7.使節団
7.使節団
<歓迎!タッタルン王国 使節団様>
寒風吹きすさぶ中、城壁の正門上に横断幕が掲げられ紙吹雪が舞い、煌びやかな装飾に飾られた豪奢な馬車は、これまた光り輝く金銀細工が施されたボタンや襟章などに飾られた軍服を着込んでいる多くの騎馬兵部隊に護衛され、ゆっくりと入門してきた。
騎馬兵部隊の腰には、フェンシングのサーベルの柄のような型の剣がぶら下がっているようだ。
城門を入ってすぐ左の降車場に2台の馬車は停車し、金色がふんだんに使われた目がくらむような装飾が施されたドアが開くと、そこから羽毛のように毛羽だった大きく暖かそうな襟の、ガウンのような衣装とも言うべき真っ白い服に同色のズボンを履いた男性が一人降り立った。
更に別の馬車からは、胸元がフリルで飾られた洒落たシャツに真っ赤で肩の部分に金糸で装飾された大きな襟章がついた、軍服とは思えない金色のボタンが華やかなダブルの紺色スーツ姿の男性が4人降車した。
巨大な王室専用の魔道船でタッタルン王都からエルムグリム王都郊外まで夜通しで飛来し、そこから馬車で城まで来たようだ。
見た目はどちらの馬車も、8から10人は乗れそうな大型馬車なのだが……待っていても、それ以上降車される人は見えないので、ロータリーを背に整列して待っていた中から1人駆け足で歩み寄って行った。
「どうも……本日はわざわざ御足労頂き、誠にありがとうございます。
エルムグリム王様始め国民全員でタッタルン王国のご使者様を、歓迎いたします。」
戦争終結したにもかかわらず、相変わらず簡易甲冑姿の兵士長が、ガウン姿の男性の下へ歩み寄り深々と頭を下げた。簡易甲冑はどうやら正装のようで、実を言うと戦争が終わってからは作務衣のような、楽な服ばかりで過ごしていた俺も、剣術の稽古用に作ってもらった簡易甲冑でこの場に臨んでいる。
ステンレス製の鎧は、重いからな……。
「お初にお目にかかる……タッタルン第1王子、ハーゲルだ。エルムグリムの兵士長殿だな……シュツルーベンたちから話は聞いているぞ……魔法兵士としては超一級という事のようだな。
其方のような強者がいたから、主力の軍勢が敗れた後からでも巻き返しが利いたと、皆噂をして居った。
是非ともわが軍の魔法兵らにご指導を賜りたいところだが……エルムグリム王に許しては頂けぬか……残念なことだ……何だったら今の3倍の報酬を出してでも雇いたいところだがな……はっはっは……冗談……。
それはそうと……貴国で召喚された大魔導士様というのは、どの御方だ?今回も大魔導士様のご活躍で、危ういところを切り抜けられたそうではないか……しかも魔法は使わずに戦術指導だけで……素晴らしいことだ……ぜひ我が国にも戦術のご指導においでいただくよう、王様にお願いしておいたのだが……如何かな?」
ふわふわの襟足のガウンを着こんでいるのは、どうやらタッタルンの王子のようだ。しかも第1王子となるとお世継ぎだな……どうりで……8人乗りの馬車に一人で寝転びながらやって来たのだろうな……あるいは美女を数人はべらしていたとか……か?馬車の中で待ってたりして……他の4人はお付きだな?
2人は連れだって前庭の砂利道をゆっくりと歩き出し、馬車から降りたお供たちもそれに従って歩き始めた。
「実は……その……召喚された御方は……大魔導士様ではございませんで……多々羅殿という魔法の存在しない異世界の、普通の高校生でした。ですがその……魔法が存在しない世界からやって来たからこそ……万事魔法につなげる我々が及ばぬ発想で様々な発明をなされ……おかげで魔王軍に勝利できました。
彼が……異世界から召還された、多々羅文美雄殿です。」
兵士長は第1王子を連れだって俺のすぐ前までやってきて、王子に俺を紹介した。
「只今ご紹介にあずかりました、多々羅文美雄と申します。どうぞお見知りおきを……」
すぐさま目を伏せ慇懃な態度で名乗り、深く頭を下げる。緊張してとちらないよう何度も何度も頭の中で発する文言を繰り返していたおかげで、一気に言い切ることが出来た。お偉いさんに紹介された時は、すぐさま頭を下げておくに限る。
「おおそうですか……あなた様が伝説の大魔導士をも凌ぐ多大な貢献をされた勇者様と言う御方……ほほう……確かに知的で勇猛果敢な顔立ちをされていらっしゃる……ぜひ我が国にもおいでくださり、至らぬ点をご指摘願いたく……正しい道をご指導いただけないでしょうか。お導き願います……。」
すると突然第1王子は片膝つくと、俺の両手を包み込むように握りしめながら、俺に来てくれと願い始めた。
「いっ……いやあ……あの……おおお……お俺なんかがいいい行っても……なななんの……おおお役にも……たたたたてない……ごごごしどう……なななんて……むむむむり……。」
俺の想定ではよろしく……と返されるだけでそのまま城の中に入って行ってくれるはずだったのだが……アドリブに慣れていない俺では、まともな会話ができない……。
特に煌びやかでいかにも高そうな衣装を身にまとった王子様から願い事されても……俺なんかが出向いたところで、何の役にも立てるはずがないじゃないか……絶対に無理……!!!
「どうされましたか?お加減でも悪いのでしょうか?お顔の色は……さほどでもないご様子ですが……息が荒く……それとも翻訳魔法が、うまく機能しておらぬのでしょうかな?おいっ……直ちに我が国で開発した、最新の翻訳魔法をお掛けして差し上げなさい。」
余りのことに硬直して、まともに受け答えできないでいたら、翻訳魔法をかけなおされることになってしまった。こんなこと……確か前にもあったな……。
「ははっ……かしこまりました。ハメラスムント………………。」
「お待ちください、翻訳魔法は正しく機能して御座います。特級魔導士のレルムが今朝確認しておりますから、間違いはございません。多々羅殿は……少々内気なところがありますから、初対面の……しかも王子様のような高貴な方に跪いて願い事をされては……気が動転してうまく話せないと思われます。
時間が経ち打ち解けて来れば、普通に会話できると思います。取り敢えずわが王もお持ちですから、城へ入りませんか?長旅お疲れでしょう……軽食もご用意しておりますから是非……。」
すぐさまお付きのものが俺の前に歩み寄り、何事か呟き始めた……すると兵士長が機転を利かせて、まずは城の中へ入ろうと促してくれた。助かった……一時はどうなることかと……。
「おおそうでした……エルムグリム王がお待ちでしたな……分かりました、ご一緒致しましょう。」
第1王子は兵士長に促されて立ち上がると、笑顔を見せながらゆっくりと歩き出した。流石王族……どの動きひとつとっても華麗で、貴賓にあふれているなあ……。
それに……優しそうでいい人のようにも感じる……。
ロータリーをぐるっと回って、そのまま城の正面玄関へ向かう。城の正面玄関に馬車で横付けできるのは、エルムグリム王室のものだけで、それ以外は必ず城門左の降車場で降りて、徒歩で城へ向かうのだそうだ。
これは客人の護衛の兵士たちを城の正面玄関まで近づけさせないためのようで、以降はエルムグリム側の兵士に護衛がバトンタッチされる、という意味合いがあるようだ。
兵士長が先導し、魔法兵たちが第1王子の周りを取り囲むように護衛しながら正面玄関を超え、エントランスの階段を上がって2階へ向かう。いつもの謁見室かと思いきや、そこを通り過ぎてさらに奥へと進み、大きな両扉の前で兵士長は止まった。
「タッタルン第1王子、ハーゲル・タッタルン殿下ご一行様をご案内いたしました。」
「どうぞ……お入りください。」
兵士長が声をかけると、両開きの扉はゆっくりと開き始めた。
部屋の中は明るく、豪華なシャンデリアが2つ天井から下がっていた。いつもの謁見室よりも少し小ぶりだが、こちらの部屋の方が壁や柱自体にも花や蔦の模様のレリーフが施され、豪華な印象がある。
しかも王座は一段高くなっていて、謁見室同様の装飾が施された豪華な椅子が置いてあるのだが、その対面には丸椅子ではなく、柔らかそうな革張りのソファが置いてあるではないか……なるほど……ここはVIPルームだな……国にとって重要な客人をもてなすための部屋なのだろう。
そうしてソファの前のガラステーブルには山盛りの果物籠に加えて、アフタヌーンティセットのような3段の小さな棚に、幾つものデコレーションされた飴やクッキーなどが、美しく配置されていた。
そう言えば、この世界にもガラス窓というのは存在するようだ。しかも俺が提案したら、すぐに複層ガラス窓さえも作る技術があった。その為スーパー堤防の住居ビルは全て複層ガラス窓になっている。
この城にガラス窓がないのは、かなり古い時代の建築であるという事と、重要軍事拠点……以前は剣に槍や弓矢など……斬った張ったの戦争が行われていたため、ガラス窓などは使えず木戸がはめ込まれていた名残なのだそうだ。
石を削って作られた採光窓は小さく、はめ込んだ木戸は外せるが窓ガラスにすると外せない為、空気の入れ替えが出来ないから、採光はできても不適であると、ガラスにはできないんだそうだ。
アルミサッシならトイレの窓とか、かなり小さくても開閉できていた記憶があるから、アルミの精錬技術があるかどうか確かめて……なければ何だったかな……確かボーキサイト……だったと思うのだが……しかもどのような化学反応とか全く知らないが……確か土から作る金属だったよな……いずれ余裕が出来たら事務長に話してみようと思っている。
「遠路はるばる……お疲れでしょう。どうぞ……おくつろぎくだされ……菓子などもおつまみ戴けると……コック長が腕によりをかけて作ったと申しておりましたぞ。」
玉座に座るエルムグリム王に促され、ハーゲル王子がソファ中央にドカッと座り、クッキーを一つ手に取り口へ運ぶと、すぐさまソファ横に控えていたメイドが、王子の前のティーカップにお茶を注ぐ。
豪華な服装の王子に比べて、エルムグリム王は戦時下とほぼ変わらぬ、飾り気のない普通のスーツ……サラリーマンの俺の父親が会社通いに着ていた、量販店のスーツとほぼ見た目が変わらないのだ……余所行き……とかいい服は持っていないのだろうか?なんだかお付きの兵の服にも負けているような……。
「おお……確かに……美味ですな……お前たちも頂きなさい。」
「ははっ……では遠慮なく……。」
お付きのものたちは2名ずつ王子の左右に分かれ、長いソファに少し離れてちょこんと腰かけた。有事の際はすぐに立ち上がれるように、身構えているのだろう。メイドが近づくだけでも身構えるので、メイドは少しビビりながら茶を注いでいるようだ。
「早速ですが王様……勇者様に我が国に足をお運び頂き、わが軍の至らぬ点をご指摘いただき、強化していただくようご指導をお願いしている件……如何でしょうかな?勇者様を召喚なされたのは貴国であるため、勇者様の所属も貴国であることに異議はございませんが、召喚者は世界で一人しか認められておりません。
その為、我が国も勇者様の知恵を拝借させていただく権利はあるはずと、わが父タッタルン王も主張しておられます。
貴国が勇者様を召喚したおかげで、あの百万の魔王軍を打ち破り、堂々たる勝利を上げられたではありませんか……互いの脅威は魔王国なのです。この大陸の……いえ、この世界の脅威の的である魔王国に対抗するため、どうか勇者様のご指導を願いたく……そうして両国の同盟をより強固なものにさせましょうぞ。」
ティーカップになみなみ注がれたお茶をゆっくりと飲み干した後、おもむろにハーゲル王子は立ち上がり、一気に要求を告げた。まるで俺がタッタルン王国に行くことが、義務であるかのように……。お付きのものたちも慌てて立ち上がったため、結構な迫力だ。
「ハーゲル王子……仰ることの意味は理解しているつもりです。確かに魔王国は、この世界にとって脅威でしかありません。強大な魔力を持つ魔王はもとより、あの百万の軍勢……今回の戦争で多少削ぐことは出来ましたが、それでも脅威が消えたとはとても評価できないようです。
そこでその……一つ提案があるのです。魔王国の脅威を少しでも減らすための外交策……とでも申しましょうか……既に文書にして貴国あてに送付しておりますが……。」
エルムグリム王は少しも動じず、玉座に腰かけたままで提案があると切り出した。
「魔王国への食糧支援……とかでしたな?どうして同盟国どころか、自国に対して攻撃的な国に施しを与える必要性があるのでしょうか?そのような事をすればますます付け上がり、もっと寄こせと要求してくるだけではございませんか?わが父も、書状を読んで首をかしげておられました。」
ところがハーゲル王子は、こちらからの提案を一笑に付した。
「ううむ……そうでしょうかな……実は貴国と共同でなくても、わが国だけでも魔王国に対して食糧支援と、農耕や畜産などの技術支援を行うつもりでしてな……既に魔王あてに文書でお伺いを立てたところ大変感謝されましてな……我が国との正式な講和条約のみならず、軍事同盟も結びたいとすぐに返信がございました。
貴国はいかがなさいますかな?」
エルムグリム王は柔らかな笑みをたたえたまま、じっとハーゲル王子を見つめながら問いかけた。
「食料支援のみならず、農耕や畜産などの技術支援まで?そのような事までして魔王国が豊かになり、強大な軍事力を持って攻め込んできたなら、如何なされるおつもりか?」
エルムグリム王の問いかけに対して、すぐさまハーゲル王子も問いかけで返してきた。さすが……使者として任命されてきただけはある。
「その不安要素に関しましては……事務長から説明していただくことにいたします。彼女は王室工房の事務長でしたが、勇者殿召喚後より勇者殿とともに様々な武器製造を担当し、我が国を勝利に導いたものです。その功績により賢者に任命いたしました。」
エルムグリム王は事務長を紹介しながら、目線を俺たちの背後の空間に移した。慌てて振り向くと、ソファの後方に突っ立っている俺と兵士長とレルムの後ろに、いつの間にか事務長が立っていた。
いや……最初から部屋の中に居たのか……初めて来たVIPルームの豪華な造りに目をとられ、全く気付かずにいた。
「おお……あなた様が……では勇者様とともに我が国に足を運んでいただき、共にご指導願いたく……。」
ハーゲル王子は素早く振り向くと片膝をつき、右手を胸に当てて頭を下げた。
「いえ……勇者が提案した武器や戦術は槍に薙刀に弓矢に落とし穴など単純なものでして……ですが単純なものであるからこそ、何でも魔法を主体に考える我々には思いもつかなかったことなのです。
投石器やパチンコなどの破壊兵器に関しましては、ご要望があれば必要数だけ貴国へ供与するつもりであります。その……見返りと考えていただいても構いませんが、魔王国への食糧支援をお考えいただけませんでしょうか?」
事務長が直立した体勢から、深く頭を下げる。
「ほほう……どうやら食糧支援が、武器供与をして下さる条件のようですな……そこまでしてやる意味合いがあるのでしょうかな?何せ魔王国は過去に貴国に攻め寄せ、穀倉地帯を乗っ取ったにっくき敵国なのですぞ。
今回の戦争で魔王国軍に多大な被害を与え、初めての敗北を味あわせたというのに、どうしてそこまで弱気なのでしょうか?それよりも我が国との同盟を強め、互いに結束して魔王国に立ち向かう軍事態勢を整備したほうが、より安定した平和な世の中になると我は考えますがね……如何でしょうか?」
しかしハーゲル王子は、どうしても食糧支援に納得できない様子だ。
「実は……穀倉地帯を取り戻した後、新たな国境線となった大河の対岸の整備が全くされていなかったため、我が国の技術者を派遣して堤防工事の方法を小鬼たちに教えたのです。その時についでに河川敷を農地に変える耕作の方法も教えてやり……」
事務長がおもむろに小鬼たちへの技術支援を行った時の話を始めた……。




