29.新展開
29.新展開
翌日の元老院定期会議で、早々にハルシューさんが研究目的で飛行船を1台確保したいと申し出て、その提案は即刻可決された。関連法案も、小鬼たちの出産メカニズムを解明し、その対処法を検討することにより、人間の妊婦の難産治療に展開し役立てる……というテーマで3件提出されて予算がついた。
「では……学校教育に関して……これまでの一般庶民の学校教育は、エルムグリム語及びその読み書きと算術のみであり、算術も足し算と引き算のみであった。高校以降の高等教育でも、それに古代語の学習と魔術に関する専門教育……攻撃魔法と防御魔法ですな……それだけでした。
戦後からは過去の歴史に学ぶ点も多いということが分かり、エルムグリム及びこの大陸に関する地理と歴史の授業が加わりました。
ですが異世界から召還された勇者の知識は、圧倒的な兵力を誇る魔王国軍をも退け、エルムグリムを勝利に導いたのです。それは……魔法が存在しない世界での、魔法に変わる道具と機械の発明でした。
その礎として、算術に関しても掛け算、割り算……更には方程式に微分積分に幾何学と……様々な分野が存在していると教えられました。他にも科学に物理学などなど……魔法によりほとんどの事柄が解決してしまうこの世界の住民では、到底発想しえない次元の学問で成り立っているようです。
元の世界では勇者も、それらの知識を学ぶ立場であり、決してそれを使いこなして研究する立場ではなかったようですが、それでもそれまでの知識だけでこの世界へ様々な有意義な発明をもたらしました。
勇者が覚えている限りの知識を聞き出し、当初はそれをどのように活用すべきかわからなかったのですが、4年間の研究により、学問としての体系化が成し遂げられました。
小学校では算数の九九から始め、中学で方程式幾何学基礎、高校以降は微分積分に高等幾何学に加えそろばんと、算術面だけでも多岐にわたっての教育が可能です。
そのほかこの世を構成する様々な物質……それらの特性を形成している元素……なるものの存在……化学という分野を通じて詳細に分類し、どのような形で元素同士が反応し結合するのか研究し、そのものが世界に与える影響を物理学という分野で解き明かしてまいります。
小中高大学と……それぞれの教育体系改編のための法案と、研究のための施設建設及び職員……職員に関しては教育が行き届き始めてからなので、十年計画ではありますが……職員確保も加えた予算申請を行います。これにより魔法活用以外の知識がなかった、この世界が劇的に変わると考えております。」
事務長が、今後の学校教育に関しての十数件に及ぶ法案と予算申請を行った。
戦後、高等教育が貴族だけではなく一般化(15歳以上は隔年での兵役となる為、兵役の合間は高校や大学へも希望すれば通えるようになった)する中、俺が知りうる限りの知識を披露したのだが、九九はともかく2次方程式ですらまともに伝えられなかった。
当たり前だ……俺はただの学生であり、人に学問を教えるだけのノウハウも知識もない。
そこで工房の職員らも加わり、俺のつたない説明の裏付けというか、各学問の成り立ちから事細かに研究し、ようやく学問として確立できたのだ。それまでは自動筆記魔法とかいう、羽ペンだけが紙の上を走り文字を書き冊子を作っていたが、魔法に頼らない印刷技術も発明し、教科書も作った。
いくら人口が2百万人をようやく越えた小規模な国家とはいえ、何万人もの学生らに教育を施していけば、いずれはそのすべてを理解しさらに発展させていくほどの天才が排出されるはずだ。
天才の出現を待たずとも、基礎研究が進めばそれなりに成果は出てくるだろうとも考えている。なんせ……俺のつたない説明だけの丸投げでも、蒸気機関による鉄道が開通し、更に飛行船迄できたのだ。ジェット機が飛び交い、自家用車が走り回る世界だって、そう遠くないと俺は考えている。
ちなみに……構造計算とかいう技術で、当初は安全上出来る限り壁を厚く鉄筋も太くしていたのだが、それでは材料費も馬鹿にならんし高層建築も出来ないと、住居ビルの強度計算を行い、王都始め他都市の住居ビルは壁も薄くして鉄筋も細くしたらしい。おかげで外観は同じだが、内部容積が数%広くなっているらしい。
但し国境の壁も兼ねるスーパー堤防住居ビルは、強度確保のために新居分も同じ構造で継続すると決まっている。
計算を行うための基礎研究として、土系魔法による地震が役立った。実験装置もいらず、試作の家屋に対し必要強度で必要時間だけ地面を揺らすことが出来るため、震度幾つまで耐えられるかなどの基礎研究に大いに役立った。
「続いて……ちょっと困ったことが起きたようだ……。」
事務長が提出した法案と予算案全てが可決した後で、おもむろに兵士長が立ち上がった。
「なんと……タッタルンに移住した旧議員らの別宅が何者かに襲われ、放火されるという事件が続けざまに発生した。」
そうして……とんでもないことを告げる……
「ええっ……じゃじゃあ……妖精族か獣人族の……報復が始まったのでしょうか?」
何世代にもわたって、妖精族や獣人族及び魔族らの子を奴隷として拉致し、禁止令が出た後も何百年間にもわたって虐待はしていないにしても、ずっと監禁し続けた……その非道な行いが国際法廷で先日罰せられた。
その時に……タッタルン王宮地下に完全に閉じ込められるよりは、妖精国か獣人国の監獄に入れられた方がましだ……と旧議員らは主張したのだが、長命の彼ら……未だに奴隷経験を持った者たちが多くいる中で、安全を保障できないと断られた経緯がある。
タッタルン王宮地下で完全に隔離することが、彼らを保護することだ……とまで提言されたのだ。
「妖精族によるものか、獣人族によるものか……はたまた魔族によるものなのか……全く分かっていない。
一応人的被害……旧議員らの妻に息子たちなど、家族は全員旧議員らが地下施設に収容される為の見送り……というか、荷物などを持って出かけていた時に、突然火事になったようだ。
犯人が分からないので、一旦家族らは旧議員らと一緒に地下施設に保護してから捜査していたようだが、半月経過しても手掛かりは全くない。
それはそのはず……魔力も力も段違いの妖精族や獣人族らの犯行など……高い塀だって飛行術を使わずとも獣人族なら簡単に飛び越えられるし、厳重な結界も妖精族の前には役に立たんから、犯人の特定どころか犯行であることの認定ですら未だにできていないありさまだ。
事件から10日ほど経過したつい先日、旧議員らの家族はタッタルンで居住すると危険なのでエルムグリムの元の屋敷で暮したいとの要望を伝えて来た。
だが……旧議員らは数々の犯罪行為のため国外追放だし、妻も共犯の疑いが濃く、さらに全財産没収の判決が出ているから、保護下であるタッタルン以外での暮らしは難しいと断った。
旧議員らの屋敷は既に裁判所による差し押さえがされており、捜査も一通り終了したから、この度競売にかけられることになった。旧議員らの名義のままにしておくと、エルムグリムの屋敷も放火されかねんからね。
今回はその報告と……念のためにエルムグリム国内の警備強化のための法案と予算申請を行う。」
兵士長が仏頂面で議案を提示した。
「確か……地下施設の通路を結界で塞ぐため、妖精族と獣人族の代表者1名ずつと、ギレージュ殿とダッフンバルト2世殿が今もタッタルンに残っているのでしたな?まさか彼らが直接手を下すはずはないが、彼らに現場確認をして頂ければ、痕跡から犯人が割り出せるのでは?」
そうだ……旧議員らを地下施設に封じ込めるためには出入り口を3重の結界で厳重に塞ぐ必要性があるが、これから一生過ごすのならどうしても別宅の荷物をあるだけ運び込みたいと収容者全員が言い出し、即日の封印が行えずに代表者が居残ることになったのだった。
「それじゃあ、運び込む荷物も燃えてしまったのでしょうか?」
「ああ……ほとんどの家屋は無人で火の気もなかったはずだが火の回りは早く、それでもそれぞれ1軒焼いただけで消し止められ、延焼はなかったという。
だから放火が疑われるのだが……レルムの話では妖精族や獣人族には……念呪と言って、複数人寄れば遥か遠くの地へ念を送り影響を及ぼす……そのようなとんでもない魔法術が存在するらしい。正確な位置情報と、その場所の精密な地形や様子が分かれば、火をつけたり水浸しにすることが出来るようだ。
勿論動き回る生物には適用できないし、少しでも情報が異なれば術はうまく作動しないようだが、この度旧議員らの犯罪行為が明らかになり、妖精族や獣人族の代表者らが帰国する前に、旧議員らの屋敷の偵察を行える時間は十分あったからな。だから……現場検証を行っても、何も出て来はしないはずだ。」
兵士長が顔をしかめた。なんと……魔法恐るべし……何百キロも離れた場所に火をつけたりできるのだ……ううむ……大陸間弾道ミサイル……みたいなものか?
「そうなると……旧議員家族も含めて、タッタルンの地下施設に収容して頂くしかないことになりますな。恐らく……彼らの狙いはそこにあるのでしょうな……自分たちが人間にされた扱い……幼い時から狭い空間に閉じ込められ……不自由な生活を強いられた……ただ……虐待がないだけましでしょうが……。」
事務長が下唇を噛みながら、悔しそうに話す。
「ああ……それしか方法はないだろうと、こちらからも回答した。だが……彼らが直接手を下して奴隷を囲った訳ではないのだ……先祖からの負の遺産を引き継いだがために……。
それでも妻や子は納得せずに騒いでいるようだから、処置は決まっていないようだ。だが……長引けば長引くほど……難しくなるだろうな……妖精族も獣人族も今回救出された帰国者は、地下施設の様子を事細かに覚えているはずだからな……いつでも火をつけられる……。」
「ああっ……そうか……だったら……別の施設は?」
「いや……今用意できる中で一番安全なのは、やはりあの地下施設と言えるだろう。言ってしまえば無期懲役なのだから刑務所で収容する手もあるが……流石に一般の受刑者と一緒の房では安全確保が難しくなる。
念のための安全策として、部屋の間仕切りを人数分に切り替えたり、持ち込み家具も加えて家具などの配置を大幅に変えているところだ。全く同じ場所がどこにもなければ、念呪は使えないそうだからな。
急遽レルムが出張で現地指導することになり、今晩出立する予定だ。」
なんと……レルム迄加わって、念呪対策を行うようだ。それだけ厄介な魔法なのだろう。
「ギレージュ殿は、これ以上人間の町で過ごしたくはないと、結界を施して帰国すると言い出すし、他の妖精族や獣人族の代表者らも同様のようで、ダッフンバルト2世が何とかなだめて引き留めている状況だそうだ。
少なくとも2,3日中に家族をどうするのか、結論を出さねばならん。だがまあ……地下施設以外で安全な場所などどこにもないはずだからな……最終的にはそこで全員が暮すことになるだろう。
後は……子供たちが……果たして何年後かに……出て来られるかどうか……だな……。」
兵士長が少し寂しそうに眉をひそめて話す……
「妖精族も獣人族も……魔族ですら、旧議員らの地下施設収容を願うだけで、賠償金など一切申し立てなかったのは、こういった計画があったからなのでしょうね。
どの道旧議員らは財産没収されて、取り立ても不可能ではありましたけどね。自分たちにも同じ境遇を味わって頂く……こんなことが現実となれば、未来永劫奴隷売買など……起こらなくなるでしょうね。
でも……これが果たして正しい行いなのかどうか……俺にはちょっと分かりかねますね。」
まあなあ……目には目を……的な発想は……メリアンちゃんを失った直後の俺にもあったからなあ……それでも他人事だとこう言い出すのは……人間というのは勝手な生き物だとつくづく感じる……。
「問題は……今回解放された者たちの気持ちであろうな。彼らが……一番長期間にわたって拘束され続けた彼らの気が晴れたなら……少なくとも子供くらいは開放して頂けるであろうと思う。だがなあ……5百年……5百年間も拘束され続けたものの気持ちは……しかも前半はひどい虐待を受け続けたのだからな。
それが何年何十年後なのか……分からないでしょうな……。」
事務長も俯き気味に話す。何千年も生きるのだから……5百年程度は……とは言えないのだ。奴隷として虐げられ続けた5百年間は決して短くは感じなかったはずだ。絶対に……長く……長ーく感じていたはずだからな。
「鉄道の路線が伸び、妖精国や獣人国とも頻繁に行き来が出来るようになれば交易も発展し、互いの国が豊かになって行くはずです。これまではタッタルンが表立って妖精国や獣人国との交易を担ってきましたが、エルムグリムが先導して公正な取引を実現すれば……人間族に対する評価も上がるでしょう。
ともに助け合って成長していく存在だと理解していただければ、旧議員らも含めて、いずれは開放していただけるのではないでしょうかね。1日でも早められるよう、加速していきましょう。」
タッタルンへは定期議会終了次第、事務長とともに議会制民主主義への移行指導の名目で訪問することになっている。その時にタッタルンのいいところも見つけて、それを発展させていく活動も忘れないでおこう。タッタルンもエルムグリム同様潤えば余裕が出来、妖精国や獣人国への支援が行えるわけだからな。
「それはそうと……勇者殿は、お屋敷の競売には参加しないのかね?事務長に全てお任せなのかな?」
「はあ?」
兵士長からなぞの問いかけを受けて、事務長の方へと視線を移す。
「いや……あたしの場合は個人の実験室が欲しくて、地下室がある旧議長宅に興味があっただけだ。特に文美雄との新居にする予定もない……工房の工員らも住み込みで研究させるつもりだからな。」
すると今度は事務長が意味不明の回答をする……うん?何がどうなっているのだ?
「知らんのか?……勇者殿も多数の奥方を抱えて、更に穀倉地帯と王都を往復生活だから、こちら側にも別宅を構えるのもどうかと思ってだな……いつまでも議員用の議事堂内の部屋というわけにもいかんだろ?
先ほども報告した通り、旧議員たちのお屋敷が競売にかけられる。王都内の別宅は本宅に比べると手狭だが、一般住宅に比べたならそりゃあもう……大邸宅と言える。そんなのをタッタルンの王都にも所有していたのだから、どれだけあくどいことをして稼いでいたのかと勘繰ってしまうほどだが……興味はないのか?
ハルシュー殿は地域性から、中北部の方の旧議長の本宅の競売に名乗りを上げているし、他の議員らも自宅周辺かあるいは王都の別宅に興味があるようだぞ。
競売とはいっても最低入札価格が決まっているから、まあ一般人の収入では参加することも出来ず、ほとんど最低入札価格で決まりそうな見込みだ。王都分だけでもまだ数軒残っているから、興味があったら会議室を出た先の通路に、広報を置いておいたから見てみるといい。終戦後に建て直した家だから、ほぼ新築だぞ。」
兵士長が謎解きをしてくれた……先ほど報告していた旧議員らのお屋敷が競売されるのだったな……それを買えと言っているようだ。既に事務長は自分の研究用に1軒購入済みか……すぐに事務長へともう一度視線を動かしてみたら、小さく頷いた……あれはOKのサインだな?
それなら……すぐさま廊下に飛び出して広報を見てみると、元の所有者名と屋敷の住所及び建物の広さや間取り詳細などそれぞれ一覧化された表が掲載されていた。
おおお……ゲストルーム含めて寝室が3部屋にキッチントイレが3ヶ所ずつ……合計10部屋+地下室のお屋敷に……こっちは何と12部屋にプール付きだって?
ほほう……すごいな……これが王都に来た時だけ使う別宅というのだからな……しかも魔王国軍侵攻に合わせて王都の屋敷は一旦破壊され、終戦後に建て直したわけだからな……どれだけ金持っていたんだ?
だが俺には此方の世界の不動産価格なんて知らない(元の世界でも知らなかったが……)し、お買い得かどうかわからない。
差し押さえで競売にかけられた……と言っていたから、この屋敷を買ってくださいと美術品のオークションのように競りにかけるのだろうな。最低入札価格というのは、最低でもこれ以上の金額で買ってくださいというわけだから、これ以上はまけられません……といった価格だろうから、この金額で買えばお得なはずだ。
「ふうむ……」
速攻で広報を手に会議室へ駆け戻る。
「はあはあ……こここ……この……プール付きのお屋敷……俺でも買えますかね?」
実験もしないし大型の猛獣をペットにする予定もない俺には地下室など不要なので、プール付きの12部屋の屋敷の購入が可能かどうかを事務長に確認してみる。なんせ俺は自身の貯金額を知らんからな。
「ああ……プール付きがいいのか?買えんことはないが、この物件は確かブーメリア殿が申し込みをしていたはずだ。重複すると競りとなるから価格が上がってしまうぞ。
旧議長の弟議員の別宅は8部屋でキッチントイレにバスルームが3つづつついていて、地下室はないがプールもあるぞ。それとすぐ隣の同じ間取りでプールはないが安い……こちらの2軒とも購入してみたらどうだ?
あたしが買おうとしている旧議長の別宅の隣だし……こちらの方がよくはないか?」
そうか……最低価格で購入しようとすれば、いわば早い者勝ちみたいな感じなのだ……確かに競りをして価格が上がるのはどちらが買うにしても申し訳ない。事務長が、広報の別枠のお屋敷を指さす。
元の12部屋のお屋敷は、寝室5部屋だし庭も広いからいいと考えていたのだが、2つのお屋敷を購入して間の柵を取り外せば庭はもっと広くなる。
最低価格は1.2倍ほどになってしまうが競りを考えれば向こうの屋敷だって……さらにこちらのお屋敷なら俺の嫁全員がそれぞれの寝室を使えることになるしキッチンだって……事務長が購入した屋敷はあくまでも研究用で、自分が寝泊まりするためのものではないのだったな……
「でも……2軒もなんて……貯金……大丈夫でしょうか?」
「ああ……問題ない……勇者のほかに今は議員としての収入もあるし、文美雄はあまり金を使わないからな……10年間の分割程度で……恐らく問題はないはずだ。あたしだって分割払いだからな。」
そうだった……元老院議員としての収入も今はあるのだったな。議員生活は長く続けるつもりはないのだが、まあ事務長だって知っているから、それで大丈夫と言っているのだから大丈夫だろう。
すぐさま議事堂を出て、入り口手前にある広報を貼りだした掲示板下の申し込み欄に、俺の名前を書いておく。俺は今では読むだけではなく、自分の名前程度なら書けるようになったのだ。(ようやく……本当に……ようやく……)




