39. 世界に触れる
時計塔と言えば、闇の王に廃坑から時計塔に連れて行かれたくらいしか立ち寄ったことはない。
あのときはムスリクのこともあって気がつかなかったが、古めかしい外観の通り中も所々修繕の跡が見られる。それもそのはず。時計塔は王都が出来た頃からずっとこの地にあると言うのだから驚きだ。
「長年ここの管理をしているが、時計塔に魔女がいるなんて知らなかったな」
時計塔に来てみたはものの、中に居るのは管理人の爺さんだけ。魔女なんて爺さんも知らないみたいだった。
「もしも魔女が本当にいるとしたら、この前、時計塔にいきなり現れたお前さんくらいしか私には思いつかないね」
「俺は魔女じゃねえよ」
本当に何も心当たりが無さそうだ。だが、ブラン婆さんが適当な事を言うわけはない。この時計塔には何かあるはずだ。
「なら、時間を戻す魔法を使える奴とか知らないか?」
「時間……」
少し考え込んでから爺さんは首を横に振った。
「そうか」
明らかに落胆している俺達に爺さんは言う。
「力になれなくてすまなかったね。代わりという程のことではないが、好きなだけ調べて行くといい」
好きなだけ調べて行っていいと言われたところで、時計塔の内部にあるいくつかの部屋を見て回るくらいしか出来ない。
「こういうのって、隠し扉とかがあったりするんじゃねえかな?」
「隠し部屋とかっすか?」
「そうそう」
「見つけたら大発見だネ」
壁をコツコツと叩いてみたところで何もわからない。隠し扉、スイッチ。何かないかと探してはみたが、結局何も見つけられなかった。
「別の方法を探した方がいいかもな」
セイヴの言葉にカーマインも頷いた。
「でも」
「時空魔法は禁忌なんだろ。そんなものを使う人間を探すよりも、魔物化した人間を元に戻す別の方法を探した方がいいんじゃないか?」
「いい考えかと思ったっすけど……うまく行かないっすね……」
俺達がとぼとぼと時計塔から出ると、シカバが叫んだ。
「あ、あぶなーーーい!!! っす!!!」
「シカバ、お前あんまりふざけてんなよ……って、ええ!!?」
シカバが場の空気を和ませようと叫んだのかと思いきや、彼の視線の先、時計塔の屋上から少女らしき人影が落ちて来ているではないか。
「嘘だろ!?」
カーマインに指示する間もなく少女は地面へと……
***
時計塔の屋上に、闇の王はいた。彼の側には少女が一人。
「また貴方ですか」
「……悪いか」
「悪いです。そこは私の場所ですから。そこからこの世界を見るのが私の仕事です」
「見るだけか」
「ええ、私がこの世界に干渉することはナンセンスですから」
「こうちゃんに協力して欲しい」
「貴方、私の話を聞いていましたか? 私は世界に干渉しませんって」
「……ルミア」
少女はその名を聞くと嫌そうに顔を歪めた。
「彼女には干渉しただろ」
「はあ……そんなのちょっとした気まぐれですよ。気まぐれのせいで世界が少し歪んでしまいました。これは私の落ち度です。だから、もうこれ以上は干渉しません」
あの少女に関わるのではなかった。そのせいでこんなに、ややこしいことになっているのだから。そう、これは私のちょっとした欲のせい。
「どうせ歪んだ世界だ。更に歪んだところで大差ない」
「貴方、世界を破滅させる気ですか?」
世界の歪みが大きくなればなる程この世界は破綻して取り返しがつかなくなる。
「破滅はさせない。彼女の生きる世界だ。小さな歪みは何れ大きな歪みになる。ならば、小さい歪みを直すことが正しい道だと、私は思う」
「言ってることはわかりますけど」
「君だって、彼女が大切だから彼女を別の世界に逃したんだろ?」
「それもまた、新たな歪みを生む行為でした」
「でも、私は感謝している」
そうだろう。この男は彼女と共にあれたのだから。
「存分に感謝して欲しいです。封印された貴方の意識を彼女と同じところに送ってあげたのも私です」
「ああ、感謝している。お陰で、彼女にもう一度会えた」
闇の王は柔らかく微笑んだ。封印される前の彼はこんな風に笑う男ではなかった。あちらの世界で過ごした幸福な時が、彼を変えたのだろう。
私の推しもきっとこの男と共にあれて幸せだった筈だ。そう信じて送り出したのだから。
「でも、貴方は彼女を幸せに出来ない」
「……」
「彼女が好きな人と幸せになるのが一番だと考えていましたが、そうではないのだと気がつきました。彼女を幸せに出来る人間は貴方ではないと思います」
「……ああ」
男は静かに呟き、視線を宙に向けた。
「わかっている。もう充分幸せな思い出は貰った。私は、彼女が幸せなら……それでいい。その為の覚悟なら出来ている」
ならばその覚悟、見せて貰おうではないか。
「……私が干渉すると言うことは、世界を破滅へと導くと言うこと……肝に銘じて下さい」
「ああ」
「もう一つ、貴方は私の推しではありません。この世界が破滅に向かったら、そのときは貴方に責任を取って貰います」
「ああ」
闇の王に一瞥をくれると少女はふわりと屋上から飛び降りた。
『では、私もこの世界に介入することにしよう』




