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16.同盟破棄?

16.同盟破棄?


「ハーゲル王子様……ご歓談の最中ですが無礼を承知で、私から回答させていただきます。


 我が国としてご招待はしておりませんが、勇者の来訪をお望みのようで、その交渉をしていらっしゃるところを拝見させていただいた限り、外交の特使としていらっしゃったものと受け取ってかまいませんね?」

 ハーゲル王子からの執拗な勧誘の対処に困っていたら、ようやく事務長が口を開いてくれた。


「そう受け取っていただいても構いませんよ。残念ながら貴国の重要式典に招待いただけませんでしたけどね……ですが勇者様は前にも主張しましたが、この世界で召喚可能なのは1世代で一人だけ……つまり皆の勇者様ですので、お間違いなきよう各国平等に接してくださいね。」


 ハーゲル王子はそのままの姿勢で倒れこむかのように後ろも振り返らずに、ソファに身を任せて座った。はあ……さっすが高級ソファ……音もしないし弾みもしない、すごいクッション性……。


「蒸気機関に関しましては、勇者の知識を私が試行錯誤を重ねて作り上げた技術でして、ご所望とあれば我が国から輸出いたします。鉄道の線路と敷設の技術ともども我が国で請け負って工事させていただきますが、如何でしょうか?


 ですがその際には……まずは昨期末の貴国あてに供与いたしました数々の武器、及びそのサンプルの対価を支払っていただかねばなりません。既に1年経過しておりますが、未だに1回目の支払いも受け取っておりません。約束では1年間の12回分割とのことでしたが……その為無利子で扱わせていただきました。」


 事務長は鉄道は敷設から丸ごと輸出すると申し出たのだが……それよりも昨年の武器供与……代金を払っていないだって?魔王国への食糧支援への協力を条件に、確か利益はのせずに材料費と加工費と人件費の原価のみだったはず……そんな格安なのに、恥ずかしげもなく良くも顔を出せたもんだ……。


「その件に関しましては、今回私が来訪した事案の一つですな……。


 我が国は供与された武器の対価を即刻お支払いするために目録を送付いたしましたよ、貴国が以前から望んでいた海産物で代替えするという事でね……ですがすべての目録の価格を勝手に赤字で書き換えて返却……どういうことかと問い合わせたら、貴国内での海産物の価格が下がったから改定すると一方的な通達。


 貴国とは以前から通商条約を取り交わしているのですよ……ほらこれが条約書です。これによると全ての海産物の価格は、漁獲の変動によって著しく変わるのを防ぐため、年ごとに一律の価格を定めるとある。


 そうして目録とともに送付したのは、貴国と我が国が一昨年末に交わした、次年度の価格表で間違いありません。それを一方的に書き換えるとは言語道断!なんでしたら国際法廷で争っても構いませんよ!


 もっと言わせていただくなら、海産物の価格のほかに年間輸入量も双方同意の上で決められているにも拘らず、昨年から全く履行されていない。余った海産物はわが国で家畜のえさとなっているのですぞ!その損失分も利息をつけて請求させていただく所存ですが、よろしいのでしょうな?」


 すると王子はソファにふんぞり返ったままの、ふてぶてしい態度だ。


「ハーゲル王子様、大変申し訳ありませんが拝見させていただきましたところ、お手持ちの通商条約には王様の承認印が御座いません。共和国連邦時代でも、国民の生活に関わる重要法案や対外的協定書などには正式文書として、王様の承認印があるはずなのです。


 見方によっては、その通商条約とやらは、旧議長以下旧議員らが国会議員の名をかたって、個人的に貴国と結んだ条約であったであろうとも考えられます。」


 声を荒げて凄みまくるハーゲル王子に対し、あくまでも冷静な事務長はとくとくと矛盾点をついて指摘する。


「いや……通商条約に関しましてはですね、先代の王さまが議会制民主主義国家建立を望まれ政権移譲して、議会発足の折から同盟国であるタッタルンと継続的に結ばれていた条約であり、完全に慣例化したために途中から押印は不要とされたのではなかったですかな?ですから、通商条約は正式公文書と言えますぞ。」


 するとここでハーゲル王子の隣で戦況を見守っていた、ヒラーレル旧議長が口を挟んできた。


「おおそうですよね?貴国の間違いなく正式な公文書として認められますよね?だったらその内容を履行する義務はあるはずですぞ!」


 一瞬たじろいだハーゲル王子だったが、旧議長の言葉に気持ちを奮い立たせて勢いよく立ち上がった。


「そうではありません。共和国憲法には先ほど述べたように、国民の生活に関わる重要法案及び諸外国と交わす公文書には、エルムグリム国王の承認を要する、とあります。先代の王さまも、議会政治によって国民生活が脅かされることがないよう、最終的なチェック機構は設けておられたのですよね。


 ですからその通商条約は無効です。そんな事……国会の議長であったヒラーレル公爵であれば、勿論ご存じだったはずですよね?にも拘らず、どうしてこのような密約を交わされたのですか?」

 事務長は厳しい表情のまま、ヒラーレル公爵へ視線を移す。


「いっ……いや……決して密約など……無礼だぞ!たかが工房の事務長の分際で!」

 こちらも一瞬たじろいだのだが、今度は声を荒げて怒鳴り始めた。


「彼女は確かに今でも工房の事務長ですが、同時に賢者でもあられます。つまり職位としては、王様、勇者様に継ぐ立場の御方ですぞ!ヒラーレル殿がいかに公爵であっても、ご自分の立場をわきまえながら発言するのですな。そうでなければ、侮辱罪で逮捕もあり得ますぞ!」


 すると今度は兵士長が、厳しい口調で公爵をたしなめる。なんと……勇者や賢者って、冒険者の肩書だと思っていたけど、すごく偉いんだ……。


「ええっ……?こっこれはどうも……失礼仕りました。」


「おいっ、どういうことだ!貴国と結んだ通商条約は、正式な公文書ではなかったというのか?」


「えっ……いや……その……わが父の代からずっと、この様式で条約を交わしていたものですから……。」

 公爵が恐縮して縮み上がり、震えながら頭を下げると、今度は隣のハーゲル王子が噛みつきそうな顔つきで、公爵を問いただそうとする。


「お聞きになられたであろう……先代公爵……察するに先王のころより、この様式で貴国と我が国は通商条約を継続的に結んできた。すなわちこの条約は両国間の長年の信頼関係の下、交わされてきたもので既得権があると考える。すなわちこの条約は有効だ。何だったら国際裁判にかけても構わんぞ!」


 緊迫した状況下で、このままでは分が悪いと判断したのか、ハーゲル王子は自分を鼓舞するかのように、大声で息巻いて見せる。


「国際裁判っておっしゃられましても、そもそも国際法というのはこの大陸の国々が、外洋路を使って他の大陸の諸外国と通商する際に、勝手に他国が不利になる様な条約を結ばないよう牽制するためのものですよね?


 漁業権を勝手に売ってしまったり、独占的な通商条約を結ばないように……取り決められたのが最初と伺っております。魔王国が権勢をなして諸外国と争うようになってからは、戦時下の捕虜の扱いとか、戦闘可能時間帯の設定および非戦闘員を巻き込まないなど、国同士の争いや紛争に関しても追加で定義されました。


 議長国は貴国がずっと放さず、3百年以上も独占状態ですが、国際法で今回事案は裁けませんよ。その通商条約は、エルムグリム共和国連邦の公文書として、絶対に認められないのですからね。この条約を公文書と認めるかどうかはあくまでもエルムグリム内部の問題であって、他国から指図されることではありません。」


 どれだけハーゲル王子が強く主張しようと、事務長はあくまでも冷静に応対しようとする。


「おお……正にその通りだ!通商条約が貴国として公文書であろうがあるまいが、条約を締結した我が国には全く関係がない。正式な国としての意志でもないものを、他国と結ばれてしまう貴国の内情が問題なのだ。だから貴国は内内で、勝手に条約を結んだ首謀者らを追及するがいい。


 国際法には国家間で交わした条約及び覚書に関しては、いかなる理由があろうともその内容を履行することを義務とするとあるな?我が国としては貴国と結んだ通商条約の履行を貴国政府に要求する。この理論は間違っていないであろう?」


 ハーゲル王子はにやりとほほ笑むと、勝ち誇ったように高らかに叫んだ。やられた……確かに通商条約を結んだタッタルンには、その相手が国でなかったとしても関係がない。なんせ旧国会議長の承認印が押印されているのだからな……王様の承認云々は、あくまでも内部の話でしかない。


「その……確認ですが、通商条約の相手先はどうなっておいでですか?」


「相手先だと……?一体どういうつもりだ!事と次第によっては容赦できぬぞ……。」

 ハーゲル王子は一旦ソファにふんぞり返った姿勢から身を乗り出し、前かがみで事務長を睨みつけた。ひえー迫力ぅ……。


「ですから……その通商条約の相手国とは、一体どの国でしょうか?お答え願えますか?」


「はあ?いい加減にしろよ!無礼にもほどがある!先ほどから何度も言っているように、ここに、はっきりとエルムグリム共和国連邦と記載があるではないか!これがどこの国かお分かりか?」


「はい……魔王軍に攻め込まれて国会議長らが王様に政権を譲られる前の、我が国ですよね?それが何か?」


「国と国との約束事なのだから、政権が交代したとしてもその履行義務は、余程の正当な理由がない限り付きまとうのだぞ!そんなもの国際法の常識だろ?」


「はあ……ですがハーゲル王子様……昨年の来訪時に、魔王軍の侵攻を受けた際に貴国が魔王国に向けて出兵しなかった点を追求しましたところ、同盟の協定書はあくまでも共和国連邦と結んだもので、王国になった時点で協定書は無効であるとはっきりとおっしゃられたではありませんか。


 当方が魔王軍侵攻時点ではまだ共和国連邦だったのだから、協定書の内容は果たすべきと主張したところ、 戦時中には協定を結んだ当事者である国会の議員らを貴国で匿ったのだから、間違いなく履行しているとまでおっしゃってました。何でしたら当時の議事録をお持ちいたしましょうか?貴国にも配布済みの……。


 ですから今回も契約を結んだ当事者である、旧国会議長及び国会議員らにご請求なさればよろしいではないですか。


 王様の承認印がある正式外交文書であった、戦前の貴国との同盟の協定書ですら旧議長らに対する処遇でまかなわれてよしとされたのですから、見た目には公文書として扱われないその通商条約とやらは、それこそ旧議長らに対してご請求するべきと考えますが、違っておりますでしょうか?」


 ところが事務長の反撃は、強烈なものだった。これを覆すには、自分らが同盟の協定違反を認めざるを得なくなり、それはつまり戦争犯罪として非常に重い罪となってしまうのだ。


「ば……馬鹿な……議長!これはあなたの責任ですぞ!どうされるおつもりか?」


「いいいいやぁ……その……私におっしゃられましても……王子様が問題ないからとおっしゃられたから……。」

 ついには仲間割れだ……責任のなすりつけ合いが始まったようだ。


「どうして通商条約が密約と主張させていただいたのかと申し上げますと、実を言いますと貴国との海産物の輸入の履歴が過去何十年に渡っても、全くなかったのですよ。


 エルムグリム王国の金庫番は王国軍将軍も兼任する兵士長の担当ですが、私が会計担当として経理事務に当たっております。それで過去の予算の使用状況も、遡って検証しているところなのです。その為ハーゲル王子様が我が国との通商条約を持ち出されたときは、驚きました。


 通商の履歴が国家間取引として表立ってのものは全くないのですから、密約であろうと申し上げた次第です。

 これまで貴国から輸入される海産物は全てヒラーレル商会が一手に引き受けて、国内販売を担っておりまして、このこと自体は国民も周知の事実でございます。そうですよね?公爵……。」


 事務長が、顔が青ざめかけているヒラーレル公爵へ振り向き笑顔を見せる。


「ええっ……国家予算の会計までやっているのですか?」


「ああ……兵士長から数字に弱いからぜひにと泣きつかれて……やむを得ずにな……。」

 小声で事務長に問いかけたら、仕方なさそうに小さくつぶやいた。


「あっ……ああ……間違いがございません。うちの商会でタッタルンから輸入した海産物を販売しております。」

 公爵は抑揚のない口調で、ぼそぼそと答えた。


「どの海産物も非常に高価で、一部の富裕層のみが手に入れるような価格帯でしたが、戦勝後に国内で漁業が活発になったところ一気に海産物の価格が下がり、ものによっては十分の一とか二十分の一くらいにまで激変しております。ですがまあ……ヒラーレル公爵が個人で輸入しておられたのだから、高額もやむなしと考えておりました。


 ところがです、歳入をどれだけ確認してもヒラーレル商会が販売している海産物を輸入した際に発生するはずの、税金の納付がないのです。いわゆる関税ですね……関税を払わずに輸入業務を行うといわゆる密輸という犯罪です。海産物を販売した利益に対する納税はされていたのですが、関税が支払われておりません。


 近々ヒラーレル商会を関税法違反で捜索する予定でしたが、今回ハーゲル王子様がお持ちいただいた、通商条約と添付資料を拝見させていただいて、ピンときました。


 外交機密費という、領収書なしで支払い請求できる外務省での特別枠の予算金額が、提示された昨年の輸入すべき海産物の総額と一致しております。私の記憶に間違いがなければ、下一桁の数字までぴったりと一致しているはずです。


 恐らくこれまでもずっとそうなのでしょう……ヒラーレル旧国会議長は外務大臣も兼任しておりましたから、その外交機密費を使ってタッタルン王国から海産物を輸入し、それを公にせず自分の商会へ横流しして、利益を上げていたものと考えます。


 ちなみに王政になってから外交機密費は一切使われておりませんし、予算申請すら今年はされておりません。外務省のお役人は変わらぬのに……ですよ。


 こんなこと……国会の議長一人だけでなしえることではありません。


 兵士長……即刻ヒラーレル公爵始め、旧国会議員全員を特別背任罪と横領罪並びに国家反逆罪の容疑で逮捕して、家宅捜索願います。他にもいろいろと悪さをしていたに違いありません」


「ああ……そうだな……さっ……公爵殿此方へ……おいっ、直ちに旧国会議員を全員逮捕して家宅捜索。その際に全ての財産を凍結することを忘れずにな……どうせ国費を不正に使って利益を上げていたに違いがないんだ。断固として厳しく追及するのだぞ!」


『はっ、かしこまりました。』


 兵士長はヒラーレル公爵の左ひじ辺りを掴んで立たせた後、扉前に控える兵士らに命じ、兵士らは急いで部屋を出て行った。


「お見苦しいところをお見せいたしました。恐らく旧議長らは全員財産没収の上で、数年の懲役刑ののちに出所後、国外追放となるでしょう。恐らく移住先は貴国となるでしょうが、その際に通商条約の債務を厳しくご請求なさるのがよろしいかと……。


 ですがその前に……魔王国から攻め込まれた際に帰国へ疎開したことから、恐らく貴国内にも公爵らの別荘や貯蓄があるものと考えております。それらはエルムグリム国内にて国会議員の立場を利用して、私腹を肥やして手に入れた不当な財産と評価されるはずです。


 エルムグリムはそれら全てをタッタルン王国に対して即刻返却するよう、要求いたします。それこそ国際裁判にかけてでも、請求させていただきます。両国間の友好な関係を維持するためにも、どうか拒否なさらずに、速やかな返却を期待しておりますのでよろしくお願いいたします。


 ついでですが……先ほども請求させていただいた通り、昨年送付いたしました、魔王軍に対して戦勝した際の武器及びそのサンプルの代金……大至急お支払い願います。ここまでお話しさせていただきました通り、通商条約は無効ですから、出来ましたら金貨など現金でお願いいたします。」


 事務長が公爵らが国外に持ち出したであろう財産迄、全て返却するようハーゲル王子に要求する。その上で、武器の代金迄……ううむ……強気だ……。


「ぶっ……武器の代金に関しては承知した。即刻年度内に金貨にてお支払いすることを約束する。


 だが……公爵たちの件は容疑をかけられただけで、有罪と決まったわけではなかろう?無実の者の財産を没収など出来るか……きちんと罪を確定させてから、正式ルートで依頼してきなさい。


 だが……公爵らに関してはわが国では来賓として敬われており、犯罪者としての扱いはされないはずだ。彼らの処遇に関しては、こちらで判断させていただくことになるだろう。」


 ハーゲル王子は武器の代金支払いは認めたが、流石に公爵らの財産没収には反対の様子だ。たしかになあ……財産を返してしまったなら、通商条約での損失を取り返せなくなってしまうだろうからな。


「そうですね……疑わしきは罰せずとも言いますから……そうであれば、公爵および他の旧国会議員らの貴国内での財産は、すべて凍結……という形でお願いいたします。裁判ののちに無実であれば、凍結を解除すればいいだけですからね。議員らの家族が貴国に出向き、貯金を引き出して何処かへ雲隠れされてはかないませんので、ぜひ徹底をお願いいたします。


 国際法には国際手配犯の引き渡し及び、持ち出した財産全ての凍結及び返却が責務として記載されていますよね?どうやら国際法にはお詳しいようなので条文番号などは差し控えさせていただきますが、両国間の信頼関係が長く継続するよう、順守願います。」


「あっ……分かったわ……エルムグリム共和国連邦の旧国会議員らとその家族の財産は、すべて凍結しておく。期限は貴国内での裁判終了するまで……これでよろしいな?」


「はい、勿論です。財産の引き渡し請求の際は、罪状及び被害額から算出した賠償金額を必ず提示して、どこまでが対象となるか明確にする所存です。よろしくお願いいたします。


 おっとそういえば……この部屋にいらっしゃった当初からバタバタしていたもので、すいません。

 おーい……お紅茶をお客様にお出ししてくれないか。」


「はっ、かしこまりました。」

 事務長に命じられ、扉の脇に待機していた今度はメイド服の若い女の子が、部屋隅の茶箪笥へ歩み寄る。


「茶など要らんわ……帰らせていただく!」


 よほど腹に据えかねたのか、ハーゲル議長は唇をかみしめながら立ちあがり、お付きとともに部屋を出て行くようだ。いやあよかった……タッタルン王国との関係悪化で、あわや同盟破棄もありうると思っていたのだが、事なきを得たようだ。ハーゲル王子はこちら側の主張を、あらかた認めざるを得なかったからな……。


「だが……これだけは認めていただく。」

 ハーゲル王子が突然、つかつかと俺の方へと歩み寄って来た。なんだなんだ……何が始まるのだ?


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