3.親善会議
3.親善会議
「それはどうも……お気遣いありがとうございます。さっそく明日にでも王都へ送付いたしましょう。王様もお喜びになられると思います。
ご用件をお伝え出来たところで……永らく立ち話もなんですから、お茶でも如何でしょうか……。」
大きな手土産を頂いたところで、事務長が建物の中へと案内しようとする。今は友好的であってもかつては突然侵攻してきた敵国だからな……いきなり案内されても建物の中になんて入ろうとはしなかっただろう。
いつでも逃げられる外で用件を済ませるつもりでお互い居たはずだが、こちら側の提案を受け入れ更に友好関係が深まったのだ。こちらに敵意がないことは十分伝わったであろう。
お茶に誘えばついてくるはずと、事務長も判断したのだろうな。
「ああそれは有り難いですな……魔王国からは長旅でしたもので……。」
「ええっ……用事はお済ですのに、今更人間どもの中に入って行かれるというのですか?少々危険ではありませんか?」
「馬鹿を申すな……これまでも色々とご支援いただき、更に小鬼たちを教育してくれようとしておられるのだぞ。行きたくないのであれば1人で魔導船に戻っておれ、私一人で伺うとしよう。」
「いえいえいえ……王子お一人でかような敵地へ出向かせたと知れたなら、今度こそギレージュは魔王様に厳罰をくらってしまいます。お側を離れるわけにはまいりません……ついて行きます。」
ギレージュは仕方なさそうに、顔をゆがめながらダッフンバルト2世について歩き始めた。
「はあ……だから申し上げたのですよ……近衛隊を引き連れて行きましょうと……そうなれば王子の警護は近衛隊に任せることが出来たのですから……。」
「馬鹿を言うな、近衛隊を引き連れて行くなら宮殿の警護はどうなる?1日3交代で常時警護している近衛隊に、余裕などないのだ。1人や二人であれば都合はつくだろうが、ギレージュの申す通りに敵地であったなら、そのような加勢など焼け石に水だ。犠牲になるならなるべく少人数の方がいいではないか……。」
「そ……そんな……ここで討ち取られるためにたった二人で出向いたとおっしゃるのですか?まさか……先の敗戦の責任を取らせるために私を引き連れて?ひえー……ご勘弁ください……。」
少し歩きだしたところでギレージュは地面に跪き、両手をおでこの上で握り締めて天に祈るようなポーズをとった。
「如何されましたか?」
先頭を行く事務長が、なかなか進んでいかないので振り向いて声をかける。
「ああ……何でもありません。ほれ立って……ここは敵地でも何でもない、友好国だから心配はいらぬぞ。」
ダッフンバルト2世はギレージュの手を無理やりほどいて右手を引っ張り立たせると、後ろに回って背中を押して歩き出させた。
「申し訳ございません……連れが取り乱しまして……ギレージュは以前人間に辛く当たられたものですから、人間のことをよく思っていないのです……。」
そうして後ろをついて歩いていた俺に対して、そっと耳打ちしてくれた。
「はあ……いじめられた……とかですか?魔族なのに?人間に……でしょうか?」
なんと……魔族なのに人間に虐げられていたというのか?
「魔族と言えど子供のころは体が小さく、力も魔力も弱くてひ弱なものです。元は人間社会や妖精社会や獣人社会など様々な土地で……それぞれで、個々に暮らしていました。
大変な長命ですがその反面成長が遅く、成人までに5、6百年もかかるのです。成人したところで多くの魔族は人間社会には溶け込めず、かといってその力をふるうにも集団の圧力には勝てずにひっそりと人里離れた地で暮らしていたのが通常です。
如何に魔力があっても……如何に力が強くても……たった一人だけでは暮らしていけませんからね……荒れ地を耕して田畑にして作物を育てたにしても着るものは必要ですし、農具だって自分では作れませんし、井戸を掘ったり家を建てたり……すべて自前という事は不可能です。
どうしても人間社会に関わって生きて行かねばなりませんから、嫌われて虐げられていても社会の一員として、暮していかねばならなかったのです。」
なんと……魔族も昔は人間社会の一員として暮らしていたというのか?そりゃあ……体は大きいし目つきは鋭いし怖いから……人間たちには避けられていたであろうな……。
俺とはちょっと違った意味で、避けられていたと言う訳ね……。
「さらに子供のころは……人間社会では恐らく今でもそうでしょうが……奴隷制度というものが存在します。成長の遅い魔族の子供は一生世話していてもずっと小さくひ弱なままで、愛玩用としては最適だったようで、魔族の子は奴隷狩りの対象の筆頭でした。
妖精国や獣人国では阻害され疎んじられ……彼らは鼻が利いたり魔力で感じることが出来ましたから、潜んで暮して居てもすぐに見つけ出されてその地を追われ……何とか場末で生きていけた人間社会では奴隷として売買される……かような生活を長く続けていたのです。
それまでにも魔族が固まって一部地域で独立を宣言しようとしたことはあったようですが、都度人間と妖精と獣人らが同盟を結束して攻め込まれ、すぐに散り散りになってしまったようです。
そうしてようやく4百年ほど前になって、同じく虐げられていた小鬼たちの群れを統率して従えることに成功して、大陸北部の山岳地帯で魔王国が独立を宣言したのです。あそこなら容易には攻め込まれないし、どうせ人外未踏の不毛な土地……見逃してくれるであろうと……。
大陸中に散らばる魔族を集めて統率したのがわが父……現在の魔王なのです。以降は魔族から悲惨な生活は消えつつあります……北部の山間は厳しい気候下ではありますが……それまでの悲惨な生活を想えば正に楽園……と考えております。
ギレージュは幼少時代の大半を人間社会の奴隷として過ごしたようで……しかもその家主一族からひどい虐待を受け続けたようで……今でも体にはその時受けた傷が消えずに残っております。
魔族の子は力が弱くとも丈夫で、簡単に死ぬことはありませんからそれこそ容赦なく……と言った次第でして……ギレージュの人間嫌いはそこから来ているようです。
どうかご容赦を……それと……この話しは魔族の黒歴史ですから……ギレージュの前では決して触れぬようお願いいたします。」
ダッフンバルト2世は視線を動かさずに早口で耳元で囁いた後、素早く戻ってギレージュの背を押しながら事務長の後を追った。
なんと……悲惨な幼少時代……ああ迄我々人間を毛嫌いする気持ちも分からんでもない……だからと言ってメリアンちゃんの仇という気持ちがなくなるわけではないのだが……それと……彼らがエルムグリム語が堪能な理由もよく分かった……以前は人間社会で暮らしていたのだからな……しかも何百年間も。
こんな話……例え知っていたとしても事務長らからはとても聞き出せなかっただろうな……人間界にとっても恥ずかしい汚点ともいえる黒歴史だからな……まあ……自分たちで行ってきた事柄だから、過去の風習であったとかやむを得なかった……とか、それなりの理屈をつけて納得させるのだろうけどな。
俺だって……この世界の人間ではないから恥ずべき行為だ……なあんてすぐに感じるのだが、この世界の住民であれば……エルムグリムの歴史では過去をどうやって説明しているのであろうかな……一度事務長に聞いてみなければだな……なんせ気になることを言っていたからな……今でも……だなんて。
「どうぞ……こちらです。」
事務長は打ち合わせ通りに魔族らを引き連れ、新築住居ビルの食堂内喫茶室に案内した。本来売店があるはずのスペースに今の所は仮設の診療所を設置しているので、診療所で詳しい説明に入る予定なのだ。
「コーヒー、ココアに紅茶に緑茶にラムネなど御座いますが、何がよろしいでしょうか?甘いものがお好きでしたらケーキなども如何でしょう?」
事務長が喫茶部のメニューを示しながら、お好みの飲み物を確認する。
「私はコーヒーと……それから苺ショートケーキ?変わった食べ物ですな……絵を見るとおいしそうだからこれを……。」
「私は人間界の下賤な飲み物はご遠慮……ぐふっ……」
「お前もショートケーキと……面白そうだからラムネという飲み物を頼んでみなさい。」
「でっでは……それを……。」
またもや憎まれ口を叩こうとするギレージュの横腹を、ダッフンバルト2世がおもいきり拳固で小突いた。ぱっと見パワハラだが……この世界ではそのような言葉は存在しない。
喫茶部のメニューは、図入りでわかりやすくを心がけている。勿論ショートケーキというのは俺が前の世界での人気ナンバーワンスイーツだったと紹介したものだ。この世界でも小麦をこねてイースト菌で発酵させてパンを焼く習慣はあるのだが食パンかコッペパンまでで、甘いスポンジなどは存在していなかった。
恐らくエルムグリムは長年魔王国の影におびえ、タッタルンからは搾取されて窮乏生活を送っていたためか、菓子などの文化はほとんどない。チョコレートはもってのほかで、キャラメルやガムなども存在していないようだ。尤もチョコレートはタッタルンでは流通しているようで、ハーゲル王子が来訪の際は土産で持ってくるらしく、タッタルン南方ではカカオの実が採れると事務長が言っていた。
飲み物としてのココアは存在したが非常に高価で貴族の飲み物であったのだが、戦勝してタッタルンの魚介類の価格不正が明らかになった時点で、ココアの値段も衝撃的に下がったようだ。いずれチョコレートも流通し始めるだろうし、住居ビル隣の温室での栽培も検討中だ。
詳しい作り方は不明なのだが恐らくパン生地に砂糖を入れて焼けばいいのでは……的な指摘をしたら、これまた事務長が試行錯誤して牛乳なども入れてみたりして、やがて試行錯誤の末に最適な配合を決めて甘くてふわふわなスポンジ生地が出来上がった。
乳脂肪の多いクリームと、卵の白身を泡立てたメレンゲと砂糖でホイップクリームを作っているはずと助言をして、ケーキの大まかな材料が決まった。確かバニラエッセンスとか香りづけも重要なはずだが、その辺は詳しくはないのでおおまかな情報だけ伝えておいた。
実際のところスポンジはメレンゲなども試したがふわふわにならず、重曹という炭酸の塊の粉みたいなものを入れると膨らんだと聞き、だったら重曹とクエン酸と砂糖水を混ぜるとラムネが出来るという、中学の時の科学の実験をふと思い出した。クエン酸はいわばお酢の成分と話をしておいたのだが、なんとそれでふわふわのスポンジケーキとラムネという新たな飲み物までもが生まれた。
今では苺ショートケーキが住居ビル内ではナンバーワンのスイーツとなったし、ラムネは大人から子供まで世代を問わず大人気の飲み物となった(ビー玉が入った容器も提案して作ってもらった)。まあ……食べることに精いっぱいで、元々スイーツなんてものがなかったのだから、当然といえば当然なのだが……。
勿論、マーケットにも出店していて、はるばる蒸気機関車とトロッコ列車を乗り継いで王都から来る客が、大量に買って帰って行く。いずれ王都の店にもレシピを教えて、作らせるつもりと事務長が言っていた。
こんなんでいいのであればと……ポテチやフレンチフライも提案してみたところ、食用油は非常に高価のようで、料理は未だに煮物が主流で、揚げ物は贅沢品のようだ。
そう言えば……以前見た農業の番組で、耕作を終わった畑にヒマワリを植えるとヒマワリに余った養分が吸収され、刈り取ったヒマワリをそのまま畑に埋めてやれば冬を越し春になるといい肥料になっているという話を聞いたことがあった。ヒマワリだって種から確か油がとれたはずだ。
意気揚々と提案したなら、収穫後の畑や田んぼにヒマワリを植えるのは以前から行っているらしく(当たり前だ……向こうは農家のプロなのだからな……)、穀倉地帯を取り戻して耕作面積が倍以上となった後でも継続しているようだが、取り戻した穀倉地帯で収穫されたヒマワリの種は、小鬼たちが冬場の保存食に欲しがったので、食料支援とは別枠で魔族に内緒で送っているらしい。その為食用油事情は一向に改善していない。
そこで……またまた以前の記憶が蘇り、堤防の斜面は土が乾いて劣化しないように芝生を植えているが、菜の花が一面咲いていたのを思い出した。
菜種って別名アブラナとも言って食用油が取れますよね?って確認し、だったらスーパー堤防に植える芝生を菜の花に切り替えようと提案し、急遽植え替えを行ってもらった。なんせスーパー堤防化して堤防表面積広がっているし、何より数百キロに及ぶ流域の大河が2本……勿論小鬼たちにも声をかけて、魔王国側の堤防斜面にも菜の花を植えて秋には大量の菜種が収穫でき、今は油の抽出にかかっている。
これで安い油が大量に出回れば、ポテチやフレンチフライは勿論、とんかつやカツ丼なども普通に食べられるようになるはずだ。
収穫用に、高速打撃魔法で走る自動の芝刈り機を提案し事務長に作ってもらったところ、稲刈りにも使えるだろうという事で、田畑を耕すこともできる耕運機や、稲刈りと脱穀迄できるコンバインのようなものにまで発展した。(農家の人も元は魔導士だったりするので、高速打撃魔法使える人がそこそこいるのだ。)
「こんな話をするといかにも付け足したように聞こえるかもしれませんが……我々が小鬼たちの開腹術を自ら行おうとしない理由は、実を言いますともう一つ御座います。
小鬼たちは小鬼たちで、自分たちの定めというか……出産に対するそれぞれの思いがあると考えております。出産を、母親の体を糧にして自分たちがこの世に出てくるという儀式としてとらえている可能性もあり、開腹術による母体の保護を望まない可能性だってあるのではないかと考えております。
なので……あくまでもこちらからは、こういった方法もあるのだと提案だけさせていただいて、その上で教育を受けていただいて持ち帰ってから、小鬼たちの中で相談して実施するかどうか検討していただくのが適切ではないかと考えているのです。」
小鬼たちの開腹術を直接行わないのは、小鬼たちの体の構造を知らないだけではないのだと、改めてつけ足しておく。開腹術を教えても小鬼たちがやりたがらなかった場合、折角教えていただいたのに……と魔族が叱っては困るのだ。
江戸時代の日本では東洋医学が主流で、人の体は神聖なもので、開腹手術で人が手を加える等とんでもないという思想もあったようだ。明治になって文明開化で西洋医学が入ってきても、一部の人は手術を拒否したと聞いたからな……開腹術を嫌がる考え方だってあってもいいはずだ。
「ははあ……小鬼たちの気持ちの面まで、深くお考えというご様子で……ますます感謝いたします。小鬼たちの思想的な観点にまで気を使ってくださっているとは……確かに……母体が犠牲になることを恐らく小鬼たちは既に受け入れているでしょうから、定めとして開腹術を望まぬ場合だって考えられますね。
分かりました……僧兵を選定する際は、出産に際しての考え方も同時に確認して、その上で開腹術という新たな手法を学ばせるとしましょう。どの道現時点ではまだ……学ばせる開腹術で小鬼たちの母体が助かるかどうか……分かっていないのですからね。
腹を食い破る前に取り出せば恐らくは……助かるのではないか?……とだけ言えるのですよね?その点も一緒に十分認識したうえで、学ばせていただきます。よろしくお願いいたします。」
ダッフンバルト2世は、満面の笑顔を見せてテーブルにぶつかるかというくらいまで頭を下げた。
「こちらこそ……よろしくお願いいたします。」
開腹術は素晴らしい技術だが、恐らくは万能ではないはずだ。考え方の面も含めて慎重に取り組まねばならない。その認識を共有できたことは、大変にありがたい。
「うわっ……これは……素晴らしくおいしい……何とも甘い香りが鼻から抜けて……しかも口当たりが最高に素晴らしい……ギレージュもほら……見ているだけではなく一口食べてみるといい……。」
「えええー……こんな下賤な……ぶふっ……ごほ……うむっ……おっおいし……。さらにこの飲み物は、泡が……甘いが爽やかで飲みやす…………。」
注文した飲み物とケーキが運ばれ、ダッフンバルト2世はフォークでショートケーキを切り分けて口へ運ぶと即座に感嘆の声を上げた。そうして嫌がるギレージュにまたもや鉄拳を食らわせ食べさせる……と、ギレージュにもおいしさが伝わった様子だ。
勿論ラムネは氷結魔法で冷してあるし、さらに贅沢品であったガラスコップなども今ではふんだんに出回っているのだ。プラスチックがないのでステンレス板を極限まで極薄に伸ばし、それを細長く丸めて溶接し筒にしてストローにしているのだが、繰り返し使えるし結構エコだと俺は自負している。
「これは……何でしょうか?この……甘くて……魔王国でもパンケーキと言ったふわふわの甘い焼き菓子はあります。ですがこれはそれよりももっとふわふわで……しかもパンケーキはメープルの木からとれる甘い蜜をかけて食べるのですが、この白くて甘く口当たりのいいのは?何でしょうかね?」
「スポンジは発酵の具合を調整して、さらに秘伝の処方でふわふわに焼き上がるようにしてあります。白いのはクリームで……よろしければ後でレシピを書いてお渡しいたします。
こんなにお喜び頂けるのであれば……ささやかではありますが、後でお持ち帰り様にホールで準備させていただきます。」
研究に研究を重ねて何とか作り上げたケーキを誉められ、事務長もまんざらでもない様子で、土産にお持ち帰りいただくよう約束した。小豆があるのは分かったので、あんこを作って和菓子のようなものや、シュークリームなどもいずれ開発してもらうつもりだ。勿論秋には栗もなるのでモンブランだって……。
「それでその……非常につまらない質問なのですが……よろしいでしょうか?」
ショートケーキで上機嫌になったところで、かねてからの疑問点を聞いてみようと思う。
「私でお答えできることでしたら……何なりとお聞きください。」
ダッフンバルト2世は、優しく微笑みながら頷いてくれた。




