30.新たな希望
30.大いなる希望
2週間の公示期間を終え、競売にかけられていた旧議員らのお屋敷は入札となり、予想通り全て競りとはならず最低入札価格で落札された。入札されずに余っている屋敷もあり、王都以外の買い手がつかない屋敷は古いので立て替えて住居ビルに転用、王都の屋敷は新築物件なので買い手がつくのを待つという事になった。
俺と事務長が希望した3軒の屋敷は希望通りに最低価格で購入でき、ローンの手続きを行って晴れて個人の持ち物となった。これで議会が開催される時は嫁が全員王都に迎え入れることが出来る……子供を毎日風呂に……いやプールで遊ばすことだって出来るのだ……やった……。
10年ローンで議員をやめると小遣い以外は残らず貯蓄はできない予定らしいが、まあいいさ……その時はその時でまた別の稼ぎ口を探せばいい。なんせトロッコ列車の駅長業務は名誉職だからな……。
ハッカクさんとターレムさんは2人共同で、10部屋プール付きのお屋敷を購入したようだ。2人は仲良しでいつも行動も一緒だから、丁度いいのだろうな。
購入したお屋敷はまだ新築のにおいがするくらいで、手を入れる箇所も見当たらないし家具付きなので、このまま住めそうなのは有り難い。取り敢えず王都に来ていたサッサーとアーミナと、新婚のマリアンと義妹のミリアンに引っ越しを任せ、俺と事務長は議会終了とともにタッタルン王都へ向かう運びとなった。
「お疲れ様です、ご苦労様でした。」
俺たちがタッタルンへ向かう丁度前日になってようやく、ダッフンバルト2世とギレージュがタッタルンから戻って来た。旧議員らを王城地下に収容して結界を施すために居残ったのだが、旧議員らのタッタルン別宅が放火による火災で焼失し、家族をどうするかでもめて結論がでず結界を施すことが出来なかったのだ。
その間なんと1ヶ月間……定期の元老院会議開催期間一杯までかかってしまった。ご苦労様でした……と心から告げたい。
「結論として、安全のために家族も一緒に地下施設に収容することになりました。ですが5年ほど経過した後に、妖精国と獣人国の最後に解放された方たちの様子を確認し、許す気持ちが芽生えて来たなら家族だけは解放しようと決め、5年後にもう一度タッタルンへ出向くことに決まりました。」
ダッフンバルト2世が、もめにもめまくった対応の最終結論を聞かせてくれた。
成程……タッタルン王城地下に匿われていた時は、話を聞く限り皆それほど悲惨な様子ではなかったし、かなり明るく生活に満足していた印象を受けた。だがそれは……過去の奴隷での生活環境がそれだけ凄惨で過酷であったことの裏返しでしかないのかもしれない。
今回解放されて初めての自国での生活が始まるわけだ……その中で奴隷生活を思い出したりもするのだろうな……同じ経験をした人とも語り合ったりするのだろう。その上で……そのような境遇に数百年間も押し込んだ人間の子孫を、許せるかどうか……彼らに判断していただくという事なのだろう。
俺としては……いつでも解放できる立場にあったはずなのに、自身の権益を守るというつまらない理由だけで彼らを押し込め続けていた旧議員連中はさておき、せめて家族は……子供だけでも開放していただきたいと思っている。
幼い子供時分に捕らえられ虐待を受け続けた彼らに、子供だけは開放して……というのも無理はあるのかもしれない……だが心底人間を恨んでいたはずのギレージュが……こちらが何か言うたびに鼻で笑うか厳しく反論し続けていたあのギレージュだって、このところ態度が変わってきたように感じている。
恐らく長く我々人間族と接触することにより、大半の人間は他の種族に対しても慈愛と敬意の念を持っていて、互いに助け合って共に成長していくことを望んでいるのだと、分かってきてくれたのではないだろうか。
悪いのは本当に極々一部のものたちなのだ。自らの権益や欲望のためには他のものを陥れたり、傷つけたりすることを厭わないという……そういった者たちは残念ながら少数だが存在する。その者たちは法律の名のもとに、公正に裁けばいいのだ。決して私怨をもって自ら復讐しようとしてはいけないと、俺は思っている。
5年間は、当事者たちの気持ちが落ち着くまでの猶予期間というわけだな?だったら……ますますこれからの、妖精国や獣人国との付き合い方が重要となってくるはずだ。タッタルンとの交易は、聞く限り不平等というか正当性に欠けるものであったという印象が強いからな……。
出来るだけ公平に……互いに利益を感じることが出来るように……WinWinの関係となれるような、そういった付き合い方を心がけていれば、人間族への心象も変わってくることだろう。
ようし……頑張らねば……な……まずは……。
「そうだ……飛行船……帰りの飛行船の運転をしていただくのに、手順をお教えしていませんでしたよね?
今、お時間は大丈夫でしょうか?手順と言っても窯に石炭をくべるタイミングと、着陸前に窯を消火するだけの簡単なものです。かじ取りは……船体に取り付けた小さな羽根の角度を変えて行う、単純な構造です。
1時間もあれば、余裕で覚えられますよ。ギレージュ殿とダッフンバルト2世殿の2名で、かじ取り担当と窯担当に分ければ、お二人なら風魔法や物理結界魔法も唱えられるでしょうし、十分運転できますよ。」
そういや……行きは皆で飛行船でやって来たのだった。魔族の魔道船だとエルムグリム迄数日かかってしまうからな……どの道魔導船でやって来ていたとしても、帰りはどうか飛行船で……となったはずなのだ。
「そうですか……帰りも行き同様……そちらの担当者の方が運転して送り届けて頂けるものと考えておりましたが……ご都合がお悪いのでしょうか?」
ダッフンバルト2世が、怪訝そうに頭をかしげる。
「いえいえいえ……勿論、こちら側でも飛行船を他にも出して、船団でお送りさせていただきますよ。道中何かあると大変ですからね。
お二人に操作方法をお教えするのは、飛行船を1台贈呈しますので、次回以降の来訪時はぜひ飛行船で……というわけです。魔王国でお使いの魔道船を否定するのでは決してありません。ですが前回訪問時に伺った限りでは、魔導船だと上昇時に魔力消費と交代する不便さから、どうしても複数日かかってしまいますよね?
難しい飛行術魔法を必要としない飛行船であれば、丸1日あれば魔王国へ到着できます。
飛行船はスピードは出ますが重量制限があり、乗員も積み荷も限定されてしまいますから、大量の荷物を運ぶ交易などには魔導船はやはり必要と考えますが、少人数で向かう会議出席の際などにお使いください。
一応予算取りをして……今回タッタルンへ向かうときに使った装甲バスも贈呈いたしますので、交易で魔導船でいらっしゃったときは帰りに積んでいっていただけばいいと思っております。
穀倉地帯東部に暮らす小鬼たちにも装甲バスを提供しようか考えたのですが、初級魔法しか使えない小鬼たちでは高速打撃魔法は難しいですよね?なので……今はこちらにも初級魔法の応用でつかえる飛行船を贈ろうと考えております。
まあただ……優先順位としては……妖精国と獣人国へも飛行船を贈呈してから……その後になるので、今年末か……来年になってしまうでしょうけど……飛行船は出来たばかりなので数が少なく……ですが妖精国や獣人国へはいずれ鉄道を敷設予定ですが、高地の魔王国まで鉄道は無理なので、飛行船が主体となります。」
他国への援助計画を説明しておく。元老院でも早くから議論を重ね、出来るだけ不公平感が出ないよう検討して作り上げた草案だ。まあ……あくまでもこちら側からの一方的な考えに基づく支援計画ではあるのだが、出来るだけ3国間で不公平感が出ないよう心掛けていると自負している。
「本当に……何から何まで温かいご厚意……感謝しております。ですが……これといって何もないわが国では……お返しが難しいのですが……。」
ダッフンバルト2世が、神妙な表情で深々と頭を下げた。なんと……ギレージュまでもが一緒に……。
「いえいえいえ……とんでもないですよ……大陸周辺の外洋での漁業権だって9割がたは魔王国のものなのに、漁獲量は等分にしてくださっている……この分だけでも金銭的に賄おうとしたなら相当額になってしまいますし、何より小鬼たちと共同で漁をしていますが、彼らの働きぶりには評価が高いのです。
1人で我々人間の2人分は働くと評判ですからね……いずれは小鬼たちだけで漁が出来るようになれば、収穫の按分は無くなるのでしょうが、それでも不当に魚介類の値を吊り上げさえしなければ問題はありません。
こちらからは漁船の造船や、網などの消耗品の輸出で互いに潤って行けばいいのです。
今は一方的な支援と感じていらっしゃるかもしれませんが、決してそのようなことではなく、同じ大陸に居住する種族として、互いに助け合って成長していく過程であると考えて頂けばいいと思います。
大陸中に鉄道の線路が敷設され、飛行船が飛び交うようなことになれば、どこへでも速く簡単に行き来が出来るようになりますからね……その時までに人種の壁や過去のしがらみと因縁を払拭出来ていたならいいなあと……俺は思っています。」
魔王国との関係は、今でも十分に互いに補助し合っているのだと説明しておく。そうでなくても同じ大陸に住むものたち……互いに助け合っていかなければならないのだから、足りていないところへ援助することは当然なのだ。今のエルムグリムは潤っていて活気があるが、その原資は戦争の賠償金だからな。
あくまでも一時的な収入でしかなく、これをうまく回して大陸全体が潤えば、やがて返ってくるはずだ。
確か政治経済の授業とかで習ったぞ……ごく一部の人間が財を成してそれを留めていてはいけないのだ。富の循環を途中で滞ることなくうまく回し続けることが出来たなら、誰もが住みやすい素晴らしい世界が待っている。
「そう仰っていただけると、少しだけ心が軽くなります。
我々を苦しめ続けた奴隷問題は、人族の遠い先祖たちによる負の遺産であり、今回概ね片がついたと魔王様には報告しておきます。全ては勇者殿始め、エルムグリムの方たちのご助力により円満に解決できたこと。更に魔族を忌み嫌っていた妖精族や獣人族とも、今後は親交を深めていけそうなことも併せて報告しておきます。
そのうえで……今後この大陸の進歩のために魔王国として何が出来るのか、考えて行くべき時期に来ていることを付け加えておきます。
我々魔族は先がなく、やがて滅びゆく運命ですが、小鬼たちには明るい未来があります。彼らに文字を教え教育を施し、いずれは小鬼たちだけで皆様方と対等な取引が出来るような、そのような未来を作りたいと考えます。それまでは……ご指導ご鞭撻のほど……よろしくお願いいたします。」
ダッフンバルト2世が、深々と腰を折って頭を下げた。
「そんな……こちらだってまだまだ学ぶべきことだらけで……でも一緒に勉強して成長していけたならいいですよね。」
「私は……今でも私にひどい仕打ちをし続けた人間を許す気にはなれません。私を狭く暗い檻に閉じ込めていた憎むべきあいつが……今目の前にいたなら誰が制止したとしても間違いなく私はそいつを殺すでしょう。
ですがすでに2百年以上も前のこと……仮にそいつの子孫が何処かで生き残っていて、その所在が分かったところで、私はあえて復讐しに行こうとは思わなくなりました。以前の私は、私を貶め蔑み蹂躙し続けた人間そのものを憎み、人間社会全体に復讐すべきと信じておりましたが、憎むべきはごく一部と分かりました。
最早その対象がこの世に存在するはずもなく、私の行き場を失った憎しみをどこにぶつけてよいものやら……考えあぐねておりましたが……一つだけ見つけました。
小鬼たちに農林水産業に励まさせ発展させ、この大陸中に出回る木材や魚介類はほとんどが魔王国産と言えるまでにすることです。魔王国なしでは大陸の経済が回らないと感じるまでにしてしまえば、エルムグリムもタッタルンも……勿論妖精国や獣人国ですらも支配したことになりませんか?
誰もがいやしい存在と蔑み迫害し続けた魔族の国……魔王国がなければ成り立たない社会……それを実現させることが私の夢となりました。何百年かかるか分かりませんが、私の寿命が尽きるまでに成し遂げられれば……それぐらいは思ってもよろしいでしょう?」
ギレージュは少し恥ずかしそうに俯き気味に……それでも表情だけはしっかりと真面目な表情で告げた。
「ああ……そうだな……小鬼たちはずいぶんと働き者のようだから……確かにいずれは彼らなしではこの大陸の産業は成り立っていかなくなるかもしれないな。
そういった平和的な復讐がギレージュ……さんの望みなら、大歓迎だ……だけど……エルムグリムだって負けてはいないさ。もっともっと盛り立てて発展していくはずだ。まあ俺にはそんな先までは見られないけど、だけど……今でもこの世界を支えていく新しい命が誕生し続けているんだからな。
彼らをずっと……見守って行ってくれ。」
「ギレージュ……と呼び捨てにすればいいですよ……どうせ……私にいい感情をお持ちでないことは分かっておりますから……それに私もあなたのことは勇者殿とは呼ばずに文美雄と呼ばせていただきますからね。
文美雄の最愛の方のことは、心の底から申し訳なく思っております。ですがあの時の私にとって、人間は全てにっくき仇であったので……本当にごめんなさい!」
なんと……ギレージュが突然……地面に膝をつき両手をついて頭を地面にこすりつけながら謝った。
「これが……文美雄の世界の最大級の謝り方と教わりました。こんなことでお気が晴れるとは思いませんが……許して……下さい……。」
そう言いながら何度も何度も地面に額をこすりつける。
「もういいよ……メリアンちゃんのことは……戦時下だったし……人間全体を恨んでいたギレージュの気持ちも分かる……俺は本気でメリアンちゃんのことは好きだったけど、打ち明けた訳じゃないから彼女の気持ちは分からないままだ。そんな俺が許すも許さないもないんだけど……でも俺はもう恨んでいない。
過去のことを根に持って人を恨み続ける事は本当に辛かったと思う……特に対象がすでに死んでいないのであれば、怒りの矛先をどこに向ければいいのかも分からないのだからね。だからもう……終わったことにしよう。そうしてみんなで手を取り合って、この世界をよくしていこう。
そうすれば……きっとメリアンちゃんだって喜んでくれるはずだ。」
ギレージュの手を取り、何とか立たせて膝の土ぼこりを手で叩いて払ってやる。そうだ……恨みの連鎖では、どこまで行っても終わることがない迷宮へと迷い込んでしまいかねない。一旦落ち着いて状況をよく見て考えて、なぜそれが起こったのか、なぜそうなってしまったのかもう一度考えてみるべきだ。
人に一方的に恨まれて嫌がらせをされている……なんて思っていても、実は過去にそいつに何かやらかしていた可能性だってあるのだ。案外やった奴は覚えてなくても、やられたほうはずっと忘れないものだからな。
スーパー堤防住宅へ戻ったら、仮説仏壇のメリアンちゃんに、ギレージュへの恨みは消えて、今後は一緒にこの世界を盛り立てて行くと報告して許しを請おう。きっと喜んでくれるはずだ。
夕方になり、ギレージュとダッフンバルト2世を乗せた飛行船は、2台の魔導士らを乗せた飛行船に並走されて魔王国へと戻って行った。本来なら俺も一緒に魔王国まで送って行きたかったのだが、俺と事務長はタッタルンへ出向く予定がある為、残念ながらハッカクさんたちにお願いした。
明日の朝一には、タッタルンへ向けて出発予定だ。同行する魔導士と、技術指導する予定の工房の工員らも全て事務長が選定して王城に待機済みだ。
タッタルンでは議会制民主主義への移行指導のほかに、エルムグリムの工業化技術……ビル建築に蒸気機関や貝類の養殖技術なども指導し、産業として発展させていく予定のようだ。
大きな港があるタッタルンで工業化が進めば、他の大陸との交易も優位に進められるだろうから必要なことだと事務長が熱弁して、タッタルン支援計画が元老院定期会議にて承認されたのだ。
俺みたいなろくに社会のことも分かっていない若造が、指導する立場で出向くなんてとんでもないとも思えるのだが、呼ばれているのだから邪険に断れないし、だから少しでもお役に立てるように知恵を振り絞り、元の世界のことを思い出しながら、改善につながる事象を提案してみるさ。
後は……事務長にお任せすれば……素晴らしく役立つことに変えてくれるはずだ。
終わり
まだ続けるつもりで続きを書いていたのですが、一向に続いて行きません。今後の展開に関しても、あいまいな箇所が多く続けられるのか……丁度きりがいいので、一旦ここ迄としておきます。見通しが立ち次第、再開するかもしれません。
よろしくお願いいたします。




