22.立候補
22.立候補
「ええっ……ぎ……議員に……りりり立候補……ですか?まさか……俺が?でしょうか?」
「おおっ……俺が……ここ……国会……議員?ぜぜぜ……絶対無理!」
翌日の昼休み……駅長業務は結構暇だが、新人教育に忙しいハッカクさんたちに会いに、昼便が出発した後に軍の兵舎を訪ねた。昼食の習慣はないこの世界だが、やはり時間が経つと腹が減るので、昼時には軽くおやつみたいに菓子を食べたりして休憩しているのだ。
そこで議員への立候補を勧めてみたのだが、驚き方は半端なものではなかった。
そりゃあまあ……確かになあ……元の世界の俺が誰かに国会議員に立候補しろとでも言われたなら、凄まじく驚くし無理だと言って速攻で断る。絶対に落ちる自信がある。
「大丈夫ですよ……二人ともに魔王国との国境で国防の要ともいえる、このスーパー堤防の住居ビルの防衛のための軍の責任者なのですから……この地で駐留している兵士らの票は確実でしょ?
更に駐留当初は農地の世話をしていたから、引き継いだ移住者の農家の方たちに人気があるし、更に更に大評判のマーケットの業者さんたちに声をかけて誘致したことも、みんな知っています。
業者さんたちだって多くは住居ビルに引っ越してきてここの住人ですし、下手をすればほぼ百%の票だって獲得できますよ。なあんて……ここ迄オーバーに目論まなくても、十分当選するだけの票はあると思います。
勿論……不安なことは分かります。ですがお二人に依頼する限りは、立候補のための保証金は俺が支払いますので、どうか……ご協力お願いいたします。実は……俺が思うにはこのままでは……。」
保証金は俺が立て替えると説明し、事務長にも説明したように貴族や元貴族らが立候補して当選すると、またまた腐敗政治になりかねない旨の説明を行った。
おれは勇者として国からもらっている手当など全く知らなかったのだが、王様が俺が何もしなくても十分暮していけると言っていたように……どうやら一般男子が稼ぐ給金の数倍は頂いていることを今回事務長に聞いて知った。更に漁網に地引網漁、トロッコ列車に鉄道敷設のアイデア料……特許料みたいなものかな?そんなものまで振り込まれていて、俺の貯蓄額は結構な額になっているという事だった。
半年分の俺の小遣いがアルコール代に消えたのが事務長のおかげで戻ってきて、スポーツ用品につぎ込んだのだが、それどころかもっと多額の貯蓄が現行あるようだ。まあ……事務長のお許しがなければ使えないのだけれどな……各妻たちの生活費に関しては、事務長から手渡されているようだ。
まあ……全員が兵士か工房職員として働いているから、困ることもほとんどないはずだが……。
立候補はもともと俺がお願いしたことだし、兵士長さんらも含めて立候補者の保証金は全て俺が肩代わりすることで事務長の了解は頂いている。
当選どころか、ある程度票を稼げれば戻ってくるので、消えてしまう金ではないのだしな……無理言って立候補していただくのだから、これくらいは当然の行いだと俺は思っている。
「い……いや……その……俺なんかが国の政治を……。」
「そっ……そうですよ……政治なんてとても……。」
「大丈夫ですよ、この計画では議会制民主主義を……。」
恐らく政治家という重圧に対する懸念を持っているのだろうが、王政を復活させて元老院に切り替えるという、俺の提案を披露しておく。
「成程……俺も今の王さまの政治が一番好きです。以前の……議会の政治は好きではありませんでした。物価も高かったし……兵役を終えて職業軍人になるつもりでしたけど……なにせ農家の三男坊でしたからね……俺が継ぐべき農地なんてありませんでしたから……。」
「そうそう……俺だってそうでしたよ……だから、軍人のままでいようと思っていたのですが、その手当てが安くて……とても妻子を養って食っていけるような額ではなかったんです。
それが今では……俺たちは重婚適応年齢の上限でしたが、その前から結婚していましたから、妻のことを考えて重婚は申し込んでおりません。妻と共稼ぎでしたが、今は子供を作って妻には家に入って子育てに専念してもらっています。それだけ手当てが上がったという事です。
給料が低かった原因が……議員らの汚職によるものだと最近の旧国会議員らの裁判の内容でわかり、実に腹立たしい思いをしております。しかもそれが……代々貴族らの世襲で、当然の権利のように行われていただなんて、とても信じられない思いでした。だからと言ってどうして俺が?という思いです。
もっと他に適当な人がいると思うのですよ……。」
「そう言われても……お二人ともにこの地で働く兵士の暮らしぶりはよく分かっていますよね?」
「そりゃあまあ……俺は魔法兵士らの統括責任者ですから……当然です。」
「俺は僧兵の統括責任者ですから、彼らの訓練状況だって把握していますし、生活の様子だって……。」
「そうですよね?その上で……どうすれば彼らの暮らしぶりが良くなるかとか……考えていただければいいかと……そうして色々と提案していただければ……例えばこの兵舎……元々は、住居ビルが建つ前までは、ここで駐留者らが生活していましたよね?だから……兵舎というより宿舎です。
これの建て替えの予算を取るとか……あるいは農家の方々……トロッコ路線の拡充で結構移動は楽になったとは思うのですが、それでも田植えとか稲刈りとかの農繁期には、1時間でも時間が惜しい……とか考えるわけですよ。なんせ全て手作業ですからね。そこで新しい農機具の開発を工房に依頼するとか……。
何千何万もの農家の方々に行き渡るようにするには相当数必要で、開発費用含めるとそりゃあもう事業となるわけで……国の予算でやらねば無理……そんなことからでもいいのです。ここで住む人たちの暮らしが良くなるようなこと……そんなことを考えていけたなら、みんな幸せに楽に暮らしていけると思うのですよ。
貴族とか金持ちらに任せていたら、下手すれば自分らの利益確保に走りかねません。それを防ぐには、我々自らが立候補するしかないのですよ……なのでお願いいたします。」
元老院制になったところで政治に関わって行かなければならないのは変わりない……だけど、俺はそんなに難しく考えなくてもいいのだろうと想定している。身近な人たちの暮らしが少しでも良くなるであろうことを、少しずつ実践していけばいいのだろうと……。
「はあ……そうですか……分かりました。俺なんかが役に立てるかどうか、未だ自信はありませんが、勇者殿の信じる道のために少しでもお力になれるのであれば……。」
「そうですね……俺も……何か力になれるのなら何でもやる所存です。」
ようやく2人の候補者が確保された。俺と事務長含めて後9人……。
「兵士長とレルムはずいぶんと躊躇っていたが、何とか説得した。その間の手紙のやり取りだけで十数通もかかって、ふう……疲れたよ。
北部の集落の診療所の僧のハルシューさんだが……当初自分は患者の治療優先だから辞退すると断っていたのだが、レルムにお願いして派遣している産婆と治療師らに毎日説得してもらい、ようやくその気になってくれたようだ。医療制度改革を公約にあげると言っていた。」
1週間ほどして事務長が、寝不足のように目を赤くはらして久しぶりに書斎から出て来た。
「ハッカクさんとターレムさんたちは、兵士長とレルムさんには依頼済みと話して、必要性を長々と聞かせて何とか説得できましたよ。」
俺の方の候補者獲得の成果を告げる。
「これで5人……当初予定の7人は何とかなったが、憲法改定のためには少なくともあと2名……国民投票を無事終えるためにはやはり議員全員の残り6名分の候補者が必要と考える。
西部の都市での広報活動に従事している上級魔導士はレルムの親友で、信用できる男のようだから彼を説得するようレルムに頼んでおいた。中西部方面と南部および中南部方面駐留軍の指揮官は、兵士長の同期のようだから、両名の説得を兵士長にお願いした。軍閥ばかりとなってしまうが、今回ばかりはやむを得ん。
これで4名で中北部方面に関しては、ハルシューさんの知り合いの回復系の僧が都市部で診療所を出しているようだ。研修医の派遣が条件で説得できるのではないかというので、レルムに頼んで回復魔法の研修という事で2年目の僧兵を派遣するようお願いしておいた。
中北部の都市部と言えば、確か元議長の地元のようだからな……議長の息子辺りが立候補でもしたなら、激戦は必至だろう。応援演説などに向かったほうがいいかもしれん。」
流石事務長……さらなる候補者に目星をつけ、既に交渉中のようだ。
「そうなると……残るは全国区の1人だけですね?」
「ああ……だが……これが大問題だ……。
元は議長のような公爵とか子爵に伯爵みたいな、いわゆる上級貴族が独占していた階層だ。
旧議長は全国区を弟に譲って、自らは地元に戻って選挙区を地盤にしたようだがな……それだって長年議員をやっていたからこそだ……。
旧議長も議長の弟も汚職収賄や背任行為で捕まったが、息子たちが立候補することだろう。
勇者と賢者という、貴族より上の階級であるなら対抗できるだろうが……一般庶民は肩書に弱いからな。
かといって貴族に知り合いはいないし……ましてや信頼がおける貴族など……見当もつかん。」
事務長はそう言って深いため息をついた。
「あの……王さまってご家族はいらっしゃらないのですか?」
「まさか……王妃様とご子息……王子様だな、それとご息女……お姫様だっていらっしゃるぞ。
お姫様はお二人いらっしゃる。それはもう……見め麗しくていらっしゃって……。
毎年新年には……王城の正門を開放して、我々平民も王城の中に入ることができ、中庭に全員正座してだな……参賀……お年賀のご挨拶を王家ご家族の皆様から賜るのだ。魔王軍襲撃で王都を破壊したから工房は王城内の仮設小屋に移ったが、元々は王都内にあったのだからな……。
議会があって王様が象徴であった頃は、それが年始の習慣であったが、今は王政となっているから王様もお忙しくて、お年賀のご挨拶は中止されているのだ。
王様は王政を長く続けるおつもりはないご様子だから、後継ぎであるはずの王子様を今は表に出してこないのだろうな。王家のお世継ぎ……といった立場に取られるとお困りだからだろう……。」
事務長が王家のご家族の様子を説明してくれた。
「成程……王子様はまだお若いのでしょうか?」
「いや……王子様は確か……今は18歳のはずだぞ。文美雄の2つほど下だよなあ……。」
「いやあ……数えでいえば俺なんて最早21歳ですよ、だから3つ下でしょうか……。
でも……選挙権も被選挙権もありますよね?」
「いやあ……どうだろう……王様は国の象徴だからなあ……あっ、でも……以前貴族の兵役に関して取りざたされたとき……国会で王家のご家族である王子様に関しても議論されたことはあったな。議会の会議内容は大半が極秘扱いだったのだが、ごく一部だけ抜粋して広報していた……こんな活動をしていますという宣伝だな。
王様は象徴だが、ご家族まで含めて象徴とは憲法に記載がないことからな。
成人年齢が近づいてからだったから、ほんの数年前のことだ。あの時は王子様はいずれ象徴たる王位を継ぐ御方だから、貴族扱いとして兵役は免除という判断になったはずだ。これにより貴族の兵役免除は、いつの間にか当然のこととなってしまった。いわゆる既成事実化という奴だ。
議論と言っても議員全員が貴族かその家族だったわけだから、反対票など投じる者がいるはずもないのだな……いわゆる国民の声を聞いて議論していますよという見せかけだけの論争だったな……他に議論すべき重要な案件がいくらでもあるだろと憤慨したことを記憶している。
だが……その時のことを逆手に取れば、王子様は議員に立候補できるという事だ。そうか……では早速王様にご説明を……だがなあ……元老院制にすることは黙っておくぞ。
恐らく王様は王政が継続することは望んでいらっしゃらないはずだからな。それに……元老院化はあくまでも文美雄個人の考えで、仮に全員が当選したとしても他の議員らに強制することは禁止するぞ。強制なく全員が同じ考えであれば、それは構わないのだからな。」
「はい、分かってます。でも……ハッカクさんとターレムさんだって、王様の政治がいいって言っていましたよ。恐らく今の国民全員が……元の議会の政治より王様の政治である今の方がいいと思っているに違いありません。」
「それは分かっている……あたしだって同じ思いだ。だけど……ご本人が……だから元老院化するにしても、秘密裏に動いて決めてしまうしかない……流石に国民に選ばれた議会が決めたことなら、王さまだって逆らわないはずだからな。」
翌日……朝一で事務長は王都へと向かった。
《不当な弾圧を許すな!不当な弾圧を許すな!》
『そうだそうだ!不当な弾圧を許すな!不当な弾圧を……断じて許すな!』
数十人の人が群がる街頭演説。応じる民衆の声に、演者の熱もヒートアップする。
《私の父……旧エルムグリム議会制民主主義連邦議会議長は不当な弾圧により捕らえられ、議会制民主主義を復活させるという今選挙に、立候補すらできない状況です。これを弾圧と言わずに、何を弾圧と称するのでしょうか?このままではあることないこと罪状を並べられ、不当な判決が下ってしまうのです。
現王は王政を解き民主主義に戻すとして、国政選挙を行うとおっしゃいましたが、果たしてその責務を果たしていると思いますか?断じてそのような事はない!仮に、心底旧議会制民主主義に戻すおつもりならば、不当に逮捕したわが父以下、旧国会議員ら全員を無実と認めて釈放すべきです!
だが……そのような兆しすら見られない!
今回選挙はわが父の弔い合戦……いや!汚い陰謀により逮捕された、旧国会議員らを救い出し正義の鉄槌を下す選挙なのです。どうか清き一票を私に下さい!そうして、正義の審判を下そうではありませんか!》
『いいぞーっ……もっとやれーっ!』
『さんせーいっ!大賛成ーっ!』
ここは中北部の都市……街中での街頭演説は湧きに湧き、盛り上がりを見せているようだ。木霊魔法による大音量のアナウンスが、はるか遠くまで響いていることだろう。
「盛り上がっていますね……。」
「ああ……旧議長の息子が、代理で国会議員に立候補したのです。だけど……主張していることは父親が不当に逮捕されたという事と、そのことに王様が関わっていると匂わすような、根拠のないこじつけだけで、政策表明など全くないように聞こえます。」
「そうですね……でもすでに旧議長らの裁判は始まっていて、罪状認否だって行われていますから、すぐに何も言えなくなりますよ。こちらはこちらで選挙活動を行いましょう。ですが……随分と、向こうの陣営と近い場所ですね……。」
「はあ……立候補してすぐに演説の場所を申し込みに行ったのですが、割り当て当初にはなかったはずの、対抗馬である議長の息子さんの演説会場が、間近という事が今日来て初めて分かりました。
しかも向こうの割り当て時間の方が、こちらよりも始まりも終わりも1時間長い上に、駅前広場の一等地なのですよ……こちらは繁華街とは逆方向の角を割り当てられましたからね……通行の妨げになってはいけないと、街頭演説はこちらしか駄目とまで言われて……。」
東西線開通の後、南北線の敷設が急ピッチで行われ、既に中北部までは鉄道が乗り入れているのだ。駅前広場では乗降客が、旧議長の息子の演説を何事かと興味深そうに立ち止まって聞いている。
そう……無事に予定通りに候補者も名を連ね、13人が立候補して選挙運動が始まったのだ。立候補の申し込みを行ってから告示され、そこから選挙運動なのだがなんと1週間ですぐに選挙だ。本来は告示後3日が常套と選挙管理委員が主張するのを何とか頼み込んで告示を早め、1週間の選挙運動期間とした。
元は貴族しか立候補できない仕組みだったために対立候補のいない、信任投票のようなものだったようで、選挙とは名ばかりの世襲議員が常に選出されていたという事のようだ。そりゃ腐るわな……。
王様は当初王子様の立候補には反対のご様子だったが、王子様が非常に積極的で、どうしても立候補したいと主張されたため、王様も渋々了解なされたと事務長が言っていた。
まあなあ……立候補して落ちたなら……接戦ならまだしも大差で……しかも最低獲得票すら得られなければ……いずれは王位を継いで国の象徴として……それでも国事の重要案件には、最終承認印を押す立場なのだからなあ……そのお立場が……考えてみれば無茶なお願いだったのかなあ……。
まあ……もう始まってしまったし、今は全員の当選を果たせるよう活動するだけだ。そう……今回中北部で立候補した、ハルシューさんの同僚の回復系僧侶の応援演説に訪れたのだが、どうにも不当な扱いを受けている様子……。




