48. 王女の目覚め
部屋の中央の台座の上には棺が一つ。その中には、ルミアの亡骸が置かれていた。
「よお」
俺は片手を上げてトライバルを見やった。
「待ち兼ねたよ。危うく君抜きで始めてしまうところだった」
「君の出る幕は無い。逃げろ」
「二人で真逆のことを言ってんじゃねえよ」
彼に歩み寄ろうとすると闇の王、美世子が俺を自分の背に隠す様にして間に入って来た。
「彼女は関係ない」
「そう言うわけにもいかないだろう? 彼女はルミアの、モークシャの魂を持っているのだから」
「……トライバル、お前何でモークシャの名前を」
「その魂は僕の物だ」
「彼女の魂は彼女のものだ。誰にも汚すことは出来ない」
「黙れ」
影が闇の王に襲い掛かるが彼の力の前では少しもその攻撃は通らない。
「無駄だ。お前は私に勝てない」
「ああ、そうだとも。僕は闇の王には勝てない。だが、これなら如何かな?」
男が指を弾くと影の塊が現れ、中からぐったりとしたブランが現れた。彼女は床に倒れ込んでぴくりとも動かない。
「婆さん!」
「僕は一瞬で彼女の息の根を止めることが出来る。君が僕を殺すよりも先にね」
「……殺すな」
俺は美世子に囁いた。ブランの命などお構い無しに美世子は男を殺せる。今のトライバルの体がシカバの物だろうと殺す。そして、自分で自分の命を断つ。この場にいる全員が死ぬことになる。
「婆さんは、生きているんだな?」
「ああ、これは取引の材料だ。殺しはしないさ」
「何が目的だ」
「わかっているだろう? 君の魂だよ。その魂でルミアを蘇らせる」
「そんなこと」
「出来るさ。肉体を失った僕がこうして新たな体を手にして生きているのだから、魂と肉体を兼ね揃えたルミアは必ず蘇ることが出来るさ」
嬉しそうに微笑んで男はブラン婆さんを蹴り上げた。
「止めろ!」
「おいで、ルミア。一緒に永遠になろう」
男は手を差し出す。
「さあ」
「行く必要はない。あれは私が仕留める」
俺に対する声色には優しさが見える。だが闇の王の視線は鋭く男を睨みつけている。
「婆さんを見殺しにすることは出来ない。頼む。婆さんを助けてやってくれ」
「……」
何も言わない彼の背中にそっと触れた。大丈夫だ。ちゃんと触れる。彼の背に額をつけて目を閉じた。
「お前に話したいことが沢山あるんだ」
「……」
「全部終わらせたら話すから……だから、死ぬなよ」
「……こう」
目一杯背伸びをして彼の頰に唇を当てた。前は俺が美世子に合わせて屈んでたのにな。
「じゃっ! 婆さんと皆のこと頼んだぜ!」
「待って!」
俺は彼の横をさっと抜けて男の手を取った。
「待っていたよ。君のいない世界など壊れてしまえと思っていたが、君が戻って来てくれたのなら話は別だ。愛しているよ、モークシャ」
影が俺の体とルミアの体を呑み込む。
「こうちゃん!」
闇の王が叫ぶ。久しぶりにその呼び方で呼ばれた。ははっ、やっぱりお前が美世子なんだな。よかった、生きていた。
お前のこと、死なせたりしないからな。
「蘇れ! 我が最愛の妻よ! 今一度私の前に姿を現せ!」
指先から足先から、体の感覚が失われていく。息が出来なくなる。
気がつくと、俺は暗闇の中。目の前にルミアがいた。彼女に手を伸ばすと、彼女の手も俺の方へと伸ばされる。彼女の手に指を絡めた。
「美世子と同じだ。いや、美世子がルミアの真似をしていたのか」
手に力を込めると同じだけの力を返される。
「ルミア、お前は何を考えていたんだ?」
彼女の頰に手を滑らせて呟いた。死体の筈なのに彼女の頰は微かに赤らんでいて生気があるように見えた。
じっと彼女を見つめているとだんだんと瞼が重くなってきた。
「……ん」
不思議と心は穏やかなものだった。俺は抗うことも出来ずに微睡に落ちた。
そして、ルミアの瞳が開かれる。




