20.朗報
20.朗報
「文美雄あてに手紙が来ていたぞ……。」
事務長との家に久しぶりに行ったら、一通の書簡を手渡された。本当に久しぶり……10日ぶりくらいだろうか……5人の妻との生活は、公平を期すために勿論日替わりとしたいところだが、事務長は忙しい身の上で、今は旧国会議員らの汚職を暴くためと、タッタルンとの歴史確認のために王都との行き来が激しい。
その為スケジュールが合わなくて、久しぶりの訪問となった。勿論同居しているメリアンちゃんの妹たちとは、その間もしょっちゅう会ってはいた。どの妻の番であったとしても、かわいい息子と娘のお風呂当番は俺の仕事だし、亡き妻の妹の様子を毎日伺うことは欠かせないのだ。
「えっ……えーと……誰からですか?」
「封書の裏に書いてあるだろ?ハルシューさんからだ……忘れたのか?北の山間部の診療所を受け持っていた回復系の僧だ。一緒に行っただろ?そう言えばもう半年ほどになるか……中間報告かな?確認してくれ。」
4月になって(元の世界では7月で、季節感が狂うので俺はいちいち頭の中で読み替えている)……ハルシューさんから消毒を強化してからの開腹術による出産手術の、成功率の報告が来たようだ。
「だって……俺はこっちの世界の字が読めませんよ……。」
「ああっ……そうだったそうだった……うっかり忘れていた……ごめん……。」
字が読めないと叫んだら、事務長が謝りながら自室から出て来た。いじわる……事務長とは主寝室で寝ているのだが、仕事を持ち込むために彼女の書斎がある。背伸びして覗くと、奥のデスクには山積みの書類が……そうしてデスク周りには様々ながらくたのような金属製品が転がっていた。
「悪い悪い……わざとじゃない……話をするときは翻訳魔法で何の違和感もないから、うっかりしてしまうな……だが……文美雄は以前、この国の文字を読めるようにと勉強していなかったか?今でも全く読めないままなのか?」
「はあ……メリアンちゃんが生きていたころは言葉や文字を教えてもらったりしていました。それからちょっと落ち着いてから……サッサーちゃんやアーミナちゃんと一緒の時は、教えてもらったりもしています。
最近は赤ちゃん用の文字を覚えさせる教材を買ってきたりして……でも……まだ子供は1歳ですからもう少し大きくなってから、一緒に勉強しようと思っています。」
幼いころは何でも吸収するから、言語や文字など覚えさせるのは幼い頃が最適だ。それが歳を重ねる度に物覚えが悪くなってきて、特に言葉や文字など、その国の小さな子でも扱える事柄が全く分からないという事は結構なストレスであり、覚えようとしてもなかなか進まないとすぐに挫折してしまう。
流石に高校卒業した年齢で、一から言語と文字を覚え始めるという事は、結構難しい。特に話し言葉に関しては、翻訳魔法というお涙物の便利な魔法があるのだ。読み書きだってどうして魔法で出来ないのだ?となってしまい、ちょっと分からなくなるとすぐに投げ出してしまうのだ。
今では……子供と一緒に覚えようと心に決めている。
「えーと、なになに……これまでの半年間に4例逆子による開腹術が行われましたが、4例共に母子ともに健康で退院したとあるぞ、やったな!」
「はいっ……大成功ですね?」
「まてまて……但し書きがあるようだ……。
ですが……これまでも年間に4から6回は成功していましたし、寒い時期は成功が続くことも多かったので、未だに油断はできません……そうか……もう半年間は様子を見る必要性があるな。
だがアルコール消毒の話を聞いて、急いで醸造所に大量のアルコールを作らせて全国の診療所や施術院に配布して、消毒の徹底を行っただろ?各地の診療所や施術院からも報告が届いていて、施術後に化膿したり重症化したりする事例が極端に減ったと、どこの診療所や施術院からもお礼の言葉が添えられてきている。
そう考えると……開腹術も消毒によって飛躍的に成功率が向上することも、夢ではないかもしれんぞ。」
事務長が一旦書斎に戻り、リビングに手紙の束を持って戻って来た。そうか……やはり消毒の徹底は、効果があるのだ。回復魔法で体力を分け与え、自然治癒力を高めることができるこの世界でも、やはり感染症による重症化は発生するのだろうと、改めて認識出来た。
「これからは消毒用のアルコールを専門に作る醸造所も、作って行く予定だ……そうすることでもっと高濃度のアルコールを効率よく作ることができるようになるだろうな……今は米と麦、及び芋で醸造しているが、他の穀類も試していくことにしている。」
「ああ……それだったら、前の世界ではトウモロコシからアルコールを作っていると聞いたことがありますよ。トウモロコシの酒があったのかどうか未成年者の俺は知りませんが、トウモロコシ酒はアルコール分が高いのかも知れませんね……。」
「おおそうか……早速試させてみよう……トウモロコシだな……北の地方で多く収穫している穀類のはずだ……ついでに様々な豆でも試させてみるか。」
事務長は急ぎ足で、外へと出て行ってしまった。恐らく工房へ行って、伝令バトで指示を伝えるのだろうな。
あれ?そう言えば……。
「この書類……伝令バトのものではありませんよね?伝令バトのだと持ちやすいように、巻物のような筒状だったように記憶していますが……。」
工房から駆け足で戻ってきた事務長に尋ねる。そう……伝令バトに持たせる書類は、鳥が足で持ちやすいように、細長い筒状のもののはずだ。渡り鳥が木の枝を掴んで海を越えるように、筒を足に掴ませるのだ。
「ああ……伝令バトで送られてきたのではない。これらの書簡は全て郵便だ。」
「郵便……ですか?」
「ああそうだ……以前から王都内では、各戸同士の郵便配達業務があった。王都内も結構広いからな。
都市間の場合は定期の飛脚が受け持っていたのだが、鉄道が開通しただろ?ついでに北の山脈のふもとまでは毎日装甲バスの定期便を走らせている。これにより物流は飛躍的に改善したし、人の動きも格段に速くなった。ついでに郵便業務も飛躍的に向上したのだ。
山間部の診療所からでも通常なら5日、速達なら3日で手紙が届くようになった。だから急ぎの連絡でも伝令バトではなく、郵便でやり取りが可能となったわけだ。」
「なんと……そうですか……でもそれでは伝令バトの仕事を奪ったような格好になりますね。かわいそうに……伝令バトはお役御免でエサも与えられずに、野に放たれて……。」
ありゃりゃ……トロッコ列車や鉄道などでの高速化が、思わぬものたちの仕事を奪っていたのか?
「ぷっ……なんだそりゃ?安心しろ……本来伝令バトというのは、緊急時もそうだが戦時下や大型災害時などで、物流網が不安定な時の連絡手段として確保されているものだ。
それと……機密文書の送付……の場合などだな……だからなくなることはあり得ない。そもそも伝令バトというのは長い年月をかけて訓練して初めて使えるのだから、結構な手間暇がかかっている。簡単に手放すわけがなかろう……。」
「はあー……そうでしたか、少しほっとしました。でも……伝令バトって訓練して、色々な場所との行き来ができるようになるのですか?俺はまた……翻訳魔法でハト語を使って王都へ飛んで行けとか、スーパー堤防へ飛んで行けとか……指示をして飛ばせているのだと思っていました。
実を言いますと、俺がいた前の世界でも伝書鳩というのはいました。ですが……それは確か、自宅のハト小屋を覚えさせて、ちょっと歩いたところで放してハト小屋へ戻るよう躾て、その距離を伸ばしていく……と言ったのが訓練でしたね。そうして東京から青森とか……すっごい遠くまでハトを運んでから飛ばして、家へ帰ってくるまでの時間を競うといった競技があったと記憶しています。
帰巣本能という能力を利用しているので目的地は自宅までだけで、この世界の伝令バトのようにあっちへ行けとかこっちへ行けとかなんて、ハト語でも話せなければ無理でしたよ……そもそもハトに地図見せて……分かるのでしょうか?」
俺なりに解釈していた伝令バトの印象を伝える。やはりハト語は必要だろ……。
「ぷっ……文美雄は本当に面白いなあ……いくら何でもハト語なんてあるわけないだろ?」
事務長にまたまた笑われてしまった。
「翻訳魔法というのは、魔法で言語を自動的に翻訳して聞かせているという訳でもない。言語環境が違うもの同士、普通に話しているように見えて、話し手のイメージが翻訳魔法で翻訳されて、相手の言語で口から出ているのだが、実は翻訳できる言語と出来ない言語があるのだ。
当たり前だがエルムグリム語は言語体系も何もかも分かっているから、文美雄が話そうとしているイメージが自動翻訳されて文美雄の口から出てくる。
だが……文美雄の世界の言語は、体系どころか発音すらこちらでは不明なのだ。だから翻訳なんてとても不可能だから、我々が話す言葉を今度は逆にイメージに変換して、文美雄の脳に直接送りこんでいると言う訳だ。
なので、この世界へ来たばかりで翻訳魔法に慣れていない時には、互いに相手の会話を理解するまでに時間がかかっただろ?
特に文美雄はすぐに興奮したり逆に心を閉ざしてしまったりと、感情の起伏が激しかったから、話そうとしているイメージを掴むことも、こちらが話す言葉をイメージに変換して送り込むことも、どちらもやりにくかったようだな……短時間のうちに十数回も翻訳魔法の調整をやり直したと、レルムがずいぶんと愚痴を言っていた。まあ……突然異世界へ召喚されたのだから、誰もが驚いて平静でいられるわけはないのだがな……。
つまり……文美雄が話しているのは紛れもなくエルムグリム語だが、あたしが話しているのは文美雄の世界の言葉ではなくエルムグリム語のままで、その言葉のイメージが文美雄に直接伝わっているのだ。
赤子も2歳くらいになれば周りの言葉を聞きながら片言でも話せるようにはなるが、文美雄の場合は言葉のイメージが直接伝わってしまうから、あたしが発するエルムグリム語は恐らく耳に届いていないだろう。だから……いつまで経ってもエルムグリム語が堪能にはならない。別途勉強するしかないのだな……
だからと言って……獣とか鳥などには翻訳魔法は使えない。天敵が来た場合など緊急時の合図というか叫びや、繁殖期などに異性を呼ぶ合図などもあることは分かっているが、明確な言語体系はないから、イメージを直接脳に送り込んでも、それがこちらからの指示だとは理解しないようだ。
直接からだに覚えさせるしか方法はないのだと、以前レルムが話していた。」
事務長はあきれたとばかりに首をすくめながら、それでもわかりやすく説明してくれる。
「あれ?でも……タッタルンのハーゲル王子が来た時……会話はいつも通りにできましたよ。タッタルンの人が来た場合は、事務長の言葉はエルムグリム語とタッタルン語の2種類発せられる訳でしょ?いや……タッタルン語かな?それで俺にはイメージが伝わるけど、王様や兵士長さんたちなどには、言葉が通じないのでは?
2ヶ国語同時に発声したなら、流石に聞き取りにくいと思うのですが……。」
「ああ……タッタルンとエルムグリムは言語体系が同じ……どちらもエルムグリム語だ。だからハーゲル王子様が来ても翻訳魔法の機能は全く変わらない。」
「へえー……人語として同じ言葉という事ですかね?じゃあ、やっぱり……伝令バトに行き先を指示するときはどうやっているのですか?やっぱり地図を見せて指示しているのでしょうか?」
「だから……そんなことは出来ないんだ。ハトは地図を読めないだろ?
伝令バトを訓練する場合は、各地にいるハトの飼育士と連絡を取り合い、それぞれのハトを交代で飼育することから始める。その時にその地に特有の取り決めた匂いを、ハト小屋につけておくのだ。
例えば……あたしもどの匂いか詳しくはないが、北の山脈のすそ野の町ではリンゴの匂い……西の都市では桃の匂い……とかな。そうやって半年ほど飼育して、その間は外で放してもハト小屋に戻ってくるよう訓練する。そうして定期的にハトを交換し合い、数年かけて全国の主要都市の匂いを覚えさせる。
訓練を終えた伝令バトには伝令を持たせてから、行き先の匂いを嗅がせるのだな……それで行き先がハトにも伝わり、ハトが王都へ飛んで行ったり戻ってきたりするわけだ。」
なんと……衝撃の事実……でもそれって……
「へえー……移動先の土地でハトを放したら、元の飼育されていた場所まで飛んで帰ってしまうような気がしますけどね……ハトってそんな習性があるでしょ?」
「そうだろうな……だからこの世界では物理結界をハト小屋の周りに張って、ハトがその地のハト小屋以外には戻れないようにしてから放つわけだな……その時に戻るべき小屋の匂いも嗅がせる……そうやって教育していくのだ。物理結界で出入りを制限するから、教育する場合はその地域の住民に通達して何処かへ行っていてもらう。勿論手間賃を払ってだな……距離を取って放つ場合はその分僧も多くいるし金もかかる。
更に伝令バトとして熟練してくると、装甲車のような乗り物にも特有の匂いをつけて覚えさせておけば、放った場所にとどまっている限りは装甲車に戻ってくるようにもなるようだ。失敗も多いとは言っていたがな。」
「そんな手間暇かけて金かけて……でも、やっぱり最後は魔法の力で教え込むわけですね?」
「ああ……そう言えなくもないな。だから伝令バトをお役御免と放したりは絶対しない……安心しろ。」
「了解しました……。」
やはり何でもかんでも最後に頼るのは魔法なんだな……この世界では……納得……。
さらに7月(あくまでも元の世界で……俺だけの認識)という事は……今年もやってきました毎年恒例の嫁ドラフト……レルムが王都からやってきて、大空を使ったスクリーンに今年も王様の姿が映し出されて、重婚の対象者が希望する花嫁候補の指名票を提出するよう通達された。
もちろんいの一番に俺に対して、10名の嫁枠のうちの残りの4名を指名してくれと依頼があったが、流石に今の5名の嫁と2人の子供、いずれすぐに2人が追加されるので手いっぱいだと、丁重にお断り申し上げた。
なんせもうすぐ2人も子供が増えるのだ……上の子はようやくハイハイ始めたところだし、目が離せなくて大変だし、新たに増える子を差別するなんて絶対にできないので、いずれ毎日4人の赤子のお風呂当番になるわけだ。そうなったら毎日2時間近くは風呂場に居なければならなくなりそうで……のぼせも心配だが、駅長業務から帰宅した俺に自由時間などあるわけがない。
せめて上の子供らが自分で体を洗えるようになるまで……というか、もうこれで嫁は増やさないでいいと、得々とレルムに説いて、何とか王様あての手紙をしたためていただいた。
昨年の第2回嫁ドラフトでは、結構な数の2番目3番目の嫁を射当てた若者がいたようで……やはり事前の根回しというか、皆慣れてきているのだろうな……。
それでもどうなのだ?やはり子育ても並行して行わねばならないのだから……嫁ばかり増やしてはいけないはずだ。昔の将軍様のように、お世継ぎ大事……とかで子づくりに励んで、子供には専任の乳母がついて子育てしてくれて……そりゃあ確かに将軍職は大変で忙しかっただろうが……そんなんだったら大奥で、何十人もの嫁の中から毎日選び変えて……なあんてウハウハの生活が送れたのかもしれない。
だけど……普通の庶民には無理だ……と、少なくとも俺はそう思う。
最初重婚を認める……なあんて王様の詔が発せられた時には、さあハーレムだぁーなあんて、血沸き肉躍ったのだが、現実はやはり厳しいのだ。それでも6人もの美女と美少女ばかりの嫁を貰えた俺は、世界一の幸せ者だと自負している。皆しっかり者の素晴らしい嫁ばかりだからな……。
こんなこと……前の世界の俺には想像すらできない……まあ当たり前なのだが……前の世界のままの俺だったなら、たった一人の女性とお付き合いすることすら叶わなかっただろうとしみじみ思っている。
それくらい自分を卑下して、周りを恨んで……ぐずぐずトゲトゲしていたからなあ……。
今の俺だったなら、前の世界に戻れたとしてもそれなりに周りの人たちとコミュニケーションとれるし、モテるわけはないだろうが、友好的な男女関係だって築いて行けるのではないかと思っている。
たった少しだけでいいから……勇気を出して踏み出していけていたなら……この世界に初めて来たときのような、戦々恐々としていて明日をも知れないような危機感があり、どうしても自分の意志を伝えて何とか打開してみたいと……そうやって必死な思いを相手にぶつけることが出来ていたならなあ……。
まあ……もう元の世界に戻ることはありえないし、こんなこと考えていても仕方がない事なのだがなあ……。




