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28.新たな希望

28.新たな希望


 翌日……元老院会議終了後、マリアンちゃんは事務長にお願いして王都観光に連れて行ってもらい、その間にサッサーとアーミナに確認すると、やはりマリアンちゃんのことは承知していて、ミーティアさんとスーメリアさんも皆でマリアンちゃんを支持していると答えた。はあ……断れないじゃあないか……。


 だけど……本当に彼女は平気なのだろうか……戦争で男性兵士の大半を失い、男女比が極端に代わった世代ならともかく……マリアンちゃんたちの世代は前後共に男性は女性とほぼ同数いるはずだ。だから……いや……そのうえあの美貌……モテないはずがない……なのにどうして俺なのだ?


 そりゃあ重婚世代ではないから、嫁ドラフトも逆指名もないけど、彼女だったら好みの男を見つけたなら、好きですって打ち明ければ、おそらく結婚でもしていない限り断る男はいないだろう。6人も嫁がいる俺ですら……あんなかわいい子が……と、思わずぼーっとしてしまうほどだからな。


 それでもあの子は最愛の第1妻の妹で、もう5年近くも兄妹として一緒に暮してきたのだ。


 はあ……どうしよう……定例の元老院会議では魔王国から戻ってきたハルシューさんたちが、開腹術の指導結果と今後の技術指導計画及び魔王国王都も含めた再整備計画と支援計画の報告を行い、諸々の予算申請を提出したり、事務長は妖精国と獣人国への国交回復のための計画と予算申請を行い承認された。


 妖精国と獣人国には試供品の機織り機のほかに、移動用として装甲バス各1台を贈呈(今回の国際法廷の送迎用に使用したバスをそのまま贈呈)したが、さらに5台ずつ親睦の証として贈呈するためおよび、2ヶ国を行き来するための飛行船建造に対する予算だ。


 獣人国へは未だ訪問できてはいないが、機織り機と装甲バスのお礼状は王様あてに届いており、何時でも大歓迎だと、訪問を承認されている。


 本来ならば数年がかりの大計画なのだが、今回の国際法廷で先の戦争の賠償金を、タッタルン王に対しても請求できたのが大きかった。全ては回収できなかったが、それでもエルムグリムの歳入に匹敵する額だからな……これにより大陸内の友好関係はもとより、移動に関する交通機関も大きく様変わりするはずだ。


 加えて、王政が廃止となる見込みのタッタルン復興の手伝いを、事務長とともに依頼されている……やらねばならないことが山積している状態で……いつまでも女性関係で頭を悩ませているわけにはいかない。


 断ってしまえばいいのだが……正直……最愛のメリアンちゃんに見間違うほどの美しさ……更に性格もいいのだ……幼いころから家が貧乏で苦労しているからつつましやかだし、それでいてとても明るい性格で、優しくて人当たりが良くて気配りが出来て、その上料理上手で働き者……完璧なのだ。


 どこに嫁に出しても恥ずかしくはないと……俺も内心自慢の妹として、今年新卒でやってくる新兵たちにアピールしようか、悩んでいたほどだ。完全に対象外としてしか見ていなかったから、いずれ嫁に出すことを夢見ていたのだが、いざ告白されてみると……速攻で断るべきなのに言葉が出てこない……。


 断ったら絶対に後悔する……それは分かっているのだが、だけど……受けることも出来ない……だろ?



「マリアンを……嫁にしてやれ!」

「はあ?」

 期限の当日……朝食時に事務長が突然、とんでもないことを口走った。


「文美雄だって彼女のことを、憎からず思っているのだろ?顔に書いてあるぞ……ここ2日ほど、碌に眠らずに頭を悩ましていたのが、その証拠だ。自分の気持ちに素直になれ、正直に彼女に結婚してくれと、本当の気持ちを伝えるんだ。いつまでもグジグジしているな!行けっ!」


 俺の気持ちなどすっかりお見通しの事務長に椅子から立ち上がらされ、回れ右させられて背中をドンッと強く押された……そのまま部屋を出て議事堂廊下を歩いていると、向こうからマリアンちゃんが……前回は普段着のシャツにデニム姿だったが、今日はおめかししてきたのであろう……白い花柄のワンピース姿だ……かわいい……というより美しい……。


「ままっ……マリアンちゃん……おお……おはよう……。」

 余りの突然の出会いに、言葉がうまく出てこない。


「おはようございます、お兄様……。昨日事務長さんに王都を案内していただいたときに見つけた、ワンピを早速着てみました。如何ですか?」

 マリアンちゃんが笑顔で、スカートのすそをつまんで見せた。


「如何って……あっああ……ワンピね……うん……いいんじゃあないかな?すごく似合っているよ。」


「ほんとですか?うれしいっ!」


 マリアンちゃんは本気で喜んでいるのか、満面の笑みを見せてくれている……似合っているなんてもんじゃあない、美だ……この世の中で最も尊く美しい……


「まっ……マリアンちゃん……けっ……おっ俺と……けけっ結婚してください!」

 意を決して片膝をつき、結婚を申し込む。


「本当ですか?うれしいっ!」

 速攻でマリアンちゃんは抱き着いてきてくれた。


「ああっ……ししまっ……」

「どうかされましたか?」


 前の世界のことを思い出し、指輪……指輪がない……と思いついたのだが、この世界にエンゲージリングという風習はない。婚姻は役場に婚姻届けを出すだけで、結婚式だって家で身内だけの質素なものだ。


「いや……何でもない……でも……本当に俺が相手でよかったのかい?」


「勿論ですよ……私の最愛の方は……お兄様ですから……。」

 彼女が俺を抱きしめる腕に、さらに力を入れる……これで……良かった……のかな?



 本会議が始まる前に、マリアンちゃんとだけ結婚すると兵士長に告げ水晶玉を返却し、最大の難問は解決した。これでようやく元老院の本会議に身を入れられる。


 すぐにタッタルンを支援するための法案と、タッタルン王都迄の鉄道敷設のための予算申請を行う。エルムグリム南端の国境都市までは、既に鉄道路線が開通しているのだから、タッタルン国内だけの敷設で済むので、恐らく1年はかからないだろう。


 難しい点は用地買収だが、まあ……タッタルンの主要街道はエルムグリムの倍は広くてまっすぐだったから、半分頂いて線路を敷けばいいだろうと勝手に考えている。鉄道が開通してしまえば、馬車よりも何倍も速く、しかも宿泊費用を考慮すれば運賃だって実質安く移動できるのだから、馬車による遠距離移動なんて不要となるから問題ないはずだ。


 タッタルン国内のことなので、タッタルンで予算申請して自国予算で行えばいいともいえるが、今のエルムグリムは賠償金のおかげでずいぶん潤っているし、長期的な目線で投資したいと位置づけた。いずれはタッタルン最西部迄線路を敷き、やがては獣人国を縦断して妖精族王都まで鉄道を開通したいのだ。


 そうなれば飛行船を使わなくても、恐らく丸二日もあれば、エルムグリム王都から妖精族王都まで達することが出来るだろう。飛行船は積載重量に制限があるから少人数の移動に限られるが、鉄道であればかなりの量の貨物を運べるし、物流改革を起こせると期待している。



「凄いことが起きていますぞ……。」


 本日の元老院議会は予定通りに午後3時には終了……3時と言っても……ちょっと前までは日が昇ってから沈むまでの昼間の時間を12等分し、日が沈んでから上るまでの夜間時間も12等分して時刻を告げていた。


 だがそうなると季節によって昼と夜の長さが異なるし、1日の中でも1時間という時間の長さに違いが出てきて不便だ。


 機械文明が未発達の魔法世界では、基本時刻は日が出ている間は日時計で、日が沈んだ夜になってからは教会の鐘の音で時刻を知る為、大きな不都合はなかったようだが、鉄道が敷かれ列車が走るようになってからは、変動する時間単位は逆に不便となる。(教会では季節ごとに長さが異なる蝋燭があり、それに1時間ごとの目盛りがついていて、時刻を知るいわゆる蝋燭時計)


 何しろ、夏場で昼間時間が長いときには、列車が予定時刻より早く到着してしまい、駅での待ち時間が長くなるし、鉄道人気で深夜便を増便したら今度は遅延問題が発生してしまうわけだ。


 そこで鉄道開通とともに長い糸の先に重りをつけ、それを振動子として往復の数を数える……いわゆる振り子は常に同じタイミングで時を刻む……という小学校の理科の授業で習った事を思い出し、事務長にお願いして板バネを使ったゼンマイ式の振り子時計を発明していただいた。


 たしか……随分前に雑誌か何かで読んだのだが、高級腕時計は職人が手作りのムーブメントとかいう時を刻む極々小さな振り子を、ゼンマイ動力で動かして時を正確に刻んでいるらしい。かなり精密な工作なので簡単にはできないだろうが、これなら時計を小さくできるので、持ち運べるし大変便利なはずだ。


 時計が出来てからは1日を24時間として、昼のなんどき……とかではなく連続して数えるようになった。



「何がすごいのでしょうか?」

 定例会議終了後に、ハルシューさんが俺の席へと駆け寄ってきたが、凄い事に俺が思い当たることはない。


「ああ……魔王国で小鬼妊婦の開腹術……皆さんが帰国後に私がいる間に合計でなんと12例……そのうち4例は、研修生らが執刀を行い、全て母子ともに無事に術式を終えた。」


「それは素晴らしいですね……ハルシューさんの開腹術が100%の成功率なのはわかりますが、心配だった小鬼の研修生らの手術も、成功率が高ければ安心ですね。居残り指導が実りましたね。」


 そうか……当初は内臓器官の違いも何も分からない小鬼の開腹術を、人間が行うことは失敗したときの責任問題で揉めそうなので、研修に来た子鬼自身で開腹術を行ってもらうつもりだった。こちらはあくまでも立ち合いで、迷った時にアドバイスを送るが責任は負わないという立場のつもりだった。


 だが責任感の強いハルシューさんは、責任を負うことになってでも自ら初期手術を行うと申し出て、見事開腹術を成功させたのだ。更に帰国の時が来ても居残り、指導を続けていた。おかげで研修生らの開腹術も、ほぼ完ぺきな状況というわけだ……それはすごいな……。


 ハルシューさんが喜び勇んで報告にやってきたことを知り、俺も心からうれしい気持ちになった。


「ああ……いやいやいや……小鬼たちの研修生は皆必死でしたからな……成功率が高いことは最初から予想しておりました。自らの命がかかっておりますからね。


 ですがそのことではなく……なんと……小鬼妊婦から母乳が出たという報告があったのです。」

 ハルシューさんが嬉しそうに笑顔で教えてくれた。なんと……


「へえ……だって小鬼って……女性兵もほとんど上半身は裸で……申し訳ないけど人間の女性と違って胸なんて出ていませんでしたよね?上半身だけでは俺には男女の区別がつかない印象でしたけど?」


 人間の女性も授乳期には胸が張り大きくなって、母乳が出る……高校の保健体育で習ったことだ。乳腺が乳頭周辺に集中していて、母乳は乳房に蓄えられるのじゃあなかったかな?


「私が手術した患者は、1人だけ1ヶ月くらいしてようやく胸が張りだし膨らみかけたのですが、2ヶ月も経つと全員の乳房が張って大きくなったようです。乳房が張って痛いと言い出したので……研修生らには人間の妊婦の採乳の手伝いも研修として行わせていたので、絞ってみろと言ったら乳が出たようです。


 小鬼らは哺乳類だが異常ともいえる出産により、乳が退化し母乳も出なくなっていると思っていたのですが、開腹術で母親が存命すると、ホルモンの関係なのか乳が張り出し母乳が出るようになると分かりました。


 初めての出産なので体の準備が出来ていなかったのでしょうが、2度3度と出産を繰り返せば、恐らく出産直後から母乳が出るようになるのではないでしょうかな?更に開腹術を行って生まれた子の世代が続けば、最初の出産からでも母乳を与えられる母親が出てくることでしょうな。


「へえ……それは確かにすごいことが分かりましたね……ですけど……小鬼の子って……母親の内臓を食い荒らしてから腹を食い破って出てくるのでしたよね?だったらもうすでに歯が生えているから、母乳はいらないんじゃあないでしょうか?まあ……最初の乳は免疫が受け継がれるとは言うから、それだけは……。」


 至極当たり前の理屈を述べてみる……小鬼の子には母乳ではなく離乳食になるはずなのだ。


「そこですぞ……その件に関しても……凄いことが分かったのです……なんと……魔王国は北方で、しかも高地にあるから、1年のうちの半分は雪に閉ざされているらしい。


 その為……1年は何と8ヶ月……雪のない季節が4ヶ月間で、雪に閉ざされた季節が4ヶ月間……当初は人社会の季節ごとに習い3ヶ月としていたようですが、1年が6ヶ月では少なすぎるということで、4ヶ月ずつの8ヶ月にしたという事でした。


 小鬼妊婦の妊娠期間は約10ヶ月と言っていましたが、こちらの月数に直すとなんと……14ヶ月半……だから既に赤ん坊に歯が生えているのかも知れませんね……生えはじめではあるのですがな……。


 これは皆が帰った後、1ヶ月のカレンダーの日数がやけに多いことから確認してみて、それでようやく分かりました。確かに……私が知っているのはエルムグリムとタッタルン共通の暦だけ。もしかすると妖精国や獣人国でも、1年の月数やひと月の日数が異なるかもしれませんな。


 季節の移り変わりの周期から1年間という長さの尺度は同じでも、それを何分割にするかはそれぞれの文化とも言えますからね。」


 ハルシューさんが得々と暦事情を説明してくれる。確かに……こちらでは1年は12ヶ月間だけど、日数で行くと333日で、俺が元居た世界とは異なる。うるう年もこの世界にはない。昔は日本も陰暦を使っていて、西洋文化が入り込んだ明治辺りから太陽暦になったと習った……陰暦には閏月なんてあったらしい。


 国ごとに独自のカレンダーを作っていることは、十分考えられたことだ。それで行くと小鬼の妊娠期間は、かなり長いな……人間の場合の約1.5倍……。


「そこで……ですな……少しずつ……あくまでも本当に少しずつ……10例ごとに1日でもいいから、母体と子供の様子を確認しながら、開腹術の執刀日を早めて行ってくれと、お願いしました。


 それにより……人間同様に歯が生えていない状態で、子供を出産できるのではないかとも期待しております。それで赤ん坊に母乳を与えることにすれば……小鬼たちの出産というものが、更に一段階変わって行くと考えているのですね……もしかすると小鬼の妊婦は、陣痛を感じないのかも知れませんのです。


 小鬼兵は力も強いですが、恐らく痛みにも強い……手足の一本程度折れていても、それでも戦う……くらいにね……おかげで陣痛を認識できず自然分娩が行われないがために、成長し過ぎた赤ん坊が母体を食い破って出てきてしまうのかも知れないと仮定できるのです。


 そのうちに……赤ん坊自体も陣痛を起こさせるような動きをしなくなってしまった……だから人間の女性に妊娠させた時にも陣痛は発生しなかった。


 だったら……出産を促進させる方法を考えればいいのです。

 これからは度々魔王国へ出向いて……小鬼たちの出産研究を行いたいと考えております。」


 なんと……小鬼の出産に関して新たな新事実……というか今のところは仮定……なのかな?だけどそれが本当だったなら……うまくすれば開腹術だけに頼らなくても、正常出産できる可能性だって……流石医者……しかも研究者……目の付け所が違う……。


「だったら自家用車……じゃあないけど、ハルシューさん専用の飛行船があったなら、魔王国への行き来が楽になりますよね?元老院に予算申請をしてみたらいかがですか?」


「ああ……それはいい考えですね……私の我儘でしかありませんが……両国友好の一助とか理由をつけて、一度お伺いを立ててみますか……明日にでも早速……。」


 ハルシューさんが嬉しそうに、笑顔で立ち去って行った。専用の飛行船を確保して、常勤で専任の魔導士をあてがってもらえたなら、いつでも自由に魔王国へ行き来できるのだからな……研究が格段に進むことだろう。それは……さらに両国の関係性をより良くするに違いない……。


 それにしても、なんと……母体を食い破って出てくるのであれば、その前に開腹して取り出してしまえばいいと考えて、俺が提案したのだが……流石ハルシューさん……やはり本物は違う……というか、小鬼たちのような異常出産の原因を推察し、そこから解決の糸口を見出そうとしている……凄い……。


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