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11.諸事情

11.諸事情


 午後のトレーニングを終えた後、本日も夕食は専用の食堂で俺たちだけのようだ……確か本日は魔王含めた晩さん会がある様な事をほのめかしていたのだったが、魔王があの様子ではな……酒の勢いでまた腹を切る……だなんて叫んだら困るものな……恐らく開腹術の目途が立つまでは晩餐会はなしだな……まあない方が俺としては有り難い。


「まあまあ事務長さん……ハルシューさんが失敗すると決まったわけでもないですし……。」

 食堂に来てからもずっと無言で、用意された食事に手を付けようともしない事務長に、取り敢えずワイングラスを勧めてみる。


「失敗してからでは遅いのだ……研修生の彼女らならともかく、開腹術の開祖ともいえるハルシューさんが一度でも失敗したなら……開腹術自体の信頼性が一気にがた落ち……2例目以降実施するかどうかもためらわれることになってしまうのだぞ。


 折角3ヶ月間も研修したというのに……それが全て無駄になってしまう……。」


 事務長は手にしたワイングラスを口元へと運ぶと、煽るかのようになみなみ注がれたワインを一気に喉へと流し込んだ。


「いや……まあ……失敗したとして……やはり体の構造の違いから手術方法の検討が必要という事で、じゃあもう少し母体を観察してからもう一度……とかなるかも知れませんが、もう2度とやらないという事にはつながらないのでは……???


 1、2例の確認では自信が持てなければ、1ヶ月間くらいじっくり観察してから実施するとか……研修生たちは残るのですから我々が引き上げた後にだっていくらでも……。」


 そうなのだ……我々が帰った後からでもいくらでも……出産を控えた小鬼らはいるはずなのだからな……。


「いや……難しいぞ……開腹術が画期的な術式で出産を変えるかもしれないと考えられているのは、これまでに失敗がないからだ。少なくとも文美雄が消毒の重要性を伝えて実践してからは、住居ビルや王都で既に数百にも及ぶ施術が行われて、それでもなお失敗がない。


 そりゃあ人が行う事だから百%という事はあり得ないのだから、今後は難しい事例が出てくるかもしれない……今はどちらかというと母体が健康で持病が少ない場合に限定しているからな……大量に出血するから母体に健康不安がある場合は、今でも逆子の向きを変える治療が行われているのだ。


 だが……一度でも失敗したなら……突然現れた画期的な手法よりも、営々と受け継がれてきた古来からの治療法へとまた戻ってしまう可能性だって否めない……少なくとも、施術した医師はもう一度挑戦することは難しくなるだろうな……。


 ここでハルシュー殿が失敗してしまうと……あたしが考えていたのは、十分に出産後死亡した妊婦の体の観察を終えてから研修生らが挑戦し、仮に失敗事例が続いたとする。


 そうしてどうしても解決策が見つからない場合にハルシュー殿が自ら執刀し、何度か失敗を積み重ねながらでも解決策を導き出す……そういったストーリーを描いていた。


 だがまさか……最初から志願されるとは……恐らく研修生らはビビってしまって、メスを握れなくなってしまうだろう……あたしが心配しているのはその点だ……。」


 事務長が空になったグラスを俺の鼻先につきつけるので、仕方なくテーブルからワインボトルを持ち、なみなみと注いでやる。


 そう……住居ビルでも王都でも開腹術が行われていて、今では逆子の心配がない場合でも母体が健康であるならば、破水してから出産までの時間が長すぎる場合等死産に繋がりやすいので、積極的に開腹術が行われていると聞いた。だがそれもこれも……あくまでも母体が健康な場合のみ。


 開腹術での出血に母体が耐えないとみなされる場合は(術後回復魔法で処置するので、出血がある程度あっても問題ないようだが、持病がある場合等は)開腹術は不適としている。


 輸血という他人の血液を補填する方法があると伝えてはいるのだが……血液型があって……しかもどのように検査して分類していたのか俺は知らない。A、B、O、ABのほかにRH+とか−とかあったよな……とか、珍しい血液型もいたよな……とかの記憶はあるのだが、どうやって血液の相性を探るのか……事務長が今散々実験しているようだが、未だ確立されていない。


「そのようなお考えで……どうも出しゃばり過ぎたようですな……ですがやはり、3ヶ月間実習したとはいえ……彼女らが実際にメスを握っているのは少しだけで……ほとんど見学だけでしたからね……だから未知なる種族の事例をいきなり実践させるのは不憫で……。」


 ハルシューさんが行き過ぎを認めて、深々と頭を下げた。


 まあなあ……確かに……研修生としてやってきた彼女らに直接執刀させるのは無理があるとして、開腹術の見学だけで実際に執刀させはしなかったと聞いている。それでも母体にメスを入れる最初の一刀は経験させたようだし、接合魔法だけでは傷口の縫合が完全に出来ない場合は糸で縫うのだが……その作業を行わせたりと……実際に関わらせてはいたのだ。


「まあまあ……お二人ともちょっと勘違いしているようですよ。」


「うん?勘違い……とな?それは……どういうことだ?実際にはハルシュー殿が開腹術を行う訳ではないとでもいうのかな?やはり研修生らが自ら行うと、志願するとでも?」


「いやあ……本日のダッフンバルト2世の喜びようから見て、仮に研修生らが自ら行うと主張したとしても断るでしょう……やはり私が……。」


「事務長さんはお酒は休んで……少しつまんでください。健康に悪いですからね。」

 事務長がまたまた空になったワイングラスを俺の鼻先につきつけてくるが、テーブルのワインボトルを俺の背中へ隠し拒絶する。


「そうではなくてですね……俺が言っている勘違いというのは、お二人とも人間の出産を想定していると言っているだけです。」

「いやいや……決してそのような……。」


「そうではありません、人間と違い、小鬼たちの場合は必ず母体は助からないのです。死ぬのですよ!」

「ああ……そのような事、理解しているさ……。」


「ふうむ……そうですかね……俺は研修を終えた彼女らが不慣れな人間社会で困らないよう、日々の生活の面倒を見ていたのですが、その際に彼女らから色々と出産について話を聞きました。」


 トロッコ列車駅駅長業務の俺は比較的時間が余っているので、忙しい事務長やハルシューさんらに変わって、研修期間中の研修生らの日々の暮らしのサポートをしていた。


 当初は誰が誰なのか……外見を見ただけでは全く容姿が区別できなかったのだが、研修が終わるころには住居ビル研修生の15人は見極めが出来るように迄なった。痩せてたり太ってたりする体型的な違いはもとより、顔の造りにも微妙な違いが見分けられるようになってきたほどだ。


「小鬼たちの出産は本当に悲惨なようで……なんせ腹を食い破って出てくるから母体は確実に死にますが、その間母体は苦しむだけで何もできません……4日間ただただ苦しむだけです。


 昔は内臓を食い荒らし始めた時点で、腹を夫に殴らせて赤子を気絶させたりもしたと聞きました。あるいは自ら石斧で腹を割いて無理やり子供を取り出したり……開腹術の先駆けですよね……ですがその多くで母体どころか赤子までも死んでしまい、今では予定日の1週間前から母体はベッドに両手両足を縛りつけられて、身動きできないようにさせられるようです。そうでもしなければ小鬼たちは数を減らしてしまいますからね。


 しかも催眠魔法なしで……小鬼たちは簡単な呪文の初級魔法しか使えないため、催眠魔法のような高度な魔法は使えないそうです。魔王国王都に住んでいる彼女らは、魔族が出産に立ち会ってくれて催眠魔法をかけてくれるから、死ぬような苦しみから解放されるので助かっているとも話してくれました。


 つまり……小鬼たちの出産により母体は助からないのです。しかも苦しんで死ぬのです……魔族が近くに居ない東部に住む小鬼たち……今は女性は王都に限られて配置されていますが、東部で農業したり漁業に携わらなければならない為、いずれは女性も配置されるはずなのです。


 だから……一度や二度失敗したくらいで、彼女らは絶対にあきらめたりはしません。彼女らにとってまさにその字のごとく死活問題なのです、苦しんで死んでいかねばならないのは嫌なのです。


 1%でも生き延びる可能性があるのであれば、彼女らは開腹術を探求し続けるでしょう。」


 そうなのだ……小鬼たちの女性の悲惨な定め……何とか解消したいと考えているのは俺達よりも彼女らの方が、より強く考えているに決まっているのだ。


 だから……ハルシューさんが失敗しようとも……失敗したまま放り投げて俺たちが帰ってしまった後でも……彼女らは開腹術の試行を続けるに決まっているのだ。なんせダメもと……なのだからな。


 ちなみに……毎回毎回正確に男5に女1で生まれてくるのが不思議と確認したら、女はほとんどの場合一人だけで男が4人から6人まで稀に3人や7人があるようだが滅多になく、平均で男は5人らしい。


「ああ……そういうことか……成程な……。」


「いやあ……だったら私の役割はますます重要という事で……少しでも早くに術式が完成するよう……頑張りますぞ……せめて数例実施出来れば……。」


 事務長が苦笑いしながら頷き、ハルシューさんが妙にやる気を見せる……


「だが……そうなると開腹術がたとえうまくいったにしても、出産時に催眠魔法が使えないというのは困りものだな……魔族が近くに居なければ、高度な魔法は使えないのだろ?」


「それもそうですね……だけどまあ……飛行術だって高度な魔法の部類に入るのでしょ?その魔法だけに特化してなら何とかなるのではないかと……今は使い道が見いだせない……出産時に苦しむのを解消するだけの睡眠魔法だけ特化して覚えるのは、魔族は許さないかも知れません。


 ですが開腹術式が完成して、そのときに使えるのであれば魔族だって催眠魔法を教えてくれるはずです。傷口を縫合する接合魔法だって必要ですしね。まあ……当面は魔族がいる王都だから大丈夫でしょうけれども、開腹術がうまくいったとして……全国展開されて女性が各地に散り始めたなら、開腹術の施術医と催眠魔法と接合魔法つかう回復系は育てていただくよう交渉しておくつもりです。」


 研修生がハルシューさんのように催眠魔法まで覚えてくれたならなおいいのだが、どうにも詰め込んだ知識だけで一杯一杯で、とても他の勉強迄頭が回りそうにない。だから別途催眠魔法や接合魔法を使える小鬼たちは養成して頂かねばならないのだ……なんせ言語が異なるから、人間用の呪文は使えないのだからな……。



 翌朝、日々のトレーニングを終え朝食を済ませた後、ダッフンバルト2世を探すため、俺たちの宿泊している一角を警備している衛兵たちに城の中を案内してもらう。


 魔族なら誰でもエルムグリム語を話せるようなので、翻訳魔法も通常通りで会話が通じやすいので助かる。


「おや……如何なされました?」

 ダッフンバルト2世は、城を出て10分ほど歩いた先の魔王城裏側の菜園に居た。


「畑仕事ですか?」

 鍬を持ち地面を耕す姿は、いつもの優雅ないでたちとは違うが親しみが持てた。勿論スーツ姿ではなく、農耕作業用に厚手の綿シャツに綿ズボン姿だ。


「はあ……まあ……。」

 ダッフンバルト2世は、額から流れ落ちる汗を手の甲で拭いながら笑顔を見せた。


「魔族は小鬼たちを使役して、小鬼たちに耕作などの力仕事一切をさせていると聞いていましたが、魔族もなさるのですか?」


「なさる……とか言うほどのことでもないのです。ここは試験栽培をしている菜園でして……仰る通り、我々は小鬼たちを使役して肉体労働など一切を任せております。ですが奴隷のように力で与して無理じいしているわけではなく、労働環境を与えて作業させ、その収益の一部をこちらが戴くと言った五分の関係です。


 小鬼たちはそのままでは山間の洞窟に潜み、小動物や木の実を採取して暮らすという狩猟民族でしたからね。


 彼らをまとめ上げ魔法を教えるだけではなく、農業や酪農などを教えて耕作させたおかげで、このような厳しい環境でも定住生活が送れるようになった訳です。


 ですが……彼らへの教育がうまくいかず……我々が居住している王都では問題ないのですが、東部地区のような監視が行き届かない場所では、彼らは元の狩猟生活へ戻ってしまうようです。


 エルムグリムから奪取した穀倉地帯で永らく営農させていたのですが、彼らの生活自体は狩猟生活時代と何ら変わっていなかったことが、今回の敗戦で明らかになりました。彼らは王都へ納付する分の収穫さえ得られればいいと考え、年ごとに減少する収穫には目をつぶっていたようです。


 その為、小鬼たちは以前とほとんど変わらない狩猟で得られる糧だけでは生活が困窮し、新たな耕作地を熱望していたのです。


 全ては敗戦以降、エルムグリムの方々からのご厚意により農業支援など頂いたことにより、継続的な営農には細かな土の管理が必要と、気づかされた次第です。


 それもこれも……東部地区の小鬼たちの管理も全てギレージュ1人に任せっきりだったことが災いし、彼は彼なりに小鬼たちの事を不憫に思いタッタルンへ相談に行き、そこで新たな耕作地獲得としてエルムグリム侵攻を吹きこまれ、戦争を提言したのでした。


 折角ご指導いただいた農業、林業や酪農に漁業など……授けて頂いた知識を絶やさぬよう、我々も勉強して次世代へつなごうと考えている次第です。我々も人間社会で生活していた時代には、田畑を耕した経験はあるのですが……いかんせん数百年も前の話……おぼろげな記憶を手繰り寄せながら……何とか農業指導できるよう土いじりをしているところなのです。


 小鬼たちには文字がないもので……一度指導しておけばあとは代々口頭で伝承するだけ継続可能であると考えておりましたが、それでは重要な点が一つ抜け……二つ抜け……と、段々と大雑把になって行くだけで、どうにも足らないことが、我々にもようやく認識出来たものですから……お恥ずかしい……。」


 ダッフンバルト2世が後頭部を掻きながら、少し恥ずかしそうに話してくれた……そうか……別に小鬼たちの収穫の大半を搾取していた訳でもないのだ……小鬼たちの収穫が……取り敢えず小鬼たちの知識で出来る限りの努力はしていたのだろうが……それでも年々収穫が落ちて、とうとう王都へ納める分程度しか収穫できなくなって……それでエルムグリムへ攻め込んできたのだ……。


「だったら開腹術も……仮にうまくできたとしても、今後何十年何百年と経っていくと……技術そのものの継続が難しくなる可能性もありそうですね……まあ……小鬼たちの女性にとってはまさに死活問題ですから、何とかうまく伝える方法を考えるでしょうけど……。


 開腹術が成功した時点で、小鬼たち用に改善した内容含めてハルシューさんに文書化をお願いしておきますよ。そうすれば手順があいまいになった時でも、魔族の方々が手順書を読んで解説していただけば、正しい手順に戻せますよね。エルムグリムへ再度研修に来て頂いてもいいのですが……遠いですからね……。」


「おお……それは有り難いご提案ですね……よろしくお願いいたします。」


「それでその……この木片についているのは……その……椎茸でしょうか?」


 田んぼ脇の畔にきれいに並べて立てかけられた膝くらいまでの長さの材木には、それぞれ沢山のキノコが育っているのとなにも育っていないただの材木の2種類がある……しかもそれは見覚えがある……形……。


「ああ……はい……こちらが椎茸で、こちらがシメジ……なめたけのもあります。産地の森林を歩き回っていると、朽ち果てた木々の幹に茸が育っているのを見つけます。それを木の幹ごと持ち帰り、魔法で湿気の多い環境で育てると大きくなるので、ある程度育ったところで周囲に同じ種類の材木を置いておくのです。


 うまくすれば他の材木にも目当てのキノコの菌糸がついて、成長していくようになります。まだうまく、他の木材へ移すことが出来ていないのですが、小鬼たち用の食料として、カキやホタテの養殖を指導してくださっているという話を聞き、こちらでも何か養殖できないものかと今試験的に取り組んでいるものです。


 今はどのような環境に置いておくと周りの木に移って行くのか……日の当たる畔の斜面に反対側の日の当たらない畔の斜面……日差しがあまり差し込まない森の中や森の中でも日差しが入り込む場所……等様々な環境下で試しているところです。


 さらにその……香りがいい……松茸……と言うキノコの養殖にも取り組んでおりまして……こちらは見つけた部分の松を土ごと掘り返して持ち帰り……」


 ダッフンバルト2世は田んぼから上がり、畑の近くの林というか……数本の松が生えている場所へやって来た。


「畑の作物を守るための防風林代わりに必要と感じていたので、こちらに植樹したのですが……持ってきた松茸は少し成長しましたが……来年以降もまたこの場所に実るのか……まだわかっておりません。


 まあでも……十分大きくはなったので、今晩頂く事にしますか……。」


 ダッフンバルト2世は松林の地面を探り、数本の大きなサイズの松茸を抜いて持ち帰るつもりのようだ。


「それはそうと……こんなところまでお越しいただけたのは、茸の養殖をご覧になる為でしょうか?」

 ダッフンバルト2世が満面の笑みを浮かべながら目を合わせて来た……まつげ長っ……鼻すじ通ってるし、色男の部類に入るよな……。


「ああ……まあ……その……このっ……椎茸にシメジやなめたけが実っている材木……一本ずつでもいいのでいただけませんか?こちらでもキノコの養殖実験を行いたいと思うのですが……。」


 折角だから、サンプルを頂いて帰りたい……茸のスペシャリストを探す手間が省けるし、何より現物サンプルがここで手に入るれば……本当にありがたいことだ。


「ああ……それは構いませんよ……ではこちらの……実りが多そうな株をお持ちください……。」

 ダッフンバルト2世は、立てかけた材木の中から特に椎茸などキノコが大きく育っているものを選んで手渡してくれた。


「ありがとうございます。感謝いたします。」

 深々と頭を下げて礼を言う……


「何をおっしゃるのか……こんなもの……これまでわが国のためにしてくださった事を考えれば、恩返しのうちにも入りませんよ。このようなことでよければなんでも協力いたしますので……今回の材木での試行がうまくいかなければ、すぐに代わりのものをお送りいたしますから、遠慮なくご連絡願います。」


 ダッフンバルト2世は、爽やかな笑顔を見せた。


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