38. 頼るわ長者の知恵
「ムスリクを元に戻す方法はまだ見つかっていないわ。ごめんなさい」
王都に戻った俺達に、エペは心苦しそうに伝えた。
「いや、そんな早く見つかると思ってねえよ。そんな顔するな。大丈夫だ。俺も少しは力の制御が出来るようになった。ムスリクを人間に戻す方法だって見つけられるさ」
とは言ったものの正直な話、魔物化した人間を元に戻す方法なんてちっともわからないし、想像もつかない。
「ま、わからないことがあるときは年長者の知恵を借りるに限るわな」
***
「と、言うわけだ。婆さん、何か知らないか?」
仕事があると言うエペを除いた俺、シカバ、セイヴとカーマインはブラン婆さんの部屋を訪ねていた。
「久しぶりに顔を見せたと思ったら……。随分と厄介なことになっているね」
ブラン婆さんは何も言わずに俺の話を聞いた後、ため息混じりにそう呟いた。
「人を魔物化させるなんて話も聞いたことがないのに、それを戻す方法なんて知るはずもないね」
「婆さんでもわからないか……」
「生憎わしは地下に籠もった暮らしをしているもんでね。上で人が魔物化していることも知らんかったさ」
「婆さん、偶には外出て日光浴びた方がいいぞ。見た目が若いって言っても、もういい歳だし健康には気を使えよ」
「煩いねえ! 余計なお世話だよ!」
尻を叩かれて部屋から追い出されてしまった。
「酷えよ。心配してやったのによお」
「複雑な乙女心っす」
「デリカシーがなかったか? 難しい婆さんだな」
ずっと地下に籠もっているなんて不健康極まりないと思ってしまうが、婆さんは長年その生活でも元気そうだしな。本当に余計な気遣いだったか。
部屋からは追い出されてしまったし、婆さんも何か知っているようではなかった。
「さて、どうすっかな」
「やっぱり女神パワーじゃないっすか?」
「女神万能説か……」
あり得ない話ではない。俺自身まだ俺の力を全て把握出来ていないのだから、女神パワーなる謎の力が存在していても可笑しくはないだろう。そもそもこの世界自体が不思議空間だしな。
「どっかのお伽話みたいに愛する者の口づけで元の人間の姿に戻るとかどうだ?」
「愛する者って誰っすか?」
愛する者か、愛する者な。自分で言っておいて何だが、ムスリクの女関係知らねえな。
あいつが女と出掛けてるとこなんてエペくらいしか見たことねえし。毎日家に帰って来て俺と飯食って寝てたしな。
いや、もしかしたら男の可能性もあるか? いや、どちらにせよそんな雰囲気の奴いなかったよな。
「うーん……じゃあそこは、俺じゃね? 女神だし、一応同居人だし。家族的な意味で」
「コーイチって、馬鹿っす」
「おい! 今何て言った!? お前に馬鹿って言われたくねえよ!」
「馬鹿は馬鹿っす!」
「女神に向かって馬鹿とはいい度胸じゃねえか!ああ?」
俺の怒声にブラン婆さんの部屋の扉が少しだけ開かれ、中から丸められたくしゃくしゃの紙屑を投げつけられた。
「煩いよ」
「す、すまん。婆さん……」
再び扉が閉められるのを確認してから俺は小声でシカバに愚痴る。
「お前のせいで怒られた」
「俺のせいじゃないっす。コーイチが煩いのが悪いっす」
「はあ……まあ、ふざけた事を言ってる場合でもねえか」
今はムスリクを元に戻す事を第一に考えているが、根本的な原因であるトライバルも倒さなくてはいけない。やることは山積みだ。
美世子、今の俺を見て「頑張ってるね。偉い偉い」って褒めてくれねえかな。先が見えないこの状況で、もがき続けなくてはいけない俺を慰めてくれねえかな。
「でもサ、本当にムスリクを元に戻せると思う?」
軽く現実逃避していた俺は床に座り込むカーマインの言葉にハッとさせられた。
「焼いた卵は何をしても生の卵には戻らないヨネ?」
そうだろうな。だけど、その言葉を認めるわけにはいかない。
「……俺達が知らないだけで、生に戻す方法はあるかもしれない」
「そっかなア?」
「魔法を使えば戻せるっす!」
「え!?」
何だか少ししんみりしていたのに雰囲気ぶち壊しなことをシカバは言った。
「簡単っす。時間を戻せばいいっす。時空魔法ってのがあるって聞いたことあるっす! 焼かれる前の卵に戻せば、それは生卵っす」
それはごく単純な当然のことだった。
「……なるほどな。シカバ、お前賢いな」
「えへへ、照れるっす!」
「と言うわけだ! カーマイン! お前の質問は完全に論破されたぞ!」
「何でコーイチが偉そうなのサ。トロイ様が教えてくれたのニ」
「まあ、細かいことは気にするなよ」
焼いた卵を生に戻す方法があるんだ。きっとムスリクを人間に戻す方法もある。少しだけ希望が見えてきた気がする!
「なあ、思うんだが……」
おずおずとセイヴが右手を上げた。
「はい、セイヴくん! 何ですか?」
びしりと彼を指で刺した。
「ムスリクも、時間を戻せば人間に戻るんじゃないか?」
「「「……なるほど!」」」
俺達は顔を見合わせて大きく頷いて手を叩いた。
「でも時間を戻す魔法なんて誰が使えるんだ?」
「うーん……誰ダロ?」
ブラン婆さんに投げつけられた紙屑を指で弄りながらカーマインは頭を傾げた。
……ブラン婆さんか。彼女は若い見た目をしているじゃないか!しかも、いつだって健康的。それは、時を戻しているからじゃないのか!?
「婆さん! おい、婆さん! 聞きたいことがある! 開けてくれ!」
俺は婆さんの部屋の扉を叩きながら叫んだ。すぐに扉が少し開かれ、嫌そうな顔の婆さんが顔を出す。
「煩いねえ」
「ごめん、婆さん。でも、聞きたいことがある。あんた、時間を戻す魔法使えるだろ?」
「……」
「それでムスリクの時間も戻せないかな?」
「わしには、時間を戻すことは出来ないよ。時空魔法は禁忌だ」
興奮気味な俺とは対照的に婆さんは淡々と話す。
「え、そうなのか……?」
折角いい方法が見つかったと思ったのに。がっくりと肩を落とす俺に婆さんは続けた。
「わしに出来るのは白魔法と……屍術だけさ」
「なら、その見た目は……」
「もういいだろう。早く行っておくれ」
婆さんは扉を閉めた。が、少しだけ開いて投げつけた紙屑を指指して、すぐにまた扉を閉めた。
「何だ?」
丸められてくしゃくしゃになった紙を伸ばしてみるとそこには、『時計塔の魔女』とだけ書かれていた。
「そこに行ってみな。何かわかるかもしれないよ」
扉の奥から婆さんの声が聞こえた。
「おう。ありがとな!」
「ふんっ」
まったく、ツンデレな婆さんだな。
『時間が全てを解決するのだろうか』




