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6.国交

6.国交


 1週間のオリエンテーションで小鬼たちに食べ物の好き嫌いがないばかりか、食べ物のアレルギーなども存在しないことが分かった。元の世界でもそうだったが、エルムグリムでも蕎麦アレルギーにピーナッツアレルギーなど、食べられない食材の話はよく聞くのだが、小鬼社会ではそういったアレルギーはないらしい。


 贅沢品なのであまり食べたことがないといっていた玉子や乳製品のチーズなど喜んで食べていたし、寿司も大うけでみんな腹いっぱい食べていた。


 最近はエルムグリムからの支援のおかげで食生活はずいぶん改善され、毎日食べられるようになったと小さな声で言っていたところを見ると、戦前はやはり収穫の大半を魔族たちに搾取され、自分たちは細々と暮らしていたようだ。大勢の同胞が犠牲となったが、先の敗戦をよかったと考えている節も見えなくはない。



「なんだって?1万人……たったそれだけなの?君たちの種族の女性は……残り1万人……だけ?」


 15人ずつ王都向けに出発した組と別れ、開腹術の研修に向けてまずは消毒の重要性を説こうと、アルコール消毒や煮沸消毒のやり方の講習が始まった。勿論講師はここでは俺……言い出しっぺだからな。


 最初に雑談で医療環境の話でもしようかと、研修に来た者たちの居住地や住環境など聞き始めたら、なんと驚愕の事実……怖ろしい事を聞いてしまった……。


「私たち……魔王国王都……魔族様たち……お世話係……回復系……兵士……掃除……洗濯……炊事……洗い物……繕い物……する……男兵士……国境警備巡回……農作業……ブドウ園……働く……ブドウ収穫……女兵士……葡萄酒づくり……。


 妖精国国境警備……併せて6万兵士……女性兵士1万だけ……これだけ……魔王国……皆魔王城地下……住む……魔王国王都……高い高い……とても寒い……でも地下……温かい。」


 片言のエルムグリム語で教えてくれた……研修に来たのはどうやら魔王城に詰めていた女性兵士のようだ。しかもこれだけ……と言っているから、どうやら百万で攻め込んできた中の女性兵はほとんど犠牲になったという事のようだ……女性は飛行術と言っていたからな……魔導船とともに散ったという事のようだ。


 だがしかし……女性が1万だけという事は……今でもエルムグリムとの国境沿いに2,30万の小鬼兵がいるはずだが、やがて次世代には6万……魔王国王都にいるだけになってしまうという事だ。


 それだけでは広く険しい魔王国はとても維持していけないはずだろうに……どうするつもりだったのだろう……???エルムグリムかタッタルンか……どちらかへ攻め込んで女性をさらって……なんて計画していた訳じゃあないだろうな……だとしたなら俺の提案は、次なる悲劇を避けることができる可能性がある。


 何とかうまくいってもらいたいものだ……。


「女性たち……30……結婚する……結婚出産……死ぬ……皆結婚……嫌……でも……仕方ない……女性……出産……義務……。」


 死ぬのが嫌で結婚出産しなければ種としての継続が出来ない為、小鬼たちの女性は出産を義務としてとらえているようだ。なんせ全員が結婚出産してようやく現状維持なのだからな……。それでもできるだけ婚期を遅らせているのだろうな……平均年齢50いかなかったはずだからな……遅い結婚だ。


 小鬼たちの男の中では結婚したくてもできないものが何と5人中4人……8割。女性は百%結婚できるが、出産で死んでしまうって……どれだけ不幸な人種なんだ?と、叫びたくなってしまう。


 これは何が何でも成功させたい……って思うが……果たして……


「では人間の女性の体の構造……内臓の位置や機能の説明を行います。」


 消毒の重要性の講義が終わり、続いてハルシューさんの所で研修してきた回復士たちによる講義が始まった。まずは人間の体の構造と機能を熟知してもらい、いずれは小鬼たちの体の構造や機能に関しても解明していただかねばならないのだ。そうでなければ開腹術の成功など望めない……。


 予定では座学を2日ほど行い、それから実際の開腹術を見学していただき、内臓の状態を学習していただく。それから座学と実地見学を交互に繰り返し見識を深めて行っていただき、理解度にもよるが3ヶ月間程度の研修期間を設定している。


 ベビーブームはますます加速し、今では日に2,3件の開腹手術が予定されているので、教材に事欠くことはないし、しかも今の所失敗がないのは誇らしい。


 麻酔は睡眠魔法という攻撃魔法をハルシューさんが独自に進化させたものなので、その講習も行う予定ではあるが、果たして小鬼たちにも同様に効果があるかどうかは、これまたやってみなければ分からない。


 人種の違いによる効果など……分からないことだらけで手探り要素は、結構多いのだ……。


 講習の合間の時間つぶしにスポーツを……と考えていたのだが、研修生らの要望により寮食の叔母ちゃんらによる調理実習が連日行われている。小鬼たちは基本的に米を焚いて食べることはあるようだが、大半は移動の携帯食でどんぐりなど木の実やヒマワリの種が食事と言っていい様だ。


 戦時中は魔力を溜めるために米や肉に野菜などが兵士らに配給されていたが、実生活では質素な暮らしをしていたらしく、魔王城務めの彼女らの食生活は貧しかったと言っていた。


 だから肉や野菜など……調理した料理と言えば魔族たちの食事の給仕位のようで、どちらかというと魔族のためのメニューと言えなくもなさそうだが、それでも自分たちの食生活が改善方向という事だから、色々な献立を知っておくことはいいことだろう。



「いやあ……旧議会議長の健康診断だけのつもりで行ったら大歓迎されて、追放された他の議員たちの健康診断までお願いされてしまい、同行していただいた回復系魔導士の方と連日目が回るような忙しさでした。


 誰もが資産を凍結あるいは没収され、お屋敷こそ広大な庭園を持っていましたが手入れも行き届いてなく、タッタルン王家からの恩情による支援で細々と暮らしているといった様子でした。


 そんな環境だからでしょうかね……どの御屋敷も地下室はがらんとしていて、以前は猛獣を飼育していたなどと言っておりましたが、訪問時にはその痕跡する見受けられませんでした。


 健康診断以外にも持病の治療など望む声も多く、元老院議会が始まるという理由で何とか逃れてきた次第です。来年以降も定期的に来てほしいとせがまれましたが……如何いたしましょうかね?」


 小鬼たちの研修の様子を見守りながら1ヶ月ほど経過し、元老院定期議会が開催される時期に来たので王都へ戻ったところ、議会開催日前日になってようやくハルシューさんが戻って来た。


 そこそこふっくらとした中年太りだった体型が、ほほは痩せ落ち腹は引っ込み……連日の激務の様子が想像に難くない……まあでも……


「ご苦労様でした……大変だったご様子ですね。


 でもお腹も引っ込んだし、今の方が断然いいですよ……。どうですか?これから毎日俺と一緒に、トレーニングしませんか?別に剣や弓の訓練などしなくても、最初のランニングと基礎体力トレーニングだけでも一緒にやれば、今の体形が維持できますよ。」


 どちらかと言えば今の方が健康的に俺の目には映るので、一緒のトレーニングを勧めてみる。


「そうですよ……ハルシュー殿……今の方が、女性受けしますよ……。」

 事務長も一緒に、痩せたことを誉めてくれる。


「ほんとですか?そうですか……いやあ……参ったな……とっトレーニングは……毎朝……朝早いのでしたね?」


 ハルシューさんが後頭部を掻きながら、にやけた顔に変わった。おおっ……いいぞ……なんとなくその気になってきた様子だな?


「はあでも……議会が始まる前までだから……一応朝6時起きで、1時間ほど目を覚ましてから……目覚めたばかりの激しい運動は体のリズムを狂わすそうなので……当日の議会の議案などまずは考えています。


 それから1時間みっちりと訓練をしてからシャワー浴びて朝食……ですが、議会終わった後の夕方からもトレーニングしているから、朝早いのが苦手ならそっちでも……大丈夫ですよ。」


 俺は朝晩トレーニングを毎日欠かさないが、夕方のトレーニングだけでも体型維持には十分のはずだ。夕方からの方が2時間と時間は長めだしな……。折角やる気になったのだから、出来るだけ無理のない範囲で持続していただきたいものだ。


「分かりました……早速今日からでも夕方のトレーニングとやらに参加させていただきます。」


「そうですか……ハッカクさんやターレムさんも一緒なので、結構にぎやかに楽しくやれますよ。」


 朝のトレーニングには事務長や嫁たちも早起きして参加するのだが、夕方からのトレーニングはハードすぎるせいか参加者が少ない。別に俺やハッカクさんたちと同じメニューをする必要性はないと思うのだが、敬遠され気味なのだ。1人でもトレーニング仲間が増えるのは有り難い。


 元の世界の俺はそれなりに腕立て腹筋スクワットなどやっていたつもりだったが、やはり軍隊のそれとは大きく違った。戦時中に兵士らと一緒に訓練するようになり、俺自身の訓練メニューも随分と変わったと思っている。当初はきつかったが、様は慣れだ……。


 ちなみにミーティアさんとスーメリアさんたちは夕方も訓練するのだが、彼女らは武闘場で格闘技の訓練を行うので、剣の訓練と言っても素振りのみ、弓も試射のみといういう形だけの俺とは一線を画している。俺が提案した手裏剣やクナイを鍛造で作り、格闘術に取り入れた実践訓練もしているようだ。


 ハッカクさんとターレムさんは屋外でも組手など行っているのだが、俺はそこまではしない……。


 とりあえずハルシューさんの負担も考えて、追放された旧議員らの定期検診は、王都から毎年回復系の僧侶を出してもらうことにした。勿論、旧議長らが油断してぼろを出して、奴隷のことに関して口を滑らさないか、探る目的である。



 元老院議会には、俺から妖精国と獣人国との国交正常化を提案する。関係悪化による国交断絶と言った経緯ではなかったようだが、魔王国が進攻した200年前からエルムグリムと妖精国と獣人国間の国交はない。


 攻め込んできた魔王国との国交断絶は分かるのだが、どうして妖精国と獣人国まで含めて国交断絶となったのか、経緯に関して事務長が古文書を確認して何度も調べなおしたのだが、とうとう判らなかった。


 敵対関係とか冷戦状態とか言う事ではなく、どうやらタッタルンが仲介してのやり取り以外の国交は皆無の様子だ。まあなあ……妖精国は山脈挟んだ隣の地とはいえ、険しい山並みが直接の外交を阻んでいるし、獣人国はなおさらだ。行き来するにしてもタッタルン経由以外に正常ルートは存在しないのだ。


 まあいずれ外洋航路用の大型船でも完成すれば、タッタルンに頼らずに外洋経由で往来はできるとは思っているのだが、いきなり大型船で獣人国や妖精国の港に横付けするわけにもいかないので、いずれは船での国交を結びましょう……程度の挨拶くらいは交わしておきたい。


 と、いうよりタッタルンは限りなく怪しげなのだが、直接聞いてもまともに答えるはずもない。かといって友好国となりつつある魔王国だって、タッタルンにいいように操られていた可能性がある為、情報を得ようにも得ようがないというか、タッタルンに良い様に言いくるめられた情報しか返ってこないのだ。


 少しでも中立的立場の意見が聞きたいと、同じ大陸に住む人種であり交流もしたいと提案したのだ。


 勿論すぐさま満場一致で可決となったが……ではどうやってタッタルンに気付かれずに交流するかという事が課題として挙げられた。勿論議事録には残せないので、元老院議会閉会後に晩餐会と銘打って王様含めて集合し、角を突き合わせての秘密会議となった。


「現状稼働している中型船ではあまり沖合までは出ることが出来ず、タッタルン王国の領海を航行することになってしまうから不適。蒸気機関搭載の大型船建造を待ってからとなりそうだが、それでもタッタルンの海岸線から監視していれば、沖合を船が航行する姿は見られるかもしれん。


 かといって東岸から魔王国沿岸を迂回して回る航路は、燃費の面から得策とは言えないぞ。国交正常化してタッタルンにも大っぴらにできるまでは……仕方がないのかもしれんがね。」

 すぐさま事務長が、隣国とはいえ往来の難しさに関して説明する。


「王家の記録によると古の時代は外洋航路用の大型船で、穀倉地帯南の港から外洋を使って交易していたようだが……やがてタッタルンが仲介貿易を申し出てきて……あそこからなら小舟でも港を周回する程度で隣国の獣人国へ到着するでな、タッタルンの貿易と一度に行えば手間賃も半額という事で……仲介手数料なしで燃料費と人件費だけで見積もってきたから格安で、委託するようになったようじゃ。


 だがそれもこれも魔王国進攻まででな……特に穀倉地帯を放棄してからは仲介手数料が格段に上がったようじゃ。以降は妖精国とも獣人国ともまともな貿易はできておらん。つまり国交もないのじゃ。」


 王様が寂しそうにうつむき気味に、呟くように話す。なんと……またまたタッタルンの陰謀めいた過去が浮かび上がって来た。直接の国交があれば魔王国に攻め込まれたときに妖精国や獣人国に支援を求めることもできたはずなのに……タッタルンを間に挟んでいたのでは……な……


「では……外洋航路用の大型船の開発を急ぎましょう。大型の蒸気機関の開発は終了しているので、船の建造だけであれば1年もかからずに可能でしょう。」


 水産大臣のターレムさんが、大型船の建造計画促進を提案した。まあ、こっちはこっちで必要だが……


「大型船の建造は続けるとして……直接獣人国や妖精国へ行く手段として、俺に考えがあります。

 飛行船を作るのです。」


「飛行船……とな?魔導船のことか?」


「いえ……飛行船です。飛行術で飛ぶのではなく、熱で……魔導船を攻撃するときに、蝋燭の炎の熱で上がる行灯のような熱気球を飛ばしましたよね?あれをもっと大きくするのです。


 構造的には中型船……50人乗り程度の漁船を使い……底板には火矢対策で、薄い鉄板を貼っておきましょう。それに……蒸気機関車用の窯を取り付けます。その煙突の先に巨大な風船を置いて窯からの熱をその風船に溜めると……風船の中の空気が熱せられて膨張して……船が上昇するはずです。」


 いつものようにへたくそな絵を描き、概略を口頭で説明する。この世界に天然ガスがあるかどうかわからないし、あったとしてもエルムグリムでは一般的ではないから、ガスボンベとバーナーと言う訳にはいかない。


 仕方なく石炭火力になってしまうのだが……風船部分さえ巨大にすれば、船だって浮かせることは可能なはずである。何だったら火炎魔法でもいいのだが……魔力が尽きたら即墜落……は怖いので、やはり直接火力の方が安心だ。推進力こそ、風魔法が使えそうと考えている。


 ガスバーナーのような調整はできないだろうが、投石器で使ったように体重を何倍にもできる魔法があるから重りの砂袋を落としたりすることもなく、自重を重くしたり軽くしたりして上昇下降の調整ができるはずだ。


「目を非常に細かくして編んだ麻布で大きな玉を作り、それをなめして繋いだ牛革で覆い、そこからロープで船体に固定すればいいだろう。問題はどれほど風船を大きくすればいいのか……だが……小型模型を作って実験を重ねるとするか。うまくすれば魔導船よりもはるかに強力な軍艦が出来上がるな。


 兵の輸送だけではなく、それこそ攻撃も出来そうな軍艦だ……」


 俺が飛行船に考えが至ったのは、実を言うと戦争中に魔導船を見た時ではなく、つい先日魔族の王子らがたった2人だけで魔王国王都から小型魔導船を飛ばしてきた時である。上昇するときにいちいち平坦な場所探して着陸してから交代し、交互に飛行術を唱えたなんて聞いて、だったら……と熱気球に発想が飛んだのだ。


 これだったら魔力を膨大に消費する飛行術とやらも不要では?と思い立ったのだ。うまくすればそれこそ安全確実に、妖精国へも獣人国へも直接行き来できる。



 俺の提案から1ヶ月も経たずに、飛行船の試作機が出来上がった。だがそれは俺の想定通りのものではなかった。船は小型船……せいぜい10人乗りのもので、底板に薄い鋼板は貼り付けてあるが、小さなボートだ。


「悪いな……熱で浮かせるには、風船部分を船の15倍は大きくしなければならないと分かった。これでも燃料の石炭一つ一つに浮き球を貼り付けた想定なのだが……浮き球の性能向上にも限界があるようだ。


 だから人が乗る客室部分は小型ボート並みだ。底板も甲板もカンナで削って薄くし、柱は凹み型にくりぬいたりしてから鋼板で補強して軽量化した。だが……これで重い窯を積んでも……窯にも浮き球を取り付けられるだけ取り付けて軽量化し……何とか10人は乗れる。


 風船部分は下で窯を焚いても熱だけで膨らませることは難しいことが分かったので、細い竹ひごを組んで暖めなくても形状を保つようにしてある。煙突の先端を風船の中迄入れて中の空気を直接温める方式で、これが船を大きくできなかった最大の理由だ。


 理論上は風船部分を巨大化しさえすれば中型船でも浮かばせられるのだろうが、風船部分の張りぼてに補強が必要となり、そうすると自重でつぶれてしまうし、頑丈にしすぎると今度は浮かない。だからこの程度が限界だな……。」


 事務長が初めて試作機が限界と告げる……そうか……軍艦とはならなかったか……まあ仕方がないさ。


「いずれはアルミニウムという金属を開発して船を造れば相当軽くできますから、だったら軍艦にできますよ。アルミニウムといううのは、ボーキサイト……だったかな?そんな名前の土からできる金属です。」


 やはりアルミが必要だな……元の世界ではアルミホイルとかアルミ缶とか……日常でもその辺に唸るほど身近にあったのに、この世界ではまだ見たことがない……。


 確か酸にもアルカリにも反応するんだったよな……酸化物や水酸化物になって……だから鉱物として産出されないから、金属だって気づかれにくいんだった。問題は……ボーキサイトがエルムグリム領内で産出されるかどうかだよな……。


「ほっほう……アルミ……か……金属材料に詳しい奴に、研究させてみるとするか……。」

 俺の提案に事務長が食いついて来た。


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