2.帝王切開術
2.帝王切開術
「ちょ……わたしはにげ……。」
「駄目だ……逃がすわけにはいかん……。」
王子と呼ばれた黒髪魔族は、嫌がるギレージュをしっかりと背後から羽交い絞めにして抵抗を封じ拘束すると、俺たちの方へと視線を投げた。
「但し……いいですか?皆さん……彼は魔族ですからね?終身刑として刑務所に服役させようとしたところで、今後何百年間……いや……あと千年くらいは軽く生き続けますよ。その間の食費や囚人服代に施設費だって馬鹿にはできませんね。勿論看守だって、人間の囚人の場合の数倍から十数倍は必要となります。
では……死刑にしますか?魔族を殺すには、首を撥ねるしか方法はございません。ですが……この太い首をご覧になってもお分かりのように、斬首台に縛り付けたところでギロチンの刃が欠けるのがせいぜい……下手すると斬首台が壊れますからね……その点十分ご承知の上……彼の処分をお考え願いたい……。」
黒髪魔族は暴れるギレージュの動きを封じながら、何事もないかのように大声で演説のように叫び続ける。
何だ何だ?こっちでギレージュを処分して欲しいのか欲しくないのか……どっちなのだ?
「既にギレージュ殿の戦犯の罪は、貴国内で処罰されていらっしゃるのでしょう?降格処分ですね……しかもあり得ないほどの大幅な降格……親衛隊長から小隊長ですからね……。
行われたのは停戦中とはいえ戦時下でのこと……互いに認識不足があって講和条約に不満を漏らすものがあったことは否めません。既に貴方にて処分を下していらっしゃるのであれば、当方にて処分の妥当性を口出しするべきではないと判断いたします。
念のために王さまにも報告いたしますが、結果が変わることはないでしょう。
講和条約が破談になった件と王都襲撃の件に置いて、ギレージュ殿の処分は魔王国によるもので妥当とすることに異論はないな……勇者殿?」
事務長が視線を俺に向けて、問いかけて来た。
「は……はい……ぎぎ……ギレージュ殿をどれだけ罰したところで……彼女が生き返るわけではありませんから、魔王国での処分で俺は構いません。」
そうなのだ……どうにかしてギレージュの首を撥ねたところで……メリアンちゃんが生き返るわけではない。かえって……むなしくなるだけだろう……仕方がないので、猿芝居に付き合ってやるだけだ。
「おお……そうですか……大変ありがたい……ほれっ……ギレージュもお礼を述べて……。」
拘束を緩めるとまたまた黒髪魔族は、ギレージュの後頭部を右手で押し付けて、無理やり頭を下げさせようとする。
「あっ……ありが……いててて……もう少し力を抜いてください……。」
「それではここから……貴国からのご提案をお聞かせ願いたい。何やら小鬼たちの出産に関して、有意義なご提案であるとか……魔王様も大変興味を持たれていらっしゃるようですので……。」
黒髪魔族はギレージュが許されたことに上機嫌の様子で、満面の笑顔で今回訪問の件に話題を切り替えた。
「私は元老院議員で外務大臣ですが、科学技術大臣も兼務しております。そうして勇者が国務大臣と科学技術副大臣兼務で、ここに居るハルシュー殿が厚生大臣で国内の医療関係整備をしております。
彼はエルムグリム北部の集落で医療従事しているのですが、逆子で妊娠した際に開腹術による出産という、画期的な術式を編み出した一族の末裔なのです。
通常逆子の場合は治療師が施術して赤子を正常な位置に戻すよう、時間を掛けて少しずつ治療しますが、それでも戻らない赤子もたびたび見られ、難産となって時には死産となる不幸な事例もたびたび見られました。
その為、彼の所で開腹術を学ばせ、難産の際は開腹術での出産に切り替えることを昨年末から始めており、既に百を超える成功例があります。」
そう紹介して事務長は、ハルシューさんを前に出させた。
「どうも……ハルシューです。私は北部の寂れた寒村が散らばる山間で、大祖父の代から代々治療院を開業しております。
他に医療従事者もおらず、何事も自分一人で行わねばならぬため、時間がかかる逆子の体位を戻す治療などとても行えず、先祖が開腹術を編み出したのだと考えております。
開腹術は画期的な出産方法ではありますが自然分娩よりも危険な出産であり、当時は成功率が50%と……最後の賭けともいえる術式でした。
ところがここに居らっしゃる勇者殿の提案から、院内を清潔に保ち手術室をアルコールで消毒するという改善で感染症による失敗がほとんどなくなり、今ではほぼ100%の成功率にまでなりました。
北部の小さな治療院には開腹術を学びに来る治療師や助産師であふれ、今では医療行為も十分に行えて居り、これも全ては勇者殿のおかげと考えております。
これからは私の知識を全国に展開して、安全で確実な出産を目指そうと活動してまいります。」
ハルシューさんが開腹術の成り立ちを簡単に説明してくれてから、軽く会釈した。
「ほお……それは素晴らしいことですな……さて……貴国からのご提案とは……その……逆子の際の開腹術でございますかな?ははあ……我々魔族にも逆子の危険性があるのではないかと、ご心配頂いていらっしゃるのかな?ふうむ……。」
黒髪の魔族ダッフンバルト2世は、やや上方へと視線を移した後目を閉じ、腕を組んでうなり始めた。どうやら……つまらない提案を一笑するかどうか、考えあぐねているのであろう。
「お心遣いは大変ありがたいのですが……我ら魔族の出産は……少々特殊……でしてな……そもそも寿命が優に千年を超える……天寿を全うする際は恐らく二千年ほどは生き続ける魔族の寿命……そうそう妊娠出産があるわけではございません。
通常千歳を超えるあたりから数えるのをやめてしまうので、実を言いますと魔王様も千何歳なのか本人さえも分かっていないのです。
直近の数百年間は、我が一族では妊娠出産などありませんでしたので、ご提案は感謝いたしますが、残念ながら我々には今の所無用な術式と判断せざるを得ない状況です。」
ダッフンバルト2世は考え考え、言葉を選びながら提案を断って来た。
「いっいえ……その……この提案はですね……魔族の方々の出産ではなくて……魔王国の小鬼たちの出産を改善出来ないかという提案なのです。」
ドンッと背中を押され前面に押し出されてしまった俺は少々戸惑ったが、それでも何とか発言できた。
「小鬼……達……ですか?ぷぷっ……彼らこそ……逆子などの難産には無縁……なにせ出産時は母親の腹を食い破って出てくるのですからね。ご存じありませんでしたか?……碌に調べもせず、自分たちの思い込みだけで他国の人種に関して提案してくるとは……かくも人間という種族はおろかなことよ……。
これまで農業支援や漁業支援などなされてきて……魔王様からも感謝のお言葉を頂戴したことで、少々調子に乗り過ぎましたな。つまらぬ戯言で王子様のお手間を取らせるとは……正に愚行……。
今後の人間どもとの付き合い方を、魔王様に進言差し上げねばなりませんね……さっ……こんなところは早々に引き上げましょう……人間臭さがうつりますぞ……。」
ところが俺の提案にギレージュがしゃしゃり出てきてあっさりと否定……ダッフンバルト2世の背中を押して引き上げさせようとし始めた。
「おっ……お待ちください。」
速攻で声をかけて引き留めてみる。
「ふんっ……愚か者の言い訳など、聞いてやる必要などありませんよ……」
それでもギレージュは振り返ろうともせず、ダッフンバルト2世の背を強く押した。
「まあ待て……お主は思い込みが強すぎだ……まだ言い足りぬようだから、もう少しお話を伺うとしよう。」
ところがダッフンバルト2世はひらりと身をかわし振り向くと、笑顔を浮かべて視線を合わせて来た。
「ありがとうございます……そうですその……母親の腹を食い破って出てくるという小鬼たちの出産を改善できないものかと考えまして……その……腹を食い破る前に開腹術で人為的に出産させたなら、母体も助かるのではないかと考えております。
ですが実際には、やってみなければ分からないことだらけでして……母体を食い破ることで免疫を母親の体から受け取っているとなると、免疫力が弱い赤子を作ってしまいます。
人間の場合でも母親の最初の乳には、様々な抗体など免疫情報が含まれているという事です。なので……その代わりとなる出産後の食事に気を使う必要性はあると考えております。母体の腹を食い破るくらいですから、小鬼たちは歯が生えていて生まれてすぐに食事するのですよね?母乳など出ませんよね?」
まずは提案の詳細と、その際の懸念点を伝えておく。後で聞いてないよー……等と言われぬために……。
「おお……成程……そこまで深くお考えでしたか……流石は勇者殿……ふうむ……。
小鬼たちは出産の3日前くらいから、まずは母親の臓腑を食い漁り、それから腹を食い破って出てくるようです。その為生まれたばかりの赤子には母乳ではなく、お粥などの流動食を与えて育てるようですな。
なのでその……母体から免疫を受け取っている可能性は高いでしょうな……ですが元来丈夫な小鬼たち。生まれてからでも十分に免疫を取得できるのではないかと……なにせ6体も一度に出産ですから、中には発育不良で母体を食うことも叶わずに、兄たちが食い破ったところからようやく出てくる赤子も度々見られると聞き及んでおります。
そのような赤子には流動食も難しく、当初は羊か牛の乳を与えているようですが、それでも1年もすれば他の兄妹と劣るところもなく成長できるようですからね……。
ならば出産予定日の4日ほど前からその……開腹術とやらで子供を取り出せばあるいは……というか、恐らくは母体も安全……という事になるでしょうな。
成程……それは素晴らしく有意義なご提案……なにせ小鬼の女が出産により死亡するという、めでたいのか不幸なのかわからぬ出来事が、めでたいだけで終われそうです……大変ありがたい。
魔王様も大喜びなされると考えます。
では早速……ハルシュー殿……でしたか?あなた様の魔王国への入国のお手続きを……幾年ほど魔王国へご滞在願えますかな?その後の代用のお医者様のお手当は既におつきでしょうか?
それよりも……魔王国もそれなりに広う御座います。小鬼たちの居住区は特に山間に点在しており……お一人だけの対応でまかなえるものかどうか……中には断崖絶壁に囲まれた秘境とも呼ぶべき場所に居ついているものたち迄……かの地迄の行き来を鑑みた場合……恐らく数十名ほどは派遣していただかねば……。」
ダッフンバルト2世は小鬼たちへの開腹術は素晴らしいと褒めたたえたが、やがて人員的に一人では間に合わないだろうと思案し始めた。
「いえ……今回の提案は、ハルシューさんが魔王国に出向いて小鬼たちの出産を手伝うという事ではありません。」
「はあ?ではどのような、ご用件で?」
「提案の骨子は変わらないのですが……ハルシューさんはあくまでも人間に対しての医者であり、小鬼たちの生態も体の構造に関してもほとんど知りません。その為小鬼の妊婦の開腹術は、このままでは行えません。
小鬼たちの中にも回復系の僧兵がいるはずです。彼らなら自分たちの体の構造に精通しているはずですから、回復系の僧兵の中からエルムグリム語が出来るものを選抜して、こちらに派遣していただけませんか?出来れば小鬼たちの妊娠の診断や、出産の立ち合いなどに関係しているものがいればベストです。
こちらでその者たちを指導……と言ってもあくまでも人間の妊婦の場合の開腹術でしかありませんが……消毒の重要性を含めた医療技術を教育させていただきます。
その上で……魔王国へ戻った僧兵が、出産で亡くなった妊婦らの体を精査することにより構造を認識し、自ら学んで小鬼たち用の開腹術へと改善していただきたいと考えているのです。
勿論ご希望があれば当初はこちら側の医師も、小鬼妊婦の開腹術の際は立ち会わせていただいても構いません。病院の建築に際しても衛生面を踏まえて助言できることは、いくつかあると考えております。
如何でしょうか?」
こちらはあくまでも小鬼の僧兵への教育が目的であると、明確に宣言しておく。
「ふんっ!どうせ……自分たちの技術に自信がないから、だから責任を負いたくなくて、教えてやるからあとは自分たちで考えてやれ……なんて、とても国同士で行う提案とは思えませんな……。
提案を受け入れて失敗した場合の責任は、どちらにあるのか不明確ですからね……小鬼たちの出産を手伝うどころか失敗させて兵力を縮小させるという、何やら陰謀の匂いまでしてきましたな……。」
またしてもギレージュがしゃしゃり出てきて、俺の提案を全面否定した。
「まあ待て……お前はそうやってすぐさま人の話を捻じ曲げて聞いて……勝手な解釈で突っ走ろうとする。だから……失敗したのだろ?同じことをまた繰り返したいのか?
勇者殿は何も責任を全てこちらに押し付けたいから、小鬼の僧兵の教育だけと言っているわけではないのだぞ。小鬼の体の構造を知らぬから、小鬼に対しての開腹術はできないといっているだけだ。
だったら体の構造を調べていただく……ともいえるが、それよりも小鬼自体に開腹術を教えたほうが事が早いと……それはそうだ……何せ小鬼たち自身の問題でもあるし、何より人間側に多数の医者に出向いていただくには負担が大きすぎるが、小鬼たちの僧兵をかき集めるのであればさほど問題はないはずだ。
先の戦争で小鬼たちの僧兵の大半は魔導船とともに焼け死にましたが、それらは全て飛行術に長けた者たちばかりで、回復系の僧兵はまだ多く残っております。
その中からエルムグリム語に堪能なものたちを厳選して、貴国へ派遣いたします。30名ほどならお引き受け願えますかな?その者たちに国内で教えさせれば恐らく2,3年で全国へ展開できるでしょう。
元々出産により散ってしまう命……うまくすれば助かるのであらば藁にも縋る気持ちで……必死で術式を自分たち用に改善し取り入れるはずです。このところ農林業に漁業に養殖と……色々とご指導いただき、知識欲も高まっておりますからね。エルムグリム語を学習しようとする小鬼たちも増えております。
今後ともご指導ご鞭撻のほど……よろしくお願いいたします。」
するとまたもやダッフンバルト2世が前に出てきて、提案を受け入れてくれた。
「勿論です……今では王都やここスーパー堤防の住居ビルにも開腹術が出来る多くの医者がおります。
大都市の王都とここなら逆子の事例も多いので、短期間で多くを学べると考えておりますので、2チームに分けて指導させていただきます。」
ようやく話が通じた……助かった。
「貴国からの様々なご援助……魔王様含めて本当に感謝しております。何度も侵攻した敵国にも拘らず暖かなご支援……本当にありがとうございます。
それでその……ささやかなお礼の印として……ほら……差し出さぬか……。」
「ああ……はいはい……忘れておりましたね……ほいっと……。」
ダッフンバルト2世に促され、ギレージュが嫌そうに顔をしかめながら上げた右手をひょいと動かすと、はるか後方の魔導船の甲板から大きな箱が浮き上がり、彼らの後方へと飛んできて地響きを上げながら着地した。
「魔王様からのご挨拶の品々です……とはいえ……産業に乏しい魔王国……地産のワインとブランデーをそれぞれ百本ずつお持ちしました。ワインはどれも百年以上寝かせた年代物です……。」
なんと……大きな木箱には何百年もの年代物のワインが積まれているのか……そりゃ凄いな……。




