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16.選択の岐路

16.選択の岐路


「………………………………………………」

「………………………………………………」


「そのうちに……」

 俺も事務長もあまりの内容に驚き絶句して、何も答えられずにいたらギレージュがなおも話を続ける。


「何も言わずにただ驚いている友人に向かって、ちょっと躾けてみるか?と、友人が壁から革製の鞭を取り出し、手渡そうとします。よく見ると壁には拷問道具とも取れそうな、いびつな形をした刃物類や、革製のさるぐつわなど多数飾られております。


 いやいやいや……と尻込みする友人に、貴族の息子はこうやるんだ……と言いながら、奴隷の子に向かって鞭を振り下ろします。そうして……お前だって店を継いだばかりだから営業で家々を回っていると、嫌なこと言われたりするだろ?理不尽な要求を突きつけられたりして……そんな時はこれだ。


 こうするとストレスなんて吹っ飛んじまうぞ……とか言いながらもう一発きつく鞭を振り下ろしてから、その友人の手に無理やり鞭を握らせます。そうなるともう……逃げられない……ごめんな……とか口だけで言って、友人は鞭を振ります……それほど強くはないにしても……。


 そうして何度も貴族のお屋敷に配達を続けているうちに……虫も殺さなかったその友人に変化が訪れます。地下室に案内されると自ら鞭を手に取り、魔族の子に……今日はお得意先で面白くないことがあった……配達が間違っていると咎められて……等と仕事の愚痴をこぼしながら鞭をふるうようになるのです……。


 その後は貴族の息子らと結託して酒を買い占め、庶民の手に渡らぬようにして値を釣り上げ暴利を得るようになっていくのです……不正をお上に打ちあげようにも、貴族議員らの力ですべてもみ消され、庶民らにはどうすることもできない……この友人も、悪に手を染める極々一部の人間でしょうか?」


 ギレージュが顔をゆがめながら、苦しそうに打ち明ける……


「そ……それって……もしかして……おま……ぎっ……ギレージュ……さんの……?」


「ふんっ……たとえ話ですよ!たとえ話!私が言いたいのは……清廉潔白な人間などどこにもいないという事ですよ!人はつるむことで、良くも悪くもなって行く……というお話をしたかったのです。


 たまたま今は……魔王国の百万の軍勢で攻め込まれ、国の大半が破壊されて復興の途中……その復興がうまくいって……戦争も勝つことが出来ましたしね……国民は戦前の生活よりもはるかに潤って、いい生活が出来るようになり、それではこれまでどうだったのだろうと考え、議員らの不正が暴かれた。


 彼らを反面教師として、こうなってはいけないと今のうちは……魔王国へも手を差し伸べて頂いて有り難い限りではありますが……いつまで続けられることか……疑っているだけです。」

 ギレージュはそう言うと、護衛兵について廊下を歩き始めた。


「よくぞ打ち明けてくれた……思い出すのも忌々しい苦しい過去であったであろうに……ギレージュ殿のような思いをするものが今後決して出ないよう、必ず奴隷問題は解決して見せる。その為……申し訳ないが今しばらくご協力を、お願いいたします……。」


 事務長がギレージュの背中に向かって深く深く腰を曲げて頭を下げた。まあなあ……事務長にとっては同胞のエルムグリムの人たちの犯した罪だものなあ……身につまされるわなあ……。


 考えてみたら俺だって……俺はいじめられていたと自分では感じてなかったけど……無視されていただけだったけど……いじめられていたのだろうかなあ……最初うちは向こうから話しかけてきてくれていた子だって、そのうちに視線を合わそうともしてくれなかったからなあ……。


 思えば……ずっと俺に対する態度が変わらなかったのは……仙石彩佳だけだったな……。


「それで……だ……ここはどうなのだ?見覚えが……あるのか?」

 重苦しい雰囲気の中、ダッフンバルト2世がギレージュの背中に問いかける。


「少々お待ちください……恐らくは妖精族の子の……いや……名前は名誉のために伏せておきましょう……思い出したくもない……奴隷の……しかも女の子がご主人にどんな目にあわされるのか……いや……男の子でも容姿が美しければ同じようですけど……ううむ……私は遠慮させていただきます。」


 護衛兵が地下室に通じる隠し扉を開けた途端……ギレージュは思い出したくないことがあるかの如く顔をゆがめ、そこで立ち止まってしまった。


「そうか……思い出して辛いのであれば、お前はここで待っているといい。私たちだけで参りましょう。」


 ダッフンバルト2世はギレージュの肩をポンっと叩き、自分だけ階段を下りて行った。俺も事務長も後に続き階段を下りて行く。


「ふうむ……確かに……微かに妖精族の臭いが残っているようですね。では、檻の鍵を開けてください。壁や床のレンガを調べてみます。」

 ギレージュが来なかったので、ダッフンバルト2世一人だけ檻の中に入って、剣の鞘で床や壁を叩き始めた。



「ありました……妖精族の子が……4人ほど代々閉じ込められていたようですね……名前から察するに全て女の子ばかりのようです。名前は……虐待の内容を考慮すると、彼女らの名誉のために伏せておきましょう。


 妖精の子らは……種族にもよるようですが、背中の羽が大人になる時に生え変わるので、その羽の一部を切り取って保存したようです。別の子は……髪の毛にかじり取った指の爪ですね……。


 どの子らも……いつ殺されるかどうかわからない自由のない閉鎖空間で、自らが生きた証を残したかったのでしょう。」

 ダッフンバルト2世が、壁と床4ヶ所のレンガを持ち悲しそうに顔をしかめながらつぶやく。


「やはりここでも……そういえば……先ほどから臭いがどうのとおっしゃってますけど……俺にはとてもとても……かび臭い以外地下室からは何の臭いも嗅ぎ分けられません。


 魔族の方は鼻が利くのでしょうか?耳もいいみたいですけど……。」

 臭いなんて……しかも何年いや……何十年も前のものなのだろ?掃除だってしているはずなのに……どうして?口だけなんじゃあないの?


「ああ……そうですね……我々魔族は……恐らく人間の何倍も鼻もききますし耳もよく聞こえます。なので……先ほどギレージュが打ち明けた内容……主人らの会話だって……仲間内の品評会での会話がときによっては聞き取れたりするわけです。」


「はあ……そうですか……そう言えば……獣人国や妖精国では、魔族の子はすぐに嗅ぎつけられてしまうから、隠れ場所なんてなくて仕方なく人間の国で隠れて住んで居たって言っていましたよね?奴隷にされる危険性だってあったでしょうに……」


「獣人族の鼻や耳は……魔族のそれとは比較にならないほど鋭いのです。彼らは10キロ以内に住む同族や魔族らの存在をすぐさま嗅ぎ分けて、位置を特定してしまいます。妖精族は鼻や耳は魔族並みですが、魔力探知能力がすごく発達していて、同族や魔族の魔力を区別出来て、やはり近隣の魔族を探知できるのです。


 その為……隠れて住むには人間たちの国でしかなかったわけです……それでも勇者殿がおっしゃっていた通り、大半の人間たちは魔族でも子供には寛大で親切でした。食べ物を与えてくれたり、納屋に寝させてくれたりもしてくれました。簡単な仕事をこなせるようになってからは、小屋を与えてくれたりもしました。


 ひどいことをするのは、本当に……極々一部の人間だけなのです。


 ですが……何年何十年……いえ……50年百年と無事に過ごしていても、101年目に捕まって奴隷という烙印を押されてしまうと、それから何百年間もずっと奴隷のままなのです。」

 ダッフンバルト2世が、悲しそうに俯き気味に話す。


「お話を聞く限り獣人族や妖精族は、魔族を嫌っているというか憎んでいるように聞こえますが……過去というか遥か太古になるかも知れませんが、何かいきさつがあったのでしょうか?」


 ふうむ……どうして魔族が嫌われるのか……知りたくなってきたな……妖精国や獣人国でなら、奴隷にされることはなかったはずだからな……いや……狩られるのか?まさかな……


「ああ……いえ……それは魔族の出生にも関することなので……お答えすることは出来かねます。申し訳ありませんが、ご理解ください。」

 ここ迄なんでも話してくれていた感じのダッフンバルト2世が、突然顔をしかめ頭を下げた。


「そっそうですか……いや……話したくない内容であれば無理には……。」

 ふうむ……興味は尽きないのだが無理に聞き出すわけにもいかないだろうな……お客人なのだから。


「まだまだ親しいお屋敷は、この地域だけでも20軒以上あるので、ピッチを上げて参りましょう。」

 事務長が次のお屋敷へ行くよう促し、ここでの会話は終了した。



 以降……旧議員らのお屋敷を30軒近く回って、そのうちの15軒から魔族や獣人、妖精の子らの痕跡を探し当てた。更に3日かけて南部と西部にまで足を延ばし、旧議員らのお屋敷を周りに回って、合計50軒以上から奴隷を飼っていた痕跡を見つけ出した。多くは百年以上前のものであったが、動かぬ証拠である。



「さて……これだけの証拠があれば十分罪に問えますし、未だに捕らえられているかもしれぬ同胞の所在を明らかにするために、タッタルンへ乗り込んでいただけますよね?私たちも同行させていただきます。」


 エルムグリム最西端の町で旧議員の別荘の捜索を終え、王都以東の町や村は全て魔王軍侵攻の際に破壊済みであるため、全ての町の旧議員らのお屋敷の捜索は終えたことになる。旧議員らは兄弟親戚まで含め永く奴隷売買に関わっていたとみられ、斡旋業を行っていた仲介業者の名前も分かったが、既に廃業して行方知れずだった。


 既に被疑者全員が国外追放若しくはそれに同行してタッタルンへ移住しているが、これだけの証拠があれば十分に罪に問え、再度エルムグリムへ呼び出して裁判にかけられるし、タッタルンで裁判しても同罪のようだ。

 ギレージュが鼻息荒く、すぐにタッタルンへ追求しに向かうと主張する。


「タッタルンへは奴隷問題のほかに、魔王国とエルムグリム双方との軍事的な協定をそれぞれ結び、魔王国をけしかけてエルムグリムへ攻め込ませた疑惑もあります。だからタッタルンへ向かうのは勿論ですが……その前に……ちょっと獣人国と妖精国へ寄ってからにしませんか?


 2重の同盟契約は大陸の国際法に違反していることですし、何より奴隷として扱われていた中には獣人族や妖精族の子らもたくさんいました。彼らに関わる問題でもありますし、何より彼らの方が鼻や耳がきき、さらに魔力も感知できるのであれば、しらを切られたとしても隠している捕らえられた子らを見つけ出せるのではないかと思うわけです。なので……一緒に行きませんか?


 丁度西部地域へ来ていますし、飛行船で山脈を超えたら獣人国までひとっ飛びです。」


 エルムグリム西部の山脈は奥行きはさほどでもないが、1万m級の標高の高い山々が連なる山脈である。それでも二山ほど超えればそこは妖精国なのだ。高い国境の壁となって、これまでは妖精国と直接の付き合いはなかったが、飛行船を使えば行けない距離ではない。


「すみませんが、我々は同行できませんね……妖精族も獣人族も我らを忌み嫌っておりますから……。」


「そうですね……かの国の住人らは、我々の存在を面白く思っていないのです。ですので、ご一緒することは出来ません。」

 ギレージュも……あろうことかダフンバルト2世も、妖精国へ行くことを拒否した。


「そっそうですか……エルムグリムの住民も、当初は魔王国の住民を憎んでいましたし、魔族に対しては恐れも抱いておりました。ですが困窮している小鬼たちに手を差し伸べ、一緒に行動する時間が長くなると彼らなりの事情というものが分かってきて、やむに已まれぬ事情で攻め込んできたと理解できたのです。


 更に小鬼たちを支配して彼らから搾取し続けていたと思っていたあなたたち魔族に対する誤解も、今回魔王国王都を訪ねて初めて解けました。過去にどのような諍いがあったのか俺には分かりませんが、ご一緒して面と向かって話すことにより、互いに歩み寄れるのではないかと思ったのですが……如何でしょうか?」


 過去にどのようなことがあったにしても時間の流れとともに感情は静まって行くはずだ、いつまでも仲たがいしないで互いに歩み寄れないものか、折角の機会だから誘ってみたのだ。


「そんな簡単にわかり合える関係ではないのですよ……我ら魔族と、妖精族や獣人族らとはね……まだ人間となら分かり合える可能性が残されているとは思いますが……彼らとはね……絶対にありえませんね。」


 それでもギレージュは、頑として妖精族や獣人族と分かり合えることはないと拒否をする。


「ギレージュが申しあげている通りですよ……仮に……あなたたちだけで妖精国や獣人国へ出向いたとして……タッタルンに閉じ込められているかも知れない彼らの子らの捜索を持ちかけたとします。


 それだけだったら彼らもその話に乗ってくるかもしれませんが、今回の件に我ら魔族が絡んでいて、魔族の子も一緒に探してほしいと願った時点で拒絶されるでしょう。ましてや我々が同行すると言った時点で、協力は得られなくなってしまうでしょうね。


 残された方法は、我々とだけでタッタルンへ行き、妖精族や獣人族の子も含め奴隷の子らの捜索を行うか、あるいは我々はこのまま国へ帰り、あなたたちだけで妖精国と獣人国を回り、彼らとともに妖精族と獣人族の子らの捜索を行う事のどちらかです。但しこちらの場合は魔族の子は分かっていても、その場所を教えようとはしてくれないでしょう。」


 ダッフンバルト2世が厳しい表情で告げる。どちらかを選択しろと……


「いやいやいや……タッタルンへは奴隷問題だけではなくて、互いの国との協定問題と戦争を仕掛けるよう誘導した疑惑があります。


 勿論魔族の子らも救出したいですし……そうなると妖精族とかに頼らずに、我々だけで何とかするしかなくなりそうですが……ですけど、しらばっくれられた場合、家宅捜索しても簡単には見つからなかった場合はどうします?


 広いタッタルン国内を捜索してでも見つけ出せますか?何年何十年とかけて一軒一軒探して回りますか?

 獣人族の鼻や耳……妖精族の魔力感知が必要とは思いませんか?」


「そ……それは……仰る通りとは思います。そう思われるのであれば彼らとともに……。」


「ですから……そうはいかないですよね?妖精族や獣人族の子のほかに魔族の子だって助け出したいし、かといって2回に分けて捜索するわけにはいかないでしょう。余計に警戒されて更にわかりにくい場所に隠されてしまうでしょうからね。どちらが先ではなしに、一度で済まさなければなりません。


 分かりました……俺と事務長だけで妖精国と獣人国にはいきますが、ギレージュ殿もダッフンバルト2世王子様も、申し訳ありませんが兵士長とともに王都へ行って、そこで待っていていただけませんか?


 そっそうだ……旧議員で王都に屋敷があるものもそこそこいますし、王都では広大な敷地と言う訳にはいかないから王都で奴隷を隠すのは難しいというので行っておりませんから、念のために王都のお屋敷の捜索をしていてください。各議員の王都の別荘も多数あるから、そこそこ時間がかかるでしょう。


 必ず妖精族と獣人族を説き伏せて連れて行きますから、待っていてください……。」


 仕方がない……ちょっとお待ちいただくことにはなるが、俺たちだけで妖精国と獣人国へ行って交渉しよう。話せばわかるはずだ……。


「無駄ですよ……魔族の魔の字でも出した途端に彼らはそっぽを向いて、話すら聞こうとしないでしょう。

 無駄な努力は避けたほうがよろしいかと……。」


「本当にギレージュの言う通りなのです。彼らは魔族を忌み嫌っているので、説得には応じませんよ。」

 ギレージュもダッフンバルト2世も共に首を大きく横に振った。


「ともかく……3日……いや1週間は必要か……それだけ待っていてもらえますか?もし妖精族も獣人族も説得に応じない場合は、2重協定で戦争を仕掛けさせた責任追及の件があるから、奴隷問題よりもそちらを優先してあなたたちとともにタッタルンへ参りますから……そこで出来る限りの捜索をしましょう。


 事務長さんも兵士長さんもそれでいいですよね?他にいい提案はありませんよね?」


「あっああ……あたしは構わないと思うが……。」

「まあ……仕方がないだろうな……じゃあこちらの船へお二人とも……。」

 事務長と兵士長の了承を頂き、ダッフンバルト2世らと別れて妖精国へ向かう事となった。


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