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15.裏切りと決裂

15.裏切りと決裂

 翌朝、メリアンちゃんと事務長も一緒に楽しい朝食後、兵士長と魔導士レルムがやって来た。


「どうですか?王宮からの返事は来ましたか?」


「いや……まだです。恐らく昼くらいにはなるでしょうな……伝令バトがここから王都まで往復するのですから。一晩中飛んでも、それ位の時間はかかるでしょう。」


 魔導士レルムは、小さく首を振りながら答えた。ふうん……ハトなのに鳥目じゃないんだ……。


「それで……講和条約となればいいのですが……仮に魔王が断ってきた場合、いかがなさるおつもりですか?まさか……いくら兵が減ったとはいえ、まだまだこちらの何万倍もの兵を相手に、戦うつもりですか?

 こちらにも相当な被害が出ているのですよ。」


 宮廷魔導士は不安そうに眼をしばたたかせながら、じっと俺の顔を見つめて来た。


 エルムグリム王が戦争終結に賛成するだろうと信じているのだろうが、肝心の魔王の返事が分からない。今この地にいる兵士たちはビビっているだろうから講和条約に賛成しているだろうが、ここに居ない魔王にとって、こちら側からの脅しはどれほどの効果をもたらしているものか……確かに不安な点はある。


「もし仮に……講和条約……とならなければ戦争継続ですから、戦わざるを得ないでしょうね。俺たちが戦わなければ魔王軍は再び王都迄侵攻し、今度こそ結界を破って城を落としてしまうでしょう。


 そうさせないためには俺たちが何としてでもここで頑張って、魔王軍の侵攻を妨げなければなりません。もう恰好のいいことは言っていられません、どんな手を使ってでも魔王軍を止めるのです。」


 今は魔王軍兵士たちがビビっているから国へお伺いを立てて、その回答が得られるまでは一旦停戦となっている。だが……魔王がどう出るか……多少の犠牲は構わんからひたすら前に出ろ……なんて指示を出しかねないからな……あくまでも俺が持つ魔王のイメージとして……だけど……。


「最悪のケースに備えて……装甲車や武器の確認をしておきましょう。」


「ああ……そうだな……槍先も研いでおいた方が良さそうだな……すぐ指示を出すか……。」


「こちらもボウガンの矢の補充と、薙刀を研ぐよう指示を出しておきます。」

 兵士長も事務長も俺たちの会話が終わる前に、忙しそうに部隊の方へと歩んでいった。



《講和条約……許可頂いた……魔王様調印……至急会いたし……》


 恐らく昨晩から兵士の移動は開始していたのだろう。朝は気づかなかったが、昼近くになって国境前に魔王軍兵士の姿は消えていた。いつの間にか全軍国境の向こう側……魔王国へ引き上げていたようだ。


 そうして講和条約の承認を受けたという、たどたどしい返事が木霊魔法を使ってこちら側に流れて来た。


「はぁー……よかったぁ……これで戦争終結……俺は魔王のことを少し見誤っていたようだ。

 案外兵士想いのいい国王なのかもしれないっすね……。」


 メリアンちゃんと事務長と一緒に、荷馬車からボウガンの矢の予備を出していた俺は、ほっとして手を止め大きく息を吐いた。


「助かったな……これで戦争も終わる……急いで兵士長たちの所へ行こう。」

『はいっ』

 すぐにメリアンちゃんとともに、駆け足で兵士長たちがいる装甲車へ向かった。



「王様も無益な殺生は続けたくはないと、講和条約に大賛成のようです。王様直筆の親書を伝令バトにつけて送ってくれました。正式調印は後日互いの考えを出し合ってから文書を作成し行われることになるでしょうが、取り敢えず、こちらからの親書を手渡し、魔王からの親書を受け取れば戦争は終わりとなりそうです。」


 満面笑顔の魔導士レルムの手には、金色で装飾された太い巻物が……あんなの掴んで飛んでくるんだ……伝令バト恐るべし……。


「信書の交換は、互いの国境の中間地点で行われます。」


 装甲車2台で見通しのいい中央街道を進んでいくと、やがて聳え立つ高い山々の裾野に……どうやら国境線は山脈によって分けられ、山の切れ間が魔王国への街道となっているようだ。


 装甲車2台横並びでもまだ余裕のありそうな幅の街道は両脇がだんだんと高くなり、見上げるほどの断崖絶壁に挟まれた一本の谷底の街道となった頃に数人の人影が見えた。



「あれは……人間……ですか?」

 魔王国には小鬼のほかに人間もいるのか?確かにメリアンちゃんは以前、8割がたが小鬼と言っていたから2割は人間か?


「あれは魔族……だな……人間ではない……人型の魔物だ……外観はほぼ人間と変わらない者もいるが、中には大きな翼を持っているものもいると聞く。魔族はライオンのような太くて長い尻尾を有しているから、もともと人間であったとは考えにくいようだ。」


 事務長が前方を見ながら解説してくれる。成程……魔族……魔王の親書を持ってやってきたのかな?


 一見すると軍服姿の……軍人風の出で立ちだが、よく見るとお尻の辺りから長ーい尻尾が出ているのが見える。あれはズボンに尻尾を通す用の穴をあけてあるのだろうな……ズボン履く時大変だろうな。


 魔族の男は3人いるようだが、どれも尻から長い尻尾が生えていて、それさえなければ……髪の毛の色は金色に白に赤……と、この世界の人間たちと変わらない。違いと言えば……肌の色が青黒いか……なんだか病人……アニメなんかでよく出てくる重病人みたいな感じだ。


 ところが見た目で身長はおよそ180を超え……兵士長や俺でも大きめの方なこの世界では、初めて見るくらいの長身で大柄だ、しかも3人ともに……魔族はこの世界の中では群を抜いて身長が高く体格もいいのか?


「これはこれは……エルムグリム王国の兵士長殿と宮廷魔導士殿ですな……私は魔王親衛隊長のギレージュと申します。ここに居る他の2名は魔王軍総帥と魔導士長でございます。


 この度は貴国からの終戦の申し入れ……講和条約締結有難くお受けさせていただきます。魔王様も無駄な殺戮はお好みではなく、両国の平和が再び約束されるのであれば協力は惜しまないとおっしゃっておられます。」


 装甲車を止めて徒歩で人影に向かって歩き出し、魔族までの距離があと数歩というところで魔王親衛隊長ギレージュは、兵士長とレルムを認めて笑顔を浮かべながら話しかけてきた。自然とこちらも立ち止まる。


 見ると両者のちょうど中間点辺りに、薄く点線が引かれているのが分かる。恐らく50m近いであろう見上げるほどの絶壁に挟まれた、昼なお薄暗い渓谷の底のような場所に蛍光色に発光する点線……国境の線?


「両国国境間にあるこの渓谷は、非武装地帯という事で中立を保っている。だからここで親書を交換するのだ。」

 事務長が耳打ちして教えてくれた。


 だが非武装とはいえ……向こうは魔王国の恐らくは精鋭……魔導士レルム級の魔法の使い手だろうから、こちらも油断はできない……弓を持つ手に力が入る。ボウガンは近くでじっくりと見せたくはないので置いて来た。兵士長とレルムが槍を持ち、事務長が薙刀を持ち、メリアンちゃんには王様の親書を持たせている。


「ではこれが……我が偉大なる魔王様からの親書です。」

 ギレージュが一歩前に出て、国境線ギリギリから手を伸ばし、その手には一本の巻物が握られている。


「こちらがエルムグリム王からの親書でございます。」

 兵士長も同様一歩前に出て、片方にはメリアンちゃんから受け取った親書を持ちながら両手を伸ばした。


「危ないっ!」


 突然背後から悲鳴のような絶叫が聞こえ、体の横を思い切り突き飛ばされた。その勢いたるや……俺の左隣に居た事務長までも巻き込んで、数歩左によろけて危うく何とか転ばずに踏みとどまった。


 ずぅ……んと鈍く重い音と同時にぐしゃっっといった嫌な音が背後から……地面が激しく振動するのを感じて振り返ると、そこには直径3mはありそうな大岩が……うん?どこから……きた?


 はっ……めっ……メリアンちゃんは?


「めっ……メリアンちゃん!」

 すぐさま回り込むと、そこには左側を下にして半身状態のメリアンちゃんが……


「だっ……大丈夫かい?」


 すぐにしゃがみ込んでメリアンちゃんの鎧の肩を掴み、顔を上に向けようとすると、少し嫌な感覚がしてメリアンちゃんの体が、ゆっくりとあおむけに……なっていく……


「ばっ……ばか……な……」

 動いたのはメリアンちゃんの上半身だけで、腰から下の部分は大岩の下敷きになって厚みが感じられない。


「ふ……み……お……さま……無事ですか?」


「ああ……無事だよ、事務長さんだって……メリアンちゃんのおかげで、助かった。ありがとう。

 レルムさん!すぐに回復魔法をお願いします。メリアンちゃんが……メリアンちゃんが……。」

 必死に叫ぶが、レルムは無表情のままこちらをただ見ているだけだ。


「ああら……お気の毒に……そこまでひどいと……いくら一級の魔導士でも助けられないだろうね。

 かわいそうに……。」

 こっちの様子を見ていたギレージュは、薄ら笑いを浮かべながら呟くように言った。


「ばかな……治りますよね?レルムさん!お願いします、メリアンちゃんを、助けてください。」

 必死になって両手を合わせて願うが、レルムは小さく首を振るばかりだ。


「む……むり……です……ふ……ふみ……お……さま……は……この国に……必要……たっ……たすけられて……ほん……もう……です……。」

 ここまで話した時、メリアンちゃんは力尽き目を閉じて持ち上げた右手も、そのまま地面に落ちた。


「メリアンちゃん!メリアンちゃん!」


 体を持ち上げて必死に揺り動かすが反応は全くない。ぐったりとした上半身は、余り過激に動かすとそれだけでちぎれて取れそうで、怖ろしかった。


「おいっ……坊主……ちょっとどいてくれ。」


 必死でメリアンちゃんの目を覚まさせようと呼びかけていたが事務長に促されて立ち上がると、魔導士レルムが何かつぶやきながら近寄って来た。今更ながら回復魔法か?遅すぎないか……と思っていたら、巨大岩がズズッと少し浮かびながらズレた。


 メリアンちゃんの下半身は……鎧の腰から足部分は無残にも潰れ……半分くらいの厚さしか保っていなかった。


「意識があるうちに持ち上げて血が流れだすと余計に苦しむから、レルムも何もできなかったのだろう。

 彼女はすごいぞ……危機を察知して坊主を救ったのだからな……。」


 事務長が感情を殺しながら淡々と話す。無残にひしゃげた鎧の下半身……全く動かないメリアンちゃんの体を見て、彼女が死んだことを改めて理解させられた……。


「くっそーっ!お前らがやったな?お前らの仕業だろ!」

 俺は剣を抜き振りかぶりギレージュに向かって斬りかかって行ったが、すぐに事務長と兵士長に2人がかりで取り押さえられてしまった。


「馬鹿なことをするな、講和条約を結ぼうとする親書をかわす場なのだぞ!いわば互いに親善大使なのだ。それを公然と傷つけることは、国際法上許されることではない。多田羅殿……落ち着け!」


 兵士長は俺の体を押さえつけながら、何とか国境線から遠ざけようと必死だ。


「そんなこと言ったら、メリアンちゃんはどうなるのです?俺をかばって死んでいったメリアンちゃんは?」


「おーやおや……我々が手を下したような言われ方ですな……これが講和条約の場での発言でしょうか?


 このようなことを言われて迄和議など結びたくはありませんよ……恐らく我が偉大なる魔王様だって……。」

 ギレージュがにやけた笑みを浮かべながら、嬉しそうにこちらを脅してきた。


「何を言っていやがる!お前ら以外に誰がこんなことをする?そもそもこの街道のどこにも、落石の跡などないじゃないか……きれいに整地された街道だ……拳大ほどの石すら転がっていない……。」


 魔王軍兵士は魔導船に乗船していなかったから、恐らくは徒歩で国境を超えたはずだ。その百万が歩いた後だから……道が整地されるのは当たり前だが、だからと言って岩を砕きながら戻って行ったはずはない。常に落石しているのであれば、そこら中に岩が転がっていなければおかしいし、そんな危険な街道なら、戦争前だって使われていなかったはずだ。


「だからと言って、我々がやったという証拠でもあるのでしょうか?」

 ギレージュは自信満々に、にやけ面のままで問いかけてくる。


「ああそうだな……だったらこれから断崖の上へ行き、現場検証と行こうか。」

 ここで事務長が口を開いた。


「そうだそうだ……上に上がればはっきりするはずだ!」

 取り敢えずわけもわからず同意しておく。


「いいでしょう……何も出なければ……講和条約などご和算ですよ、しかもあなたたちが条約締結を妨害したという事でね、いいですね!」

 ギレージュは最後通告とばかりに、急き立てる。


「ああ……それで構わん……じゃあうえに上がろう。レルム……頼む……。」


「仕方ないですね……多田羅殿もいいですね?」

 俺を掴んでいた兵士長が離れ、体が軽くなったと思ったら……あれあれ?地面の感触が……


「危ないので、動かないでください。飛行術は非常に難しい術式なので、暴れると落ちますよ!」

 レルムに言われ、ピンと体が硬直する……ひえー……俺……高いとこ苦手……。


 体はみるみる上昇し、やがて断崖絶壁の上に……ううむ……なんだか昔を思い出し、体に震えが……


「丁度この辺りが、落ちた岩の真上でしょうかね……残念ながら何もありませんよ……誰かの足跡とかあれば、仕組まれた……とか追及できたのでしょうが残念でしたね……雑草らも踏み荒らされた跡すらありません……きれいなものです。御疑いは晴れましたか?」


 ギレージュは自分だけで飛べるのか、1人だけで浮かびながらすいすいと動き、断崖の上方を観察して何の疑いもない筈と主張した。


「何もないなんておかしいじゃないか……あんな大きな岩……突起として突き出ていたはずはない……ここまで来る途中の絶壁を見てきたが、どこにも大岩が剥離した痕跡などなかった。そもそもこの絶壁は、人が削って街道としたのだろ?途中で大岩が突き出ているはずはないものね……。


 そうなると絶壁の上から落ちたはずだけど、だったら大岩があった痕跡がどこかにあるはずだ。あんな大きな岩があったら、その部分だけは雑草なんか生えているはずもないけど、どうやらそんな場所は見当たらない。


 何処かから転がって来た?それにしたって転がった跡が草の上に残るはずだ。そんな痕跡もないし、そもそもこの場所は平らで斜面じゃあない……じゃあどうやって?その答えは……あれだ!」


 俺は絶壁後方に向けて右手を伸ばす……その先には魔導船が着陸していた。いつになく……というか、俺らしくなく言葉をつなげて説明することが出来た……怒りがあふれ出てきて興奮しているからであろうか……メリアンちゃん殺しの犯人を、なんとしてでも明確にするつもりだ。


「あれは我が国の兵士輸送用の魔道船ですよ。終戦となって兵士を国へ戻すために使ったのが、たまたま国境近くに停泊していただけと思いますがね……国境を超える時は全兵士徒歩で、使いませんでしたから……。」

 ギレージュは表情を変えずに平然と答えた。


「ふん……大方俺たち全員狙って仕留め損ねたので、もう一度大岩を落とそうと待っていたところに俺たちが上がって来たから、急いで奥へ逃げ込もうとしていただけだろ?あの魔導船の上から大岩を落としたんだ。そうでなければ説明がつかない。何だったらあの魔導船に行って、大岩が積んでいないか確認してみようか?」


 こうなったら魔導船に乗り込んで、甲板に大岩が積んでいないか確認だ。


「おやおや……そんな失礼な言われ方……どうにも許せませんね。


 講和条約を持ち出しておいて兵を引き上げさせたうえで、難癖をつけて自分たちの立場を優位にしようとする計らいでしょうか?多額の賠償金などを請求するつもりですか?


 これは交渉決裂とみなしてよろしいのですね?そちらが難癖をつけられてきたのですからね?後で後悔して、考え直してほしいと言われても知りませんよ!」


「まあまて……お互い冷静になれ……戦争協定では互いに停戦を約束した場合、交渉が決裂した後も当日の開戦は禁止されている。つまり……早くても明日以降にならねば開戦とはできないのは分かっているな。」


 事務長があくまでも冷静に忠告する。事務長だってあいつらがやったと理解しているに違いないから、条約締結できなかったことに触れようとしない。魔王国側は、講和条約などはなから結ぶつもりはなかったのだ。


「そんなのはわかってますよ……いいです……偉大なる魔王様に馬鹿な一兵士のために再び戦争となったことを早速ご報告しますよ。こちらも本国に戻した兵を再び集めなければなりませんからね。では……。」


 ギレージュはそう言いながら断崖を降りて行くので、遅れずこちらも降りて行く。


 ううむ……再び戦争か……仕方がない……

 下に降りてメリアンちゃんの遺体を装甲車に積んで、街道を戻って国境手前の平野部に到着。


 このままにしておけないので魔導士レルムにお願いしてメリアンちゃんのご遺体を荼毘にふして、その骨を拾って馬車に積んであった食材を使い切った後の壺をきれいに洗って納め、その壺をメリアンちゃんの座席に落ちないようにひもで縛り付けた。こうなったらメリアンちゃんの弔い合戦だ。


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