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22.捕獲

22.捕獲


「でも……天井の隙間は数センチほどで、手首くらいまでしか入って行かないですよね?通気口を塞ぐって言っても難しい……上の階へ戻って床板剥いで、貨物室の天板を露出させますかね?」


 貨物室の周りをぐるりと回ってみたが、壁の上にも下にもどこにも換気口らしきものは見当たらなかった……そうなると天井なのだが……ううむ……折角の名案のつもりだったが、実現までに結構手間取りそうだ。


「それなら問題ない……上から雨を降らせてやる迄だ……アクジスハーマ……。」


 バンドレが貨物室に向かって右手をかざして唱えると、大きな波が打ち寄せるような音がして、何もない空間から出現した水流が、天井の隙間目がけて突進していく……水はそれ自体が一つの生き物のように、粒状に弾けて分離することなく、貨物室天井の隙間に収まった。


「ハジャスト……」

 更に唱えると、今度は隙間の水がどこかに吸い込まれるかのように減って行く……


「アクジスハーマ……」

 そこでバンドレがさらに水流を追加……



「ふうっ……水の減りが治まったところを見ると、奴らは物理結界を張ってそれ以上の水の侵入を止めたはずだ。だが……通常は空気は通すはずの物理結界だが、間に水が挟まっているから空気は通らない。


 これで奴らはいずれ酸欠になる……その前に出てくるだろう……。」

 バンドレが満足げにつぶやく……ううむ……凄いな……


「恐らく天板にもドアがついていて、船が沈んだ場合はそこから出るのでしょうが……今は上の階の天井があるので、そこからは逃げられません。水で塞がってますしね……だったら待ちましょう。」


 あと何分か……人数も多いはずだしそんなに長い時間ではないはずだ……出来ればぎりぎりまで粘って……酸欠で頭くらくら弱ってから出てきて欲しい……



「おお……どういう状況ですか?甲板から上の階は全て制圧しました。兵士長さんたちも到着して、エルムグリムの新型船に急行してもらい、エルムグリムの港まで曳航するよう、依頼して頂いているところです。


 食堂など確認せず、音がするからこっちへ来ましたが……どうなっています?」


 するとこのタイミングで、バンターたちが階段を下りて来た。やった……間に合った……ダッフンバルト2世とギレージュ迄一緒に来た……攻撃側4人も加われば心強い。


「船室も食堂も制圧済みだ。砲室も……見た通りに制圧済みで……残るは貨物室だけ……勇者殿の発案で、今通気口を塞いで、籠城している奴らを酸欠で留まっていられないようにしているところだ。もう少しで出てくるだろう。


 俺は結界と拘束魔法だけに徹し、制圧は二人に任せたのだが……なかなかのもんだったぞ。流石百万の魔王軍を、追い返しただけのことはある。」

 バンドレの言葉が終わるかどうかのタイミングで、ドドドッと滝のような音が鳴り響く……


「馬鹿だな……奴ら天板側の脱出口を開けて、物理結界を解いたのだろう……天井の隙間分くらいの水は落とした後で、上層階の天井は吹き飛ばして飛行術で逃げようとでも考えたのだろうな……だが……あれは俺の……永久継続魔法だから……水は減れば減っただけ瞬時に追加される……永久に止まらない……。


 素直に正面扉を開けて、正面突破を狙ったほうが良かっただろうに……。」

 バンドレがあきれ気味にふっと息を吐いた……そうこうしているうちに轟音は止み……


「出てくるぞ……」


 バンドレがつぶやく……確かに……こちら側からは絶対動きようもなかった丸ハンドルが、勝手にくるくると回り始めたようだ……諦めて正面ドアから出てくるつもりだな?


 ボウガンに矢をつがえ、ドアに照準を定めていると……正面ドアがゆっくりと……あれ?勢いよく開いて、中からはダムが決壊したかのように水が流れ出し……砲室内も水浸しに……


「撃つな!抵抗しない!降伏する!だから撃つな!」

 中から大声で呼びかけがあった……余りの水量におぼれそうにでもなって諦めたか?


「どうする?」

「降伏すると言っているのだから、攻撃はいけません。でも……警戒は続けてください……いいですね?」


「分かった……拘束するときは俺も一緒に行く……」

「ありがとう御座います。」

 ふうっと息を思い切り吸う……


「分かりました!攻撃しませんから、全員武器を捨て両手をあげて順に出てきてください!」

 ありったけの声量で、中に向かって呼びかけた。


「分かった……これから出ていく……」

 返事があってから……中からゆっくりと人が出て来た。


「床が濡れていて申し訳ありませんが貨物室の壁を向いて並び、両手を頭の後ろで組んで跪いて下さい!」


 油断なくボウガンを構えたまま、指示を出す。特級魔導士もいるのだから、詠唱しにくいようほんとは両手を頭の後ろで組んで俯せが適当だろうが……くるぶし上まで水が溜まっているのだから俯せは酷だ。

 見ると全員髪迄全身びしょびしょだ……やはり中で水が相当な高さまで溜まったのだろうな。



「これで全員でしょうか?」

 人の流れが止まったので、大声で確認……


「全員だ!中にはもう誰もいない!」

 すかさず最初に降りて来た奴が返事……


「あれ?二人足りないですよね……11人……」

「ああ……サーベリアンがいない……上に居たのか?」


「いえ……上にはいませんでした……貨物室にいるものと……。」


「じゃあまだ中にいるだろうな……この期に及んで……恐らく特級魔導士とともに、隙を見て天板破壊して逃げ出すつもりだろう。奴も迎えの船団が近くにいることを、知っているのだろうからな。


 俺が水流魔法を解除するのを待っているのだろうな……そうしたら上面の物理結界をもう一度解いて……


 どうする?奴らが物理結界を解くのと同時に捕まえに行きたいのだろうが……魔法結界と物理結界は両手に格納しておくとしても……魔法結界を発動させると持続型の水流魔法が弾かれて跳ね返ってきてしまうから、先に水流魔法を取りやめておくしかないが……。」


 バンドレが俺の方を見つめて来た……どうするって言われても……ううむ……


「物理結界を解いたらすぐに、矢を射かけてみましょうか?驚いて出てくるかも……。」


「扉の陰に潜んでいるのだろうから……矢じゃあ無理だよ……何の脅しにもならない……。

 これだけ水浸しなら……火薬も湿っているでしょ?だったら今すぐ僕が初級の火炎魔法で……火弾!」


 バンドレとバンターと囁きに加わっていたら、バンドーも寄ってきて右手を貨物室入り口目がけて振り下ろした。途端に扉よりもはるかに巨大な火炎が、大きく開いた入り口に押し込まれるかの如く貨物室の中に飛び込んでいく……


「ばっ……馬鹿な!攻撃しないって約束……」

 貨物室前で跪いていた男が、目を大きく剥いて叫ぶが……


「君たちを攻撃していないでしょ?貨物室内には誰もいないって……言っていたよね?」

 バンドーが悪びれずに答えた。


「あちっ!熱いっ……だれか……助けっ……」「うわあっ……」

 すぐさまパニクった二人が、貨物室の中から火だるまになって飛び出してきた。


「やっぱりな……愚か者どもが……如何な特級魔導士でも自分が炎に包まれてしまったら、冷静に詠唱の切り替えなど出来ないから、焼け死ぬしかなくなるのだぞ……持続型の物理結界を張っていたのだろう?」


 プシュッと炭酸飲料の缶が開くような破裂音とともに、バンドレの両手からそれぞれ水流が勢いよく飛び出し、転げまわる二人の全身の火を消した。そうしてから手をかざすと動かなくなったので……死んではいないよな……拘束魔法だよな……?


 残った11人は、4人が順に拘束魔法をかけて行った。



 暫くしてゴンゴンっと金属がぶつかる大きな音がして、足場が不安定に揺れだし船がぐるりと回転するのが分かった。恐らく新型船で曳航されるのだろう……こうして長い長い追跡劇が終わった……


 貨物室の中の金塊は全部あったが、バンドーの火炎の熱で一部溶けていたので、後で事務長からお小言をくらった。やるにしても火力の出し過ぎだと……でも……弱い火弾だと避けられて、冷静に対処されてしまっただろうから、やむを得なかったと主張したが、金が溶けるまでの高温は必要なかっただろと、たしなめられた。


 まあなあ……でも……あの一瞬でそこまで頭が回ったのか……どの道ずぶ濡れの状態から一瞬で服を乾かし炎に包ませるにはそれなりの高温が……俺は仕方がなかったと思っている。



「お待ちしておりました……養護院では子供たちも先生も誰一人としてけが人もなく、教会のシスターたちも全員無事でした。皆様方の、危険を顧みないで守ろうとする意気込みを……子供たちも窓際からこっそり眺め、感動していた様子です。本当にありがとうございました。代表してお礼を述べさせていただきます。」


 久しぶりにタッタルン王宮に到着すると、大男のテルナティが王宮のエントランスで出迎えてくれた。

 ハーゲル暫定王がサーベリアンを解任し、テルナティを正式に王宮の主幹事として任命したのだ。


 政府の助役兼任ではないのかと尋ねたら、当面は応援に来ている俺と事務長に助役をお願いしたいと言われ、事務長も王から直接相談を受けたり意見を述べられる助役の方が業務がやりやすいというので、仕方なく俺も引き受けることにした。


 サーベリアンたちバンターレ商会の者たちはタッタルンでの脱税行為他、兌換金塊の強奪及び不法出国などの罪の他、サーベリアンはタッタルン王国に対する背任行為と反逆行為に加え国王への脅迫などの極めて重い罪に問われたのだが、何より全員が極刑とされる奴隷を使役していた罪が現行犯で確定しており、奴隷であったバンター達の他にも魔王国から魔王たちを招いて、国際法廷がエルムグリムにて開かれることとなった。


 国際法廷は本来タッタルンにて4ヶ国の首領級が集まって行われるものなのだが、タッタルンは今立て直しの最中という事で、エルムグリム開催にて承認いただいた。


 妖精国も獣人国も装甲バスではなく、新規導入された飛行船を使用できるのでかえって喜んでいたし、今回からは魔王国からも参加して、始めて5ヶ国首領が揃って国際会議と裁判が行われることとなる。


 エルムグリム中央港へ商社の商船を曳航して戻ってから、ここ迄手引きをするのにおおよそ1ヶ月かかった……と言っても懸命に忙しく動いて、サーベリアンらの罪状の積み上げや各国との調整などは全て事務長が主体で行われ、その間俺は何をしていたかと言うと、嫁を王都の本宅へ呼び寄せて子供たちを風呂に入れていただけなのだが……なんだか気分的には目まぐるしく動いていたなあ……と……。


 そうしてようやくタッタルンへ舞い戻って来たのだった……


「それじゃああたしは、工房へ行って技術指導の進捗状況を確認してくるから、文美雄はハーゲル王様らと当面の行政に関して、大まかな計画を相談していてくれ。まず第一に、取り戻せた金塊の保管状況と兌換貨幣の信用状況確認してからだがな……貨幣が使えないと何もできないからな……じゃあ頼んだぞ。」


 王宮へ着くなり事務長は、急ぎ足で工房へ向かって行った。そりゃあまあなあ……あんな状況で辛くも脱出した後、今度はサーベリアンらの追跡だ。工房の工員らはそのまま残して業務継続を指示しておいたのだが、進捗状況が気になるのは仕方がないだろう。


 取り戻した金塊だって、大金庫が空の状況にいつまでもしておけないからと、兵士長にお願いして装甲バス数十台連ね大掛かりな警固の下でタッタルンへ、そのまま輸送したのだった。


「では、まずは金塊が戻った大金庫から参りましょうか?」


 テルナティは、ハーゲル暫定王とともに事務長が早足で歩いていくのを見送った後、ゆっくりと笑顔で話しかけてきた。余裕のある口ぶりから、ここ迄は問題なく事が進んでいるのであろうと伺える。


「いえー……俺は大金庫の中の金塊の量を見たところで……それがその……兌換紙幣?タッタルンの貨幣に対してどのような影響を与えるのか、見ただけでは無理だし……例えば総量を数えて計算する……なんて頭もありませんからね……テルナティさんは、もう計算済みで通貨への影響は分かっているのですよね?


 だったら大金庫なんか行かなくても、その説明さえして頂ければいいですよ。事と次第によっては、エルムグリムから財政支援……なんてお願いしなければならないかもしれませんからね。


 急いだほうがいいですよね?事務長さんも心配していて、エルムグリムでも報告を待っている状況ですので、簡潔にお願いいたします。」


 踵を返すテルナティに対し、背中越しに声をかける……以前会った時はボロボロと言うか……つぎはぎだらけの服装だったが、今はこぎれいな仕立てもよさそうなスーツ姿だ。この世界の常人の体型とは大きく異なる彼のこと……恐らくはオーダーメイドのスーツであろう。


「おおそうでしたか……では……ハーゲル王さまも御同席願うとして……謁見室へ参りましょうか。」

 振り返ったテルナティは笑顔のまま答え、今度はエントランスを反対方向の2階へ続く階段へと歩み始めた。



「では現状の貨幣状況について、説明させていただきます。」


 玉座のある謁見室へ到着次第、すぐにテルナティが会議用テーブルの黒板前に立ち、状況説明を始めた。

 テーブルにはすでに分厚い会議用資料が置かれていて、恐らく大金庫を確認の後に、ここで説明する算段であったのだろう。


 通常なら王様は玉座についたまま会議の議事進行は関係者達に任せ、決定事項に対しての判断承認のみするのであろうが、ハーゲル暫定王は玉座に腰かけることなくテーブルの席について一緒に資料を眺めていた。


 以前のひらひらの豪華に羽根をあしらった襟巻や、ファッション雑誌に掲載されるような衣装ではなく、飾り気のない地味めのスーツに身を包んでいる。


「タッタルンの兌換貨幣に対する準備金はエルムグリムとは異なり200%で、貨幣発行総額の倍の金塊を保有しておりました。これは戦争や天災等不慮の緊急財政支援に際し、紙幣を増刷することがあっても兌換は守られるという事を保証するためのものであり、特段義務的なものではございません。


 もっともタッタルンの場合は、王家が所有する財産が保障の対象となっていた訳で、タッタルンの国庫自体には兌換紙幣に対して100%の金塊しか準備はしておりませんでした。ですが違法ではございません。


 その点をつき……バンターレ商会(旧バンダレイ商会)は商会が保有する紙幣を兌換するよう、歴代タッタルン王へ働き掛けていたようです。


 当初は断ったはずですが、魔王国とエルムグリム……敵対する両国に対する不正な講和条約や取引……特に魔王国のエルムグリム侵攻の手引き……を脅迫の材料とされ、やむを得ず了承してしまったのでしょう。


 特にサーベリアンが主幹事と助役を兼務することになった時点から、エルムグリムの議長らが連れて来た妖精族や獣人族の奴隷らの件が加わり、歯止めがきかずに加速して行ったものと想定されます。


 バンターレ商会はその利益の一部を毎年毎年……金塊と兌換し続け……ついには国庫に金塊はなくなり、代わりに同額の貨幣が山積みされることとなってしまった訳です。


 バンターレ商会は金塊は使用することなく蓄財を続け、国庫に納められた貨幣は使われることはないために市場に貨幣は出回らなくなり、貨幣価値が急騰します。それを避けるために造幣局が毎年毎年、老朽化での増刷の他に兌換した分の貨幣を増刷します。国庫にある貨幣は本来保有するべき金塊に相当するため、貨幣として流通させることが出来ないからですね。


 増刷した余分の貨幣も造幣局から白書を通じて公表されるために、市場では貨幣過剰の状態と危惧され、逆に貨幣価値が下がってしまいます。現状のタッタルンの物価がエルムグリムの約2倍なのは、おおよそその理由からです。元々は物価水準はエルムグリム同等で収入は倍であったのが、貨幣の増刷により信用不安となり、物価が上昇してしまったのです。そのため豊かだったタッタルンは、昔の話です。


 それでも……王家が保有する金塊があったので……金融不安は現実とはならず、国庫は見かけ上は安定していた訳ですね。」


 テルナティが、バンターレ商会が引き起こした兌換貨幣との金塊の兌換と、その影響に関して手短に説明してくれた。成程……こんな風に説明してくれると分かりやすい……タッタルンは王家が金持ちだったからな……準備金の保証に一役買っていたわけだ。エルムグリムの歴代王は恐らく質素倹約家で……財産など持ってないから保証には加われなかった……だからタッタルンの方が景気が良くなったのかな?


「だけど……タッタルン国王がエルムグリムと魔王国両国との違法な講和条約と、魔王国のエルムグリム侵攻をけしかけた背任容疑で国際裁判にかけられ、有罪となって多額の賠償金支払いとなった。


 国庫が空であることを誤魔化したいサーベリアンが裏切って、全ての罪をタッタルン王に被せて、自分たちは素知らぬ顔をしようとしていた訳ですね?


 ところが……俺と事務長さんがハーゲル暫定王様のご用命でタッタルンの復興支援で駆け付け、国庫の状況を暴露してしまった。だからバンターレ商会が牙をむいて来た……訳ですね?そうして魔族3人に出会えたこともあり、こちらが有利に立って商会の商船を拿捕できた。ようやく金塊は回収……。


 それでも……王家が保有していた金塊は全て賠償金につぎ込まれ、半分の量の国庫にあった金塊しかなくなってしまった……それでも違法ではない……と言うわけですね?一時的な金融不安は解消され……貨幣価値は半分のまま変わりませんね?」


 ふうむ……そうなると物価がエルムグリムの2倍なのは解消されない訳か……まあ……収入も2倍なのだから……プラマイゼロのはずなのだがなあ……このままでいいのかな?


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