17.いざ、妖精国へ
17.いざ、妖精国へ
「随分自信ありげだったが、何か説得するためのいい案があるのか?」
妖精国へ向かう飛行船の中で、事務長が問いかけて来た。まあ、そうだろうな……何の考えもなしに行ったところで門前払いが関の山だ……なんせ魔族がどうして妖精族や獣人族に嫌われるのか、全く分かっていないのだからな。だが……原因が分からないのだから解決方法だってわかるはずもない……。
「説得する方法などとても浮かばないので、物でつろうかと……。」
懐から小さな丸い玉を取り出して見せる。
「これは……養殖真珠の実験中の玉ではないか……定期確認で取り出したものだな?だがまだ日が浅いから、とても真珠と称せるものではないぞ……。」
そう……飛行船が出来上がった時に、いずれ他国を渡り歩いて交渉する場が出来はしないかと、定期検診のサンプルの中で比較的見栄えのいいのを数個、くすねてきたものだ。真珠は退魔などの儀式で使われると聞いていたからな……魔王国と親密になるための交渉材料とも考えていたのだが、小鬼の出産改善だけで十分親密になれたから出さずにいたのだ。
「それでも真珠になりかけているなあ……とは思えるでしょ?天然真珠だって、中にはなりかけのものやいびつな失敗作だってあるはずだから、見せてやればこちらがやろうとしていることの意味は分かるはずですよ。
真珠は儀式で使う必須なアイテムだけど、天然ものなんて手に入れるのは正に運頼み……それが養殖であるならば確実に……しかも最良のものが手に入るのだとしたなら……欲しいと思わないすかね?
人工的に作った偽物ではなく、人為的ではあるけれども天然物と同じ工程で作られたものなのだから、天然物と遜色ないのですよ!欲しくなりますよね?」
1年も経過していないので、まだ光沢もない玉だが、それでもうすピンク色に色づき始めている……途中経過を見せれば大まかな作業は予想がつき、向こうでも養殖を始める可能性はあるが、どの道工程は明かすつもりでいた……天然物と変わらず貝の中で育てたと正直に言わなければ、儀式用とはなり得ないからだ。
「成程……真珠は退魔業にも使われるが、お守り代わりに持ち歩いたり、妖精族や獣人族は土葬らしいのだが、死人が悪霊に憑りつかれてうろつくことがない様に、首から下げて見送ると聞いたことがある。
だから一定量の消費はあるだろうから、欲しがるだろうな……うまくいくかもしれん。交渉の持ち掛け方次第と言ったところだろうな……。」
首をかしげていた事務長ではあったが、それでも納得して小さく頷いた。
「それで……妖精国のどこへ行けばいいのですかね?王都の場所は分かるのでしょうか?いきなり空から突然訪問しても……驚かれないでしょうか?そのほうが心配です。」
「ああ……妖精国の王都は、西部の町を真西に向かった妖精国のほぼ中央部に位置すると聞いていて、既に指示済みだから問題ない。外交担当者は一昨年の漁獲量割り当て会議の際に会ったから、彼女を訪ねてみよう。
だが……文美雄が言う通り、いきなり空から訪問するわけだから、かなり警戒されるだろうな……一応エルムグリムの国旗を船首に掲げておけと指示しておいたが、いきなり攻撃……もあり得ないとは言えん。
今回は物理結界ではなく魔法結界を張っておくようにも指示しておいた。何しろ……直接外交交渉したことなど……一度もないはずだからな……タッタルンで開催される国際会議で出会う以外の付き合いなど全くない国だ。直接行き来もできないから交易ですらタッタルンが仲介していたのだからな。」
事務長が下唇を噛みながら、少し悔しそうな表情を見せる。これまで大陸内の各国間の交渉は、ほぼほぼタッタルンの都合のいいようにやられていたようだからな……魔王国への脅威があったし、更に他の大陸との交易の関係でやむを得ず……だけどタッタルンの悪行が明らかになって行くにつれ、腹が立ってくるわな……どれだけひどい国なのよ……この上奴隷売買にまで関与していたなら……
「間もなく妖精国王都上空です。」
それから丸一日……風魔法でかじ取りを担当する魔導士が、目的地上空であることを告げに来た。
一万m級の山脈を超えたままの高さで飛行を続けていたため、恐らく地上からはよほど目が良くなければ見つかりはしなかったであろうが、ここから高度を下げて行くにつれ、発見され攻撃を受ける可能性がある。
国旗を掲げていることだし、いきなりドカンはないとは思うのだが……一応妖精国向けの伝令バトは元老院休廷中の期間であり戻ってきていた西部地域担当の上級魔導士ブーメリアさんが持っていたので、訪問を伝えるようお願いはしておいたのだが不安はある……魔王国がエルムグリムを未だに奴隷制度がはびこる敵国と認識していたように、妖精国だってそう考えていたのなら……。
そんな馬鹿な……と当初は俺も思っていたのだが、中北部の旧議会議長のお屋敷と言い、ほとんどの旧議員たちのお屋敷で、直近のものではないにしても、奴隷の子を地下に閉じ込めていた証拠が次々に上がり、背筋が冷たくなっていった。間違いなくエルムグリムで、奴隷売買が横行していたのだ。
高度が下がるにつれ地上の景色がだんだんとはっきりしてきて、木々が生い茂る緑豊かな自然に囲まれた田園風景が一面に広がって来た。ここか妖精国の王都か……希薄だった空気も戻りつつあり呼吸も楽になり、甲板へ出ることも出来るようになった。
物理結界を唱えていた魔王国への飛行では感じなかったが、魔法結界は周囲の空気がそのまま希薄になる為、高地ではかなり息が苦しい……風魔法で船の周りに空気が密の部分を作り多少和らげていると魔導士が言っていたが、それでも結構息苦しかった。窯で火を焚くので寒さはそれほどでもないが、風で送り込まれた酸素も燃焼で消費されてしまう……。
物理結界は空気を遮断してしまうと低酸素状態になってしまうので、空気の出入りは遮断しないのだが、内部の空気圧は保とうとするので、呼吸に不自由がないそうだ。だったら高高度の時だけでも物理結界にしてくれよ……と思うのだが……切り替え時の詠唱が間に合わなければ火弾などの直撃をくらってしまうので、それはできないそうだ。
「おいでなすったな……」
事務長の声が背中にしてふと顔を上げると、船の落下防止の柵の向こう側の目線の高さに複数の影が……ここって……まだ地上数百mはある上空のはずだけど?
小さなものは虫サイズ……いや……手のひらサイズぐらいか……大きなものは人よりもちょっと小さめくらいかな……皆人型で背中にトンボみたいな半透明の羽が生えている……これが妖精族?
「エルムグリム王国からの使者か?」
「ああ、そうだ……妖精国王の使いの方たちですな?」
「親交もない我が国へ突然のご訪問……到底容認できる行為とは思えませんね……正式訪問を願うのであれば、これまで通りにタッタルン王国経由でご連絡をお願いいたす。このままお帰り願いたい……。」
人サイズの妖精が、帰るよう促し小さく頭を下げた。男性……だよな?美男子ー……目はぱちくりとして顔ちっさ……鼻はすらりと高くて髪は短めだが小さくカール……唇は薄目で小さくて……このまま髪を長くしてかわいめのスカートなんて履かせたら……間違いなく惚れてしまうくらいの美少女だろう。
だが彼は……イメージ的にはギリシャ神話に出てくる男性神みたいな……一枚の真っ白な布を右肩にかけ、股下を通してから腰に回し右腰で結ぶという……ある意味ふんどしみたいにも見える格好で、左胸があらわになっていて、最初はドキッとしたが男性でありホッとした。
他の面々も大きさの違いはあれども、どれも美少女に美男子ばかりだ……エルムグリムも美女と美少女揃いだが……こちらはカワイ系に特化しているな……。女性らはふわりと軽そうなレースのケープに、中はタンクトップみたいな白シャツ……下はショートパンツだな……背中に羽が生えているから服装が限られるのかな?ブレザーの背にスリット入れて羽を通しながら着る……なんて大変そうだものな……。
帰れと言われてもな……そのまま帰るわけにもいかないし……だけど帰らなきゃ攻撃してくるというのかな?ううむ……船には弓矢に槍にパチンコ……万一を考えてボウガンも置いてはいるのだが……まさかこんなカワイ系を打つことはしたくない……今こそ思う……小鬼たち御免……
「はるばる国境の山脈を超えて来たのだ、妖精王にお目通り願いたい。
伝文にも記した通り、此度の魔族との共同調査にて恥ずかしいことではあるのだが、我がエルムグリムの民の住居にて妖精族、獣人族、魔族の子らを長期間にわたって拉致監禁していた形跡が認められた。対象は戦前までのエルムグリム共和国時代の旧議会議長はじめ貴族議員らのお屋敷です。
彼らは議員時代の数多くの背任行為及び汚職の罪に問われ国外追放となり、現在はタッタルン王国にて匿われている。魔族と合同でタッタルンへ乗り込み旧議会議長らを問い詰め、未だに捕らわれている奴隷の子らがいるのであれば開放したいと計画している次第です。
だが……我々だけではしらを切られた場合、隠された子らを探し出せぬ可能性が高い。なので妖精族及び獣人族の方たちにご協力をお願いしたいと思い、はせ参じました。
疑惑はタッタルン王国自体にも及ぶ為、タッタルン経由での連絡が出来なかったこと、よろしくご容赦願いたい……。」
事務長が訪問の内容を告げ、突然の訪問の理解を求めようとする。
「未だに根付いている様子の人間たちによる多種族の奴隷問題には、わが王も頭を悩まされておる。だが……此度の申し出は、エルムグリムの非を追放したものたちになすりつけ、タッタルン王国を貶めようと企む陰謀であると、わが王は激怒しておられる。
かような誹謗中傷をあくまでも主張するのであれば、これを公にして国際会議の場にて裁量することになるがよろしいのでしょうかな?いやなら、このままお帰り頂くのがよろしいかと……」
しかし使いのものは事務長の願いをはねのけ、脅しをかけて来た。どうやらエルムグリムが自分らの不正を追放した旧議員らに押し付けようとしていると、勘ぐられている様子だ。そんなはずもないのに……なあんて当事者である俺は分かっているが、確かに疑ってかかれば疑わしき状況ではある……。
「状況によっては公にするという事は、まだタッタルンへは知らせていないという事でしょうな?
こちらとしては国際会議にて正式に裁量することに異存はありません。ですが判事はこれまでの通例と異なり、必ず妖精国か獣人国にて担当をお願いいたします。国際会議の主催国は持ち回りですが、開催は常にタッタルンにて行われ、裁量の際の判事も公平を期するためと常にタッタルン王国の判事が担当してまいりました。
ですが今回はタッタルン王国自体が被告である可能性もあるのです。タッタルン王国の判事では公正な裁量は下せません……また……事前連絡されては証拠を隠滅されてしまう恐れがありますし、それは……さらなる悲劇を生む可能性が高いため、避けて頂きたい……よろしいでしょうかな?」
事務長は毅然とした態度で、国際会議での裁量は望むところだと主張した。その上で、裁定を行う判事の差し替えを望んだ……なんと……国際会議は常にタッタルンで行われ、裁定の判事もタッタルン独占……これなら正にやりたい放題だよな……。
「ふうむ……成程……王様……如何いたしましょうか?」
使いの男性が突然目を閉じ、耳に手を当てた……
「はっ……かしこまりました。
王様が詳細をお聞きしたいとおっしゃっておられる……ついて参れ……。」
目を開けた使いのものはついてこいと一言だけ告げ、そのまま全員が降下していった。勿論急いで飛行船も降下しようと、魔導士が体重増加の呪文を唱え始めた……窯の火を消さなくちゃな……。
しかしテレパシーか?水晶玉を使った木霊魔法なんてものではなく、頭の中だけで遠距離のやり取りが出来るだなんて……ううむ……魔法って奥が深い……。
妖精国の王城は、土を固めて作られたような高さ3m程の黒っぽいドーム状の建物だった。周りの地面と同じ色であるのは、カムフラージュというよりも適した土の土地を見つけて、そこの土を使って居を築いたのではないだろうかな。城の周囲は畑で緑の野菜が整然と生えているから、カムフラージュにはなっていないのだ。
敷地の周りには堀もなくまた城壁なんてものも存在しない。周りはほとんどが田や畑で、所々に少し小さめの同じようなドームの建物が点在していて、幅広の道が集まった……十字路どころか8方向から直線の道が集まった先のロータリーの中央みたいな広い空間に建っていた。
案内されるがままにドーム脇の畑ではない芝生の上に着陸する。
「どうぞこちらへ……。」
素早く芝生に杭打ちをし、船のへさきから垂らされたロープを結び付けて飛ばされないように固定して置き、それからようやく案内人の後を追った。
上が丸いアーチ状の木の扉を開けて入って行くその先は下り階段があり、降りた先では天井が結構な高さになった。中は地面を掘って床面を低くしているようだ……恐らく気候の変動による室温変化を小さくする目的なのだろうが、水害の時はどうするのだろうか……とか無用な心配か?結界とか張るのだろうな……。
中はだだっ広い空間……でもなく、土壁で部屋が区切られているようで、ドアからまっすぐ伸びる通路を通って行く。左右の壁にはドアがなく歩いていく都度部屋の中は丸見えで、衛兵が詰めていたり調理室で皆忙しそうに料理していたり、食堂のように長テーブルがでんっと置いてあってテーブルに皿を並べていたりと、様々な様子が垣間見えた。
共同の部屋だからなのかと思っていたら、途中から区切りが狭くなり2段ベッドやダブルベッドにテーブル……恐らく居住区に切り替わって行った。中にはベビーベッドのような小さなベッド(恐らく手のひらサイズの妖精族のものではないはずだ……となりにはダブルサイズのベッドが置いてあるから……)が置いてあるなど、恐らくは夫婦の居室であろうと推察される部屋まであった。
「なんか……お城と言えば言えなくもないけど、共同住居というか共同生活しているみたいに見えますね。
部屋ごとの仕切りはあるけどドアはなく、プライバシーなんてどうなっているのか……。」
「妖精族は元々森の大樹の下で共同生活をしていたと聞いたことがある。その頃よりは、個々の生活空間というものを取り入れているのではないだろうかな……。人間社会と触れ合ったせいかもしれんな。」
事務長がぽつりとつぶやく。
いやあ……でも……でも……流石にドアがない部屋でエッチはきつい……しかも壁の仕切りはあってもパーテーションの形式で部屋ごとの天井はなくて吹き抜けなのだ……声だって漏れるだろうに……。
長い通路を歩いた先は……ドーム奥の壁の前は少し高くなっていて、3段の階段上に玉座……いや……王様は不在か……あれ?玉座の後ろっ側って……ベッド?
改めて見ると玉座の左手には執務用かな……黒い木製の重厚な机に椅子が一脚。左手には食卓かな?真っ白なテーブルクロスがかかった10人掛けのテーブルと10脚の椅子……ベッドわきには竹で編んだと見える箪笥が置かれ……ここが王の居室なのか?
仕切りも何もない……ぷっ……プライバシーは?
「王様……エルムグリムからの使者をお連れいたしました。」
先を歩く案内人が立ち止まり、誰もいない玉座に向かって話しかける……まさか王さまって、ミクロサイズ?
「おっおお……ご苦労であった。」
違った……玉座の後ろのベッドから、むくむくと黒く大きな影が起き上った。恐らく王様……。
「すまんのう……このところずっと臥せっておって……申し訳ないが上がってきて、そこのテーブルに……おおい……お客人にお茶を出して差し上げて!」
黒い影は上半身だけ起き上がると、俺たちに檀上のテーブル席まで来るよう促した。ううむ……上空のやり取りでは歓迎されていない雰囲気ありありだったが……あっさりベッド脇のテーブルを勧めるか?
王様の見た目は上半身だけではあるが……でかい……恐らく立てば見上げるほど……2m越えてるんじゃあないのか?更に横幅も……相撲取り並みにありそうだな……。口髭どころかサンタ?と見まがうほど、真っ白いひげが長く伸び……長いと言えば髪の毛も……ストレートヘアが腰位まではありそう。
体がでかいわりに顔は……彫が深く鼻は高く端正な顔立ちで、髭でわからんが顎も引き締まっているのではないのかな……肥満体という風体ではなさそうだ。見た目は90の老人……




