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1.タッタルンへ

1.タッタルンへ


「なんだか……変わりましたね……。」


「うん?ここへ来る道中か?街並みも以前と、さほど変化はないようだが?」


 エルムグリム王都を後にして、タッタルン王都を目指して広い街道を装甲バスで走ると、かなり違和感が……昨日早朝王都を出発したのだが、夜行バスのように運転手交代制で深夜もトイレ休憩以外は走り続け、日が昇ったころにはタッタルンの王都近くまで来ていた。


 スリット式の覗き窓だったのを大きなガラス窓に変更して車窓からの景色を堪能できるようになったのだが、気持ちよく景色を眺めているどころではない……尋常ならざる状況に視線はきょろきょろと動き……


「だって……前回来た時にはエルムグリムの倍は広いこの街道を、ひっきりなしに荷馬車や行商人らが行き来していて、所々渋滞すらしていたではないですか。ところが今は……たまに小さな馬車が……恐らく農家が収穫した野菜を運んでいるのでしょうが……見る程度で、ほとんど人通りがありませんよ。


 街道筋には所々市が出来ていて多くの人で賑わっていたのが、今は半分壊れかかった露店の庇がある程度で、人なんて全く見かけませんよ。たった2ヶ月程度で、どうしてこんなに様変わりしてしまったのでしょうか?」


 そうなのだ……エルムグリム国内では、以前のタッタルンほどではないにしろ、そこそこ活気があって街道には人通りが多かったのだが、国境を超えてタッタルンに入った途端に人通りが激減した。


それでもまだ国境周辺はそこそこ人で賑わっていたのだが……タッタルン王都迄の街道を半分ほども進むと、通りを歩いている人など全く見かけなくなってしまった。


「ああ……聞いていなかったのか?」

「ええっ?何を……ですか?」


「前回訪問時に国際法廷を開催して、タッタルンに別宅を持つ旧エルムグリム国会議員らを奴隷法違反の罪にて起訴し、王城地下に幽閉の形になっただろ?同時にタッタルン王の背任行為を追求し、先の魔王国進攻の戦争責任を賠償金という形で償わせたし、不当に他国から搾取し続けていた事も明らかになった。


 タッタルン王は服役にこそならなかったが、それでも財産を全て没収され王位もはく奪、エルムグリム王預かりとなり、王妃と一緒にエルムグリム王城別塔にて軟禁されている。


 流石に百人を超える妻たちは収容できずで正室のみではあるようだが……タッタルンは重婚が認められているようだが、王位継承権争いを避けるために正室と側室の区分はあったようだ……側室らは手荷物だけで野に下ったと聞いた。


 タッタルンでは離婚も可能だから、若い妻たちは貴族の次男坊らと再婚するのではないかと噂されている。


 取り敢えずハーゲル王子が王位を継いで王政は続いてはいるが、あくまでも暫定的な措置であり、今後は議会制民主主義へと移行すべきと検討されていて、その指導のためにあたしらが出向くのではないか……。


 タッタルン王国の今後には大きな不安があり、活気がないのは納得できる。なにも驚く事ではあるまい?


 5年前まではエルムグリムからタッタルンへの移住申し込みが殺到していたのだが戦勝後は皆無となり、そうして今ではタッタルンからエルムグリムへの移住申し込みが殺到していると聞いた。」


 事務長がタッタルンの現状を淡々と告げ、大陸内の他の4国に対して裏工作を重ね、数々の不正や不当な利益を上げていたと目されるタッタルン王が失脚して今後の見通しが立っていないのだから、今の暗い状況は当たり前だとばかりに説いた。成程……


「そうなると……これから行って議会制民主主義なりエルムグリムと同様な王政と元老院との複合のような政治になるにしても……我々の責任は重大……ということになりますよね?


 なんせあれほど活気づいていた街並みが……今ではシーンとしてしまっているのだから……これを元の活気ある姿に戻さねば……。」

 ううむ……責任重大……


「まあそんなに気張らなくてもいい……あたしらに出来ることなんて、そんなにある訳じゃあない。あくまでも手助けだからな……実際にやるのはタッタルン国民だ。良くも悪くも……どうなろうと、タッタルン国民の頑張りの結果でしかないわけだからな……気楽にいけばいいさ。」


 事務長は平然と答える。そりゃあ事務長はいいさ……スーパー堤防の新国境の町から、直属の部下の工房の班長クラスを数人と、王都からも工房の工員らを十数人……合計二十数人の工員らを連れてきて、鉄道敷設の指導や蒸気機関による自動機技術に加え、貝やノリの養殖技術の教育などを計画している。


 これにより工業化や海産資源の増加なども見込まれ、タッタルンの発展に大きく寄与できるという……功績がすでに約束されているではないか……対する俺はどうなのだ?


 タッタルンで何が出来るかなんて……全く分かっていないし、議会制民主主義にしろ元老院にしろ、どちらの選択がタッタルンにとっていいのかすら決めかねている。


 なんせタッタルンのことは何一つ知らないのだからな……滞在期間は次の定例議会が始まるまで3ヶ月間……その間何もできずに終わるのではないかと思い……不安で仕方がない。


 勇者だから何とかしてくれるだろうと呼んだのに、何もできずに帰って行ってしまった……見損なっていた……2度と呼ばない……なんて言われたら……ううむ……困った……。



「そうは言いますけどね……俺がタッタルンに対してできることなんて……一つも浮かんでこないのですよ……どうすればいいですか?」

 わらにも縋る思いで、事務長に尋ねてみる。


「うん?案ずることはない……文美雄ならタッタルンに行って人々との生活に触れたなら、すぐさまどうすればいいのか最高のアイデアが浮かぶさ……これまでだって……そうしてきただろう?」

 事務長は笑顔で答える……


「そんな……もう俺なんかの頭じゃあ……思いつくことなんてありませんよ……全て出し尽くしました……。」

 もう俺の頭の中は空……だ……この世界で役に立ちそうなことなんて……何もないはずだ。


「なければないで……考えたらいい……文美雄だったら、最良の改善策が浮かぶはずだ。これは、世辞とか励ましの意味ではないぞ……この世界へ来た当初からずっと文美雄を見ているあたしが保証してやる……だから心配するな。」


 事務長は変わらず笑みを浮かべ……悪気はないのだろうが、プレッシャーを与え続けてくる……ううむ……。


「だから……緊張するなというのに……大丈夫だ……まずは現王ともいえる、ハーゲル王を訪ねてみようではないか……どの道……他に顔見知りがいるわけではないからな。」


 事務長がそう言いだすころには街並みもかなり賑やかとなり、巨大な建物……王城が見えてきていた。ひえー……なにも浮かんでいないのに……着いてしまったよ……どうすれば……。



「ええっ?ハーゲル暫定王はお留守……という事か?本日お伺いする旨は、伝えてあったはずですがね?」


 王城に着いてハーゲル王子に取り次いでいただこうとしたら、なんと不在……ううむ……早くも暗雲立ち込めてきたような……


「はあ……ハーゲル王も大変恐縮しておりましたが、いかんせん……どうしても外せない用があるようでして……朝から出かけております。私がお呼びたてして御足労願ったというのに、大変申し訳ございません。」


 応対に出てきた若者……と言っても俺と大して変わらない二十歳をちょっと過ぎた程度の若い男性は、申し訳なさそうに深々と腰を折って頭を下げた。あれ?なんかこの姿に見覚えが……


「おお……助役殿でしたか……確かサーベリアン殿……ああそうか……あなたが応対してくれるのであれば有り難い。実は工房の班長クラスと工員らを大勢連れてきている。エルムグリムの新技術をこちらの工房の工員らに指導して、工業化を図らせようと考えておるのだ。すまんが工房へ案内していただけるか?


 別にタッタルンが遅れていると申しているのではない、この……なんでも魔法で賄おうとするこの世界では考えもつかないことを文美雄が提案して、それで大変便利な生活が送れるようになった。その技術を伝えたいだけだ……決して馬鹿にしているつもりはないので……素直に取り入れて頂けるとありがたいのだが……。」


 流石事務長……すぐに彼のことを思い出し……俺たちがタッタルンへ来ることになった最大の原因……というか、彼に招かれてのこのことやって来たのだったな。

 事務長は早速本題に入って、工房へ案内してくれるようお願いした。


「ははあ……ありがとうございます。改めて自己紹介させていただきます。私はサーベリアン・バンターレ。タッタルン王宮の主幹事とタッタルン政府の助役を務めさせていただいております。


 エルムグリムから到着したあの真っ黒い箱……馬が引いてもいないのに勝手に走るようで……大変便利な乗り物ですよね?魔導船のような飛行術でもない……どのような魔法で動いているのか……首をひねっておりました。


 かような素晴らしい技術を、ご教授頂けるのでしょうか?それはもう……大感謝ですよ……では早速……。



 ああっ……でも……勇者様は……どうなさいますか?その……ハーゲル王の居場所なら分かっておりますから、その場所までの地図をお書きしましょうか?」


 事務長を工房へ案内していただけるようだが、当然ながら工房へ出向いたところで何の役にも立ちそうにない俺のことを心配してくれているようだ。そうさ……俺なんか何の役にも……


「はい……そうですね……じゃあ地図をお願いいたします。」


 ハーゲル王子は何となく苦手なのだが、手持無沙汰で工房の隅でじっとしているのも何なので、ハーゲル王子の元を訪ねることにした。装甲バスを使えばどこへでもすぐだからな……


「承知いたしました……少々お待ちください。」

 王城のエントランスで応対していたサーベリアン助役は、そそくさと出て来た受付脇の事務所へ引っ込んでいった。



「お待たせいたしました……これをお持ちください。」

 持ってきた紙には碁盤目状の王都の地図に右へ左へと矢印がいくつも書かれており、その先に大きな丸印が……恐らくそこがハーゲル王子がいる場所なのだろう。


「ありがとうございます。では早速訪ねてみることにします。

 じゃあ、俺はハーゲル王……の所へ……」


「おお……あたしは工房へ行かねばならんから……悪いな……。」

 事務長と分かれ、王城入り口を出て装甲バスへと向かう。



「すいません……ここへ行ってください。」

 装甲バスへ1人乗りこみ、待機していた運転手に地図を手渡して印部分を指さす。


「ここは……恐らく危険な場所ですが……よろしいのでしょうか?」

「へっ?」

 何を言っているのか、分からない……


「王都東のこの場所は……タッタルンでも有名なスラム街と聞いたことがあります。貧困層が多く住む場所なのですが……食い詰めた者たちのたまり場なので治安が悪く、1時間も歩けば丸裸で出てくる……等と噂されるような場所です。


 まあ……装甲バスで行くので、外へ出なければ安全とは思いますが、観光とか物見うさんで行かれるのなら避けたほうが……。」


 一緒に地図を見ていたエンジン役の魔導士が、今度は答えた。はあ?スラム街……だって?いわゆる貧困層が多く住む……追剥強盗など当たり前のような……そんな場所なのか?


「スラム街なんて……そんな場所がタッタルンにはあるのでしょうか?」

 エルムグリムでは聞いたことがなかったが、こっちでは貧富の差が激しいのかな?


「ええ……エルムグリムにだって、戦前には王都はタッタルンよりもはるかに大きなスラム街がありましたよ。それどころか……全国の主要な都市には全て……タッタルンはまだ王都の……しかも隅っこの一部分だけだから、ましな方でしたね。全体としては潤っている国だからでしょうが……。


 エルムグリムの場合は勇者様が来てくれたおかげで戦争に勝つことが出来、多額の賠償金で潤ったし、更に勇者様の発明品のおかげで民の暮らしが格段に向上し、貧困層自体が存在しなくなりましたからね。皆きちんと職にもありついて、生き生きと働いておりますから。


 ああそうか……タッタルンにも勇者様が支援するためにやって来たのでしたよね?だから……まずはスラム街の様子を確認しに行かれるという事でしょうか?それなら分かりますが、くれぐれもお気をつけて……。」

 魔導士は神妙な表情のまま、何度も大きく頷き一人納得している様子だ。


「いやいやいや……そんな……支援だなんて……大それたこと考えていませんよ。俺なんて大した役には立たない……それよりもこの場所に、ハーゲル王子……いやハーゲル暫定王……様だったか……がいると聞いたので……会いに行くつもりだったのですけど……。」


 いつもながら8割がたは事務長の功績であるにも拘らず、数々の発明品やノウハウに関して、異世界からやって来た俺の功績と称えられるのには困りものだ。


 事務長にも常に言っているのだが……事務長あっての現実化であり、俺はただ前の生活ではこんな風だったよ……とか、こんなものがあったよ……とか紹介しているだけで、俺の知識でも発明でもなく、しかも俺だけじゃあただの絵空事でしかなかったのだと……。


 そういうと……そういった発想はあたしにはないから、あたしだけだったなら何も生まれて来はしないのだと……何かある度に解決策がとっかかりだけでも浮かぶだけすごいといつも評価してくれるのだ。だが……じゃあ事務長なしで俺だけでどれだけのことが出来るのかというと……恐らくどころか確実に何もない。


 事務長が住居ビル建築で忙しかった折……俺一人だけ穀倉地帯南の海岸へ出向き、漁が出来るのではないかと河漁師らを集めて頂いて本格的な海漁を始めることが出来たが、それだって網の改良は事務長の手を煩わせた。港を構築するための防波堤だって漁船だって……全て事務長あって初めて揃えられたのだ。


 事務長が直接やってきて陣頭指揮を執らなくても、伝令バトで指示を出してくれたおかげでまともな小型漁船が出来たし、丈夫な地引網だってできたのだ。ましてや様々な養殖技術は全て、事務長含めた研究チームの功績以外の何物でもない。


 あくまでも俺一人だけで成し遂げようとしたなら、恐らく未だに手漕ぎボートに一人か二人乗船して、海中に向かって投網を放り投げて漁をしていただろう……それだと1日費やしても、自分らが食べる分だけ採るのに精いっぱいだったであろうな……


「ははあ……ハーゲル暫定王様がいらっしゃるのですね?何をしていらっしゃるのでしょうかね?国政の方針を探るために、貧困層の暮らしぶりを視察しているのでしょうかね……まあ王様がいらっしゃる所なら、さほどの危険はないものかと……では参りましょう。」


 エンジン担当の魔導士が席につき、ドライバーがサイドブレーキを外して装甲バスが出発した。



 ふわー……ドキドキするなあ……いきなり不良連中……いや……いかつい顔をしたおっさんたちに取り囲まれて有り金全部出しな……こんなんじゃあ足りねえから御命頂戴……なんて迫られたならどうしよう……一応ハーゲル王に会うので正装としてステンレス製の甲冑を身につけてはいるのだが……。


 そもそもこんな金綺羅金に光り輝く甲冑……金目のものが他にないなら脱げ……と迫られたら脱ぐしかない……甲冑を脱がされシャツとパンツだけにされて……腰には日本刀っぽくあつらえた剣を帯刀しているし、毎日素振りを欠かしたことはないのだが……戦えるのか?俺……


 めちゃくちゃ心拍数が上がっている俺の不安など気にも留めず、装甲バスは王城から広い街道をすいすい進み……何せほとんど馬車や人通りがない……やがて建物の姿ががらりと変わり、外壁の色がくすんでいたり所々崩れているような、ぱっと見ゴーストタウンではないのか?と印象付けられる景色に変わってきた。


 さらに進むと……ほとんどがバラックというか……瓦礫や板の切れ端をどこかから拾ってきて、それを組み合わせて作り上げたような……つぎはぎだらけの平屋の家が隙間なく連なりだし、道も極端に狭くなってきた。装甲バスの幅ぎりぎりで……人通りがないからいいけど……馬車でもやって来たなら、これではすれ違えそうもない。


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