10.開腹術の意義
10.開腹術の意義
「そっそんな……冗談じゃありませんよ……だったら私だってささやかながら抵抗を……」
「おいっ……押さえろ……。」
「はっ!」「はっ」「はっ」…………
玉座がある壇とは反対側の壁側に詰めていた魔族兵らが一斉にギレージュの周りを取り囲み、剣を抜く暇も与えずに1人が背後からギレージュを羽交い絞めに拘束した。
「悪いな……私だって本意ではない……。」
抜き身の剣を構えたまま、すたすたとダッフンバルト2世はギレージュの下へと歩み寄って行く。
「待て待て待てっ!どうしてこうなるのだ?ギレージュなどは今やただの一兵卒ではないか!
そんな奴にどうして責任が取れるというだ?魔王国国王であるわしが腹を切ってこそ……ようやくエルムグリムの民の溜飲が下がるというもののはずだろ?トカゲの尻尾切りをしたところで、何ともならんぞ!」
ギレージュまであと数歩というところで、魔王が待ったをかけた。どうしても自分が死にたいらしい……。
「そうではありません……敗戦前までギレージュは魔王国親衛隊隊長であり、魔王国軍最高司令官である魔王様の参謀を務めておりました。いわば魔王国のナンバー2……戦争責任を追及するには十分な役どころ……。
しかも戦争の発端である旧国境の町へ魔導船による急襲をかけ、エルムグリム国軍を挟み撃ちにして十万の兵を全滅させ、更に罪のない20万の市民の命を奪った作戦行動の指揮者でもあった。
その作戦行動は明らかな戦争協定違反であり、総力で圧倒して敵を殲滅するがあくまでも品位をもって行動する、殺さず奪わず圧倒的武力差で戦わずに制圧してこそ強者……という魔王様が掲げる魔王国軍紀にも反する行いでした。
魔王国内においても処罰に値する罪を犯していたにも拘らず、それでも恩情を求めるためにエルムグリム来訪時には、こやつの本当の罪状は伏せたまま処遇の判断を願い出た次第であります。
ですが魔王様がどうしても戦争責任の所在を明らかにしたいとお申し出であるならば、まずはこやつの処分をエルムグリム王国の判断で下していただくのが順と考えます。
そうしてその判断は既に決まっております……死罪でよろしいでしょうな?」
ダッフンバルト2世は眉をひそめたままの厳しい表情でこちらへ振り返り、小さく頷いた後大きく振りかぶった。
「まっ……まっ……あわわわ……。」
「まてっ……まてっ……えっエルムグリムの使者殿たちは、ギレージュの処遇に関して明らかな意思表示をしてはおらぬではないか……主が勝手に解釈しているだけのこと。
なのにギレージュを処刑してしまったら、それは明らかな殺人だぞ!」
振りかぶったままにじり寄って行くダッフンバルト2世……ギレージュとの距離が詰まり、いよいよ間合いに入ろうかというところで、魔王が声を振り絞って叫ぶ。
「いいえ……なにも仰らなくても、目が語っております。ギレージュの行いは死に値すると……。」
魔王の制止にも拘らず、構えを崩さずゆっくりとにじり寄って行く。その大ぶりの剣は厚みも恐らく俺の刀の倍ほどはあるだろう……重厚な輝きを放つそれは、魔族の首を撥ねるためにあつらえられた特注品ではなかろうかとさえ思えた……。
ううむ……殺せる……断頭台に乗せても刃がかけるとまで言われたギレージュの首を撥ねることが出来る……だけど……それが俺の望みなのか?そんなぁ……俺のせいなのか?俺のせい?そりゃあ確かにギレージュはメリアンちゃんの仇だからな……ダッフンバルト2世が打ち明けた罪状を聞いて、新たな憎しみの感情が湧いてきたことは否めない。きつい目つきをしているかもしれない……だけど今更……
「わっ……分かった……わしが悪かった……だからギレージュを放してやってくれ。」
「ではもう金輪際、エルムグリム王国に戦争責任の追及を望みませんね?折角平和になって友好関係まで築けたというのに、忘れかけていた嫌な記憶を呼び覚ますような言動は愚かでしかありません。
どうして今頃になってから魔王様が思い立たれたのか理解し難く、やはり1時的なご乱心による不適切な言動……という事で、今回ご訪問されたエルムグリム王国からのご使者様との面談の議事録からは削除させていただきます。それでよろしいのですよね?」
ダッフンバルト2世は今にも踏み込みそうな構えを崩すことなく、視線をそらさずに言葉だけで確認する。
彼が命令を反故にしない為、魔族兵は依然としてギレージュを羽交い絞めにして拘束したままだ。
「くぅー……どうしてわしの気持ちを汲んでくれぬのだ?
わしに多くの犠牲を出した悲劇の記憶を持ったまま、この先何百年間も生きて行けというのか?それはもう……死よりもつらいのだぞ……。」
「分かっております。勿論分かっておりますとも……ですがその……犯してしまった罪を忘れず、今度は両国の平和な交流のために心血を注いでいく……と言うことも禊であると、私は思っておりますよ。」
「そうか……ふうむ……心に刻んでおく……ふうっ……すまぬがわしは、ちと休ませていただくぞ。」
「ああはい……、おいっ、居室までお届けしろ!」
「はっ」「かしこまりました。」
2名の兵士が魔王の両腕のロープをほどき、そのまま両脇を抱えるようにして連れて出て行った。
「ギレージュも放してやれ……。」
「はっ……」
魔王の姿が見えなくなり、ようやくギレージュも羽交い絞めから逃れることが出来た。
「ふぅっ……ひどいですね……私の罪は不問にするお約束だったではないですか……。」
ギレージュは拘束されていた両腕をぐるぐるとまわし、肩の具合を確認しながら恨み言を吐いた。
「許してくれ……魔王様のあの態度を改めさせるには、お前を引き合いに出すしかなかった。だがそれで旨く行った……お前は魔王様の一番のお気に入りだからな……礼を言うぞ……はっはー……。」
ダッフンバルト2世は、高らかに笑った。してやったりと言ったところ……なのか?
まあ……俺としては魔王の首もギレージュの首も欲しいとは思わない……今更、血を流しても誰も喜ばないはずだからな……だが……色々と気になることを言っていたよな……果たして聞いて良いものかどうか……悩むな……
「お見苦しいところをお見せいたしました。
どうにも魔王様は情緒不安定なところがおありのようでして……先の敗戦で小鬼たちに多くの犠牲者を出し……その責任の大半はご自分にあると自らを叱責し、責任を取ろうとしていらっしゃる。
この国が無条件降伏して、エルムグリム王国へ多額の賠償金をお支払いし、更に穀倉地帯まで手放すことでお許しを頂いたのだと何度ご説明してもご納得いただけない。
エルムグリム王国からの多大なるご支援を頂き、国として豊かに発展していけると見込めた矢先に、20年後には小鬼たちが数を減らし、やがて存続の危機に陥りかねないと発覚した時点でまたもや落ち込み、全ての責任はご自分にあるとし、戦争責任を問う裁判を望んでおられた……。
例え魔王様が腹を切られたところで、小鬼たちの数が増えて存続の危機を脱するわけではないと、何度ご説明してもご理解いただけない。そのようなときにエルムグリム王国からまたもやありがたいご提案を頂き、小鬼たちのみならず魔王様をお救いする手段になるやもしれぬと、その温情に縋ることといたしました。
魔王国の民の総力を挙げてご協力いたしますので、どうか……小鬼たちの出産に光明を見出して下さい。」
ダッフンバルト2世は魔王の心情を簡単に説明すると、深く頭を下げた。成程……小鬼たちの出産の改善は、小鬼たちだけの問題とは言えない訳ね……魔王の命までかかっていると言う訳だ。これは……責任重大だぞ……大丈夫なのか?
「私が実際に確認したわけではないのですが、研修生たちが研修に来る前に少しでも現状を確認するようご指示いただけたようで、小鬼妊婦の出産に立ち会い、事前に出産後の母体の様子を確認した様子を伺う限り、小鬼の骨盤含めた骨格は人間のものに非常に近いことが分かっております。
残念ながら内臓の多くは生まれる子らが食べ散らかしてしまうため確認できていないのですが、小鬼女性の尿道や肛門及び性器の位置関係も人間のそれと変わらぬことから、内臓配置も酷似している可能性は高いものと推察しております。
腹を食い破って出てくるとはいえ小鬼たちの赤ん坊も、母体とは胎盤経由でへその緒で繋がっており、子宮内に妊娠しているであろうことは十分に予測できます。
以上の理由から、小鬼たちの出産を開腹術で先行し、母体を安全に子供だけ取り出すことは十分可能と考えておりますが、但し……何度も申し上げているように、我々には小鬼たちの体の機構が何もわかっていない。
全て手探り状態で、これから実地で確認しながら小鬼たち用の開腹術を作り上げていく必要性があるのです。
決して最初から百%の結果を望んでくださるな……下手をすれば成功するまでに何年間も……何十何百と失敗を積み重ねてようやく……と言ったことが考えられます。
ですがこの行いは決して無駄なことでもなければ、やたら命を無駄に削るような行いでもない。
貴重な命を守るため、出来ることは何でもやって置き、その上で実戦を積み重ねて行くしかないのです。
ただ残念ながら……小鬼たちの女性は全員が出産で命を落とす……という現実です。自然死する女性がもし存在するのであれば、その遺体を解剖して事前に内臓状態を確認しておくことが可能なのですが……。」
ハルシューさんが立ち上がり、開腹術の成功確率について解説してくれる。
全く不可能というよりは、案外成功する可能性は高そうな見込みのようだ。だが残念なのは、小鬼たちの女性の体の構造が全く分かっていないという事だ。X線とかCTスキャンとかあれば、内臓構造も分かるのかもしれないのだがな……流石に健康な女性の腹を割くわけにはいかないのだ……。
「残念ながら小鬼たちは非常に丈夫で病気知らず……過去に国として形成する以前には、山間の洞窟で暮らしていた小鬼の女性も、事故や野生動物に襲われて命を落とす……と言ったこともあったでしょうが、魔王国が形成され住む場所の安全が確保されてからは、戦争の犠牲を除けば小鬼の女性が出産以外で命を落とすことはなくなったでしょう。
小鬼たちの出産の経緯より小鬼たちの女性にとって結婚出産は義務であり、種族の数を維持するための奉仕として扱われているため、未婚で寿命を全うする女性は存在しないようです。
男性ではどうですか?小鬼の男性であればその大半が寿命を全うして、大体50前後に死にます。その遺体であれば、すぐにでも手配可能ですが……男性遺体を解剖して少しでも成功率を上げることは出来ませんか?」
ダッフンバルト2世が小鬼たちの悲しい定めによる事情を告げ、男性小鬼での代用を提案する。
「男性の死体の解剖は、医者として別種の人族の内臓配置を確認する点では興味はありますが、必要なのはやはり女性の体なのです。重要なのは子宮の位置と、その周りの内臓の配置であり、子宮を持たない男性の遺体を解剖しても、開腹術の手助けにはならないでしょう。」
しかしハルシューさんはうつむき気味に、小さく首を左右に振った。
「そうですか……やはり開腹術を重ねて行き、その上で内臓位置など学習していくしかありませんか……正に行き当たりばったりの手術という事ですね……。」
「そうですね……通常の開腹術は、子宮位置を触診で特定してその真上を小さく切って、後は指を突っ込んで胎児を取り出します。母体の安全と回復日数を少しでも短くするためと、最大の理由は見栄えの問題でして……女性の体に大きな傷を残さない為ですが……今回だけは極力大きく腹を割いて広げ、内臓位置や子宮位置を確認してから胎児を取り出しましょう。
腹に大きな傷痕が残りますが……命が助かるのであれば許していただけるのではないかと……その方針で行ってみましょうか……。」
ハルシューさんが小鬼たち用の術式詳細を告げる。
「おおそうですか……何卒研修生たちにご指導、よろしくお願いいたします。」
「そうですね……どうせぶっつけ本番なのですから……初めての開腹術は……私が行おうと考えております。研修生たちに持たせた手術道具ではなく、自分用も持ってきておりますから……よろしいですよね?」
頭を下げるダッフンバルト2世に、意を決してハルシューさんが告げる……なんだって?聞いてないよー……。
「ちょ……ちょっと……まずいですよ……もし仮に失敗でもしたなら、国際問題ですよ!」
すぐ隣で起立しているハルシューさんに、俺も立ち上がって速攻で耳打ちする。
「いいじゃあないですか……3ヶ月間も指導したとはいえ、研修生らの責任にもできませんよ……開腹術は先祖伝来の、我が家の秘伝なのですから……。」
ハルシューさんは穏やかに答えた……なんと……
「なんと御大自ら施術してくださるとは……感激至極!ありがとうございます、よろしくお願いいたします。」
ダッフンバルト2世は笑顔でハルシューさんに抱き着き、持ち上げ気味に抱擁しながら何度も何度も礼を言った。
「でしたら……すぐにでも準備を始めましょう……1週間後が予定日な妊婦がおります。当初計画ではハルシューさん含め研修生らに出産に立ち会わせ、出産の様子の確認と、出産後の母体の精密な観察を行っていただくつもりでしたが、ハルシューさん自ら執刀なされるのであれば、最初から開腹術でよろしいですよね?
どの道ぶっつけ本番なのですから、構いませんよね?なあに……仮に失敗したとしても、その責任をどうこうするつもりはございません。どの道母体は果てる定めなのですから……少しでも早急に開腹術を成功させる礎として……よろしくお願いいたします。」
なんと……来週には手術?
「それでしたら、清潔で機密性の高い手術室の準備を急いでお願いいたします。消毒の手順は研修生らにも教育済みですから、完全に消毒するとして……更に母体が助かれば傷がふさがるまで入院する病室と、母体から抗体を受け取れなかった子供たちを安全に隔離する、清潔な乳児室とベッドもお願いいたします。」
「了解いたしました……手術室や病室などは既に王城内に確保してありますが、状態確認をお願いいたします。問題なければ、研修生たちに消毒実施させましょう。ではこちらへ……。」
ダッフンバルト2世が手術室へ案内してくれると言い出した。
それからは忙しかった……手術室や病室に乳児室含め順に確認し、研修生らにアルコール消毒を頼んでから船に戻り、念のためにと持ってきた大きな白布を取り出して、手術室へ取って返して壁の前に吊り、天井に貼り付け正常な布だけに囲まれた空間へと作り替える。
手術室の確保など……全国展開する意味でも最初から布の手配からアルコールの手配まで、すべて魔王国にやってもらうつもりだったのだが、念のために数室分程度は持ってきておいてよかった……アルコールも、サンプルとして当面の分だけは持ち込んである。
だが……まさかハルシューさんが自ら手術を申し出るとは……考えてもいなかった。それだけ魔王国内部状況が深刻だと受け取ったのだろうな……少しでもその援助が出来ればと……
「まずいですね、ハルシュー殿……。」
「勝手に申し出てしまった事、お詫びいたします。お許しください……。
ですが誰がやっても失敗は失敗……責任逃れのためだけに研修生らに負担をかけたくはないのです。最初の挑戦は、やはり私がやってこそ……」
事務長の苦言に、ハルシューさんは素直に頭を下げた。
「はあ……このようなことは、ハルシュー殿が同行すると申し出られた時から予想できたはずなのに……頭が痛い……。」
事務長が頭を抱えて蹲ってしまった。




