19.再び講和条約?
19.再び講和条約?
翌朝、朝食を終え装甲車で出発する。
昨日掘った落とし穴に先端を尖らせた竹串は仕込まなかった。いくら敵国の領地とはいえ、畑を血で汚すわけにはいかないだろうと俺が提案したら、皆も賛成してくれた。その分深く掘り、おおよそ2m程も掘り進んだから、背の低い小鬼たちでは、一度落ちたら簡単には出られないはずだ。
装甲車はいつにもましてゆっくりと進んでいく。余り先まで進んでいっても落とし穴を開けているのは250m地点までなので、ここ迄敵軍を引き付けるつもりだ。
「やはりな……極細ワイヤーには対抗策を持ってきているようだ。」
「あれは……ナタですか?」
「ああ……初戦で我が国の市街地に降り立った時に、農具を戦利品として奪ったのだろう。奴らには鍛冶技術はないだろうからな……刃物を作ることは出来ないが、奪った刃物は有効利用していると見える。
以前この地を奪った際に手に入れた分は、既に140年経過しているから、当に朽ちているだろうからな。」
事務長が小鬼たちの前線の様子を見つめながら、悔しそうに唇をかむ……前衛の兵士たちは昨日同様竹槍を各自手にしている様子だが、更に数人の手には光り輝く刃物が握られていた。昨日装甲車間をつないでいた極細ワイヤーを、叩き斬るつもりなのだろう。奴らだってやられっぱなしでいるはずはないのだ。
だが……ワイヤーは既に取り外して、繋がっていない。本日はこれまで幾度も使ってきた落とし穴作戦だ……考えてみたらこれが一番効果がある戦法なのかもしれないな……。
恐らく多少は気にしているのであろう……自国の耕作地を戦闘で踏み荒らすことは、後で自分たちが困るので非常時以外はやらないつもりと見え、それまで畦道を整列しながら歩んできた兵士たちは、国境の山脈1キロ地点から左右に散ってばらけて行った。
昨日も装甲車にひき潰されないために、この地点からは麦畑を平気で踏み荒らしながら逃げ込んでいったのだから、もうこの畑は収穫をあきらめたのだろう……昨日散々踏みしめたことによりある程度地盤が固くなったのか、本日は全軍駆け足で突っ込んできた。
《全装甲車停止!襲撃に備えよ!》
落とし穴を仕込んだ畑の先で全車両停車し、全軍が身構えて小鬼たちの接近を待ち構える。
ボウガンで畦道をかけてくる前衛たちを狙い撃ちしていると……竹槍が投じられて前面窓に突き刺さる。
一瞬びくっとするが冷静に刀の柄で竹カスを取り除き、またボウガンの矢をセットして照準を定める。小鬼たちは狙い撃ちを避けるためか駆け足で突撃してくるため、足の速い奴と遅い奴で結構距離が開き、投じられる竹槍もまばらで、一昨日のように待ち構えて一斉投擲をくらった時に比べたら、随分と貧弱な攻撃だ。
小鬼たちにだって作戦指揮官というものが存在し、戦況を分析しながら次の戦術を立てているのだろうが、もしかするとそれは小鬼たちの支配者である、魔族が行っているのかもしれない。
偽の調印式以外に魔族の姿を見たことはないから、恐らく魔族は小鬼たちの戦闘には参加していないだろう。
そうなると小鬼たちは日々の戦況報告を魔族に行い、翌日の戦い方を指導されて戦っているのではないだろうか。だから全てが後手後手に回るのではないだろうか……確かに魔王軍百万の軍勢は脅威であるが、今のやり方であれば何とか優位に戦いを進めていけるかもしれない……。
『△××〇□!』『△××!』『ンギャーッ!』『ギャーッ!』
小鬼たちの叫び声が、段々と悲鳴に代わって行く。最前衛の兵士たちが、仕掛けた落とし穴にはまり行き止まっているのだ。竹串は仕込んでいないとしても、奴らは落とし穴の怖さは十分承知しているはずなので、仲間が落ちたら手を掴んですぐに引き上げようとするし、大声で叫んで周囲に教えている様子だ。
最前線はすぐさま後退しようとするが、それでも前進の圧力は強く、次々と落とし穴にはまって落ちて行く。
耕作地は耕してあるから穴を掘るのは案外楽だったので、だったら深く掘ろうと提案したのだが、なんせ一辺250m……どこまで掘っても行きつかなくて困った。
すぐさま畦道へ逃げ込もうとする小鬼たちを、装甲車側面から薙刀でバッサバッサと切り刻んでいく。
穀倉地帯の畦道は、血しぶきが舞い上がる惨劇の場と化して行った。
暫くすると後方の堤防沿いをかけて行く一群が、渓谷の街道から追い返されて戻って来たので、各装甲車から半数の兵が飛び出て後方の小鬼たちを血祭りにあげて行く。
国境の渓谷へ向かったやつらは昨日全員仕留めたはずなので、国境部分の警護がどうなっているか、恐らく魔王軍は未だに知らないはずだ。この戦い方を繰り返していけば、如何な百万の軍勢でも毎日毎日すり減らされて行くはずだ。
畑を進軍してきた兵たちは、落とし穴への恐怖心があるのか、全軍に知れ渡るとすぐさま後退を決断したようで、いつもと違いこちらに背を向けて逃げ始めた。
深い落とし穴に落ちた兵を手持ちの竹槍を使って引き揚げ、命からがら逃げ去った兵を最後に、前方には早々と兵が一人も見えなくなった。
それから30分もたたずに、堤防沿いから国境突破を狙って逃げ戻ってきた兵たちも全軍で飛び出て倒し切り、本日は昼前には静寂を取り戻していた。
「じゃあどうします?明日に備えて、1キロ地点まで落とし穴を掘りますか?」
「もう3ブロック分先まで落とし穴を掘るというのだな?今日の戦いで奴らも落とし穴に竹串は仕込んでいないと気付いたであろうが、それでも深い穴には効果があったようだな。なにせ容易には出られん……。
落ちたやつらは助け出して逃げ帰ってくれるようだから、遺体の始末もしないでで済むし、何より生きていて捕虜にでもなられたなら管理が大変だからな……その点を考えると、ただの落とし穴でいいだろう。
だだっ広い穀倉地帯では陣も構えられないし、かといっていつまでも堤防沿いに陣取ってもいられない。進軍のためにも落とし穴を少しずつ前進させていくというのは、いいかもしれん。
皆も疲れているだろうが、もうひと踏ん張りだ……頑張るとするか。」
事務長の了解が得られて、魔王軍の死骸の始末を終えた後は、本日も落とし穴掘り開始となった。
堤防から1キロ地点までの畑は麦の芽が全て踏みしめられているので、穴を掘っても抵抗感がない。但しこの先は、未だ伸びて行く途中の麦の芽が実る畑なので……一部畑は踏み荒らされてはいるが、まだ収穫は可能と誰かが言っていた……これ以上の進軍は、困るな……。
かといって穀倉地帯の向こう側も大河のようだが、そこまで陣を進めるためには何らかの策が必要となる。
果たしてワイヤーや落とし穴以上の策が、浮かぶであろうか……ちょっと不安……。
穀倉地帯のど真ん中では柵も立てられないし、陣を張ることは難しすぎるのだ……。
昼からの作業だったが範囲は膨大で本日も夜中まで落とし穴掘りとなったが、夕食はきちんととることができ、そこそこ休憩も出来た。とはいえ……いつも隣にいてくれたメリアンちゃんがいない休憩時間は非常に長く、必死に穴掘りで体を動かしていることは、何も考えずに済むのでありがたかった。
《エルムグリム王国兵士諸君、直ちに降伏せよ!命までは取らないことを約束する!エルムグリム……》
翌朝、日の出とともに大音響の車内放送……いや……天から降り注ぐ声にたたき起こされた。
昨晩は疲れ切って寝袋に入ったが寝付けず、うとうととするたびにメリアンちゃんの愛らしい顔が瞼の裏に浮かび、同時に涙があふれだし……と言ったようなことを繰り返し、ほとんどまともに寝付けずにいたというのに、目覚めも最悪だ……。
すぐさま体を起こし、テントの入り口から外を確認……やはりはるか高みからの声……木霊魔法によるものと感じられる声は何度も降伏を促し、しまいには講和条約を結んでやると言う言葉で締めくくられた。
すぐに身支度を整え、本陣の天幕へ向かう。
装甲車1号車は女性専用の寝室として使われており、事務長たちが休憩や寝るときに使っているため、僧兵含めた俺たち男は近場にテントを張ってそれぞれ就寝している。1号車の天板から庇を出して天幕を張り、仮の作戦会議室としているのだ。
「一体何ごとでしょうか?」
既に事務長はじめ兵士長や魔導士レルムたちは集合して、近場の兵たちに色々と指示を与えていた。
「どうやら魔王の玉音放送のようだな。俺たち前線兵士の降伏勧告と、同時に停戦のための講和条約締結を示唆しているようだ。しかもほぼ強制的な言葉でな……。」
事務長が苦々しそうに顔をゆがめながら答えた。
「どういうことでしょうね……ここ数日の戦況を見ても、圧倒的にこちらが有利なはずなのに……。」
「ああ……ここでの戦況が、王都には伝わっていないと考えているのか……あるいは起死回生の打開策を持っているのか……よくわからんな。」
ともあれ急ぎテントをしまい、朝食は握ってもらったおにぎりを咥えながら装甲車に乗り込み出発。堤防を降りて畦道を進むと1キロ地点に小鬼たちの兵が待ち構えていた。
昨日のように引き込まれて、250m地点までの落とし穴に嵌っては困ると、これ以上の前進は控えていた様子だ。どの道ここまで落とし穴を仕込んであるというのに……。
「すぐに戦闘に入る様子には見えんな……。」
「はい……竹槍も持ったまま、身構えようともしませんね……誰かを待っているのかな?」
小鬼たちの前衛はいつものように長い竹槍を持っているが、右手に持ったそれを地面に押し当て立てたまま、ほぼ直立の状態だ。まるで兵士の列が、迎賓でもするかのように……。
「講和条約締結をにおわせていたから……もしかしたら魔族がやってくるのかもしれんな……暫く待つか。
戦闘に入らず待機と、指示を出してくれ。」
「はっ。」
《全車に告ぐ!……》
すぐさま待機命令が出され、2軍は正対したまま動かず時は過ぎて行く……。
《エルムグリム軍兵士諸君及び我が魔王軍兵士たちよ……本日は、この栄えある瞬間を目撃できる喜びを、感謝しようではないか……一つの国が征服されていく様を……》
びりびりと大音量で、直接頭の中に響いてくるような声が天から降り注いできた。
「天板を外せ!」
前方の網窓から上方を見上げていた事務長が、振り向かずに大声で発した。
すぐさま装甲車天板を外して天窓が解放されると、青空の片側に巨大な人影が……
「あれが魔王ですか?」
「そうだろうな……国交がないから見たことはないが、黒髪の人型魔族で髭面のニヤケ顔と聞いたことがある。」
口髭の両端が縦に伸び、顎髭とつながっている西洋紳士然とした男は、黒のタキシード姿で蝶ネクタイといった出で立ちのようだ。肌の色は青白いがこの世界では珍しい、俺と同じ黒髪で髭も黒……。
《これから諸君らには、エルムグリム王都が破壊されるさまをじっくりと生中継してさしあげよう……》
魔王がそう宣言すると空の片側に石積みの城壁と、今では見慣れた石を積み上げて築いた直方体に近い形をしたお城が見えて来た。あれは……エルムグリム城……つまり王都だ……。
「生中継って……これから城を攻め立てるという事ですかね?だって……百万の兵の大半は、今目の前に……もしや伏兵?」
「いや……目の前にいるのは恐らくほとんどが魔法兵士だろうな……僧侶系の兵士はほとんどいないのだろう……今回の戦いで魔王軍側は、僧侶系兵士が作り出す魔法結界はほとんど役に立たないからな……奴らも戦法を切り替えたといったところだ。」
「と……いう事は……?」
「ああ……恐らく魔導船の大群で、王都攻略に乗り出したのだろうな……。」
事務長が言った先から画面が切り替わり、今度は城下町の端から城の反対側を見上げる視点に切り替わる。すると東の空が真っ暗に覆いつくされ、それがだんだんと近づいてくるのが見えてきた……。
「予想通りに魔導船に大岩を大量に積んで、王城攻略に来たわけですね……でもこれ……ちょっと多すぎませんか?」
東の空を埋め尽くす黒い影は後から後から続き、切れ間が未だに見えてこない……
「魔導船は一隻だけでもかなりの大きさだ……一隻に2千人乗せるとして、百万の大群となるとそれが5百隻……兵糧や資材なども必要だろうから、実際は6から7百隻はあるのだろう。
言ってしまえば魔法兵の軍はおとりで、主力である装甲車隊の我々を国境近くに引き留め、僧兵を主体とした魔導船部隊を城の攻略に当てたのだろうな。全勢力を集中して一気呵成に攻め立てる……魔王軍らしい戦術だな……。」
事務長が抑揚なく答える……やはりここ数日の戦闘は、俺たちを王都に帰さないためのおとり作戦だったわけだ。その間に魔導船を進軍させ、王都まで近づいて行った……。
だけど確かに全軍上げて攻め込めばこうなるだろうが……どうしてそこまで?大岩を落として城を攻めるつもりなら、数隻の魔道船で十分では?
「でも……これだけ数が多いと……投石器では間に合いませんよ……漏れた分で城を攻撃されてしまいます。」
延々と続く上空を埋め尽くす魔導船の戦列は、正にハルマゲドンを彷彿とさせた。こんなに数が多いと、十台の投石器ではとても捉え切れそうもないと感じられた……。




