をしていると聞いております。それら全てが、勇者様ご指導によるもの……十分にこの大陸の役に立っていると、私は解釈しておりますよ……。」
実際は何の役にもたっていないと主張したら、ハーゲル暫定王からそんなことはないのだと、全否定されてしまった。だが……そうなのか……小鬼たちって、魔王国内でも魔王国に属さないいわゆるフリーの小鬼たちもいたんだ。そいつらが……周辺各国へ悪さを仕掛けて……魔王国は国境警備に当たっていたが……。
エルムグリムは山脈結界のおかげで、穀倉地帯からの侵略は免れてはいたのだが、それでも北方山脈での小競り合い程度は、それなりに被害としてあったのだろうな……だからこそ、北方地域は過疎集落となっていたのであろう。
戦敗して穀倉地帯も失った魔王国に対し、食料が枯渇するだろうからと食糧支援を提案し、更に棚田含め耕作地の確保に加えて、酪農や林業に漁業等の技術支援を行ったことは、小鬼たちが飢えなくなってだけではなく、周辺地域への迷惑もかけることも無くなったのだろうな……。
更に今は……開腹術による出産の問題が軽減されつつあるのだ……これら……確かに言い出しっぺは全て俺なのだが……だが俺は言い出しただけで実質、何の役にもたってはいないのだよなあ……。
「こ……こんなにも沢山……よろしいのでしょうか?」
手渡された巾着袋の中身の金貨をデスクの上に開けたシスターは、その量に驚いた様子を見せる。
「いえいえいえ……俺の手持ちですので、そんな高額とはいきませんでしたが、何かのお役に立つのであればうれしいです。」
取り敢えず謙遜の意味も込めて、小さく頭を下げておく……実際金貨など使ったことはエルムグリムでもないからな……あれがどれくらいの価値なのか、俺にはさっぱり……。エルムグリムのスーパーでの買い物は、階級章を見せて伝票にサインすれば後は自動引き落とし……国軍兵士は皆そうらしい。
だから俺はエルムグリムの通貨単位ですら実を言うとまともに知らないし、未だに俺の収入がどれくらいの水準なのかもしらない。俺が知っているのは事務長に渡される毎月の小遣いで、どれくらいの買い物が出来るかという程度であり、小遣いで頂いた分はすぐに軍の金庫に預けてしまうのだ。
現金は持ち歩かないほうが落としたりしないで済むから、安全安心なのだ……たまたま今回は外国へ来ているから、金貨が入った巾着袋を持ち歩いているに過ぎない。
つまり俺は……国から支給される勇者としての手当てや元老院議員としても給料が振り込まれる口座と、俺が日頃買い物する小遣いを預けている口座と二つ持っていることになるのだが、実際の収入口座は事務長が管理しているので、こちらの口座の残高は知らないし使うことも出来ないのだ。
「これだけの金貨があれば、この施設に暮らす子供たちのお世話が半年は……いえ……タッタルン王が失脚されて、今後の援助に不安がある今なら節約して……1年は持つと考えます。
本当にありがとうございます。」
シスターは俺の目の前まで来て、深く深ーく頭を下げた。へえ……先ほど見た限りの子供の数から推測すると、結構な人数がいるだろうに……半年から1年間も維持できる程度の金額なんだ。まあ……週に1回は外食……なあんて贅沢は多分しないのだろうけれどもな……。
それでもまあいいさ……別にタッタルンへ来たから贅沢する……なんて計画もないし、取り敢えず国賓として招かれているのだから、宿泊場所と日々の食事くらいは提供されるだろう。だったら俺には使わない金だから、役に立つ人に使ってもらえたならうれしい。
「本当にありがとうございます勇者様……改めて私からもお礼させて頂きます。」
次いでハーゲル暫定王も、シスターと並んで深く頭を下げた。もういいのに……
「そっそれよりも……先ほどの疑問点をシスターさんに……。」
ここへ来た用件を暫定王に促す。
「ああっと……そうでした……そうでしたね……。
実はシスター、私は全く気付かなかったのですが勇者様からご指摘いただきまして……確かに奇なることであるなと……」
ハーゲル暫定王が、この周辺のあばら家に比べてそれなりに整備された区画であることと、子供たちの身なりの良さを告げ、なのになぜスラム街の住人たちから危険な目にあわされないのかと質問した。
「そうですね……確かにこの地域は荒みきっていて……ハーゲル様がいらっしゃった頃までは……ですが今は当時の面影など全くなく、平和で静かな町に様変わり致しました。
とはいえ……住民たちの生活環境が格段に向上したという事ではないので、住まいや身なりなどは依然として昔のままですが、それでも日雇いの仕事や、中には定職に就くものが出てきており、以前のように人から強奪したりしてその日の食い扶持を確保する……等と言った荒れた行為はすっかり影を潜めております。」
シスターは暫定王の問いかけに小さく頷くと、左上を眺め思い出しながら話し出した。
「あれは……丁度ハーゲル様と入れ替わり……と言ってもいいくらいの時期に、ある一人の流れ者がスラム街の片隅に居ついたのです。その者はテルナティと名のり、自分は中央からやってきたとだけ言いました。
ですがその者の経歴について……スラム街には元は一般の民として官庁や大会社に勤めていて、職にどうしても納得できなかったり、人間関係等に悩んで行き場を失って流れついてくるものも多いのですが、誰に聞いてもテルナティのことを知っているものはおりませんでした。
テルナティは夜間の物騒な状況を知ると、自ら夜回りと称してスラム街中を回り、夜盗に強盗、強姦魔などを次々と捕らえては警察に引き渡したのです。彼の元には評判を聞きつけた若者たちが集い、やがて自警団を組織して本格的にスラム街中を警邏して回りだしました。
警察ですら恐れて立ち入ることがなかったスラム街を……です。
そうしてついには悪の元締めともいえる、スラム街のやさぐれを束ねるボス迄も捕らえ警察に引き渡すと、自警団の名称を改めて警ら隊とし、警察の下部組織として認めさせて手当迄もらえるようにしたのです。
さらに手に職あるものは技能が生かせるような職場を紹介し、体力が有り余る若者には警ら隊や土木工事作業員の仕事を割り当て、事務職経験者には経理や労務など適性に合った仕事を斡旋し、果てはよぼよぼの老人ですら、日がな一日干し芋や梅干しをひっくり返し続ける作業を与えたようです。
勿論……強制残業や人間関係に問題がある企業に対しては、テルナティが直接乗り込んでいって社長に掛け合い待遇を改善していったと聞いております。
おかげでスラム街住民の就労率は70%を超え、食べ物に困る人間は少なくなり、同時に安全で静かな町と変わってきているのです。それでも……まだまだ食べていくのがやっとのものが多く、衣食は足りているとは言い難く、更に住は未だ……道半ばと言ったところでしょうか。」
シスターは最後は優しい笑みを見せ、話を終えた。濃紺の礼服のような服装の婦人は美しく貴賓もあり、優しそうに見えた。




