8.魔王謁見
8.魔王謁見
「長旅を考慮して本日の晩餐は魔族1人もおらず、我々だけにしていただけるとは……なんともありがたいですな。やはりダッフンバルト2世は、細やかなもてなしが出来る方という事ですね……。」
ハルシューさんが暖かなスープが満たされた、大きな器の蓋を開けながら呟く……。
案内された魔王城入り口入ってすぐの階段を上がった2階の客室は、数人ずつの小部屋に別れていた。一角全て自由に使っていいというので俺と事務長で2人部屋と、後は2から3人ずつで相部屋に別れた。
内部は大理石のような調度性の高い高級石材が、きれいに磨かれて床と壁を構成していた。外目は隙間風が入り込みそうな造りにも見えたが、内部の様子は格調高い西欧のお城だ……照明は蝋燭かランタンの明かりだが、壁も床も天井もピカピカと反射するので思っていたよりもかなり明るい。
客室と同階のホールが食堂というのでやってきたら、俺たち人数分の食事が準備されていたのだ。
俺達専用の食堂も、天井からは蝋燭のシャンデリアが吊るされ、豪華な雰囲気だ。
「トイレと浴室も備え付けで風呂も沸いていましたからね……やはり人間社会の習慣を、彼らは熟知しているようですね。食事メニューも……おいしそうだ……。」
本来なら給仕の小鬼たちがいるのだろうが、完全に俺たちだけ……手酌ならぬ手盛り……となるがこのほうが疲れた体……気を使わなくて済むので助かる……。
「でもまさか……毒等入っていないですよね……。」
「住居ビルにたった二人だけで訪問されたダッフンバルト2世は……ギレージュは無理やりだったが……それでも出された飲み物と菓子を、疑うことなく口にされた。我々が出された食事を疑うという事は、少々恥ずべきことと考えるぞ……案ずるな……安心して食べてよい……。」
心配性のハッカクさんが、鳥の丸焼きが盛られた大皿の蓋を持ちながら思案するのを直ちに事務長が遮った。そうだ……疑っては申し訳ない。
俺が持ちあげた銀の蓋の大皿は……なんと小豚の丸焼き……ううむうまそう……すぐさま備え付けのナイフとフォークで切り分け小皿に盛り付ける。
他にも生鮮野菜のサラダなど……温室栽培なのだろうな……高地にも拘らず、レタスにキャベツなど生野菜のサラダなどふんだんにふるまわれていた。更にデザート用として、様々な大きさや色のブドウやイチゴが……これほど品種があるのかというくらい彩り豊かに美しく、バスケットに盛り付けられていた。
恐らく日の当たる斜面はブドウ園なのだろう……飛行中も目に入った……長年熟成された上等なワインは……旨い……肉に合う……ほぼほぼ徹夜で……丸20時間も飛行し……途中食事はとったが、それでもかなりへとへとだ……おいしい酒と肉とサラダにパンを満喫し……各自部屋に戻って歯を磨いてから泥のように眠った。
一夜明け早朝……魔王城の前庭を借り、ランニングの後剣の素振りと弓の稽古を行う。早起きは日常となっていて、休日も変わらぬ時間に起きるせいか、外出先でも嫌でも目が覚めた。
訓練メニューは人それぞれで、ハッカクさんとターレムさん他魔導士たちは組み手を行い、ハルシューさんと事務長は念入りにストレッチを行っている。定例化された訓練だが、二日酔いしらずで気持ちがいい……。
「おはようございます……日々の鍛錬を怠らないとは……流石ですね……。わが軍の兵のいいお手本になりそうで、助かります……。我々魔族が朝昼晩と欠かさず訓練を継続していても、所詮はただの時間つぶしとしか見られず、城の掃除や給仕など雑用で大忙しの小鬼たちは、有事の際の為の訓練などとてもとても……と言い訳ばかりですからね……。
朝食後に魔王様がご挨拶したいと申しております。それでその……皆様方は2週間ほどご滞在いただけると……伝令バトの文に書かれておりましたが、お忙しいでしょうに、よろしいのでしょうか?」
暫くして軍服姿のダッフンバルト2世がやって来た。どうやら我々の案内係を仰せつかっているのであろう。
「その……どうしてもハルシュー殿が小鬼たちの出産に立ち会いたいと希望しているものですから……なにも力になれないかも知れないのですが、責任感が強いもので……我々としてもまさか彼だけ残して帰るというのもどうかと……ご迷惑でなければ……ですが、どうか滞在を許可していただけないでしょうか?」
すぐに事務長が前に出て、滞在希望の理由を告げる。迷惑と断られたなら仕方がないのだが、出来れば我々全員残りたいのだ。
「そうでしたらこちらとしましては、正に願ったりかなったりでして……開腹術の開祖というほどの御方なのですよね?人族と小鬼では体の構造が異なるかも知れませんが、それでも長年の経験に勝るものはございません。こちらから残っていただけるよう、お願いしたいところでしたから……本当にありがたいです。
早速魔王様にもお伝えして、皆様方の滞在期間中は国賓として対応させていただきます。本当にありがとうございます。では……失礼して……朝食がお済のタイミングで、ご案内に参ります。」
何度も礼を口にして笑顔で会釈をしたあと、ダッフンバルト2世は早足で城の中へと入って行った。滞在許されて、よかった……いや……なんか気になる言葉を……国賓とか……良かった……のか?
「ここっ……国賓って……ハルシューさんはともかくとして……何の役にも立たない俺なんか……まずいですよね?2週間もいたんじゃあぼろが出て……なんなの?あいつ……人族の代表のくせして……とか、一挙手一投足観察されまくって……ぼろくそに言われませんかね?」
「ふふん……そうなるかもな……まあ、お行儀良くしていることだ。人族代表なのだからな……。」
事務長は素知らぬ顔で、額の汗をぬぐいながら部屋へと戻って行った。ああなんと……まさか俺の言動が元で、魔族が怒り出して国交断絶……なんてならないよな?なったら困るー……
運動の後シャワー……と言っても冷水を直接浴びるほど外気温は高くなく、自分で沸かされたふろの湯を手桶に汲んで天井からつるしてある金タライに開ける。タライの底には細かな穴がたくさん開いたじょうろの先がついていて、横のコックをひねると温かいシャワーが落ちてくる仕組みだ。
昨晩も疲れ切っていて風呂に入る元気もなく、温水シャワーで体を洗うだけで眠った。
不思議なことに窯も何もついていないただの陶器製のバスタブなのだが、昨晩到着当初から朝の今になっても蒸気が上がっていて、実際に温かい……湯浴びには最適の湯温なのだ。
恐らく高熱系の持続魔法をバスタブ自体に施してあり、しかも水量も常に8分目に保たれるように自動補給されるのは、最高難易度の魔法であろうと事務長が推測していた。
ひたすら熱くするだけ……ひたすら水を持続的に増やすだけなら初級魔法でも可能だが、最適温度最適水量に維持……しかも攻撃的に焼き殺すとか水死させるのではなく快適温度に保つ……保ち続けるという細かな調整は、熟練した最上位の魔導士にしかできないだろうと予想していた。
シャワーの方にこのような自動調整がされてなく手桶で各自汲み上げる仕組みなのは、シャワーコックを閉め忘れて浴室が水没する危険性があるからだろうとも予想していた。確かに……シャワーコック閉め忘れたなら一晩中だってずっと温水が勢いよく出続けるのだろうからな……水も無駄だしな……。
だが……こんな高度で細かに神経を使う魔法を、10部屋はある客室全部に施しているという事は……それだけ上位の魔導士が多く存在するという事なのだ……魔王国恐るべし。
朝食はまたもやおれたちだけの専用食堂で、ウインナーなどのソーセージとハムエッグとトーストにコーヒーか紅茶……食後のデザートのフルーツはまたもやブドウにイチゴだが、なんせ種類が豊富なので、昨日食べていないのが選べた。
「おはようございます、朝食はお済でしょうか?ご都合がよろしければ魔王様がお待ちですので、貴賓室へご案内させていただきます。」
朝食後食堂で歓談していたら、ダッフンバルト2世が迎えに来た。恐らくはまだ8時にもなっていないはずだろうに……こんな朝早くから魔王様へ謁見とは……ちょっと意外……。
「昨晩も、今朝もそうですが我々だけで食事をさせていただき、おかげさまで自宅のようにくつろぐことが出来ました。お心遣い大変感謝しております。
食事も済んで居りますので、早速魔王様へ謁見できるとは有り難いことです。お願いいたします。」
事務長が立ち上がるとつられて全員が席を立った。
「では……ご都合がよろしいようで……こちらへ……」
ダッフンバルト2世は優しく微笑むと踵を返し、長い廊下をゆっくりと歩き始めたので事務長以下遅れずについて行く。
それにしても人がいない……俺が召喚されたばかりのエルムグリム城も、王様の謁見室外の2名の護衛兵以外、メリアンちゃんとともに廊下を歩いていても誰とも出くわす事がなかったが、魔王城へ来てからダッフンバルト2世とギレージュ以外、送り届けた研修生以外の小鬼兵とも……ましてや魔族とも、誰とも出くわしていない。早朝の訓練で外に出ていて王城周りをランニングしていた時も同様だった。
エルムグリムの場合は大半の兵は結界要員で城の地下に詰めていたし、2千いた近衛兵の大半は城の最上階の王家の人たちの居室周辺に詰めていたからで、2階迄しか行けなかった俺が出会うことはなかったという事が、後で納得できたのだが……なんせ魔王軍にすぐにでも攻め込まれそうな窮地だったからな……。
「こちらです……。」
ようやく兵士……なんと小鬼兵ではなく魔族の軍服着た兵士の立番が2名両サイドにいる扉の前で立ち止まり、ダッフンバルト2世は振り向いた。すぐさま立番の兵がそれぞれ身近の扉の取っ手を掴み、手前側へと引き寄せ両開きの扉を開けた。
廊下には緑色の絨毯が中央に敷き詰められていたのだが、部屋の中は真っ赤なじゅうたんが細長く……まっすぐに奥へと伸びているのがドア越しに伺える。しかも中が明るい……廊下にまでその光が伸びてくるほどだ。
廊下には太くて長い蝋燭が高さ1.5m程で1m置き位の間隔で廊下の両側の壁に互い違いに設置されていて、歩くのに支障がない程度に明るかったのだが……貴賓室とやらの明るさは……正に昼間の外。
「魔王様がお待ちです……どうぞ中へ……。」
ダッフンバルト2世が廊下にたち、中へと右手を差し伸べるので、事務長に引き続き部屋の中へ入って行く。ううむ……魔王様の前で片膝をつき、お目通り恐縮です……なんて挨拶しなければならないのかな?
なあんて不安に胸の高まりが抑えきれずにいたら、真っ赤な絨毯が伸びた先……部屋中央部には金縁に飾られた豪華な椅子が20脚……10脚ずつ前後2列に整然と並べられていた。
「椅子をご用意してありますので、魔王様の面前ですが遠慮なさらずにどうぞお掛けください。」
ダッフンバルト2世に案内されるがままに事務長が前列中央に腰かけたので、これ幸いと後列の一番端に座ろうとしていたら右腕を掴まれて、立ち上がらされてしまった。横を向くと……ダッフンバルト2世……
「勇者殿の席はそこではありませんよ……。」
そのまま抱えられて強制的に、前列中央の事務長の隣へ座らせられてしまった、ひーん……一応正装という意味で俺も事務長も……医師であるハルシューさん以外全員がステンレス製の光り輝く鎧を着こみ、兜を抱えて帯刀している。
だけど……驚異的な魔力を有する魔族たちの……しかも王様……下手な応対でもしたなら無礼者!なんて一瞬で灰にされてしまいかねない……。
ううむ……まさかこんな事態は予想していなかった……魔王様対応とか外交的な事柄は全て事務長任せで、俺は魔王国の風景とか自然を満喫……なんて考えてやって来たのだった。なのに……なぜ……?来たことを初めて後悔し始めている……。
真正面には、俺たちが座っている椅子よりもはるかに豪奢で倍くらい幅がありそうな玉座が壇上に鎮座しており、今の所空席……魔王様がお待ち……とか言っていたのに……どこだ?
ふと視線を右前方に移すとそこはカウンターのようになっていて、様々なグラスが……庇のように突き出した棚からワイングラスやシャンパングラスは逆さに吊られ、ショットグラスなどはカウンターに段積みされている奥には沢山のガラス瓶が……これが俗にいうカウンターバー……なのかな?と思ってみていたら……
カウンターの向こうからひょっこりと黒い頭が覗く……うん?と思ってみていると、きょろきょろと白目が忙しく動き、やがて口髭がほほから縦に伸び顎髭とつながっている見たことある風体が現れた……
「魔王様……何をしていらっしゃるのです?お客人様たちは、お目通り願おうと来室しておりますよ!」
俺たちに席を捌いていたダッフンバルト2世が、その異常な光景に鋭い目つきで突っ込みを入れる。
「おっおお……ちょっとブランデーを注ごうとしていたら、蓋が奥に落ちてしまったものでな……すまんすまん……どれどれ……おおっ……勇者殿に賢者殿……更に偉大なる大先生ほか、魔力あふれる魔導士たち……ようこそ魔王国へ……お越しくださりありがとうございます。
どうですか?おひとつ……???」
魔王様はそう言ってカウンターの奥から出て前にたちグラスを掲げると、何と、俺たちにも酒を勧めて来た。
立ち上がると黒山のような……やはり魔族らしく……というよりもやけに巨大だ……2mは超えているのじゃあないかな……。
「ゴッホン……まっ魔王様?おふざけが過ぎますぞ……遠方からのお客人に失礼とは思いませんか?どうか規律をお保ちの上、グラスを置いて着席ください!」
「おやおや……相変わらず細かいしうるさいのう……眉間にしわばかり寄せていると、早くに老けるといつも言っておるであろう?常に平常心で笑顔で……。」
軍服姿のダッフンバルト2世とは違い、厚手で袖広の膝丈ガウンを羽織った魔王は、不満そうにそれでもグラスをカウンターに置くと、ゆっくりと玉座へと向かった。
「ふっ……どなたのおかげでこのような表情になっているとお思いでしょうか?私が年齢よりも老けて見えるという事であれば、その要因の一番は魔王様であるという事に、いい加減お気づき下さい!」
ギレージュ相手では何事にも動じないダッフンバルト2世だったが、どうやら魔王相手では勝手が悪い様子だ。なんともまあ……気の毒……。
だが……予想外に、案外魔王って……気さくで話しやすいかも……とか、気を緩めるにはまだ早いか?
「えっえー……改めてご紹介いたします。魔王国王ダッフンバルト1世……です。」
魔王が玉座に着いた時点で、改めて紹介が行われた……周りを見渡すと、両側の壁に沿って十人以上はいるな……全員が小鬼兵ではなく魔族……だけど……女性らしき人が一人もいない……ああ……ここは謁見を行う部屋だからだろうな……女王や姫様は奥の居室にいるのだろう……。
「どうも……お目にかかれて光栄です魔王様、私はエルムグリム東部新国境駅町工房の事務長をしております。どうかお見知りおきを……。」
「ああ……工房の事務長と賢者に外務大臣と科学技術大臣を兼任していらっしゃるのでしたな?お若いのに、大層有能なお方のようじゃ……我が国にも其方のような知恵袋がおれば……愚かな闘いなどしかけずとも、国内にあるものを使って最大級の効果を得て、豊かな暮らしが出来ていたはずであろうがな……。
敗戦によってようやくそれを知ることになるとはな……本当に申し訳なかった。
改めてお詫びさせていただく。」
事務長が立ち上がって自己紹介して頭を下げると、今度は魔王が詫びてから立ち上がり深く頭を下げた。へえ……エルムグリムに攻め込んだこと、本当に反省しているんだ……へえ……。
「おっ俺は……同じく東部新国境駅町のトロッコ列車駅長をしています、多々羅文美雄と申します。
魔王様にお目通り願えまして、感激しております。お見知りおきを……。」
魔王が玉座に腰かけるとすぐに事務長が俺の脇腹を肘で小突くので、仕方なく立ち上がって自己紹介して頭を下げる。まあ……魔王様に会えてうれしいって言っておけば……邪険に扱われることもないはずだ……。
「おおおお……エルムグリムの……いや、この世界の救い主と噂される勇者殿か……確か国務大臣と科学技術副大臣と国土交通副大臣を兼務なされているのでしたな?」
速攻で魔王に返されてしまった……どうやら俺たちの詳細は調査済みという事のようだな……前回ダッフンバルト2世が訪問したときには、そこまで詳細に教えてはいなかったはずなのにな……ううむ……情報筒抜けじゃあないか……いや……そうか……俺たちの職責などは、開かれた国会を目指すとして議事録から何から公開したから……調べようと思えば苦も無く調べられたのか……。
特に国外秘……ともしてはいないからな……外交文書で交わした可能性だってあるか……。




