9.武器供与
9.武器供与
「同盟の協定書というのは、国と国とが交わすものであり、個人がその対象にはならないはずですが、如何お考えでしょうか?」
「もちろんそうですよ……我が国と、エルムグリム共和国議会が結んだ協定と考えております。ですので我が国は議会の方々を優先して保護いたしました。」
ハーゲル王子は微動だにせず、淡々と答えた。まるで当初から、このような答弁は予想されていたかのように、自信満々に……。
俺には話の中身は理解しかねるが、それでもハーゲル王子の理論はおかしいのだろうと、事務長の話しぶりからうかがえる。
「ですが協定書の文面では、魔王国軍がエルムグリム共和国連邦に攻め込んだ場合、タッタルン王国は速やかにエルムグリム共和国軍に相当する以上の兵を派遣し、エルムグリム共和国軍とともに魔王国軍と戦うと記載されております。
魔王国軍が攻め込んだ時点ではまだエルムグリムは共和国でしたから、貴国はすぐに出兵して魔王国軍と戦う義務があったはずです。貴国が果たすべきは共和国議会議員らの保護ではなく、議長らと共に戦線に立って戦う事ではなかったのでしょうか?」
とか考えていたら、事務長がびしっとはねのけた。向こうが文面にこじつけた理論で戦うのなら、こちらも応戦するといった態度だ。
「そ……それに関しましては……ま……まあ……解釈の相違ではないかと……その……攻め込まれてすぐに議会は解散しましたからね……。」
形勢が悪くなったと感づいたのか、途端に姿勢を改めハーゲル王子は、少し顔を赤くしながら小さく答えた。
「でっ……ですが……我が国といたしましては、十分に協定書内容に沿った対応をしたと考えております。」
そうしてきちんと姿勢を正して座りなおした後、断定するかのように大きな声で発言した。
「そうですか……このように解釈が分かれるような内容は、国と国との約束事である協定では交わさぬ方が良いと当方では考えますが、如何でしょうか?」
「はあ……確かに、一つの協定書を巡って解釈の相違で争うのは、喜ばしい事ではありませんね。」
「では……貴国からの4つ目の条件は、双方にとって解釈通りに果たされるかどうかはなはだ疑問であり、文面には含めないという方向で問題ありませんか?」
「は……はあ……はなはだ遺憾ではありますが……そのようにお願いいたします……。」
ハーゲル王子が少し厳しい目つきで自分の指先を見つめた後、ゆっくりと答えた。
「では……貴国からの3つの条件を記載した上で、魔王国に向けた食料支援の協定書を作成させていただきます。文書が出来次第、両国王様の調印式を行わせていただきたいと考えます。
それでは早速、勇者が提案した武器の数々をご紹介したいと考えます。
まず最初は、刀に槍に薙刀……これは今では廃れた刀鍛冶の技術ですが、ナタに鍬や鎌等の農機具や、包丁などを作る鍛冶技は貴国にもいまだに存在するはずです。その延長線上のものであるため、貴国でも十分に製造可能と考えます。その為サンプルだけお持ち帰り頂き、貴国にて製作願います。
続きまして弓矢……これは完全に廃れてしまった飛び道具の武器……ですね。安定した張力を維持するために、木目の向きや材質などを勇者指導の下に思考錯誤し、ようやく作り上げたものですので、我が国で製造して貴国へ送らせていただきます。現在エルムグリムでは百本の弓を持っておりますので、百本お届けいたします。矢に関しましては消耗品のため、矢じりや矢羽根の作り方など技術支援させていただきます。」
いつの間に準備してあったのか、VIPルームの奥に刀に槍に薙刀に弓矢などが、並べて展示されているではないか……早速事務長がそれらの説明を始めた。
「こちらが、投石器の十分の一模型になります。こちら側の丸印に向けて打撃魔法を放つと、反対側の籠の中に入れた岩が飛び出す仕掛けです。打撃魔法の強弱により岩が飛ぶ飛距離が変わり、中央部のレバーの上下を操作することで、岩が飛ぶときの最高到達高さが調節できます。
打撃魔法を使ってはいますが、岩を飛ばす力自体は物理力ですので、この岩は魔力を帯びていなく魔法結界を突き抜けて飛んでいきます。試しにやって見せましょう。これはこの城の城壁を十分の一に縮小した模型です。この先に敵軍をこう配置いたします。城壁には魔法結界を張っておきます。レルム……頼む。」
「了解。オンダラスカ………………」
続いて投石器の説明に入る。勿論投石器は縮小したモデルだ。そうしてシーソーの重し側は長さを1/3に詰め、中央の回転部分含めてすっぽりと溶接した鉄の覆いで囲ってある。内側に鉛板を貼り付けると、透視魔法でも内部が分からないとレルムも言っていたので、やはり鉛板の効果は大きかった。
この形だと片側に人が飛び乗ることは出来ないが、荷重箇所に丸印をして打撃魔法を付与する方法とした。
術者によっては巨大な岩でも楽々飛ばせるほどの魔法効果があるので、長さを詰めても十分機能するようで、このほうが投石器自体もコンパクトでしかも操作者が少なくて済むため、エルムグリムの投石器も全てこの方式に改善済みの様だ。これなら内部の仕組みは容易には想像できないだろうと、事務長が太鼓判を押した。
「では……岩代わりのゴムボールを籠に入れ……魔法兵が発射いたします。頼む。」
「はっ……ハラミダスパ……………………はやーっ!」
事務長に命じられた魔法兵が念を込めて叫ぶと……投石器の射出部が大きく持ち上がり、ゴムボールが城壁の模型を飛び越え、敵軍の模型位置に衝突した後数回飛び跳ねた。
「おおーっ……これは一体いかなる仕組みでしょうかな?魔法で飛ばした岩……いやゴムボールか……が、魔法結界を張った城壁を飛び越えて行くだなんて……初めて見ました。これは凄い!」
すぐさまハーゲル王子が驚いた様子で、投石器模型に近寄って模型を浮かせて下から見上げながら、鉄板の覆いの中を覗こうと必死な様子だ。
「実は……我々も教えられていないのです。これは勇者が元居た世界でも極秘の特殊な技術なようで、勇者がたった一人で投石器を製作し、こちらはそれを受け取るだけです。勇者は被覆した部分を取り外して中身を探ろうとすることを非常に嫌いますので、どうかこのままご使用ください。
年に何度か監査に向かわせていただきますが、投石器を分解しようとした痕跡があれば、以降は追加供給を控えさせていただきます。
また、投石器も我が国の在庫数を超えない範囲で劣化交換用の必要数をお届けいたしますが、急に多くの数量を要求されても勇者の手作りのため、対応できない場合もございます。」
すかさず事務長が、俺が作り方を教えずにたった一人で制作していると説明する。こうしておけば、ブラックボックスの中身を探ろうともしないだろうし、分解も控えるだろう。全然大した技術ではないのだが、魔法至上主義のこの世界では、このてこの原理を応用した技術には、考えてもなかなか到達できないようだ。
「おお……勇者様自ら……しかも元の世界でも極秘の技術を使ってくださっている……ははあ……ありがたや……。」
ハーゲル王子がついには投石器に向かって両手を合わせ、拝み始めてしまった。薬が効きすぎたかな?
「続きまして……パチンコ……これは殺傷力の高い武器なので、決して人に向けて撃ったりしないようお願いいたします。弾の形状を色々と変えることで、破壊力や効果範囲を変えることができます。
先端を尖らせた細長い弾を使用すると……。」
事務長がパチンコの射出部に弾を挟み、思い切り引っ張って人の頭を模した陶器の模型目がけて発射すると……
「おおっ……凄い……。」
陶器の胸像の額の部分に大きな穴が開いた……。
「今度は先端を少し平らにした弾を使用します。」
続いて別の陶器の胸像へ向けて発射すると、頭部が粉々に砕けて割れた。
「おおっ……こ……これは……。」
「パチンコに関しましては、鋳造技術がある貴国であれば自国生産が可能と考え、サンプルとして5丁送付させていただきます。発射する弾は小石を拾って使用してもいいのですが、素焼きの陶器で作れば形も揃えられ、量産が利きます。」
事務長が陶器製の細長い弾丸を、ハーゲル王子らに手渡してやる。
弾は陶器製としたが、的の方も肉厚が薄い陶器の胸像なため破壊力が大きい印象を受けるよう、工夫してある。どうせ魔王軍と戦争にならないよう、食料支援や林業や酪農の技術支援をしてやるのだ。見返りに供与する武器の威力は大きく見せておくが、こんなもの使うことはないはず……と信じたい。
「こっ……この玉も魔法結界を突き抜けて、敵に当たるのでしょうな?」
「勿論です。魔力を使って弾の速度を上げようとしない限り魔力が宿ることはないため、魔法結界は何の抵抗にもなり得ません。そのまま的に直撃いたします。」
「おお……こんな武器が何万丁もあれば……魔王軍恐れるに足らず……だ。」
「続きましては落とし穴……ですね。これは貴国でも獣を捉えるわな等に使用する場合もあると考えますので、作り方は割愛して簡単に概要だけ説明いたします。
穴の深さを2m程も深く掘り、落ちたら簡単には脱出できないようにするタイプと、人の胸程度のやや浅い穴を掘り、穴の底に先を尖らせた竹串を仕込んでおくやり方の二通りあります。
どちらも投石を恐れて上ばかり見ている小鬼たちに、絶大な効果がありました。以上となります。」
事務長が深々と頭を下げ、説明を終えた。
「おお……確か勇者様が召喚されたのは、既に魔王軍が貴国の国境を突破して、進軍を続けていた時でしたな?王都到着まで2日程度で……ここ迄の武器や戦略を準備なされたとは……流石勇者様……。
これならあの百万の魔王軍を打ち破ったというのも、納得できますな……。」
ハーゲル王子は笑顔で何度も頷きながら、拍手し始めた。つられておつきの4人も拍手……。
「投石器はじめ武器に関しましては……一日二日だけでは準備が間に合わなかったため、闘いながら順に数を増やしたといった状況でしたね。槍などは穂先を鍛えるのに時間がかかりますが、竹を長く切り出し先端を斜めに鋭く斬り落とせば、十分槍の代わりになると指示され、当初は竹槍で魔王軍の大群に向かったものです。
ですが途中から逆に魔王軍に竹槍を持たれ……窮地に立つ場面もありました。
魔王軍も簡単な構造の武器なら、見よう見まねで作る知恵があるという事です。終戦後はその知恵を、産業に向けてもらおうと考え、技術供与を行うのです。そうして技術が培われるまでは、食料支援をしていこうと協力をお願いしている次第です。」
「なるほど……よく分かりました。しかし……ですね……魔王軍が最後の猛攻撃をかけ、魔導船の大船団で王都へ襲来したときに、投石器の投石以外にも魔導船を火だるまにした攻撃があったとお聞きしましたが、その武器はご紹介にあずかっておりませんが……抜けておりませんか?」
長々とした説明も、事務長が食糧支援の必要性にまで結び付けて有意義に終わったと思ったら、突然魔導船の襲来時の攻撃に話題を切り替えられた。
「ほほう……その情報は、どこから受け取られましたか?大軍を率いて王都陥落をもくろんでいた魔王も、あまりに凄惨な完全敗北を恥ずかしいと感じたのか、我が国にも王都戦での詳細情報は他国へ漏らさないでほしいと、依頼されているくらいですがね……。」
すぐさまエルムグリム王様が、首をかしげながらハーゲル王子に尋ねる。
自信満々で俺たちに王都が陥落する様子を見せようと、大空をスクリーンに中継したはずが、思いもよらぬ大敗……あれでは魔王の面目丸つぶれだ。口外しないでほしいと、こちらに願う気持ちも分からなくもない。
「ええっ……いや……あれは……そっ……そうだ……タッタルン山頂へ昇っていた登山客が、貴国の王都で火の手が上がっているのを見つけたんじゃなかったかな……そっ……そうだったよな?」
「はっ……はい……あの……その……」
「まさか……貴国との国境の山脈の……一番高い山に登っても、距離的に考えて王都の様子を窺えるはずはありませんよね?遠眼鏡を使用したとしても、魔導船が燃える様子など見えるはずはないと思いますが……。」
王様からの問いかけに、ハーゲル王子はとんでもない言い訳をし始め、お付きに同意を求めようとするが、お付きもしどろもどろだ。すかさず事務長が、怪しいと追及し始める。
「いっ……いや……どこからの情報だったかな?出所はともかく、魔導船の大船団を炎に包んで、沈没させたのには間違いがありませんよね?」
どうにも言い訳が通用しないと悟ったのか、ハーゲル王子は開き直って事実を追求しようとする。
「うーん……魔王との約束があるのでのう……。」
王様は困り顔だ。
「矢先にこう……油を染み込ませた布を巻いて……それに火をつけて素早く放てば……的が燃え上がる火矢という攻撃方法があるのです。これも勇者からの指示ですが、この場ではそれ以上の説明は出来かねます。」
すかさず事務長が、火矢の概略だけ説明して話を終わらせた。
「分かりました……無理を言って申し訳ありませんでした。
ですがいやあ……凄いですね……勇者様のお知恵は……是非ともわがタッタルン王国へ出向いて頂き、お導き願えないでしょうか……出来ましたら我々とご一緒いただければ護衛もかねて安全に……。」
部屋奥の武器類の展示スペースを眺めていたハーゲル王子が、つかつかと歩み寄ってきて跪き、俺の両手を包み込むようにして頭を下げた。
「おっ……おおお俺……なんかが……いい行っても……ですね……。ななな……なんの……」
ひえー……何の役にも立つはずないのに……
「すみませんが勇者には魔王国への技術支援を、我が国の技術者と共に行っていただくつもりですので、当面の間はご容赦ください。供給した武器の使用上の不明点などは、私宛にお問い合わせください。また、弓矢の矢やパチンコの玉の作り方に関しましては、工房の工員を派遣頂ければ、我が国で教育させていただきます。
以上ですが……何かご質問はございますか?」
よかったぁ……事務長が代わりに断ってくれた……助かったぁ。
「そうですか……まあ我がタッタルンでは、何年先でも勇者様のご来訪をお待ちしておりますので、お気軽に訪問ください……よろしくお願いいたします。」
そう言ってなおもハーゲル王子は頭を下げる。ひえー……諦めていない……どうしよ……。
「さて……重要な打ち合わせも無事に終わりましたな……お疲れでしょう……お部屋にご案内いたしますので、どうか湯にでもおつかり下さい。その後、歓迎の宴を予定しております。ダンスホールで行いますので、今夜はごゆっくりお楽しみ頂けますぞ……。湯殿の準備はよいかな?」
そう言って王様は、大扉の横に立っているメイド服の少女に問いかけた。
「はい……ご支度できております。」
「では……ご案内してください。」
「かしこまりました。こちらへ……どうぞ……。」
タッタルン王子様ご一行は、メイドに案内されて出て行った……ふう……。
「どうやらタッタルンと通じているものが、この国の中にいるようですね……。」
「うむ……戦勝後すぐに魔王からの依頼で、王都戦は他国へ口外しないよう、わが軍には厳しい箝口令を敷いたはずなのですが……どこから漏れたものか……。」
事務長に指摘され、兵士長が首をかしげる。
「ボウガンの情報が伝わっておりませんし、魔導船の炎上の様子も見たものの情報とは思えません。恐らく戦争中は戦地にはおらず、最近になって王都あたりへ戻ってきたものが、兵士たちから伝え聞いたのか、あるいは国境の堤防団地に入居した、農家の人間かも知れませんね……。」
「ああ……そうなると、議会の議長辺りが怪しいかもしれないですね……なにせ戦時中はタッタルンに保護されていた訳ですから……最近になって王都へ舞い戻ってきて、国会を再開させるんだと議員たちを招集していましたからね。
王様が一度解散した議会なのだから、正式な選挙で選出されなければ、簡単に再任などできないとくぎを刺されたから……何やら影でこそこそと動き回っておるようですからね……そう言えば僧兵の班長クラスを集めて、何やら問い正していたような……もしかしたらそこで情報を仕入れて……。」
「あり得るな……他国のものへは漏らすな……と言った指示でしたからね。議長にどうしても王都襲撃の状況を話せと追及されたなら、断れなかったでしょう。議長がタッタルンと通じているとなると、ますます簡単には再選させられないという事のようですな……注意しなければなりませんね……。」
「はあ……この国の敵は魔王軍だけではないという事か……悲しいのう……。」
事務長の推察に対して、レルムが議会の議長が怪しいのではないかと事情を説明し、王様はショックを受けたように、泣き出しそうな悲しい顔でがっくりと肩を落とされた……。はっ……待てよ……
「ちょちょ……っと……国会とか議長ってどういうことですか?この国は王国なんですよね?」
「いや……本来はこの国は議会制民主主義国家だ。王様はこの国の象徴として崇められてはいたが、政治には関与していなかった。総選挙で国会議員を選出し、その中から首相というか議長を選出して内閣を形成し、政治を行っていた。首相の任命には王様が調印されるが形式だけのことだ。
魔王軍に攻め込まれた途端……議長以下議員たちは国家元首として占領後に処刑されることを恐れ、王様の了解も得ぬまま勝手に議会で賛成多数で議決されたとして、政権運営の全権を国王様に返上し、早々に疎開先へ避難してしまった。仕方なく王様が全く知らない国軍の指揮を執られることとなってしまったのだ。
何の抵抗もせずに、魔王軍に占領されるわけにはいかないからな。
先ほども魔王国軍に攻め込まれた時のタッタルンの対応で、揉めていたではないか。タッタルンはあくまでも、議会制民主主義国家であったエルムグリム共和国と協定書を交わしたのだと主張していたはずだ。」
な……なんと……意外な事実……話の内容が全く見えていなかった。あの場で変なことを口走らなくて、かえって良かったのか……。
「王都も本当は城下町ではなく、城の正門の真正面には城と変わらない大きさの国会議事堂があったのだが、議員たちが最後に議決した法案は、国会議事堂を跡形もなく破壊することだった。仕方なく千人もの魔法兵で、粉々に破壊しつくしたが、あれはあまり気分のいいものではなかった。
どうせならと……攻め込んだ魔王軍が弾避けに使えぬようにと、疎開済みの王都の東側の集落含め全ての建物を破壊して回ったのだ……。」
兵士長がやるせなさそうに顔をしかめながら、集落を破壊していった背景を説明してくれた。
「文美雄の提案で城下町に落とし穴を掘っただろう?城の手前側は広大な国会議事堂の敷地で、障壁を張る僧兵が待機する地下施設もあったから、落とし穴を掘りやすかったはずだ……。いくらがれきに埋もれたとはいえ、元々地下施設があったわけだからな……。」
なんと……次々と明らかになる意外な事実……ふう……もうお腹いっぱい……
「それはそうと……文美雄はダンスを踊れるのか?今夜はダンスパーティだぞ。勇者となれば勿論、客人のお相手をしなければならんからな……。今回は幸いなことにお姫様はいらしていないから、文美雄が直接客人とダンスをすることはないからいいのだが、それでも一緒にダンスをするくらいは……。」
「はあ?そそ……そんなこと……聞いてないですよ……。ダンスって……フォークダンスくらいしか……。」
「うん?ふぉ……フォーク……なんだそれは?」
「いっ……いえ……なんでも……ダンスは……出来ません。」
「まあそう言うな……こうやって音楽に身を任せて……基本ステップは……。」
速攻で事務長からダンスの基本ステップを教えられ、右へ左へと脚運びの練習や回転させられた。
「ふうむ……文美雄は……ダンスには向いていないようだな……ニコニコ笑顔を絶やさぬようにして、壁の花でいるのが賢明だな……。」
そうして小一時間ほど……色々とご指導されたのだが、何度も事務長の足を踏んづけたり引っ掛けたりと、全く上達しなかった。それはそうだろ……俺はインドア派なのだ……体を鍛えるべく腕立て腹筋スクワットは毎日欠かさぬが、あくまでも主戦場はインドアだ……あれ?ダンスもインドアか……まあいいさ、俺は1人がいい……。
その日の夜は、もしかすると俺がこの世界へ来てから一番長く辛い時間だったのかもしれない。思い起こせば……小学校の高学年から始まるダンス授業……当初は急な腹痛や頭痛を理由にさぼっていたが、流石にいつまでも続けられず、親まで呼び出されて追及されたが全く無視して頑として、ダンスの授業に参加しようとしなかった。
俺は……人に合わせるのが苦手なのだ……いや……時間を掛ければできるのかもしれないのだが、その時間は俺の場合人並みではない。ダンスの動きなどどうしても覚えきれないし、次の動きを考えていると動きがぎくしゃくし、周りから俺一人だけ乱していると注意を受けた。
しかし俺だって一生懸命やっていたのだ……だが皆には理解されず、とうとうダンス授業ボイコットに至ったのだ。宮中でのダンスと俺たちが習ったダンスは基本的には全く異なるかも知れないが、リズムに合わせて皆決められた動きをするという点では同じだろう。俺は人に動きを合わせるという事が苦手だ。
考えてみると……この世界では俺に皆が合わせてくれていたから、だからすぐに皆と打ち解けられたし、気持ちも伝えられるようになったのだと思う。今では俺の方から人の気持ちを汲み取り、合わせることだって可能だろうと思っているくらいだ。これは……成長と言えるのだろうか……。




