17.報復
17.報復
「どうした坊主……寝ていないのか?」
「いえ……寝たつもりですけど……なんでもないですよ……。」
翌朝……恐らく目は真っ赤にはれ上がっていることだろう。上瞼も下瞼もなんだか熱っぽく腫れあがっているのが、自分でも感じ取れる。
メリアンちゃんの死を悔やみ泣き明かした……というよりも、1人になった途端にひたすら涙が止まらずに流れ続けた……と言ったほうが正しかったろう。明け方になって、ようやく涙も枯れた……。
メリアンちゃんの死を無駄にしないためにも、この命は託されたのだと重く受け止め、必ず魔王軍を倒すのだ。平和な世の中を作って、悲しい思いを誰にもさせないために……その為の犠牲を厭わないというのは非常におかしな話だが……それでも今の俺は納得している。
多少の犠牲はあっても……この命尽きようとも何としてでも魔王軍は止める。メリアンちゃんのために!
「さて……取り敢えず弓兵がいる装甲車には、料理用と行灯用の油壺を配布しておいた。端切れなどに油を染み込ませて矢先に結び付け、その矢を放てば火矢となり、魔導船に火がつけられるかもしれぬわけだな。
城には工作室があるから、ボウガンの矢を木製に変え長くして火矢に改善できるよう、指示もしておいた。そちらの方が慣れている分、狙いは正確なはずだ。
高度を上げたら行灯攻撃……という事で、竹ひごをたくさん作って行灯はいつでも組み立てられるようにはしてある。意外と嵩張るから……上端と下端部のみ四角い枠を作って紙を貼っただけだが、それだけでも飛ばせそうには感じている。胴体部分は蛇腹式に折り曲げて、嵩張らないように工夫させた。
それで……こちらでの魔導船対策は良いとして、歩兵の小鬼どもをどうするのだ?恐らく装甲車を攻撃する魔導船には僧兵を乗せて大岩とともに浮かび上がらせるだろうが、重くなるし不要な魔法兵は乗せないはずだ。残った小鬼どもが地上から竹槍を投げながら突き進んできたなら、それをどう対処する?
僧兵は少ないだろうが、それでも前衛は魔法結界を張ってくるだろうから、魔法攻撃は通用しないだろうし、通用するにしても数の差で、魔法攻撃を撃ち合えば負けるぞ。
投石器の試作機では、せいぜい油壷を飛ばして驚かすくらいしかできないのだからな。」
早速本日の戦法を尋ねられた……だが作戦などとっくに決まっていたのだ。あまり気が進まないが……
「装甲車を使って突っ込むだけです。」
「うん?これまでの戦い方と変わらぬのか?突っ込んでいって……どうする?今では奴らも竹槍という武器を持っているから、うかつに装甲車を出て槍や薙刀で戦えぬぞ。なにせ投げつけてくるからな……薙刀兵のステンレス製の鎧ならまだしも、槍兵の簡易的な張りぼて甲冑では竹槍とて脅威のはずだろ?」
「だからただ突っ込んでいくだけです。」
「はあ?突っ込んでいくだけでは、小鬼たちに取り囲まれて一斉に魔法攻撃をくらってしまうぞ。いくら装甲が頑丈とはいえ、相手はこちらの何百倍もいるのだ。交代で休みなく魔法攻撃を仕掛けられたなら、いずれ結界は破れ装甲車内は窯茹でのような暑さになって全滅だ。」
まあそうだろうな……これまでの戦術と弱点を考慮すれば、その想定が普通だ。
「装甲車自体を武器として……取り囲まれたらまずはボウガンや槍、薙刀を装甲車の小窓から突き出して、近づく小鬼たちを仕留めます。
そのまま止まらずに小鬼たちを踏みつぶしながら進めば……装甲は頑丈ですし結界に覆われていますから、……装甲車の下敷きになっても結界の膜に圧迫されるだけで逃げ延びられると勘違いしているかもしれませんが……恐らく潰されてしまうでしょう。
俺は結界は色がついた透明の膜だと考えています。魔法効果と魔法を唱えている兵士のみ弾いてしまうような膜が、体の周りに発生するわけですよね?大きさはどれくらいですか?体から数センチだけ離れた人型のような形でしょうか?でもそれだと歩きにくいですよね……歩いたり走ったりすると常に形は変わって行かねばなりません。
結界は布やゴムのようにふわふわと重さを感じない膜で、簡単に伸び縮みするのではないかと考えています。それだとどれだけ激しい動きをしても、体の一部が結界から飛び出してしまうようなことは起こりませんからね。つまり結界は保護する対象の周りを取り囲んで伸び縮みしながら形を変えるのです。
だから結界の膜の大きさとかクッション性とかは、現実には考える必要はないと理解しています。」
「確かにな……魔法結界は肌にくっついて守るというものもいるし、繭のように体の周り一定間隔の大きさで守っているというものもいる。魔法結界自体が緑で透明の膜であるから、体の周辺の色の変化でどのくらいの範囲に及ぶのかは、一概には言えていないのだ……。
王城を守る時は城壁だけではなく城や内部の建物含め全体を守らねばならないからドーム状の結界をイメージするが、結界に入れないはずの魔王軍が投石攻撃を避けるために城壁すれすれにまで詰めかけていたな。側面の魔法結界は城壁自体までで、それ以上のふくらみは持っていなかった。
装甲車の場合は正に四角い箱そのものだからな。そのままイメージして結界を張れば、装甲車自体を薄くとり囲っているだけと考えて間違いがないはずだ。」
やはり……俺の推測は間違っていないだろう。
「そうなると……装甲車の下敷きになったものはどうなると思います?1人だけなら車輪の高さがあるから下をくぐれるかもしれませんが、これが集団で行き場を失ったところに無理やり突っ込んでいったのなら……恐らく小鬼たちは次々ひき潰されていくでしょう……装甲車だけではなく自分たちの重さも加わります。
装甲車は頑丈なだけではなく非常に重いのです……しかも連続打撃魔法をピストンの動きで回転力に変えています。ピストンはてこの原理を使っていますから、摺動させる力を数倍にまで高めています。
小鬼たちがどれだけ踏ん張ろうとも力負けして、次々とひき潰されていくだけです。小鬼たちが腕を組んだりしてスクラムのように頑張って進めない場合は、落とした橋の時のように飛行術で、装甲車を少し浮かせて上から押しつぶせばいいと思います。
この場合は魔法効果で持ち上げているので装甲車体に魔力が付与されて、魔法結界があるから小鬼たちを踏みつぶすことは出来ないでしょうが、それでも小鬼たちを蹴散らすくらいは出来るはずです。
俺はこの作戦を装甲車が完成したすぐ後から考えついていましたけど、自分達が乗っている車両で敵兵を次々踏みつぶしていくという、あまり気持ちがいい戦法ではない為、講和条約を提案したのです。
ですが……敵が卑怯な手を使って来たからには、もう容赦はしません。」
小鬼たちを装甲車で踏みつぶしながら進むといったら、事務長は顔をしかめた。やはりあまりいい気分ではないのだろうな……だが、これは国の存続をかけた戦争なのだ。しかも敵は平気で卑怯な手段を使う……だからもう容赦しない……魔王国を攻め滅ぼすつもりで戦うのだ。
「本日の作戦は正に肉弾戦だ。小鬼たちに取り囲まれても構わずに突き殺しながら、ひき殺しながら進軍を続ける。魔導船がやってきて、上空から岩を落とそうとした場合の対処法は2つ……火矢と……」
朝食後の作戦会議では朝打ち合わせした内容を、口下手な俺に代わって事務長が皆に指図してくれている。事務長は一を聞いて十を知ると言った人だから、俺の作戦の至らぬ点まですべてカバーしながらほぼ完ぺきな作戦に仕上げてくれるので、彼女がいなかったなら俺がこの世界へやってきたところで何の活躍も出来なかっただろう。本当に感謝の一言だ……。
「魔導船で国境を超えようとしても大岩を何個も積んでいれば、魔導船には僧侶系しか乗船できないだろう。魔法兵士の小鬼たちは、恐らく徒歩で国境を超えてこようとするはずだ。絶対に小鬼たちに国境を超えさせてはいけない。
国境間の断崖の街道に装甲車2台残して置き、8台の装甲車で旧エルムグリム領の中洲の穀倉地帯へ突っ込み、進軍してくるであろう小鬼たちを殲滅する。漏れた分は2台の装甲車で一匹残らず仕留めてくれ。
これが最後の戦いと思い、各自気力を振り絞って戦ってほしい。」
『おーっ!』
事務長の力強い檄が飛び、全員高々と右手の拳を天に向かって突き上げた。大丈夫だ、このメンバーならやれる。魔王軍を必ず駆逐できるはずだ。
すぐさま俺たちと兵士長達が乗る2台の装甲車を先頭に、2列縦隊で国境の渓谷にある街道を目指して進んでいく。ぐずぐずしていると、小鬼たちが隊列を組んで国境街道を突破してきてしまう。そうなると国境前の平野部で、小競り合いが起こりかねないため、極力国境手前で阻みたい。
講和条約締結のために、形だけでも魔王軍が一旦退いてくれたのは有り難かった。まあ……断崖絶壁に挟まれた国境の街道へ、俺たちをおびき寄せるという目的があったからだろうが……それにしても巨万の兵を狭い国境街道へ追い立てる手間が省けただけでもありがたい。
装甲車2台が余裕で通れる断崖に挟まれた街道を出た先は、広い平野だった。
「川があって渡った先は、見渡す限り平地ですね……。」
渓谷を出た先は山脈の峰に沿って流れる大河があり、街道は大きく長い橋に繋がっていて、その橋を渡った先は見渡す限りの緑緑……だった……。
「ああ……この遥東にもう一本太い川が流れていて……この平野は大河に挟まれた中州ともいえる広い平野で、肥沃な大地は穀倉地帯となっている。今の時期は……麦を栽培しているようだな……遥か太古、エルムグリム領であった時には麦と米の2毛作を行っていたと聞いている。
現在の国境手前の原野とほぼ同じくらいの耕作面積があるようだが、肥沃な大地で収穫量は約1.5から2倍ほどもあったらしい。おかげでエルムグリム王国は以前は大国の仲間入りをしていた。」
事務長が少し寂しそうに、しんみりとつぶやくように話す。魔王軍の侵攻を止められず、致し方なく国境を変えて結界を張り、いわば盆地の中に引きこもって国を守ったのだからな……。
それでも何とか140年間は、結界が王国を守ってくれていたのだが、今はその結界もなくなってしまった。
代わりに召喚された俺は大魔導士でも何でもなく、再度結界を張って国境を守ることもできない。
ならば……ということで、俺は自分の知りうる限りの知識と知恵を絞って、この国を勝利に導こうと考えている。いや……俺以外の、もっと科学系の知識がある人が来ていたなら、それこそ火薬なんかを発明して銃や大砲など作れば、それこそ戦況は一変したのかもしれない。
だが俺にはそんな知識はないし、引きこもり気味だった俺の知識なんて一般の人に比べれば、劣るようなものなのかもしれない。それでもこれまでの戦いを見る限り、俺のつたない知識から生み出された武器がそこそこ効果をあげているし、落とし穴なんかの作戦だって功を奏している。
だから今回だってうまくいく……とも言えないが、出来るだけやるだけさ。
「来たぞ……やはり小鬼たちは徒歩で国境を超えるつもりで、穀倉地帯のあぜ道を行進してきたようだ。
ではこちらは……そのまま行進していき、魔王軍をひき殺しながら進み、押し戻せばいいのだな?」
事務長が俺に声をかけて来た。
「はい……余りいい気はしないでしょうが、やるしかありません。」
広い穀倉地帯……周りは見渡す限りの麦畑だ。そんな場所で戦端が開かれるのは気が引けるが、元々はエルムグリム王国に攻め入った魔王軍が、国境近くの街中に魔導船で降り立ちエルムグリム軍を挟み撃ちにして全滅させ、エルムグリムの穀倉地帯を踏みにじって荒れ地にしながら王都迄進軍したのだ。
こちらも気を使ってはいられない……そのまま進むのみだ。装甲車1台分しか幅がないあぜ道を、1台ずつ8列で進んでいく。エルムグリム領だったころと同様に条里制で碁盤目のようにあぜ道が敷かれているため、そのマス目である約3百m程度の間隔を開けながら、各畦道を進んでいくことにしたのだ。
距離にして約1キロ……歩兵の小鬼たちに向かって進軍していくと、ぐんぐん敵の姿が大きくなっていく。そうして50mほどの距離になった時点で、ボウガンで矢が発射される。余り距離があると、竹槍ではじかれてしまうからな……通常はこの時点で一方的にこちら側が攻撃するのみだが、今回は勝手が違う。
前衛の小鬼たちが倒れるのを確認しながら突き進むと、今度は敵が竹槍を装甲車目がけて投げつけて来た。
すぐさま刀の柄と薙刀の柄で、前方窓に突き刺さる竹のカスを叩き落としながら、それでも構わず装甲車は進んでいく。
『△〇□☆……』『〇△☆……』
魔王国語なのか知らないが、聞きなれない叫び声というか獣の鳴き声というか分からない声が響き渡りながら、過ぎて行く。ぐしゃっとかぼぎっとか潰れたり骨が折れたりする音を期待していたのだが、外れた……急いで側面の小窓を開けて、外の様子を窺う。
「駄目ですね……逃げ場を失った小鬼たちをひき潰そうとしたのですが、敵は全て麦畑の中に逃げ込んで装甲車を避けています。
引き返して一旦、川まで戻りましょう。今ならまだ、歩兵の小鬼たちよりも先に川まで戻れます。」
ひき殺し作戦は儚くも失敗してしまった……そりゃそうだ……目の前に巨大な装甲車が来たなら避けるわな……左右はだだっ広い畑なのだから……。
《全軍一旦撤退!至急川まで戻れ!》
すぐさま木霊魔法でアナウンスし、装甲車がバックしていく。装甲車の速度は30キロは出るので、小鬼たちが走るよりははるかに速いから、川まで先に戻って小鬼たちを国境へ行かさないよう頑張るのだ。
「さて、これからどうする?」
川沿いの広い堤防まで戻って来た。堤防はあぜ道よりも3mほど高く土が盛られていて、斜面には芝生が張られている。堤防から見下ろすと、小鬼たちの様子が丸わかりで、小鬼たちは委細構わず芽を出して伸びる所の麦穂を踏みながら麦畑を前進してくるようだ。
麦の茎が邪魔をし根に足をとられるせいか、足元がおぼつかないから非常にゆっくりではあるのだが、これでは装甲車の威力が出せない……。
「どうせ踏みにじられる麦なら遠慮はありません。火をつけてしまいましょう。レルムさんの魔法で、盛大に燃やせませんか?そのうちに類焼して、この穀倉地帯全体が火事になれば……。」
「それは無理です。魔法効果というのは呪文を唱えているときにだけ発動するのです。一旦燃え出した火が類焼するなんてことはありません。火炎魔法であれば火炎を放出した範囲のみ燃えますが、効果範囲はそれだけです。効果範囲内であれば、麦でも人でも燃えるでしょうが、範囲外は燃えません。
そうでなければ、怖ろしくて範囲魔法など使えませんよ……風向きによっては、自軍が窮地にさらされる場合もあるでしょうからね……魔法効果というのは、術者の能力に見合った範囲でしか効果がないのです。
それにそもそも……魔法ですからね。奴らの僧兵が魔法結界を張っていたなら、そこで魔法効果は中断されてしまいます。だから小鬼たちを巻き込んで燃え広がる……なんてことは起こり得ません。」
なんと……魔法って万能かと思っていたら……いや逆に万能なのか……味方を避けて被害を与えたい部分のみに効果が発揮される……ううむ……。
「だったら、油を浸した布や松明を使って麦畑に火をつけましょう。火矢で周辺部分にも火を放ってもいい。
麦だって植物だから、燃えるでしょ?丁度風向きも向こうに吹いているから……後は魔王軍が風向きを変えたなら、こちらも負けずに風で向こうへ押し返すようにすれば……多少時間がかかるでしょうが、畑を火の海にできませんかね?」
「丁度あぜ道ごとに分散しているからな……他の装甲車にも指示を出して、付近の麦畑に火を放ってみるか。
おいっ……各車に畑に火を放つよう指示を出してくれ。魔法は使わずに、直接火を放つよう命じるのだぞ。」
「はっ……。」
《全車に告ぐ。小鬼たちの侵攻を阻むため、各車付近の麦畑に火を放て!魔法を使わずに直接火を放て!》
すぐに木霊魔法で指示が伝えられ、各車から数人おりて麦畑の端に火をつけ始めた。
各畔の両端から煙が立ち上り始め、風魔法で火を煽っているのか、煙が次第に赤い炎となって麦畑を進み始めた。結果に満足したのか、火をつけた者たちが急いで装甲車へ駆け戻って来た。
「いいですね……奴らの方に火は向かっていますよ……装甲車なら多少の火であれば耐えますから、もう少し火の勢いが増して、奴らが畔に戻らざるを得なくなったら、こっちもあぜ道を進んでいきましょう。」
装甲車内部は耐熱パネルが張ってあるから、多少の熱なら耐えることが出来るはずだ。なんせ直接放った火だから、魔法結界は通用しないからな……。




