19.魔王国との関係
19.魔王国との関係
「だから……先ほどから何度も申し上げているように……エルムグリムの人々は我々魔族を認め信頼してくださり……その上で手を差し伸べ呪詛を解消してくれたのです。その御恩を仇で返す様なこと……出来ますか?」
「文字のない小鬼たちに対しても……勇者殿が、覚えやすく文字数の少ない表音文字をお教えくださっている。しかも数種類教えて頂いたので小鬼たちに提案し、より覚えやすいものでの教育を始めようと計画しているところだ。もし小鬼たちが文字を持てば……将来への不安が一つ解消できる画期的なご提案だ。」
「い……いやあ……俺がいた元の世界の文字を、こんなのもありましたよって提案しただけですよ。ローマ字もそうかもしれないけど、平仮名やカタカナって……幼児教育の基本ですからね。文字を持たなかった小鬼たちでも、覚えやすいのではないかと考えただけで……。」
特に何も考えずに、文字を持たない小鬼たち……というフレーズだけで、こんなのありましたけどーって言って見ただけなのだけどなあ……
「ですから……勿論今の世代のエルムグリムに対しては……共に手を取り合い協力していくべきと私も考えます。ですが……この先何世代でも……その平和とやらが続くとお考えでしょうかね?
人間の欲望は……尽きることはないのです。これは……7百年以上もの長きにわたって人間社会に取り残されて嫌と言うほど人間を観察してきた、我々3人だけが感じていることでしょう。
辛く不遇な生活が長く続けば続くほど……ほんのわずかな生活の向上を喜び、他人にも分けてあげようと考え、周囲の未だ不遇な生活を続けている人々への支援を始めます。そうして世界が平和になり、誰もが豊かな生活を送れるようになるわけです……。
ですがそのような生活がその後何年何十年も続いたなら、どうなると思います?
豊かになってから生まれた世代は……豊かな生活が当たり前……最低限の生活レベルと考えます。そうしてさらなる豊かさを望みます。ですが富はある程度分かち合い分配されてしまうと、後は巡り巡っていくだけですから、総量には限りがあるのです。
技術レベルの向上とともに生活レベル自体は向上していくのでしょうが、人の感じる最低限レベルも一緒に向上していくので、総量の限度はどこまで行っても解消されることはありません。
そうなると後は……他の人に回るはずだった富を横取り……でもしなければ、自分の所に今より多く回ってくることはないという事になります。つまりは……富の奪い合い……という事です。
長年……いや何世代にもわたって……タッタルン及びバンターレ商会が影で他国を操り、富を集中させていたのは正にその通りの活動です。これは……悪でしょうか?人間の性だから仕方がないことでしょうか?
魔族はその生い立ちもそうですが……幼い頃から不遇な生活を余儀なくされ、大半を奴隷としての辛い生活を続けてきたはずです。その不遇な生活に比べたなら……北方山脈と言う極寒の地であっても、自分たちだけで賄え合える安定した生活環境に満足していることでしょう。
だから……大きな野望などなく……飢えることのない生活さえできれば十分幸せと思い込んでいるかも知れませんが……我々魔族にだって……富を奪い合い自分たちの生活をよくしていく権利はあるはずです。
私の……いえ、我々の考えは、間違っておりますか?」
いつになくギレージュが真っ先に、我々人族の立場を弁護してくれたのだが……バンターの発言の勢いは止まらない。
「仰る通りに……人間の欲望というものは……尽きることはないのでしょうね。だからこそ……少数だけで国の政治を司ることは危険と考え……選挙制民主主義とうたいながら、議員が世襲していては富と権力の独占……となってしまいかねないので、王政と議会制民主主義の併用を今のエルムグリムは採っています。
これが最良とは言いませんが……俺やエルムグリムの大半の国民が感じている通りに、今のエルムグリムの王様はそれはもう……大変に素晴らしい御方で……自分のことよりも周りの国民のことを第一に考えて下さる御方なのです。それでも世代が変わると思考も変化するという事を聞き、元老院併設としました。
そのような事情からも……確かに……今後何世代に渡っても……今のエルムグリムと魔王国との友好関係が継続する……という事への保証など出来ません。
ですので……エルムグリム国民の魔王国民への態度が……現状と大きく異なり、それが魔王国民を侵害するものであったなら、エルムグリムへ攻め込まれても仕方がないと考えます。当たり前ですが……まずは話し合いで……国際法廷という制度が今もありますから……まずは話し合いをお願いしたいですけどね。
それでもこじれたなら……戦争という選択にもなるかも知れませんが……そうなったなら……恐らくエルムグリム国民だって……ただ黙って占領されることはなく……戦うでしょうね。
今度こそ……正しい異次元の正しい星から大魔導士召喚するでしょうし、それに……今も進行中ではありますが、妖精国や獣人国との国交も出来つつありますから、他の友好国に支援を求めたりもするでしょう。
そうして……頑張って戦いますよ……魔法攻撃だけではなく……数々の武器による物理攻撃を駆使して戦うでしょう……。
でも……小鬼たちは出産の心配もなくなったから、あと四、五十年もすると百万の軍勢に達しているだろうし……しかも小鬼たちだけではなく……魔族の方たちも戦闘に加わるわけですよね……呪詛による制約が全くなくなったわけですから、堂々と表に出てきて直接戦えるわけです。
そうなると……作戦指揮系統も格段に向上して……手ごわいどころか……とても敵わないかも知れませんよね……それでも……最後の最後まで……エルムグリム国民は死力を尽くして戦う事でしょう。
恐らくレルムさんが頑張って……特級魔導士を数十人はそろえているだろうし、武術が解禁になり武道場作って日々稽古に励んでいますから、前回より一層剣術に槍や薙刀に柔術などの体術の他に、弓矢の技術だって格段に向上しているはずです。人間側だってそれなりに進化し、強力になっているはずですよ。」
そう……今後何世代にもわたって……今現状と同様の友好関係を続けるだなどと……どれだけ言い繕ったとしても言い切れないし、まず無理という事の方が確率的に高く予想される。
だから……関係がこじれたならば……遠慮なく攻め込んでくれたらいいのだ……
「いやっ……まさか……魔王様の目が黒いうち……いや……私だって存命している限りは……決して……それくらいの恩を……我々はこれまでに受けているのです……。」
「いいえ……構いません……若し今後……エルムグリムの民が心変わりをして……魔王国の人々をぞんざいに扱い……搾取を始めたなら……遠慮なく正義の鉄槌を下して頂けば……いいですよ。
そうならないように……決しておごり高ぶることなく……他国も含めて全ての人々が均等に豊かに住みやすい社会を作り上げていくことを、エルムグリムの憲章として残していこうと俺は考えています。そうしてそれが必ず実現できると……俺はエルムグリムの人々を見ていて感じています。」
「ほっ……本当に……よろしいのでしょうか?」
「はい……いいですよね?事務長さん……。」
俺の言葉だけでは信憑性がなく、ダッフンバルト二世も信じがたいであろうから、事務長にも賛同して頂こう。
「ああ……はい……文美雄の言葉だけでは誤解が生じかねないので、少し解説を……
戦争を望んでいるのではございません。あくまでも平和裏に話し合いで解決を望んで頂きたいと……しかしその上で、どうしようもなく話がこじれたのであれば……それでも我慢していただくのではなく戦争という問題解決の手段もあるという事です。
また……戦争が怖くてこれまでの食糧支援や技術援助をさせて頂いたわけではありません。エルムグリムとしても最悪の事態の場合は、戦う準備はできているという事を申し上げたかったのでしょう。
勇者である文美雄始め……エルムグリム一同……決して他国に対して、恩着せがましい要求などするつもりは一切ございません。
文美雄の説明では言葉足らずなので補足しておきますが……魔王国に対してエルムグリムは、隷属のような服従関係は望んでいないのです。あくまでも対等な関係……様々な支援を行いましたが、それらは全て……魔王国が困っていて、そうしてエルムグリム側に余裕があったからにほかなりません。
今後天災などでエルムグリムが疲弊した場合等……魔王国に対して余裕があれば支援を願うことがあるかも知れません……そのようなときにいちいち先の見返りを提示しなければならなければ厄介です。
あくまでもお互い様……なのです。そうして支援も……如何に困っていたとしても……自分たちの分を割いて迄……と言った過度な支援を望みませんし、エルムグリムもしてはいないし出来ません。
ですから恩義……等とおっしゃらずに、堂々と国交含めて対等な権利を主張頂いて構わないのです。
遠洋漁業に関しても……以前文美雄が申しあげたとおり……小鬼たちが操船や漁に慣れ、十分な漁獲高を上げられるようになったなら、共同操業はいつでも取りやめていただいて結構なのです。
勿論漁船の整備や補修は依頼されれば有償で請け負いますし、網の販売や修繕を通して、それなりに利益を上げられます。
エルムグリムは漁獲高確保のために様々な魚介類の養殖研究を続けておりますし、鮭の人工ふ化も軌道に乗り、いずれ東域の大河に鮭が遡上してくる見込みです。
呪詛の解消にしても……元々邪な考えを抱いた恥ずべき一部の人間たちが、幼い魔族はじめ獣人族や妖精族を奴隷として使役しようと行ったもので……それらを解消させて頂いて始めて対等……いえ……それまでの辛辣な扱いに対する償いは足りていないでしょうから、対等たるスタート地点に立てるといった具合でしょうか。
ですのでどうか……エルムグリムとの今後に過度な期待を抱かずに……不満な点があれば、遠慮なくおっしゃっていただけば良いのです……そのほうが……不満が溜まりに溜まって……やがて戦争に……と言った不幸な未来が避けられるから……絶対にいいとあたしも考えます。
と、いう補足でいいのだな?」
「はい……そうですそうです……勿論です……ありがとうございました。」
やっぱり事務長はさすがだ……俺は頭の中ではわかっているつもりでも、うまくまとめて言葉にして説明するのは苦手だ……前の世界では人との関わりは……避けていたし避けられもしていたからな……適度な人間関係など……とても望める環境ではなかった。
ところが今は……周りに仲間と言うか……信頼できる人たちが大勢いて……何故か俺がその中心にいて……おかげで自分の主張と言うか考えを披露しなければいけない場面が増えて来た……言葉足らずの俺だが……事務長がいれば補足して頂けるからありがたい……本当に……何でもかんでも丸投げだなあ……。
「はっはあ……有難きお言葉……重々承知いたしました……魔王国へ戻り次第……エルムグリムからの温かなお言葉を……正確によどむことなく一言一句たがわずに魔王様にご報告させていただきます。
本当にもう……あなた様方は……正に神……です……。」
「本当に……そうですね……」
事務長の捕捉に感心していたら……なんとダッフンバルト二世は感動したのか床に跪いて両手を合わせ、事務長を拝み始めた……更にはギレージュ迄一緒になって……おいおいおい……魔王様もそうだったが……魔族って……皆感動屋ばかりなのだろうか?
「まあまあ……そのようなこと……どうかお立ち願います……本当に……今申し上げたことを額面通りに受け止めて頂いて……どうか対等な国交関係を……ですね……望みますよ……いいですね?」
事務長も慌てて両手で左右の二人の肘を持ち、立ち上がらせようと必死だ……
「ふうん……どうやら本当に……いい人たちなんだろうね……エルムグリムの人たちは……ふうん……今後のお付き合いが楽しみだね……。」
「会ったばかりの短い問答だけで全てご理解頂くのは難しいと考えますが……今後とも……よろしくお願い致します。
それはそうと……話は変わりますが……先ほど……魔王国では小鬼たちへの指導が行き届いていなかったとか……魔王国に在住する魔族の数はさほど多くないことに加え……タッタルンとバンターレ商会が裏で魔王国を操っていたことなど……随分と詳しかったですけど……魔王国建国してからも……バンターレ商会に捕らわれていたはずなのに、どこから情報を得ていたのでしょうか?
まさか先ほどからの移動中に……ダッフンバルト二世らから近況を教えられた……とか言う訳ではありませんよね?そんな時間的余裕はさすがになかったはずですけど?」
永らく閉鎖空間に捕らわれ、外に出られるのは警護の時だけ……そんな生活を続けていた割には最近含め事情通すぎると、俺は感じている。
「ああ……それは……先ほども指摘されたけど……僕は商社の暗殺部隊の師範代らに取り入って、ほぼ毎日地上で訓練していたからね。知っているだろうけど……魔族は全員耳がいい……特に獣人系の僕は、その中でも特化して耳がいいんだ……百m離れた場所のひそひそ話だって……風向きさえよければ聞こえるよ。
バンターレ商会の仕事に関しては……警護の時の他の部隊員らの会話からある程度予想できるからバンターたちも知っていたし、僕だけが知っていた内容は、王子様たちと合流した後僕たちだけが一旦隔離されていたけど……3人で相談した時に情報共有しておいた。
なんせ……にっくき人間たちを助けに来たんだからね……これはどういうことなのか?敗戦国だし援助受けていたようだから形だけ……と、考えたんだけど違った。僕らが躊躇せず最大級の攻撃を仕掛けると言ったら止められたし、従わなければ戦うとまで言われた……人間たちのために……だよ?
逆に僕たち側の支配者……と、いうか……呪詛の詠唱者含め全員を直ちに抹殺すると提案されたときは、僕らは諸手を挙げて賛成したさ……だって、そうなったら少しだけど自由になれるからね。
僕はそれなりに人間たちにかわいがられていたし、3人ともにエルムグリムでの奴隷時代に比べたなら遥かに生活はよくなっていたけど、商社の人たちを守ろうなんて気持ちはかけらもなかったからね。
だから……敗戦後にどんなことが起きたのか?とか、背景や正当性など……僕らなりの知識をフル動員して……それなりに結論付けていた訳さ。
まあ……流石に人間側が……これほどまでに公正で、他の人種のことまで考えていることには本当に驚かされたけどね……歩み寄れるのであれば歩み寄ったほうがいいと……僕たちだって分かるさ。
とは言うものの……口先だけなら何とでも言えるからね……商社の社長の口癖は……私はお前たちの一番の理解者であり、唯一の味方だよ……だったからね。
今後は注意深く人間たちの行動を見守って……と、いうか見張って……行動を共にするに値するかどうか……評価させていただくつもりだ。何世代にも渡って……という事になるのだから……かなり厳しい評価基準になるはずだけど……それでいいですね?王子様……。」
成程……魔族の中でも母親の人種によって特性が異なるという事か……そうなるとバンターとバンドレは妖精族系統なのかな?
何にせよ……どうやら我々人間に対して、当たり前だが恨みは抱いているようだけれど、取り敢えず様子見……と言ったところかな?仕方がないよな……なんせ生まれ落ちてから……恐らくは7,8百年間もの長きにわたって……ずっと人間側に拘束され命令されて生きてきたわけだからな……。
今後は……少しでも凝り固まった気持ちが和らぐよう……出来るだけ親切にしよう。仲間になって欲しいから……と言う訳ではなく……これまでに受けた人間たちの傲慢な仕打ちを受けた彼らの気持ちを鑑み、その上で出来るだけのことをしよう……感謝なんてしてくれなくて構わない……というか、必要ない。
「仕方がないね……君らはまだ解放されたばかりだから……人間のことを信じられないのも無理はない。
勿論……人間たちの中には犯罪者もいる……我々魔族に対する偏見を抱いている者たちも少なからずいるはずだ。だけど……大半の人々たちは……穏やかで温かい気持ちを持っているのだ。
特にエルムグリムの人たちは……ね……いずれおいおい……分かってくるはずだ。」
頑ななバンドーに対しダッフンバルト2世は、小さく息を吐くと笑顔を見せた……まるで必ず彼らが遠からず納得するという事が分かっているかのように……
そうこうしながら丸1日航行して3日目の朝……
「新型船と経度的に追いついた後やや東向きに北上していましたが、かっ……下方にエルムグリムの新型船を確認しました。更に東方半里ほど沖合に船籍不明の大型船を発見。」
見張りとして甲板に出ていた石炭係として乗り込んでいた新兵が、慌てて船室に入って来た。新たに加わった魔族らの心境を確認しているうちに、どうやら追い付けたようだ……。
「何とか追いつけたようですね……我々も外に出て確認致しましょう。」
ダッフンバルト2世に促され、全員で外に出る。代わりに新兵には、船室に入って石炭係をお願いした。
「うん……?何か……???」
先頭に立って甲板に出たギレージュが、遥か前方を見つめながら突然舳先から飛び出した……危ないっ……と思ったが……そうだ奴は飛べる……のだ……。
「まずいですねえ……遥か数里先に船影が……しかも十数隻の大船団のようです。どうやらバンターレ商会の奴ら……定期の通商の約束があったのでしょうね……向こうも海賊除けの為か大船団で迎えに来ております。警戒が著しいところを見ると……金塊を積んでいくという事はあらかじめ約束されていたのでは?」
飛び出して上昇し、飛行船の風船部分の上に出ていたギレージュが、すぐに下りてきて報告……何やらきな臭い匂いが……立ち込めてきた様子だ……。




