18.一進一退
18.一進一退
「火はうまい事、畑を包み込むように燃え広がっているな……時機に奴らの所にまで達しそうだぞ。」
事務長が嬉しそうに眼下の麦畑が燃え広がる様子を眺めている。
だが……次の瞬間……
「あれっ?」
畦道間を覆いつくすような幅の猛烈な水流が一気に流れ込み、火は一瞬で消えた。見ると畑には赤土しか残っておらず、炎とともに燃えた麦は根こそぎ剥がされ、全て堤防側面にたたきつけられた様子だ。
「ちいっ……自然の炎であれば魔法結界は通ってしまうが、攻撃魔法でなら一瞬で消せるという事か。なにせ向こうには魔法兵士が山ほどいるのだからな……これくらい朝飯前だ……。」
事務長が悔しそうにつぶやく。
失敗だ……畑を燃やして逃げ場を失わせ、畦道を使って押しつぶそうと思っていたのだが、結局魔法勝負になったら数の差で勝ち目はないのだ。
さてどうする?奴らはゆっくりとはいえ、着実に国境目がけて近づいてきている。何とか追い返せねば、国境を超えてエルムグリム国へ行ってしまうのだ。
「飛行術で装甲車を浮かせて畑の中に突っ込み、無理やり走って逃げ遅れたやつらを押しつぶして回りますか?丁度麦の茎が全て流された後だか遠慮はいらないし、何とか走れませんかね?」
「いや……奴らだって必死に逃げ惑うだろうから、一度に数人も潰せないだろうな……畑じゃあ車輪を取られて素早くは動けんだろうしな……飛行術は術者の体力と呪力を大きく奪うから、位置を変えるにしてもそう長時間使えるものじゃない。疲弊して装甲車が動けなくなったら、それこそ格好の的になってしまうぞ。装甲車は頑丈で機動力があるからこそ奴らにとって脅威なのだ。」
装甲車を浮かせて畑に突っ込み、小鬼たちをつぶして回ろうかと提案したが、どうやら効果に対して術者の魔力消費の方が激しそうだ。一瞬で否定されてしまった。
「装甲車間にロープを張って畦道を進んでいけば、奴らはロープに阻まれて押し返せるんではないでしょうか?そのうちに後ろが無くなって、逃げ場を失うような……そうなれば畦道へ戻らざるを得なくなって……。」
かなりだだっ広い穀倉地帯とはいえ、背後は旧国境の大河なのだ。装甲車間でロープをぴんと張って進んでいけば、小鬼たちは素通りできずに押し戻されていくのではないだろうか?
「確かにいい案だが、畦道間を渡せるような長いロープは持っていない。そこそこの太さがなければ押し戻せないだろうから、そうなるとこの距離では、ロープは自重でたるんでしまうだろうしな。細いと小鬼たちの力なら手で引きちぎれるだろうし、ナイフだって持っているだろう。ロープは無理だな……。」
「だったらチェーンはどうですか?鉄製のチェーンなら……」
「チェーンなら引きちぎられることはないだろうし、ナイフでも平気だろう。自重でたわんでも無理して引っ張って行けば、麦の根ごと巻き込んで引きずりながら進めるかもしれん。だがそもそもそんなチェーンなど持っていないし、仮にここが城だったとしてもそんなもの積み込めんぞ。重さで装甲車が動けなくなる。」
装甲車は畦道しか進めないとなれば、ロープやチェーンを装甲車間に張って、小鬼たちを地引網方式に追い立てるやり方だ……と思ったが、到底無理と言った感じだ。
確かにな……ロープにしてもチェーンにしても太さ10ミリと考えても、かなりの容積と重さになってしまう。そんなもの何の計画もなしに積んであるはずもないし、積もうとも考えないな……。
だったらボウガンの弦なら?確か極細の金属ワイヤーで作っているといっていたような……それだったら重さもさほどではないし……だが3百mもの長さは……
「ボウガンの弦だったらどうです?切れた時のために、長いワイヤーを持ってきているはずでしょ?」
「ああ……ボウガンの弦は髪の毛10本分の太さの極細ステンレスワイヤーにしてある。切れた時のために5百m巻きを各装甲車に積んであるし、荷馬車には太さを変えたワイヤーも積んであるぞ。」
「そのワイヤーを装甲車の側面に結んで、装甲車間をつなぎましょう。ステンレス製のワイヤーなら細くても簡単には千切れないし、何より下手に頑張ろうと踏ん張れば、皮膚をも切り裂くのではないでしょうか?
それで小鬼たちを追い詰めて行けば……。」
「ふうむ……風系の強化魔法で浮き球と言って、小石に付与して宙に浮かせ、風魔法で勢いよく飛ばして被害を拡大するという最新の作戦があるようだ。浮き球であれば小石程度の重さなら浮かせることができるから、軽いワイヤーならば十分だろう。
ワイヤー自体に魔力が付与されることになるから魔法結界を超えることは出来なくなるだろうが、坊主の考察から考えたなら結界内であったとしても十分な効果はあげられるだろう。
装甲車の底と中段部分と両方に張れば、奴らも簡単に乗り越えたりもできないだろうな。足場の悪い麦畑の中ならなおさらだ。うまくいくかもしれん……。至急他の装甲車にも指示を出してくれ。」
《全車に告ぐ……》
すぐさま木霊魔法で各車に指示が飛び、装甲車が堤防を降りて各畦道まで達すると、足の速い魔法兵が選ばれて、途中途中で浮き球魔法を唱えながらワイヤーの先端を持って隣の装甲車まで駆けて行く。装甲車底面のワイヤーを持っていき、帰りは中段部分の高さのワイヤー先端を持って戻ってくるのだ。
5百mワイヤー1本でちょうど往復できたので、実際のあぜ道間隔は250mという事か……ワイヤーも魔法結界で保護することができるようなので、炎系魔法で焼き斬られることもなさそうだ。これで潜り抜けることも飛び越えることも、簡単には出来なくなった。
「よしっ、じゃあ出発だ。」
ワイヤーは装甲車に取り付けたフックに巻き付け、ペンチで何度もねじって張力を高め、浮き球のおかげで水平を保てる上に押しかえせる強さにまで張れた。田んぼの方が畦道よりもずいぶん低くなっているので、装甲車の底のワイヤーでも膝くらいの高さになるだろう。後は全車で調子を合わせながら進んでいくだけだ。
《全車両、出発》
木霊魔法の合図とともに、ゆっくりと繋がった装甲車は進み始めた。
『△××□◇〇!』
小鬼たちとの距離はずいぶんと近くなっていて、畦道に戻った小鬼たちをボウガンで狙い始めると、やがて装甲車間のワイヤーに気付いた様子だ……押し返そうとするが簡単には切ることができない……。
『ギャーッ!』『ウギャーッ!』
しまいに悲鳴のような叫び声が上がり、畑を進んできた小鬼たちは一斉に畦道に上ったり背走を始めた。
ワイヤーに触れた先頭の小鬼たちの体が斬れたので、血しぶきが上がったのだろう。
「小鬼たちを踏みつぶす必要はありません、追い返せればいいので、スピードはあまり上げずに進んでいきましょう。無理すると隊列が乱れてワイヤーが切れます。」
「分かった……微速前進だと伝えてくれ。全車調子を合わせてゆっくりと進んでいくのだ。」
《全車に告ぐ!……》
装甲車は時速10キロほどの微速で、小鬼たちを追い立てながら進んでいく……
「あれ?後ろの堤防……小鬼たちの群れが駆けて行きます……まずい、国境の街道に進んでいきました。」
後ろから叫び声がしたので、焦って装甲車後方へ駆けて行って裏窓から確認すると……しまった……回り込まれてしまったぞ。
「慌てずともよい……断崖の街道には2台の装甲車を置いてあるではないか。」
「でも……後から後からやってきますよ。」
そうなのだ……小鬼たちは数人規模ではない……長い隊列で、後から後からやってくるではないか。
「ああ……なにせ8台しかいないから、畦道8列だけしかカバーできていない。約半里ほどだ。
これではこの広い穀倉地帯の全てはカバーしきれていないわな……だから両端から漏れたやつらがあふれて襲ってくる……だが……安心しろ……街道に向かったやつらはすぐに戻ってくるはずだ。」
ハラハラドキドキの俺の気を知らずに、事務長は自信満々に答えた。そうしているうちにも、続々と堤防を駆けて行く小鬼たちが見える。
だが……それも少しの時間で様相が変わった。堤防から山間の断崖にある街道へ向かった小鬼たちが、全速力で戻って来たではないか……そうして堤防を駆け下りながら、今度は畦道をかけて俺たちのいる装甲車目がけて襲い掛かって来た。
「あれ?本当に戻ってきましたね。そうして今度はこちらに向かって来た。同じ装甲車狙うなら、街道へ向かったほうがいいはずなのに、どうしてこっちへ戻ってきたのでしょうかね。本体と合流するためですかね?」
「いや……奴らは装甲車をやり過ごして、街道を進んで国境を超えるつもりだったはずだ。だが断崖の街道にはぴたりと2台の装甲車が横付けしてある。しかもその背後には試作機の投石器が準備されていて、向かってくる奴ら目がけて投石を開始したはずだ。
昨日のうちに断崖を登らせて適当な岩を探させておいたからな……在庫は十分にある。」
事務長はさも当然とばかりに、後ろは全く確認もしないで自信満々に答えた。
「はあー……凄いですね……ここまで考えていただなんて……。」
うーんやはり事務長はすごい……技術力もあって策士でもあり、スーパー美女だ……。
「何を言っている……全て坊主の提案通りなのだろ?坊主の案は奴らの分断が目的だったのだろ?こうして中央を攻めてくる奴らを追い詰め、端から漏れてくる分を別途叩く……。
分断さえしてしまえば、奴らの攻撃はほぼ無効となるからな……見てみろ……両端から漏れて長距離を走らされている兵たちは、長い列になっているから後方から竹槍を投じることも出来ん……そもそもほとんどの兵は、竹槍など持っていないはずだ……。」
事務長に言われて後方窓から見返すと、確かに竹槍を持っている兵は、10匹に1匹程度のようだ。あれ?
「百万の兵士だからな……百万本の竹槍など……そう簡単に調達できるはずもない。竹林はここまでに何ヶ所かあっただろうが、それだって何万本……といった程度だろう。今この装甲車と対峙している、前衛の兵士たちは全員竹槍を持っているだろうが、恐らく見える範囲内しか配備できていないはずだ。
だからこそ……こうやって装甲車自体で追い詰め奴らを分断し、装備の少ない兵士を個別に叩いていくわけだ。ボウガン兵5人を残し残りは装甲車を降りて、後方の奴らを叩くよう指示を出してくれ。」
「はいっ!」
《全車に告ぐ……》
すぐに指示が飛び、各装甲車から前窓に詰めている俺たち以外のボウガン兵と薙刀兵らが飛び出し、一斉に後方に迫りくる小鬼たち目がけて突っ込んでいく。竹槍を持っている兵は少数で、あっても竹槍を振り回して抵抗するがすぐに弾き飛ばされ、ボウガンの矢か槍の餌食となって行く……。
「とんでもありません……買い被り過ぎですよ……俺なんかがここまで考えている訳ないじゃないですか……ただ単に装甲車で突っ込んでいったら……とか、逃げられるなら何かを装甲車間に渡して攻めたら……とかくらいまでしか考えていませんよ。これまでもそうだったけど、俺の考えはすごく軽薄で薄っぺらいのです。」
どうにも過大評価され過ぎなので、ここらでしっかりと否定しておく。
「そうではない……考え方……発想と言ったほうがいいかな……坊主のような発想は、この魔法第一の世界で育った我々には、到底考えつかない事なのだ。そうしてその発想を突き詰めて考察していくと、結果として今のようになるのだから、それはやはり坊主の発案と言えるのだ。
今回だってそうだ、この広い穀倉地帯を8列で魔王軍兵たちを追い詰め、ひき殺しながら進むと言った時点で、左右に漏れた兵は後方の装甲車部隊が一掃していくのだろうと、容易に想像できた。同時にそれは、百万の兵全体には竹槍を配備できないだろうという想定も感じとられたわけだ。
つまり坊主のおかげで、本日も大勝利と言ったところだ……よかったな。」
事務長に言われて見回すと、先ほどまで装甲車前にごった返していた前面の小鬼たちの姿はもうなく、更に堤防沿いを駆けていた小鬼たちの姿も見えなくなっていた。前線の兵を見殺しにすることで、後続の兵は気づかれずに安全に避難できると判断し、途中から兵を引き上げさせたのだろう。
つまり奴らは前進を断念し、奥へと逃げ込んだのだ。そうか……また今日も生き永らえたようだな……。
俺はエルムグリム国内で小鬼たちを追い詰めた時は、本街道と迂回街道の3街道を使ったので、今回はそれよりも広そうだから8列になって……ちょうど8台あるから十分いけるな……と、そういった発想だった。とてもこの広い穀倉地帯の幅を考慮などしてもいなかった。見渡す限り……しか考慮されていなかった。
しかも国内の場合は街道間は森があったり、破壊された民家などの瓦礫に満ちていたから、巨万の兵たちが逃げ込む場所などなく、街道を追ってさえいればよかったのだ。
ところが穀倉地帯では、麦畑を踏み荒らせば逃げ放題という……仕方なくボウガンの予備の弦を使い、追い立てようと提案しただけだ。やむにやまれず……と言った感じの発案だったのだが……。
まあ……俺の言った作戦が、結果的にうまく型にはまっているというか、予想外の効果を見出していることは認めるが、それもこれも全て事務長さんが深く考えて、作戦実行の指揮を執ってくれているおかげだな……。
だが……誰の手柄でもいいさ、とにもかくにも何とか小鬼たちの前進を阻むことが出来たと言う訳だ。
装甲車はゆっくりとバックし始め、畑の中や畦道の小鬼たちの遺体を拾っていく。特に後方側は大勢の小鬼たちの遺体が、山のようになっていた。流石に畑の中で死体の処理はできないので、堤防を越えた河川敷の中で荼毘にふし、河川敷に穴を掘ってその灰を埋めて、いつものように石を置き立て札も立てた。
恐らく魔王軍は本日だけで数万の兵を失っただろう……これまでの戦闘の中でも多い方のはずだ。
だが今回の戦闘で、俺たちが前進できたわけではない。一面の畑の中では装甲車を固めて陣を形成することも難しく、畦道毎にばらばらに野営することは危険と判断し、堤防へ戻って装甲車を固め陣とした。
昨日は国境前だったのが、本日は国境を超えた地点まで、僅かに前進したに過ぎないのだ。
「畑に落とし穴掘りますか?」
「落とし穴か……うーん……だがなあ……田んぼや畑などの耕作地帯は、基本的に非武装地帯と取り決められており、そこでの戦闘は協定違反となりかねない。」
「麦の芽が出ていた時は遠慮していたけど、奴らは平気で畑に入って踏みにじっていましたからね。今じゃあ全て倒されてしまい、まともに収穫なんかできませんよ。最初に協定を破ったのは、明らかに向こう側ですし、どの道一部は火をつけた後に水流魔法で根ごと飛ばされたくらいだし……遠慮はいらないと思いますよ。
そんなに何ヶ所も掘る必要性はなくて、脅し程度に掘っておけば、奴らだってうかつに畑に入れないなと警戒するでしょ?荷馬車が来ているという事は、落とし穴に被せるための細竹積んであるはずですよね。
何だったら畦道側にだけ堀のように細く長く掘っておいて、小鬼たちがこれ以上畑に侵入しないよう、警告のために落とし穴を掘ったって理由にしておけばいいと思いますよ。」
取り敢えず穀倉地帯での戦闘初日の今日は何とか奴らを押し戻せたが、明日も同じと思えるほど俺だってお気楽ではない。ボウガンの弦は非常に細いのでそれだけで凶器になり得るが、いかんせん細いから切れやすいのだ。何処か一ヶ所でも切れたら使い物にならず、小鬼たちを追い詰めることも出来なくなってしまう。
今日なんとかなったから明日も……とは決して期待できないのだ。
協定違反と追及された場合の言い訳だって、考えておいた。
「そうだな……ワイヤーを装甲車間にピンと張って追い立てる作戦は、そう何度も使えるものではないだろうからな。よしっ……全車に伝えて畦道側に細長く落とし穴を掘るよう指示を出そう。取り敢えず本日は、堤防側の畑から始めるとするか……あまり遠くまで進出すると、目立つだろうからな……。」
陣は堤防に敷いたので、取り敢えず堤防付近の畑から、畦道沿いに落とし穴を掘ることに決めた。だが……一辺約250mの畑……言うのは簡単だったが、実際やるのは大変だった。
総がかりで堤防沿いの畑10ヶ所ぐるりと落とし穴を掘り終えたころには、既にとっくに日が落ちていた。




