4.魔力
4.魔力
「その……乗ってらした魔導船ですが……あのような巨大な船を浮かせて飛行するには、何十人もの上級魔導士が必要と、以前こちらの魔導士が言っていました。ですが先ほどのお二人の会話から察する限り、たった二人だけで魔導船を操ってらした内容……本当にお二人だけで魔王国からいらっしゃったのでしょうか?」
近衛隊を連れてきたらよかったのに……とギレージュがずいぶんと嘆いていた様子だったからな……恐らく二人だけで巨大な魔導船を操ってきたはずだ。だが……本当にそんなことが可能なのか?
「ああ……そんな事ですか……そうですよ、二人だけでここまで参りました。ですが本当に二人だけでして……そりゃまあ……数千人の小鬼たちを引き連れて……なんてなれば相当な重量で、それこそ二人だけでは無理でしょうが……そもそも2千人乗りの大型魔道船よりもずっと小型で、百人乗りですからね。
と、申しますか……ギレージュがどうしてもというので……仕方なく材木を組んだだけの魔導船を取りやめて、輸入した鋼鈑を用いて船を造りました。
鋼板だと船底も薄く小型化できたのですが、それでは威厳が保てぬとまたまたギレージュが申すもので……20人乗りであるはずの魔道船が、張りぼてのように大きくなりまして百人乗りサイズと……ですが操舵室と仮眠室以外は部屋もなく骨組みだけで……その為20人乗り程度の船同様軽いのです。
空の魔道船で短時間であれば1人で操船できますから……二人で交代しながら参りました。」
ダッフンバルト2世は、笑顔で快活に答えた。成程……何処かから鋼板を手に入れて、それで魔導船を建造したという事のようだ。小鬼たちに鍛冶技術はないと事務長が推察していたからな……それでも他国から輸入するという手段はあるという事だな。
タッタルン……いや……エルムグリムだって今や魔王国と国交があるのだから、こちらから輸出していても不思議ではないわけだ……羊毛など酪農製品を輸入していると聞いたからな。
「おっ……王子……たった二人だけという事をあからさまにしないでいただきたい!敵意を持っていられたなら、大変なことになりますぞ!」
ところがすぐにギレージュが立ちあがって、腰の剣に手をかけて身構える。
兵士長のとは違い、こちらは本物の切れる刀なのだろうな……
「愚かなことをするな!こちらに敵意があって襲うつもりなら、建物の中に入る前にとっくに斬りかかられているわ。ほらっ……座れ!」
それでもダッフンバルト2世はすぐさまギレージュの右手を掴んで剣から離させ、無理やり椅子に腰かけさせた。だが口調から言って、さほど怒っているようではない。どうにも……ギレージュはこちらに対して敵意むき出しのようだが、それを何とか諭して分からせたい様子だ。
「いいか……先の戦争では此方が有無を言わさず急襲を掛けた。そうして進軍して素早く王都まで達したわけだ。ところが召喚された勇者殿のお力で押し返され、しまいには王都を襲撃したものの返り討ちに会い、多大な損害を受けた。それらはすべて魔王国が仕掛けたものだ。
にも拘らず、戦後の復興時には色々と小鬼たちに指導をして下さり、小鬼たちの住処となるログハウス建築や、河川敷の田畑の開墾方法や農林業指導にまで立ち入ってお助け頂いたのだぞ!
敵国であった我が国の兵士である小鬼たちに対し……住居の支援に食糧支援……さらに林業や酪農迄……仕事のやり方まで指導していただいている。
これらをご厚意と考えずにどうする?恐らく……魔王国は高い山々で平地が少なく、農業に適していないから食料に乏しいと考えて……だから平地が欲しくて攻め込むのであろうと考察、ならばと棚田の作り方をご指導いただいた。切り取った土で断崖絶壁を埋め立て、簡易的な港まで出来上がった。
漁業指導ばかりか共同で遠洋漁業も誘っていただき、海産物も豊富に行き渡るようにまでなり、我々魔族のみならず、小鬼たちの生活も飛躍的に向上したはずだ。
その上で、さらに小鬼たちの出産の改善策迄教えて下さろうとしている。
ここまでしてくださるこの国に対して、敵意を抱いてどうする?最大の友好国と考え、これからも長くお付き合いしていただこうと、敬意をもって接するべきではないのか?」
ダッフンバルト2世は苛立つギレージュに対し、あくまでも冷静にゆっくりと話しかけている。
「し……しかし……人間どもなんてとても信用できませんよ……ちっ。」
だがそれでもギレージュは頑なだ……。苦虫をかみつぶしたような顔をして、俺のことを睨みつけると舌打ちをした。余計なことをするな……とでも言いたげの様子だ。
「そっ……そもそも……こんな魔力も体力も弱い人間ども……集団で固まらなければ、物を言う事すらできぬ弱者どもに、敬意を払えとおっしゃられましてもねえ……。
魔導船ですら一人では浮かばせることもできないとは……操作には上級魔導士が数十人は必要……だなんて、とんだ寝言ですよ……まあ、自分たちの身の程をわきまえているという点にだけは感心致しますけどね。」
「本当にそうですよ……あんな巨大な魔導船をたった一人で操船できるだなんて……この国であれば恐らく特級魔導士のレルムさん一人くらいしか思いつかない……あるいは上級魔導士のブーメリアさんやターレムさんであれば無理をすれば……。」
と、目線をターレムさんに移してみると、大慌てで両手を大きく振って全身で否定しまくり。
「むっ……無理ですよ……私に何て……レルム特級魔導士様やブーメリア上級魔導士様ならばまだしも……仮に私程度であれば恐らく十数……いや、20人はあの巨大な魔導船を浮かせるだけでも必要となります。」
思いっきり否定されてしまった。ふうむ……一体魔族の魔力はどれだけすごいんだ?小鬼たちの百万の軍勢よりも、魔族だけで攻められた方がはるかに脅威だったのではないか?
「いやあでも……凄いですよね……我々人間の魔力では、一度に数十m上昇……無理すれば百mは行けても、魔力を使い果たしてほとんど水平飛行の余力はないと聞きました。
魔王国は数千m級の山々が連なる山岳国ですよね?その中をたったお二人だけで操船されていらしたという事は、それこそ人間数百……いや数千人分の魔力をお持ちという事なのですね?いやあすごい……。」
正に称賛……いや……脅威と言える。
「いやあ……流石にそこまではとてもとても……魔王様であればともかくとして……ですね。」
ダッフンバルト2世は優しい笑みを浮かべ、言葉を区切ると……
「先ほども申し上げましたように……交代で……ですよ、あくまでも二人で交代しながら……。
魔王国は6、7千m級の山々の尾根に囲まれた盆地にあります。それでも魔王国の中では数少ない平地なのですが……その盆地でも海抜4千mはある高地なのです。中には1万mを超えるような山もありますが、尾根自体はせいぜい5から6千m程度でして……魔王国との標高差は2千m程度なのです。
私もギレージュも百mまでなら一気に上昇して、ゆっくりとなら水平飛行可能ですからね……まずは私が百m上昇して水平飛行で、尾根の中のなるべく平らな地点に着地します。そこで今度はギレージュがまた百m上昇して平らな地点に着陸……という事を繰り返して、大体3時間程度で尾根を越える高さまで到達します。
10分もあれば大体魔力も回復しますから交代で上昇することは、数時間までなら可能なのです。さらに水平飛行自体はさほど魔力を消耗しませんから、そこからは一気に魔王国を……今回は穀倉地帯の堤防住宅へご招待でしたから……東へ横断の形をとってここまでやってきた次第です。
ですが……帰りは大変ですよ……6千mまで上昇する必要性がありますからね。取り敢えず4,5時間かけて3千mまで上昇して水平飛行し、魔王国の深部まで到達してからまた4,5時間かけて6千m迄上昇しようと今の所は考えておりますが……状況によっては交代で仮眠して……となるでしょうね。
行きは交代で仮眠しながら昼夜問わず水平飛行し続け3日で来られましたが、帰りは恐らく4、5日は……となるでしょうね。お恥ずかしい……。」
ダッフンバルト2世は終始笑顔のまま、数千m級の山々を超えてやってきた道程を説明してくれた。だがそれが人間として考えたならとんでもないことだという事は、ターレムさんが口をあんぐりと開けたまま身じろぎひとつできないことから容易に想像できる。
魔王国の来訪者に向けて数十人規模で武装して応対したのだが、そんなもの一瞬にして吹き飛ばされたはずという事が、今ようやく分かった。住居ビルへ案内して喫茶部に入ってからは、護衛兵はわずかに6人と小規模にしたのは、喫茶部のスペースから仕方なくなのだが、そんなもの誤差にもなりはしない。
恐らくスーパー堤防の住居ビルで国境を守っている兵士全員でかかったとしても、今ここに居るたった二人の魔族に敵わないだろう……本気を出されたならばな……。
考えてみればそうだよな……これまで召喚された大魔導士は……大魔王と直接対決して勝ったくらいだし……前回召喚された大魔導士に至っては、魔王国との国境の山脈全体に強力な物理結界を張り巡らせて、魔王国からの侵入を何と140年間にわたって防いでいたのだからな。
その凄まじいまでの魔力量は……俺なんかの想像をはるかに凌駕しているはずだ。
「あれっ……で……でも……一旦高地で魔導船を上空高く上昇させたら後は水平飛行できるのであれば、
この堤防上の国境の壁を兼ねる高層住居は無意味……という事になりますよね?
千m以上の上空から国境を超えて王都まで向かわれたら、こちら側からは視認も難しいし、その上一切防衛できないという事に……。」
頭の中ではるか上空を飛来してくる魔導船団のイメージが巡り……背筋が寒くなって来た。
「ふんっ……今頃お気づきですか……本当に人間というのは……おめでたい生き物ですね。」
ギレージュが勝ち誇ったかのように、鼻息荒く胸を張る。
「こらこら……失礼だぞ!申し訳ありません、ご無礼を……陳謝いたします。」
ダッフンバルト2世はすぐさまふんぞり返るギレージュの首根っこを掴み、椅子に座らせたまま無理やり頭を下げさせた。どうにもこの二人のやり取りは……
「大型の魔道船団は貴国との国境山脈の結界が切れた時のために、140年前から大河の河川敷で建造を続けていたものです。河川敷であれば山奥で切った大木をそのまま山間の支流に流せば、やがて大河の河口まで到達しますからね。
数百隻もの船団を建造する大量の材木……近隣ならばともかく、遥か数百キロも……しかも高低差が大きな山奥から飛行術で大木を運ぶことなどとてもできません。
山奥で木を切るものたちと大河河口で材木を受け取り製材するものたちと、河川敷で魔導船を建造するものたちの3つにグループ分けして、長期間小鬼たちに活動させました。
ですので……河川敷で建造した魔導船を、わざわざ魔王国奥地まで運んで高空へ上昇させてから帰国へ攻め込む……等と言った非合理的な行いはあり得ませんでしたよ……。
何もないところで交代で魔力を発揮して上昇していく……等と言った行いは、余程魔力がシンクロしていたとしても困難で、一つ間違えばはるか上空から墜落してしまう危険性があります。
その為私とギレージュですら、上昇の都度いちいち着地して船を安定させてから交代し、上昇魔法を唱えるのです。水平飛行の際は呪文を唱え終わっても数秒間は惰性で水平飛行しますから、私とギレージュのような数百年間もの付き合いがあれば、阿吽の呼吸で引き継げるのです。
恐らく小鬼たちでは例え兄弟であっても、かような引継ぎは困難で、高山で上昇できたとしても長時間の水平飛行の引継ぎに失敗して、遥か高空から落下して一巻の終わり……となってしまうでしょうね。一旦落下を始めたら加速度がつきますので、通常の飛行術ではとても体勢を回復できなくなってしまうのです。
その為魔導船は通常時はせいぜい十数から30m程度の高さまでで……この辺りが限度としております。
ですのでご安心ください、数十mもの高さの障壁を兼ねた住居は、十分国境警護に役立っていると私は思っております。尤も……友好国どころか様々な恩義を受けたエルムグリム王国に向けて、我が魔王国が侵攻することなど、今後は永遠にありえませんので重ねてご安心ください。わっはっは……。」
ダッフンバルト2世は理路整然と安心材料を並べ立て、不安を払拭するよう豪快に笑って見せた。
だが……今ここに居る我々の中で、彼の言葉をそのまま鵜呑みにできた者はいないであろう。いや……魔王国が信用できないと言う訳ではない……だが……いかんせん付き合い期間が短いのだ。まだたった3年と少し……やがてようやく4年……だからな……。
それまでの4百年間は完全敵国で、脅威の的だったのだ……。
「あの……もう一つ質問よろしいでしょうか?」
「なんと……まだ質問をされるおつもりですか……なんだか取り調べを受けているようですね……。」
「これこれギレージュ、何という事を申す……本当に、ご無礼をお詫びいたします。
魔王国に関する事であれば何なりとお聞きください。私でお答えできる程度であれば、なんでもお答えいたしますよ……。」
「本当に申し訳ありません……俺としてはこれが最後の質問でして……その……魔王軍の8割は小鬼兵で構成され、エルムグリムに攻め込んだ時点では小鬼兵は百万いたとお聞きしました。
すると……残る2割……おおよそ20万を超える魔族の方がいらっしゃるという事で、よろしいでしょうか?20万人の魔族の方は、魔王国の中央部の盆地で全員暮していらっしゃいますか?
それとも……魔族の方以外に人間とか……あるいは小鬼以外の魔物とかが多く住んでいるのでしょうか?」
膨大な魔力を持つ魔族……脅威でしかないのだが、そんな存在が20万人もこの大陸のしかもすぐ隣に暮しているのであろうか?別に……これを聞いてどうしようという事ではないのだが、取り敢えず魔族という存在がどれだけいるのか聞いておきたい衝動に駆られたのだ。
20万もの魔族がいるのであれば、小鬼たちを使役しなくても10万どころか1万の魔族で攻め入れば、エルムグリムはひとたまりもなかったであろう。作戦指揮を全て魔族に任せて事後報告で指示を受けながら戦っていた小鬼兵ではなく、それぞれの判断で戦える魔族であれば、俺なんかが加わったところで焼け石に水だったであろう。なのになぜ……???
「今度は魔王国の国勢調査ですか……魔王国軍の内情を探ろうとしているのですね?そのような大事なこと……お答えできるはずもないではないですか?常識でお考えいただけばわかりそうな……」
俺の問いかけに、またまたギレージュが言葉を挟む……
「ご参考までに……ですが……エルムグリムは戦前は200万の人口でしたが、戦禍で兵も住民も多く失われ、170万にまで減らしました。ですが戦後のベビーブームで、今は200万に迫ろうとしております。
戦後4年で急成長を遂げているといってもよろしいでしょう。」
すると突然事務長が、エルムグリムの内情を語り始めた。
「戦前と違い今は男女の別なく兵役を行っておりますので……国軍兵も徐々に……」
「はっはっは……分かりました……貴国の状況は、おおよそ把握できました。そのうえで……魔王国の魔族ですが……実は非常に少ないのです。百万の小鬼に対して残り2割と称していたのは実を申しますと魔力量の比でして……実のところは1万どころか……
この辺でご勘弁願えますでしょうか?」
ダッフンバルト2世は少し困ったような表情を見せた後、意を決したように話してくれ、その上で、苦笑いを浮かべながら頭を下げた。
「よ……よろしいのでしょうか?そのような事までお話になっても……。」
案の定ギレージュが、ダッフンバルト2世に嫌味を告げる。
「まあ……いいではないか……エルムグリム王国とは、今後とも最重要友好国としてお付き合い願いたいのだ。それに……今の話程度のことは……いずれ我が国へ使者を派遣していただいたときに、一目瞭然のことなのだからな。下手な隠し立ては無用というものだ。」
それでもダッフンバルト2世は、全く悪びれることなく笑顔を見せた。
「本日は遠路はるばるお越しいただき、本当にありがとうございました。今後とも、両国の友好な関係を継続していくため、我が王はじめ国民一同尽力していく所存ですので、よろしくお願いいたします。」
最後は事務長が締めくくり、魔族との会談は終了した。
使節団への手土産としてショートケーキをあるだけ……とも考えたのだが所詮は生もの……飛行中のおやつとして1ホールだけを冷蔵魔法を施して渡し、ラムネを2百本……マーケットの在庫にあるだけ集め、加えて海苔と出汁用の昆布と味噌と醤油を樽で大量に持たせてやった。(勿論海苔の食べ方やだしの取り方も伝授した。魔族も主食は米らしく、結構喜んでいるように見えた。)
最後にショートケーキやホイップクリームのレシピを忘れずに……。




