9.魔王の主張
9.魔王の主張
「わが軍が苦戦した最大の原因である投石器や弓矢に落とし穴などの戦術……全て勇者殿が原案であったと伺いました。まさに異世界から到来した救世主……と言えるのでしょうな。おかげでわが軍は壊滅的打撃を受け、無条件降伏となった……だが……それでよかったと思っております。
仮にあのままエルムグリムを運よく征服できたとしても、恐らく数十年後には食糧難や小鬼たち不足となり、他国へ侵攻せざるを得なくなったでしょう。それこそタッタルンから獣人国、妖精国へ……とね。更に大陸全土を支配してしまえば次は他の大陸へ進出……と、戦いに終わりなどない羽目に陥っていた。
それが……敗戦により切迫する食糧難に陥り、なんと攻め込まれた敵国であったはずのエルムグリムから暖かな温情による支援を受け、小鬼たちへの農業、林業、酪農業……更には漁業迄……様々な産業を発展させるべく支援を受け、国がどんどんと豊かになってきております。
どこにも攻め込まないのに……他者を傷つけたり略奪したりしてはいないにもかかわらず、国がどんどんと豊かになって行く……どうしてこんなに簡単なことに気付かなかったのかと、齢千数百年……途中で数えるのやめたので詳細は不明なのですが……いかに無駄に歳月を過ごしてきたのか……本当に恥ずかしい限りです。深く反省している次第です……。」
俺の自己紹介の後またまた魔王は立ち上がり、深く深く頭を下げた……本当に反省しているのだ……。
「私はハルシュー……厚生大臣を仰せつかっている身なれど、実際はしがない北部の山間部落の寂れた診療所の所長です。」
俺に続いてハルシューさんが立ち上がり、頭を下げた。
「あなた様が、我が国の救世主……いや……勇者殿や賢者殿も救世主に変わりないのですが……特に……その……小鬼たちの出産に関して革命的な医療技術を授けて下さったと伺っております。
20年後には小鬼たちの数が激減することが確実となっており……それもこれも我々の愚かな考えにより、小鬼兵たちを死地へと追いやってしまったことが原因だったのですが……そのことを真摯に受け止め、国として成り立たなくなった際には潔く受け入れるつもりでした。
ところが小鬼たちが出産しても死なない可能性がある術式が存在するという報を受け、わらにも縋る思いで研修生を派遣した次第であります。
百%の成功を望んでいるわけではありません、50%でも……いや10%でもいいので、何とか小鬼たちの存命の道を切り開くことが望めるのであれば……どのようなことでも致しますので、どうかお願いいたします。どうか……どうか……」
またまた魔王は立ち上がり……いやいや……檀上に両膝ついてから両手を大きく前につき……正に土下座……なんということだ。
「魔王様……お顔をお上げください。
私は先ほども申し上げましたように、北部の山間のしがない診療所の所長でしかありません。看護師もおらずましてや助産師もいない、多くの集落がある中で回復系が私一人だけという……他に頼る術もないため、時間のかかる逆子の治療はあきらめ、開腹による一か八かの正に秘術をご先祖様が編み出されたのです。
ですが……その成功率は50%……正に五分五分の賭けでしかありませんでした。
ところがこの世界の救世主として召喚された勇者殿の提案により、ほぼ完全な……現時点まで失敗例がなくなり、希望の光が見えたのです。その手法というのが消毒の徹底という、とても簡単な注意事項を守るだけであり、正に青天の霹靂でした。
更には出産時に母親の腹を食い破って出てくるという、小鬼たちの悲しい習性を聞き、その解決策として開腹術を提案したのも勇者殿なのです。私は成功率が上がって術式として完成した後でも、せいぜい早産の未熟児出産を助けるためや、母体が事故に出会った際の処置程度にしか発展しようはないと考えておりました。
ですので……礼でしたら勇者殿に、お願いいたします……。」
一旦席に着いたハルシューさんだったが立ち上がり前に出て、檀上の魔王に近寄り手を差し伸べて立ち上がらせた。
「おお……これも勇者殿のおかげでしたか……本当にありがたい……。」
そうして今度は魔王が俺の方を見て両手を合わせて拝み始めた。
「いえいえいえ……おっ俺なんか……口先だけで実は何も……。」
速攻で否定しておく。別に開腹術では小鬼たちが救えないと分かった時のことを心配しているわけではない、むしろその逆……うまくいったときにそれが俺のおかげだ……なんて評価されては困るのだ。俺など実はほとんど何の手助けも出来ていないのだからな……ハルシューさんあっての開腹術なのだ。
「魔王様……自己紹介していただく際にいちいち感動して中断されては……紹介が終わるまでに夜が明けてしまいます。お礼のお言葉やご感想を述べられるのは、全員の方の自己紹介が終わってからでもよろしいでしょう?御立ち上がりなさって……ほら……席におつきになって……いいですか?」
「はっ……ああ……。」
少々怒り気味のダッフンバルト2世に促され、魔王はすごすごと立ちあがり席に着いた。
「ではすいませんが、御次の方……お願いいたします。」
「おっおれ……いえ……私は……東部新国境駅町国境警備隊の魔法兵統率リーダーを任じられております、ハッカクと申します。」
「おお……あなた様が……耕作地が乏しい魔王国の山を切り開き、棚田という耕作手法を伝授頂き……更には削り取った土砂で東岸の絶壁を平地に埋め立て港まで……本当にありがとうございます……。」
「いえいえ……棚田の件も埋め立てに関しましても勇者殿の提案でして……。」
「おお……これも勇者殿の……」
「うっうん……魔王様!お言葉は最後にまとめて……よろしいでしょうか?」
「はっはい……」
またまたダッフンバルト2世に気おされ、すごすごと魔王が席へと戻る。
魔王は1人1人のことをどこまで知っているのだ?凄い情報量だろうに……なんせ今回来る人間の素性は、伝令バトの文では明かしてはいないのだ。ただ単に研修生を送り届けるという事と、研修結果の実践が気になるから2週間ほど滞在して、出来れば出産時の開腹術があれば立ち会いたいとだけ書いたはずなのに……。
「私は東部新国境駅町国境警備隊の僧兵統率リーダーを任じられております、ターレムと申します。」
「おお……あなた様が……8人乗りの手漕ぎボートによる地引網のご指導や、最近では埋め立て地でのエビの養殖指導まで……おかげさまで海産物が豊富となり、今では小鬼たちの元にも届けられるようになりました。
決して小鬼たちを虐げていた訳ではありませんが、それほどひどい食環境だったのです、戦争前の魔王国は……小鬼たちが必死に耕作して収穫した米や麦の大半は輸出に向けられ……代わりに衣類や蝋燭に油など……生活に必要な資材に変えるしか魔王国を存続させる術はありませんでした。
魔王国王都ではブドウの収穫が多くワインは名産品ですが、唯一これくらいが我が国の特産品でして……買い叩かれることなく、ある程度此方からの言い値で輸出できるただ一つの産業と言ってもいいくらいだったのです。本当に感謝しております……。」
「いえいえ……地引網漁に関しても勇者殿の提案で……そもそも海での漁を始められたのも勇者殿のおかげでして……勿論エビの養殖まで全て……。」
「おお……またまた勇者殿の……。」
「ですから魔王様!いちいち立ち上がらない、跪かない!いいですか?」
「はっはぁ……。」
二人のやりとり……なんだかお約束のコントみたいになってきたな……
「私は東部新国境駅町国境警備隊の第1班班長を任じられている……」
「おお……あなた様でしたか……穀倉地帯東側の大河の堤防工事をご指導していただき、その際には小鬼たちの住居となるログハウスの建て方ばかりか、河川敷を耕して畑にする農業指導まで行って頂けたと聞いております。おかげさまで小鬼たちが飢えることもなく……。」
「魔王様!コメントはまとめて!」
「私は……」
「おおっ……あなた様も……」
「魔王様!」
何度注意されても魔王は1人1人自己紹介するたびに、その人の功績を称えることをやめようとしない。感謝の気持ちを少しでも伝えたいと必死なのだろうなあ……今回一緒に来て頂いた魔導士の人たちは、確かに終戦後から国境警備を行い、直接小鬼たちとやり取りがあった人たちばかりだからな……。
だがそんな事……俺だって一人一人のことなんて細かく知っていないというのに……どうして魔王が?いや……恐らく色々指導を受けたことを、小鬼たちから報告を名前入りで受けて知っているのだろうな。そうしてそんな報告を数年経っても全く忘れてはいないという事だ……千何百年も生きているのだろ?なのに……ここ数年の出来事まで詳細に覚えているだなんてすごいな……。
「さっ魔王様……最後の方の自己紹介が終わりましたから、お言葉を……よろしいですよ。」
20人目の魔導士の自己紹介がようやく終わり、ダッフンバルト2世がようやく正式なコメントを魔王に請求する。今更……いう事なんて……もう無い筈だろ?
「今の魔王国があるのは、ひとえに皆様方のお力添えのおかげです。
更には今後の魔王国の発展も……私の力が足りないがために、皆様方のお力を頼ってばかりで本当に申し訳ないのですが、今後とも何卒よろしくお願いいたします。
そうして先のエルムグリム侵攻の件……犠牲になられた方々のご冥福を祈るとともに、心からお詫びさせて頂きます。言葉だけでは足りないとおっしゃられるのであれば、私はいつでも腹を切る所存でおります。
魔王国を存続させるには私が心血注ぐ必要があると判断し、戦争責任を免除していただく旨お伝えしておりましたが、ここ数年の貴国からの多大なる援助を受け、魔王国は徐々に豊かにそうして活気あふれる国として成り立ちつつあります。これも全て貴国のおかげでありますが、私はもはや必要ない旨理解しました。
貴国から要求があり次第、即刻詰め腹を切る所存であります。
聞けば今や貴国は王政の補助として元老院制を取られているという事……元老院の評決が必要であれば、次回の議会ででも動議いただき、この魔王の首を取る議決を下していただきたい。
おって沙汰を待つ所存であります……。」
魔王は玉座の前に正座して、ガウンの前をはだけ腹を露出させた……なんと……ハラキリ?Oh……
おいおい……大丈夫か?
「魔王様!そのような事、軽々しくおっしゃられては困ります!」
「魔王様!」「如何されました?」「魔王様、どうして?」
すぐさまダッフンバルト2世他、部屋の両壁についていた魔族らが魔王の下へと駆け寄って行く。
「いいですか、皆様方……魔王様は今大変混乱されていて、ご自分が何をおっしゃられているのか、正常な判断が出来ない状態のご様子です。どうか今の発言はなかったこととしてご内密に……。」
「はっ……はあ……勿論です。どうかお大事に……。」
事務長がすぐに返事をし、魔王は魔族らに抱えられて強制退去されていく。
「待て待て!わしはどこもおかしくはないぞ!皆も知っておろう?魔王国の侵攻でエルムグリムは30万近い犠牲者が出たのだ。そりゃあ確かに魔王国だって50万近い兵の犠牲があった。だがそれらはすべて先兵たる小鬼兵のみのことだ!実際に兵を指揮した魔族は一人も犠牲になってはいない、1人もだぞ!
エルムグリム侵攻を決断して命じたのはこのわしだ……わしが責任を取るべきだろ?
見てみろ……今はもう……この国では飢えるものはほぼ居らん……東部の山脈に住む小鬼たちですら皆日々の糧を得られ、寝床もあり職につき、平穏な日常を送っている。
もうわしは必要ではないことが分かった……だったら限りない温情でこの国を支援してくださっているエルムグリム王国との付き合いを1日でも長くするよう、憂いを消し去っておきたいはずではないのか?
エルムグリム王国には多くの戦争の犠牲者がいて、またその家族らは今も生きて生活している。中には魔王国の悲惨な状況を聞いて同情的な考えをお持ちの方々もいることだろう。
そうしてそういった有り難いお気持ちが非常に多いことも、敗戦後からの暖かなご支援より分かっている。
だがやはり魔王国を憎むべき仇敵と、考える人たちも少なからずいるはずだ。
家族を目の前で殺され……蹂躙され凌辱され……略奪されたのだ……いかなる理由があろうとも、その様な鬼畜のごとき行為が許されるべきではない。
だからその……恥ずべき行為の首謀者たるわしが全責任を取って、この命を差し出すつもりだ。
だがなあ……人に飼われた魔族は禁呪の符号により、自分で自分の命を絶つことは出来ないのだ。それでも人に命じられればこの命を絶つことも可能だ……さあ……ここに集いし人族代表の方々よ……諸悪の根源たる魔王を憎む気持ちを思い出し、どうか戦争責任を追及して死罪を申し付けてくだされ……。」
魔王は拘束しようとする魔族兵らをはねのけ、檀上の端でまだ大声で演説を始めた。なんと……戦争責任で死罪要求だって?話が逆じゃあないのか?責任を取る……???どうなっているのだ?
「お黙り下さい!魔王様は心神耗弱状態なのです。
思えばここ数日……特にエルムグリム王国から研修生を送ってくる目的で、使者の方々が来訪すると聞いてから様子がおかしかった。
両国ともに多大な犠牲者を出した先の大戦結果を思い出し神経をすり減らし、心神喪失状態となっているのかも知れません。当面自室に軟禁いたします、ご療養ください。おいっ……お連れしろ!」
エルムグリム2世は魔王の背後に回り、両腕を背後から固めてなんと……懐から取り出した太いロープで縛り拘束してしまった……おいおい……いいのか?自分所の王さまだろ?
「おいっ、何をする!わしは国王だぞ!わしが責任を取ると言っているのだ!」
それでも魔王は暴れ続け、十人近くの魔族兵でも押さえつけられないでいるようだ。ふうむ……お妃さまでも呼んでこなければ、収まりがつかないのじゃあないのか?
「戦争責任の追及と仰るのであれば!一番の首謀者は、ギレージュに当たりますがよろしいのでしょうか?
穀倉地帯西側山脈に張り巡らされていた140年前からの物理結界がようやく薄れ、大軍での侵攻が可能と分かった時、タッタルンとの会合を終えたギレージュが直ちに侵攻を開始するよう、魔王様に進言したのでしたよね?
更にはエルムグリム側から講和条約の提案があった時も、ギレージュの奸計により条約が破棄され、代わりにエルムグリム王都襲撃をそそのかされ結果として多くの魔王国軍兵を失うこととなってしまいました。
全てはギレージュが勝手にタッタルンと密約を結び、魔王国へ持ち込んだ結果なのですよ!
責任を取らせるべきならばその筆頭はギレージュ!魔王様はギレージュの処刑が終了してから、それでもなおエルムグリムの民の気持ちが治まらない場合……どのような処分でも受けてください!よろしいですね!」
どうにも魔王が納得せずに事態の収拾がつかないことにあきらめたのか、ダッフンバルト2世はそもそもの責任はギレージュにあるのだと言い始めた。しかも……やはりタッタルンとの密約か……。
「おっおま……お待ちください、王子様!
私の戦争責任は……前回エルムグリムへ参った時に謝罪し、許されているではありませんか!」
ダッフンバルト2世の言葉にギレージュが叫ぶ。いたのも分からないほど部屋の隅でじっとしていたギレージュ……振り向くといつもと違い軍服の装飾はボタン以外は外しているようだ。
「ああ……だが……魔王様が、それでは納得しないとおっしゃるのだ……悪いがお前が犠牲となってくれ。戦争責任を追及していけば間違いなく、お前が首謀者なのだからな……」
ダッフンバルト2世はそう口にしながら腰の剣を抜いた。刃渡りは恐らく1mほどの両刃の長剣だ……抜いたときに鞘と擦れて鳴った甲高い金属音で、背筋がムズムズっとする……そりゃそうだ……人殺しの道具だからな……。




