47. 呪われし一族
「コーイチ達大丈夫っすかね」
「まさかこの高さから飛び降りるなんて……」
ジンノとムスリクが飛び降り、その後をメモリーが続いて降りて行った。生憎エペは普通の人間なので飛び降りることは出来ない。もし飛び降りたら即死してしまうだろう。ぬいぐるみのシカバならば問題ないかもしれないが、彼も死にはしなくても痛みは感じる。人が即死する高さから飛び降りる勇気は持ち合わせていなかった。
「早く俺達も合流するっす!」
「待って」
部屋の扉に駆け寄るシカバをエペは止めた。
「オーフェン様、ご無事ですか?」
「……」
壁に体を預け、座り込んでいる王の目は虚だ。その瞳には何も写していない。
「オーフェン様……」
「王様、どうしたっすか?」
「わからないわ。近頃は誰ともお会いになっていなかったけれど、こんな状態だったなんて。何にせよ、このまま放っておくわけにはいかないわ」
「連れて行くっすか?」
「それしかないわ。オーフェン様、立てますか? 一緒に逃げましょう」
男は動かない。それどころか、声すら聞こえていないようだった。
「どうするっすか?」
「仕方ないわね……オーフェン様、御無礼をお許し下さい」
エペは力ない男の体を背負って立ち上がった。
「す、凄いっす!」
「私、やるときはやる女なのよ。行くわよ」
「はいっす!」
***
オネットの部屋はもぬけの殻だった。それどころか、城の中には人一人居ない。セイヴと人間の姿になったカーマインは部屋の中を見渡した。
「何処に行ったんだ」
「……居るヨ」
カーマインが鼻を鳴らした。
「微かだけど匂いがするヨ」
彼女はそう言って部屋の中を歩き回り、そして壁に架けられた絵画を外した。隠されていた壁には小さな穴が空いている。
「おーい、姫様ー?」
穴に向かって声を掛ける。暫しの静寂の後、カタカタと微かに床が震え、壁の隠し扉が開いた。
「見つけたヨ」
扉の先は小さな小部屋になっていた。そこにオネットは蹲るようにして蹲み込んでいたのだ。
「よくおわかりになりましたね」
「ドラゴンの鼻は誤魔化せないヨ」
「流石ですわ」
彼女は力なく微笑んだ。
「何があったのですか?」
「わかりません。影が現れて城の者達を連れて行ってしまいました。私は咄嗟にこの部屋に隠れて捕まらずにすみましたが……」
「この部屋……」
「ふふっ。この部屋をまた使うことになるとは思いませんでしたわ」
「どういうことです?」
「セイヴ様……私、お父様に殺されかけたことがあるのです」
***
いくら日頃鍛えているといっても気力を失った大の男を背負って歩くのは容易なことではない。だが、体は薄く窶れていて、常人よりも遥かに軽かった。
「オーフェン様、御病気だったのかしら」
服に隠れていた腕は細っそりとしていて、まるで骨と皮だけの様に見えた。
「そんな話は流れてこなかったっすけど」
「女神が召喚されていることも表には出ていないのだから情報が流れていなくても不思議な話ではないわ」
世の混乱を避ける為に影の王が目覚めたこと、それに伴い女神を召喚したことは隠されている。王のことも同じように隠されているのかもしれない。
「それにしても、メモリーが城の中の人達は地下に集められているって言っていたけど……敵の姿も見えないわね」
「確かにそうっすね。外の影も城の中には入って来ないし、どうなってるっすか」
「わからないわ。でも、何か悪いことの前触れってことは間違いなさそうね」
「地下の人達も心配っすね……」
「そっちも助けに行かないといけないわ。でも、まずはオーフェン様を安全な場所までお連れしないと。オーフェン様、必ず私達がお助け致します。ご安心下さい」
王の指が微かにと動いた。
「うう……」
小さく声を漏らす。
「オーフェン様?」
「殺せ……」
「え?」
「ころ……してくれ……」
確かに王の口から「殺せ」と聞こえた。
「何を言って」
途端にオーフェンは暴れ出してエペの背から転がり落ちた。
「申し訳ありません! オーフェン様!」
オーフェンは弱々しくエペの足に縋り付いて叫んだ。
「殺せ、殺せ、殺せ」
「しっかりして下さい! 如何なさったのですか!?」
「殺せ!! 頼む! 殺してくれ!」
王の耳にはエペの声は届いていない。ひたすらに殺してくれと叫び続ける。
「エペ! ま、まずいっす!」
窓硝子が破れ触手の様な影が城内に侵入して来た。
「下がって!」
エペが剣を振るうと影が消えた。だが、破れた窓から影が次から次へと侵入して来る。
「きりがないわ!」
「こ、ころ、ころ……殺せえ!! 殺せえ!!」
「オーフェン様! お待ち下さい!」
「俺がついて行くっす!」
廊下をよたよたと走り出したオーフェンの背中にシカバは飛びついた。エペもすぐに後に続こうとしたが影が行く手を遮る。
「くっ!」
彼女が目の前の影を薙ぎ払い、気がついたときには王の姿はもう何処にもなかった。
***
「殺されかけた、とは?」
「ふふふ……」
オネットは目を見開き、肩を震わせながらもその口元は笑っていた。
「まだ私が幼い子供だった頃、ある夜、私の乳母が私の部屋に飛び込んで来ました。彼女は恐ろしい形相で私を隠し小部屋に隠しました。外の様子は見えませんでしたが、その後すぐに部屋の中にお父様がやってきたことはわかりました。激昂する彼女の声と激しい物音がして、その後には静寂だけが残りました。私は身動きもせずに震えていることしか出来ませんでしたわ」
そう捲し立ててからオネットは頭を抱えた。
「私は一人……ああ……そっと扉を開けると、部屋の中には誰もいませんでした。そして、その夜、乳母が病によって亡くなったと告げられました。でも私は……お父様が……お父様が……」
「姫様……」
セイヴは震える彼女の肩を抱き寄せた。
「あの夜も……城の中は静まり返っていましたわ。また、お父様が私を……」
「大丈夫です。俺がお護ります」
「……セイヴ様」
「貴女は忘れているかもしれませんが、一番最初に貴女にお会いしたときも貴女は一人で震えていた。貴女が何故震え、泣いているのか俺にはわからなかった。だが、今はわかります」
「覚えています。たった一度、たった一度だけでしたが、それでも貴方の存在がどれ程私の支えとなってくれたことか……」
幼いセイヴにとってはただ目の前の少女の悲しみを取り除きたい一心であった。彼女に寄り添うことで少しでもその涙が取り除けたらと。
後になって、少女がこの国の姫君なのだということを知った。少女は自分とは身分が違い過ぎたのだ。
だが、今目の前で震えている少女はあの頃と同じ。
「大丈夫」
優しく微笑みかければ強張った彼女の体から力が抜けていく。
「……はい」
小さく呟くき、オネットは気を失った。セイヴは倒れた彼女の体を支え、息を吐いた。
「オネット様、寝ちゃったネ」
「ああ。ずっと緊張していたんだろうからな」
「本当に大丈夫?」
「お前も助けてくれるだろ?」
「まあネー」
カーマインはそう言うとそっぽを向いた。




