23.開票
23.開票
「うーん……そうなると中立であるはずの、選挙管理委員も怪しいですね。随分と旧議員よりのようですね。」
公平であるはずの選挙管理委員会がどうやら貴族議員寄りであるようで、ちょっとショックを受けた。
「そうですよね……頭が痛い……例え過半数の票を獲得したとしても、票の読み替えなど行われて不正に旧議員派を当選させてしまうことだって考えられますよね?だったら選挙戦など無意味かと……。」
候補者はそう言いながら頭を抱えて蹲ってしまった。街頭演説をしに張り切って出てきたのはいいが、既に目の前で対立候補者の演説で盛り上がっているのを見て、やる気が削がれたのであろう。なんせどう考えても、対立候補者の方が贔屓されているように見えるのだ。
どこまでも続く、既得権益をむさぼる為のシステムの根深さには驚かせられる。
恐らく30代前半……ハルシューさんよりも3つか4つは年上なのかな?地域では評判の腕の立つ回復系の僧侶と聞いているのだが、畑違いの選挙活動に頭を抱えている様子だ。
「投票の開票であれば心配は無用ですよ。開票作業自体は軍の兵士が行います。選挙管理委員は各都市に一人しかいませんから、以前から開票作業は軍の兵士に割り当てが来ていたようですね。ですが毎回対立候補者がいなくて、開票とは名ばかりだった様子ですけど……。
ですが今回は軍閥の候補者が多い為、選挙管理委員側から兵士の開票作業にクレームがついたようです。
それでも今から選挙管理委員を増員することもできず、仕方なく兵士が開票する代わりに公平性を保つことができるなシステムを事務長さんが作ってくれました。」
「公平な……システム……ですか?」
「はいそうです。候補者が2人いるとして、AかBに候補者の名前を割り当てて装置に入力するのだそうです。
候補者の名前が会場の投票装置に表示され、投票者が名前の下のボタンを押すと、A,Bに対応したボールが投票箱に落ちます。二人の候補者の名前が左側に出るか右側に出るかは、投票の都度ランダムに切り替わり、内部ではボールとの紐づけのみが継続されます。
AかBへの候補者の名前の割り当ては選挙管理委員会が行い、内容を記載した紙を封筒に入れ厳重に封をして割り印を押し、軍の兵士に預けます。兵士は投票箱のAとBのボールの数を数え、どちらが何票か集計します。集計が終わったなら軍の兵士と選挙管理委員立ち合いの下封筒を開いて、どちらの候補者が獲得票数が多いのかはこの時に初めてわかる方式です。これなら公平でしょ?
事務長さんが機械式のこのシステムを設計製作して、選挙管理委員会と軍の兵士が何千回と繰り返して、システムに間違いがないかと不正が行われないかを検証してから、このシステムを取り入れました。」
事務長に一晩かけて説明してもらい、ようやく理解した新投票システムを説明してあげる。俺が理解できたのだから、他の方なら一瞬だろうな……。流石は事務長で、選挙管理委員会と旧議会派の癒着も、予想できていたのであろうな。
「なるほど……それなら大丈夫ですね!ようやく選挙戦……やる気が出てきました。」
肩を落としてしょぼくれ気味だった候補者も、姿勢を正しやる気を見せてくれた。
「そうですか……よかった。ではまずは私が立候補の挨拶と、更に応援演説を……。申し遅れました、応援演説に駆け付けました多田羅文美雄と申します。」
「はいっ、中北部選挙区で立候補いたしましたラッセールと申します。よろしくお願い申し上げます。」
候補者が深々と頭を下げる。周りには道行く人影すらない、人通りとは反対方向のさびれた場所の角……候補者の関係者と俺しかこの場には立っていない……何とか俺が盛り上げて、観衆を呼び込まねば……。
それにはまず旧議長らが行ってきた数々の汚職や背任行為を並べ、如何に搾取されてきたかと、それにより国民生活がどれだけ苦しめられてきたかを説こうかと考えていたら……
「対立候補者が不利になるような、関係者含めた悪口などはたとえ事実だとしても決してするな!そのような事をすれば選挙戦はただの汚いののしりあいとなってしまうからな。不毛な論争は避けるべきだ。
立候補の理由や当選した暁の政策など、前向きな議論こそ成すべきことだからな。いいな!」
同じく応援演説に向かう事務長に、しっかりとくぎを刺されてしまった。
割り当ては俺が東部と北部に中北部で、事務長が西部と中西部に南部と中南部となった。東部は旧国境と地元の穀倉地帯東西河畔の3ヶ所で行われるので、まずは遠い方から回ることにした。
《えー私が今回国政選挙の全国区で立候補いたしました、多々羅文美雄でございます。ご存知の通り、先の魔王軍侵攻の際に、大魔導士と間違えられてこの世界に召喚されてしまったただの高校生でした。
ですが国王様はじめ、皆様方の温かいご支援とご助力を頂き、私のつたない知識をもとに魔王軍に対抗する武器を作り上げ、稚拙な作戦すらも有効に使っていただき魔王軍を撃退することが出来ました。
私は魔王軍撃退の際の功績をたたえられ、勇者の称号を頂きましたがこれらは全て、現行政局に日々頭を悩まし活動されている王様はじめ国軍の将軍でもあらせられる兵士長さんに特級魔導士のレルムさんと賢者を兼任されている工房の事務長さんらのおかげ以外の何物でもありません。
私は残念ながらこの世界に来て日も浅く、現王さまによる政治以外は経験したことがございません。そうして現状のこの国がいかに住みやすく、豊かな国であるのか日々実感しております。
それでも王様は、多くの国民すべての幸せを実現するには王様一人だけの政治ではいけないとおっしゃられ、王政をやめて議会制民主主義に戻すと宣言され、今回選挙となりました。
私は住みよい社会を維持できるよう、今の王さまの政治を踏襲するために力を尽くそうと、この度議員選挙に立候補することと致しました。どうか投票時には全国区に私の名前を……お願いいたします。》
取り敢えず自分の全国区のお願いをするだけしてから深々と頭を下げる。この公約であれば、元老院制が実現できようができまいが、公約を破ったことにはならないはずだ。
緊張しいの俺なので、演壇に立つと恐らく頭の中が真っ白になって何も話せなくなってしまうことが容易に予想され、原稿の束を読み上げるつもりでいたのだが、街頭演説で原稿を読み上げては誰の心にも響かないぞと事務長にくぎを刺された。
演説は自分の考えを周りの聴衆に訴えかける場なのだから、原稿などなしで行けとはっぱをかけられてしまった。更にその場の様子を見て、道路が凸凹に乱れていたら全国的な舗装工事を計画しましょうとか、アドリブを入れて自分がやろうとしていることを訴えかけるのだと延々と説かれた。
成程と思い、ここへ来るまでのトロッコ列車と鉄道での移動中は、演説内容を頭の中でまとめ、何度も何度も繰り返していたのだ。その為か、結構長めだったが何とかとちらずに言えた。まあ、聴衆もいなかったしな。
『いいぞーっ!』『勇者様ーっ!』『がんばってーっ!』『頑張れーっ!』
誰もいない空間に向けて演説していたと思いきや、いつの間にか人々が足を止め、こっちに向けて人の流れが出来てきた様子だ。少しずつだが観客が集まり始めているように感じる。
《さらにここに居らっしゃる候補者様は、私の呼びかけに応じて下さり、今回選挙区選挙に立候補してくださった、この地域では有名な回復系の治療院を経営なされている僧侶の方です。
皆様方の中にも一度は怪我や病気の治療のために、ラッセールさんの治療院を訪れた事があると思われるような、地域に根付いた腕のいいお医者様と聞いております。
お忙しい身であるにも拘らず、今回出馬されて選挙演説にも趣戴きました。当選の暁には、協力し合って現行政治を維持していくよう、努力してまいる所存であります。どうか投票の際には中北部の選挙区にはラッセールさんのお名前を……よろしくお願い申し上げます。》
次いで選挙区の候補者のラッセールさんについてコメントを発する。とはいえ……余りこの人について知っていることはないのだ。ただ単にハルシューさんの推薦だから、間違いなく名医であるであろうことぐらいしか……だからぼろが出ないように、表面面のコメントだけに抑えておいた。
『おーっ、先生、あの時はありがとう。応援するぞ!』
『あたしもーっ……いったらすぐに治っちゃったから……応援しまーすっ!』
『ありがとうございましたっ、絶対投票します!』
すると俺の時よりもはるかに長く、好意的なコメントが……見ると、既に前方は人垣の山だ。これならちょっと駅前から離れた場所でよかったなあとすら感じる……なんせ何重にも列をなして群衆が押し寄せてきている。先ほどの旧議長の息子の周りの聴衆の比ではない……もっともっと多くの……人が……。
「では……ご自身の演説をお願いいたします。」
「はいっ……ありがとうございました。」
《私はこの地域で治療院を運営するラッセールと申します。突然私の下に、一緒に選挙戦を戦いませんかという問い合わせが届いた時には大変驚き………………》
多くの聴衆の前でラッセールさんの演説が始まった。
《ハルシューさんは逆子などの難産時の出産に対して開腹術という、答えを示してくださいました。一族に伝わる秘伝の術にも拘らず、我々の要請を快諾してくださり、その秘伝の術を多くの産婆さんや治療師たちに教授してくださっています。正に医療の革命……その技術は王都にも伝わり更に他の……》
北部山脈の集落を回って自分とハルシューさんの応援演説を行い、戻ってから旧国境の町と穀倉地帯の河畔東西にて、自分とハッカクさんとターレムさんの応援演説を行った。
人の流れがあるので1ヶ所1回だけではなく、北部集落以外は2時間くらい開けてから何度か行ったのでどれも1日仕事で、結構ハードスケジュールだった。
それでもどの回も演説を始めたらそれまで無観客だったのがすぐに聴衆が集まり盛況となり、かなりの手ごたえがあった。まあ……俺には票読みなどまるっきりできないけどね、誰も立ち止まらないよりは立ち止まって聞き入ってくれたのだから、感心があるとにらんで間違いはないはずだ。
王都では兵士長とレルムと王子様が、それぞれ相手の応援演説という形で王都中を巡って回ったそうだ。
事務長も西部や南部を回って、少し遅れて戻って来た。結構苦戦を強いられたと言っていたが、旧議員らの息子や娘に対抗したのが、上級魔導士と軍の指揮官の恐らくおっさん連中だからな……見た目と若さで負けていたはずだ。事務長は大変だっただろうと、同情する。
それやこれやで投票日当日の6月27日(1年が333日なのでひと月は27日が多い)月末……俺も事務長もスーパー堤防の住居ビルに戻ってきて、投票場に出向いて投票した。もちろん俺は全国区では事務長に投票し、事務長は事務長に投票……俺のほか4人の妻たちは皆俺に投票してくれるので、これでも十分だ。
選挙区候補では俺はハッカクさんで事務長はターレムさんに入れると言っていた。
即日開票なので、大勢が決するのは恐らく深夜……ううむ……気になって眠れない……。
元の世界であれば、このような日は夜通しで開票速票のテレビ番組があったはずなのだが……まあ俺は選挙には全く興味がなかったけれど……そもそも選挙権なかったし……。
明け方を待たずして日付が変わる前にハッカクさんの当確が出て、続いてターレムさんの当確が出て東部地域の選挙区選挙の大勢は決した。何と圧勝だ……穀倉地帯がエルムグリムに戻ってきてスーパー堤防の住居ビルにより、王都に継ぐ大都市圏となったこと……そうしてこの地には、新規入植者ばかりという事が決め手となった。対抗する旧議員の地盤が遠く縮小化されたのが、大きな要因と言えるだろう。
全国区の開票も終わったのだが、他の区域と合算する必要性があるので結果を送って、明日以降という事になった。ひとまず就寝……疲れたわ……特に激しい運動もしていないのだが、気疲れ……。
「これまでに北部山脈の集落での開票結果が届いていないが他の地域の開票は終わり、選挙区選挙の候補者はこちら側の陣営10人中9人が当選した。残るは北部のハルシューさんを残すのみだが、他の選挙区結果から見て恐らく問題ないはずだ。やはり誰もが旧議会政治には、信頼を置いていないと見える。
今回我々陣営が勝利できたのは、こちらの政策が優秀であったからというより、旧議会がいかに国民の生活に寄り添っていなかったか明らかになったと言えるだろう。皆一定以上の不満を持っていたわけだ。だけど旧制度では貴族以外は立候補はほぼ無理……選択肢のない状態だったからな。
選挙で勝ったから、我々の政策が認められたと喜ぶのではなく、如何に国民生活に寄り添った政治が出来るか、もう一度気を引き締めて考え直す必要性があるだろう。そうしなければ、次回選挙はまた立場が逆転しかねないからな。」
月が替わった7月1日……昨日の選挙結果が昼には届けられ、事務長から今一度気を引き締めるように注意喚起があった。他の候補者たちにも書簡で、注意喚起を行うという事だった。
全国区の結果は北部地域の結果待ちという事になり、明日以降となりそうだ。だけど……既に過半数どころか憲法改正が可能な三分の二を超えた議員が確保できたのはうれしい。これで一つ課題がクリアできたわけだ。
旧議長の地元であったにも拘らずラッセールさんが圧勝し、旧議長の息子は最低獲得票ぎりぎりで保証金の没収が許されたという事だった。それでも王都を除く他の選挙区では結構僅差で勝利したようで、諸手を上げて喜ぶことは出来なさそうだ。
軍閥でも兵士長とレルムは先の戦争の功績が大きかったためか大勝できたのだが、西部の広報担当の上級魔導士と、中西部及び南部と中南部の軍の指揮官らは、戦時下でも受付地域の守備隊として兵を動かすことはなかったため功績ゼロであり、選挙戦でも苦戦を強いられた様子だ。
それでも勝てたのは、如何に旧議員すなわち貴族が嫌われていたのか、はっきりと庶民の意見が通った形となった。旧議員票は恐らく貴族らとその権益に群がっていた金持ち商人らの組織票によるものだろうと、事務長が分析していた。
強烈な人気のある候補者でなければ、如何に前政権が腐っていたとしても議会制民主主義に失望している民衆は投票に行かず、組織票が勝ってしまう場合があるのだという……空恐ろしい限りだ。
「後は北部と全国区を残すのみですか……緊張するなあ……言い出しっぺの俺だけが落選したら、立場ないですからね……恥ずかしくて外歩けなくなってしまう……。」
全国区にはやはり元議長の弟の長男坊が、公爵位を継いだと宣言して立候補していた。元議員であった議長の弟も汚職まみれで裁判でその実情が明らかにされて行っているところだが、刑が確定していないため公爵の爵位はく奪にまでは至っていない。その為自ら引退宣言をして爵位を息子に譲ってしまったのだ。
他にも家督を継いだという、公爵と子爵の息子らが全国区に立候補していて、それらは全部で3人……皆20代前半で、大学では影でファンクラブが出来ていたほどの色男のようだ。恐らく貴族票が割れることを懸念して、ぎりぎりしか候補者を擁立しなかったのだろうと事務長が分析していた。
全国規模ではそれなりに貴族も多く……食い詰め気味の下級貴族も平民である俺たちに入れるよりはと、貴族優遇の社会を期待して貴族票を投じるだろうと予想されるようだ。
さらに元議員らの恩恵を賜っていた金持ち商人とその家族や、商店の従業員らの組織票も馬鹿にはできないようで、全国区選挙は激戦必至なのだぞと、立候補届てから事務長に告げられた。ううむ……勇者になってそれなりに有名になっただろうと自負していたけど、考えが甘かったか?
「選挙は水物というからな……もし仮に落ちたとしても、そんなに恥ずかしがることはない。貴族でなければならないとか、男性でなければならないとか……そういった枷が外れ、成人年齢の国民でさえあればだれもが立候補できる、どこに出しても恥ずかしくない公平な選挙になった最初なのだ。
どのような結果であったとしても、現実として受け入れたらいいさ。あたしは立候補するなんてこと、文美雄に言われなければ、絶対に思いつきもしなかったからな、落ちて当然とすら考えている。
文美雄の遠大な計画があったから、他の候補者の応援演説にも回ったが、あたしが応援したおかげで落ちた候補者が一人もいなかっただけで、あたしは満足しているぞ。」
いつもと違い、事務長はずいぶん弱気で殊勝な発言をした。女性蔑視と言う訳ではないのだが、戦前は女性は兵役免除というか望んでも兵士にはなれなかったし、親が貴族であったとしても娘は議員に立候補は出来なかったようだ。恐らく世襲制の貴族は息子しか継げなかったであろう。
それが今では喜ぶべきかどうかは別として、女性も成人年齢に達すれば兵役が課せられるし、国政選挙にも立候補できるようになったのだ。事務長はその点を評価しろよと暗に言っているのであろう。
こうやって考えると、魔王軍の侵攻もあながち悪いことばかりではなかったのではないかと考える。まあ……メリアンちゃんを筆頭に多くの犠牲者を出してしまったのは、本当に不幸だったのだがな……。




