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2.ハーゲル暫定王

2.ハーゲル暫定王


「そろそろ地図の印の場所に到着しますよ……。」


 恐らく1時間近くは走っただろうか……まだ王都を出てはいないはずなので……やはりタッタルン王都はかなりでかい。途中ノンストップで装甲バスが走ったので、道が狭くなってから多少減速したとしても恐らく25キロは進んでいるだろう。


 狭い裏路地のようなぎりぎりの道幅だったのが……突然視界が開けて来た……いや……道幅はさほど変わらないのだが、連なっていたバラックが突然無くなり公園のような木々が多く芝生がある、開けた場所に到着……装甲バスは広場の隅に停車した。ここは……なんだ?


『なんだなんだ?』『なあに?なあに?』『敵襲か?大変だ!』『近づいたら危ないよ!』『逃げろ逃げろ!』『嫌だ!戦うぞ!』『俺も戦う!』『俺も!』『俺も!』『じゃああたしも!』

 装甲バスが停車してすぐに、四方から甲高い叫び声に包まれた……一体どうした?


 席に着いたまま身を乗り出して窓の外を見ると……赤や青に黄色……様々な野菜……いや……これは人の頭か?頭頂を見下ろす形になっている……ということは、相手はずいぶんと小さい……子供……か?


「大丈夫だ……危険はないぞ!恐らくは……エルムグリムからの使者殿だ。本日やってくる予定であったからな……私などいてもいなくても同じと……こちらへ出向いたのだが、どうやら行き先を教えられてしまったようだ。仕方がないな……。


 遠路はるばるようこそ!勇者殿からの提案は全て承り、タッタルン国民総出で実現させますので、良しなにご指導お願いいたします。」


 広場奥の大木の木陰から一人の青年が、大声で子供たちを制止しながら近づいて来た。何処か見覚えが……と思っていたら、話し方の特徴ですぐにわかった……ハーゲル王子……いや暫定王だ。


 なんと地味な……いや……普通か……薄手のシャツに綿パン姿……靴はブーツではなくなんと……素足にサンダル履き?いつもの真っ白で煌びやかな装飾が施されたスーツというか衣装と、羽毛が飛び散る豪華なストールはどこへ行った?スラム街の追剥に、身ぐるみはがされでもしたのか?


『開いた!』『開いたぞ!敵が下りてくる!』『逃げろ!』『いや、攻撃だ!』『戦え!』『駄目よ、やめて!』


 さほどの危険性はないと悟り装甲バスの扉を開け降りようとしたら、咄嗟に背を向けて逃げ出すもの、地面から小石を拾って身構えるもの、それを制するものに入り乱れカオス状態に……


「おいおいっ、危険はないと言っただろ!大事な使者様だから、怪我でもさせたら大事だぞ!ここに住めなくなってしまうぞ、それでもいいのか?」


『嫌だ!』『いやッ』『嫌だよう……』『いやーっ!』『何とかして!』『助けて!』


「だったらすぐにそこをどくんだ!勇者様が降りて来られなくて、困っているだろ?」

 ハーゲル暫定王が叫ぶと蜘蛛の子を散らすかのように、装甲バスの出入り口付近に滞っていた人垣がはけた……やれやれ助かった……一時はどうなることかと……


「お久しぶりです勇者様……ようやく願いが叶って、我が国タッタルンをお導きいただける運びとなりましたね……わが父が失脚し王位についたものの、あくまでも暫定的なもので、いずれは議会制民主主義に移行することがほぼ確定しているのは残念ですが……まあ……タッタルンが今後発展していくのであれば、それでも大歓迎ですぞ。


 常日頃から側近たちに、勇者様が来てご指導いただければ……勇者様にお導きいただけたなら……必ずや明るい未来が見えてくるのだと、説いて聞かせていた甲斐がありました。


 勇者様と賢者殿のご対応は、全て助役に任せてきたつもりでしたが……何か確認事項でもおありでしょうか?それとも……この貧民街を活性化するための素晴らしいご提案でもお浮かびなのでしょうか?」


 ハーゲル王子は仰々しく片膝をつき頭を垂れ、従者のポーズで出迎えてくれた。いつもの豪華な衣装で行えば、華やかさもあって騎士の雰囲気も出るのであろうが……


「助役のサーベリアンさんは、事務長さんの対応だけで手いっぱいでしょう……なんせ工房のリーダー格や工員たちを大勢連れてきて、こちらの工房の技術者たちに最新技術をお伝えするつもりのようですから。


 工業が発展して自動化が進めば産業は大いに活発になるし、人々も潤うはずですよ。


 俺は技術的なことは何も分からないので……ハーゲル王さまに……会いに来たのですけど……ここで何をしていたのですか?ハーゲル王さまこそ……貧困街の視察でしょうか?」


 ずっと跪かれていられても困るので手を引いて立ち上がらせ、膝の土ぼこりを払ってやりながら尋ねてみる。服装が地味なのは、あんな派手な衣装でこんな貧困街を歩いていたなら目立ちすぎるし、真っ先に標的とされるだろうから、それを避けるためだと容易に想像は出来る。


 だが……暫定とはいえ一国の王が、どうしてこんなところに来ているのだ?しかも外国からの使者が来るというのにそれをほっぽっといてまで……どんな用事だ?周りを見回しても、お付きどころか護衛の兵士だって……見当たらないぞ!


「おやおやそうでしたか……サーベリアンだけでは対応しきれなかったか……シュツルーベンやトーリアマムらにも対応させたかったのですが、彼らは新生タッタルン構築のため……というか、わが父前王が失脚して財産没収されたため王の威厳は地に落ち、各地の豪族による反乱が勃発し始めているのです。


 彼らはそれを抑え込むために、躍起になっております。そのような危険な場所へ勇者様や賢者殿をお呼びたてするのは申し訳がないと……せめて反乱を制定してからに延期しようと提案したのですが、混乱している今こそ勇者様と賢者殿のお力をお借りしましょうと、どうしてもサーベリアンが申すもので……。


 反乱の標的はあくまでもわが王家一族に対するものであり、エルムグリムからの客人である勇者様や賢者殿は安全であるはずですし、また指一本も触れさせるつもりはありませんから、どうかご安心ください。」


 ハーゲル暫定王は、またしても腰を深く折って頭を下げようとするので、慌てて体を支えてやめさせようとする。これではどちらの立場が上なのか……周りに誤解を与えてしまいかねない……


「事情は分かりましたが……で?王様はどうしてこのような場所にいらっしゃるのでしょうか?」

 再度問いかけてみる。


「ああ……そうでした……ここは私の生まれ故郷……と言いますか、幼いころ育った場所なのです。」

 ハーゲル暫定王が後頭部を掻き掻き答える。


「はあ?だって……王子様……だったでしょ?今は……王さま……だけど……」

 一体どういうことなのだ?


「私は生まれた時から王子だったわけではないのですよ……逆に捨てられて……ここスラム街の、養護施設で育てられました。タッタルン王家は……跡目問題に至極過敏になっていましてね……重婚が認められているにも拘らず、王の妻は正妻一人だけ……後は全て側室というか側女扱いなのです。


 王子となれるのは正妻の息子だけであり、側室の子供は男女問わず幼いころに里子……多くは子宝に恵まれない地方豪族の養子として引き取られるのですが、我が母は……百人いる側室のうちの85番目……子供は捨て子同然にたらいまわしにされ、ここ……スラムの養護院に辿り着いたようです。


 そのままここで育ち、やがては日雇い工にでもなって家庭を持ち暮したか……あるいは盗みなど覚えて犯罪に手を染めていたかも知れません。


 ところが20年ほど前のこと……気候も安定しているタッタルンで冷害が発生し、作物があまり採れなくなる飢饉が発生……その時を同じくして、流行り病が発生したのです。その流行り病で第1王子も第2王子も亡くなられ……更に子を失って悲しみに暮れていた正室の女王様も後を追うように亡くなりました。


 そこですぐさま側室を正室に迎え、後継ぎである王子を決める運びとなりましたが、大半の王子候補は流行り病で亡くなるか危篤状態……若しくはすでに成人して家庭を持っているものがほとんど。


 新たに若い正室を……といった意見も出たようですが……早急に確実に王子が生まれるか保証なく、まずは王子候補を探そうという運びとなったようです。


 探しに探して……一番若い側室であった我が母の息子……当時5歳だった私の行方を探し回り、ようやくここ……スラム街の養護施設に辿り着いたようなのです。すぐに私は城に召し上げられ、王子としての帝王学の教育が始まったのでした……否応もなく……幼かった私には拒否権などないも同然でした。」


 ハーゲル王子が、顔を少し赤らめながら波乱の人生を打ち明けてくれた……なんと……


「私は母様にお願いし……母様も捨て子同然で無理やり手放された我が息子を、大事に育ててくれていた養護施設に何もしないわけにはいかないと……毎年多額の寄付をし、周辺環境を整備し続けていたのです。


 成人した以降は私が自ら出向いて、私を育ててくれた養父らに感謝の気持ちを伝え、収容されている我が弟や妹たちへ援助しに来ているのです。


 ですが……父の失脚で財産全て没収されてしまった身の上……暫定王としても給金も望めないため仕方なく労働力で賄おうと……今日は朝からここへきて、建付けの悪い玄関口の扉の修繕などを行っていた次第です。」


 最後は笑顔で締めくくった……手の指先にはいくつもの絆創膏が……慣れない大工仕事で、指先を傷めたのであろうな……悲惨な幼少期のことを恨むでもなく……しかもそんな過去を微塵も感じさせずに王子として振舞っていたんだ……ふうむ……見え方が変わって来たな……


 どおりで……ボロボロのバラックが建ち並んでいた街並みが、ここにきて一変……きちんと整地された土地に緑あふれる公園と学校のような大きな木造建築の建物……そりゃあ市街地の白亜の高級住宅地とは比べられないけど、そこそこまともな……建物らしいのが建っている。


 それまでは……冬の寒い時期には隙間風ビュービューと言った感じの……雨を凌いで直接風に当たらない程度……と言った感じの建物に比べたなら遥かにましだ。


 身寄りのない捨て子同然で届けられた王子を、分け隔てなく他の子らと一緒に育て上げてくれたのだからな……人助けはしておくものだ……情けは人の為ならず……だ……。


「へえ……あそこの木造の建物が養護施設で……さっきまでいた子供らが、そこに収容されている子供たちというわけですか?元気で明るそうな子ばかりでしたね……。」


 小さいのからそこそこ大きいの迄、多分2,30人はいたはずだ。スラム街と言っていたはずなのに子供たちの服装はこぎれいで、身なりもしっかりしていたのは、これまでの支援のおかげという事かな。


 血色もよく、食い詰めてやせ細った……等というイメージは全く受けなかった。だがそれもこれも……ここ迄ということか……王家の財産は戦争責任の賠償金支払いのために全て没収……という事だったからな。暫定王の職務に対する給与も望めないって……だったら厳しいわな……だから身なりが……。


「うん?如何いたしましたかな?ああ……私の服装でしょうかな?いつもと違い、身なりが質素だと?感じておられますかな?それはまあ……公務ではありませんから……ここへの訪問はあくまでも私事でしてね。


 それに……公務でのあのような煌びやかな服装は……私個人は好みではないのですが……母様が……大タッタルン国の世継ぎである第1王子は、その役目にふさわしい格好を普段からしていなさいと仰るので仕方がなく……かような服装をしていれば母様は満足なので……。


 ですが……寝間着ですら絹で、下着も絹やサテン……無駄遣いにもほどがあると……常々感じておりました。こっそりあつらえた普段着に着替えてやってくる、私が育ったこの場所は、私の唯一の息抜きの場なのです。ですがその……息抜きすらも難しくなってまいりました。


 ここにいる子らは……親に見捨てられ孤児となり、行く当てもなく転々としてこの地に流れ着いたいわゆる浮浪児なのです。私と同じような境遇の子らを立派な大人に育て上げようと支援を続けてまいりましたが、どうやら継続は難しくなりました。ですが私はあきらめません。


 暫定王政が議会制民主主義へ移行して私のお役目が終了次第、ここへやってきて養護院の運営に携わろうと考えております。何の肩書もない私個人で出来ることなど知れておりますが、雑用でも何でもこなして少しでも子供たちの役に立てるよう、頑張るつもりでおるのです。」


 ハーゲル王子は目線を少し上に向け、熱く将来展望を語った。ううむ……俺は彼のことを大幅に見誤っていたのだろうな……。


「そっそうでしたか……財産没収されてしまい援助の資金がないので、あの豪華な服は全て売って援助に当ててしまったのかと思いましたよ。です……」


「ええっ……うっ……売れるのでしょうか?あ……あんな服が?」

 言葉を続ける間もなくハーゲル王子が詰め寄ってきて、俺の甲冑の両肩を掴んで叫ぶように問いかけて来た。


「う……売れるって……何が……でしょうか?」

 俺……何か変なこと……言ってしまったのか?


「だっ……だから……私が着ていたあの……公用に使うスーツが……売れるのですか?」


「あっああ……そりゃあ売れると思いますよ。事務長さんが言っていたけど、ハーゲル王子が……いや、暫定王さまが着ていらっしゃった衣装は、どれも金糸や銀糸をふんだんに使い、更に宝玉があちらこちらにちりばめるように縫いこまれていたと……ほどいて糸や宝玉だけにしても結構な値段で売れるだろうと……。


 仕立ても丁寧でセンスもよく凝っているので、サイズが合う金持ちがいたなら古着としても破格の値が付くだろうとも……。」


「なんと……だったら私が所有する千着近いスーツたち……週間どころか毎日取り換えても3年は重複しないと母様が揃えて下さった……売りに出せば……また子供たちへ支援可能という事でしょうかな?


 私は……かような服装など好みではなかったし……母様には大変申し訳ありませんが……ですが最早王家の威厳などどうでもいいのです……売りに出しましょう。どのようにすれば、売ることが出来ますでしょうか?」


 ハーゲル王子が目をキラキラさせて、嬉しそうに笑顔を見せる。ううむ……着なくなった服を古着で売るという発想が、なかったという事か……まあなあ……幼いころは食べるだけで手いっぱいで、着るものなどに気が行かない困窮生活で、王子になってからは何不自由のない放蕩生活……古着の売買など無縁か……。


「まっまあ……売りに出すにしても信頼のおける古着屋を見つけ出して売らねば、不当に買い叩かれたりしますからね。古着屋ばかりが儲かって、暫定王さまの元にはいくらも入りませんよ。


 今日これからすぐに……というわけにはいきませんね……町の人の声というか評判などを聞きまわって、良心的な古着屋を探し出さねば……簡単ではないと思いますよ。


 まずは知り合いなどに評判のいい古着屋を紹介していただいて、ご自分で行ってみて交渉……色々な人に古着屋を聞きまわって数軒は候補を選び、そこへスーツを持っていって買い取り金額を見積もってもらい、比較して高いところへ売るのは如何でしょうか?かなり手間ですけど、損をしない方法だと思いますけど……。」


 この世界ではネットのフリーマーケットに展示……というわけにはいかないだろうから、面倒でもご自分の足でいい古着屋を探さねばならないだろうけど……手間さえ惜しまなければ可能な筈だ。


「ほほう……ですが私にはこれと言って親しい知人など1人も……第1王子どころか第2王子までが病に倒れ、急遽かような貧民街から連れ戻された身の上……高貴な方たちとは生活環境も異なり、親しく話せる近しい人など王城には一人も……勿論ここ……養護院には知り合いは多いですが……スラムの古着屋では……金糸や銀糸のスーツなど、引き取っていただけないのでしょう?」


 俺の助言にハーゲル暫定王は途端に顔を曇らせ、悲しげな表情に切り替わった。そうだよなあ……最下層の貧民窟からいきなり天井人へ……しかも有無を言わさず強制的にならせられたのだからなあ……親しい知人など……出来うるはずもないわな……これは失礼した……


「でしたら……エルムグリムの古着屋でもいいのであれば……事務長さんやほかの親しい人たちに聞きまわって、古着屋を見つけておくことはできますけどね……ですが当面は……ここ……タッタルンで、議会制民主主義への移行など支援しなければいけないので……すぐという訳には……


 ああっ……だったら……ですね……これはその……決して施しなどと言った失礼な感情ではなくて……ああっと……そうだ……そうそう……ハーゲル王さまがお金を工面できるまで……その……お貸ししますよ……無期限無利子で……いつでも……というか……いつまでも……」


 そう言いながら甲冑の懐から巾着袋を取り出す。


「エルムグリムの通貨ではありますが、事務長さんが……金貨だから恐らくタッタルンでもそれなりの価値があって、両替すれば使えるはずと言っていたので……これで……当面の支援金としてください。」


 タッタルンでの当座の小遣いとして頂いた金貨を、そっくりそのまま手渡す。施しではなくお貸しするという形にしておけば、暫定王の面目もたつはずだ。タッタルンへは招かれてやってきているのだから、こちらではそれなりに手当てが戴けるはずだし、返してもらわなくてもいいしな……


「こんなに……?よっよろしいのでしょうか?こんな大金……お貸しいただいても、すぐに返却出来かねますよ!先ほどから何度も申し上げている通りに財産全て没収され、暫定王などとは名ばかりで、何の収入もないのです。蓄えと言えばこれまでに母様が仕立ててくれた、公務用のスーツ位で……それだっていかほどの金額になるものか……今は全く想定も出来ぬ段階で……。」


 金貨でずっしり重い巾着袋の口を開け、中を覗き込んだ暫定王は、信じられぬといった表情で何度も確認してきた。


「いえ……あの……その……お貸しするといったのは、ハーゲル王さまに失礼がないように申し上げただけで……別にお返しいただく必要性もありません。私が王様の活動に大変感動いたしまして、ここの養護院に寄付するつもりで差し出したのですから、ご心配は無用です。


 エルムグリムでも……まだ経済がきちんと回っていない戦後まもなくでは、戦火で親を失い日々の食事が満足にとれない子供たちが大勢いました。その子らの支援として俺も養護施設を各地に建設し、子供らの支援を行っていましたからね……今でこそ、そういった福祉は行政で行えるようになりましたけど……。


 いずれはタッタルンでもそのようにしていきたいと考えますので……王様が自ら身銭を切ってやらなくても済むような社会づくりをしていきましょう。」


 お貸しするというと……確かになあ……収入がないのだものなあ……心配だよなあ……だったらいいさ……俺が支援するということにしておけば……エルムグリムでだって、最初のうちは事務長と金を出し合って各地に託児所や養護院を建ててもらったのだからな……。


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