37. 最終奥義、女神バリア改
「やっべ。めちゃくちゃ変な夢見た。おいシカバ、起きろよ」
「んん……何すか、こんな夜中に」
「変な夢見て、何か寝れねえ」
「寝て下さいっす」
「冷えこと言うなよ」
「……それで、どんな夢だったっすか?」
シカバはため息をついてから心底面倒臭そうに言った。
「カーマの相方になる夢」
「モークシャ様っすか? 随分とピンポイントな夢っすね」
「なっ。会ったこともないのにさ。カーマに話を聞いたせいかな」
「そうじゃないっすか」
「お前適当な返事をしやがって……」
「夜中に叩き起こされたこっちの身にもなって欲しいっす」
「それは悪かったよ。あ、そういえば、闇の王も出て来たな」
「ええ!!」
シカバは、がばりと体を起こして俺に詰め寄って来た。
「ーーー! ーーーーー!」
「は? 何言ってるんだ?」
「駄目っすか……」
シカバは何故か肩を落として言った。
「あいつ、一人で空なんか見てるからさ……美世子のこと思い出しちまったよ」
「おお!」
「なに喜んでるんだ?」
「気にしないで欲しいっす。それで?」
「美世子も、よく空を見ていたなって」
「それだけっすか?」
「それだけっすけど」
わざとらしく大きくため息をついてからシカバはベッドへと戻っていった。
「寝るっす」
「お、おう」
何で俺、がっかりされたんだ?
***
「さて、魔物を消さない方法はわかった。あとは実戦あるのみ!」
「頑張れっす!」
「おう!」
ドラガーナ近辺の森にて、俺達はカーマに教わった、『愛を持って魔物と接する』を実行しようとしていた。正直ボヤッとしすぎだろと思わないでもないが、チャレンジ精神を大事にしていきたい。
「あ、早速お出ましっす!」
「よし! 行くぞ!」
小型の化け猫みたいな魔物が俺をじろりと睨んでいた。
「よしよし。俺は敵じゃないぞー。可愛いなー。よしよーし」
じりじりと距離を詰めて行く。あと一歩で手が届く。もう少しで触れられる。
「いってえっ!!!」
魔物は俺の手を引っ掻いて何処かへと走り去ってしまった。
「コーイチ、大丈夫っすか!?」
「あーちょっと引っ掻かれただけだから」
少し血が滲んでいたが魔法ですぐに傷を消した。
「今、あの化け猫の手、消し飛んでなかったよな?」
「そう見えたっす」
「よし。 一応成功だな。次行くぞ!」
猪型の魔物に体当たりされた。肋が折れた気がしたので、すぐに魔法で治した。
熊型の魔物に腕をへし折られた。流石に死ぬかと思ったら無意識に魔物を消し飛ばしてしまった。
「死ぬかと思ったら力の制御なんて出来たもんじゃないな」
すぐに魔法で治せるとは言っても痛いもんは痛いし、酷い疲労感だ。
「体張りすぎっすよ」
「でも、このままだとよ。もし次にムスリクに襲われでもしたら……俺、あいつのこと消しちまう」
地面を見つめた。
「……あー! 困ったっすねー! コーイチ、困ってるっすねー!」
何故かシカバが突然大声で話出した。ちらちらと木々の間に謎の目配せをしている。
「何したんだ? お前。最近挙動不審だぞ」
「あーもうっす!」
シカバはとてとてと目配せをしていた木の元へ向かった。どうやら誰か居るらしい。仕切りに腕を引っ張っている。
「おい、何してんだよ」
一向に出てくる気配がない。こうなると俺も木の陰に隠れている人物が誰か気になってくる。ひょいと覗き込んでみると、そこには、闇の王がいた。
「えっ!? なんで!?」
シカバに手を引っ張られている彼は初めて見る情けなく困った顔をしていた。
「隠れて見てたのは気がついてたっす! 心配なら手伝うっす!」
「いや、私は……」
「コーイチ!」
「え、はい!」
「闇の王様だって魔物と同じ様に接すればいいっす! 今のコーイチなら力の制御出来るっす!」
ちらりと彼の顔を見上げた。この人、闇の王なんだよな。駄目だ。やっぱり何か心臓がぎゅっとなる。
彼はじっと俺を見つめている。これはやばいぞ。顔が熱くなってきた。
「シカバ、ちょっとたんま」
「何でっすか!?」
「……正直、顔が好み過ぎて」
「はあ?」
「だから、顔が好みなんだって! 何度も言わせんな! ああー……美世子に合わせる顔がねえよ……」
蹲み込んで顔を覆った。
だってそうだろ? 俺、美世子のことが誰よりも好きなのに……顔が好みってだけでこの男にときめいている。認めるのが怖かった。認めたくないと思っていたが、何度会ってもこの調子では認めざるを得ない。
まさかこの世界に来て男相手ににときめくことになるとは思わなかった。二度と会わないと思っていたのに、この人が闇の王だったなんて。会わなければ気の迷いだったことに出来たのに。
「……君は、この顔が好みなのか」
「そうだよ!」
キレ気味に答えると予想外のことを聞かれた。
「可愛くなくても、いいのか?」
「は?」
思わず顔を上げると闇の王は手を口元に当てて考え込んでいるようだった。
「……ちゃんの好み、可愛い系だと思ってたのに……」
何やらぶつぶつと小声で呟いている。
「何だあ! コーイチ、闇の王様のこと好きなんじゃないっすか!」
やけに嬉しそうにシカバが言う。
「馬鹿。 俺は、まだ美世子が好きだっての」
「そうっすよねー。コーイチは美世子さん一筋っすもんねー」
「シカバ、お前馬鹿にしてね?」
「してないっす! 事実確認っす!」
こいつ、今日はやけに元気がいいな。というかこいつ、いつの間に闇の王と仲良くなってんだよ。
「闇の王様、コーイチもこう言ってるっすよ?」
「……駄目」
「駄目っすか……」
「それより、先程から見させてもらっていたが、力の制御をするにしても怪我をしてばかりだ。それは、止めた方がいい」
闇の王に心配された。こいつ、何度も助けてくれたし、トライバルと敵対してたし、悪い奴じゃないよな?
「でも、ムスリクが」
「……」
「早く制御出来るようにならないと、ムスリクを助けにも行けない……」
「どうにか、隊長もコーイチも無傷で済む方法はないっすかね?」
「……攻撃を、相殺する」
「え?」
彼の手が俺の手を掴んだ。掴まれた場所がじんわりと熱を持つ。
「私の力を相殺してみろ」
「そ、相殺?」
「今の君は零か百かしかない。魔物を消すか、自分がダメージを受けるか。そうではなく、相手から向けられただけの力を返して相殺するんだ」
「は、はあ……?」
「初めて君に触れたとき、君の力が私を消そうとしていることがわかった。それから私は君に触れるとき、君の力を受け流していた。そうすれば、私には君の力は届かない。しかし君の力は使い過ぎて暴発し、君自身は気を失ってしまう。だが、私と君が同じ力をぶつけ合えば」
「上手くいくかもしれないっす!」
「きっと魔物との戦いに応用出来る」
力の暴発、か。それが闇の王に触れた時に感じる熱の正体なのか? 頭がくらくらするのも気を失うのも?
「とりあえず、やってみるか?」
俺と闇の王は何故か手を繋いでお互いの力を相殺する練習をすることになった。本当に何でこうなった?
何度か練習して、力が上手く相殺されると、触れられたところが熱くなることがわかった。むしろ、冷たい。
「あんたの手、冷たかったんだな。そう言えば最初に会ったとき、あんたの手は冷たかったな」
「……あのとき、私は無意識に君の力と私の力を相殺していた」
「何だよ。最初からわかってたんじゃん」
「……君の力が私を消そうとしているという衝撃が大き過ぎて、君と私の力は相容れぬものと思い込んでいた」
「今は?」
「……私は」
そのとき、がさりと音を立てて草陰から数匹の小鬼の姿をした魔物が飛び出して来た。
「おっ! ちょうどいい。練習の成果、見せてやるよ!」
次々に魔物達は腕を振り上げて俺に殴りかかって来たが、俺には少しも衝撃はない。それに、魔物達にも。
「なあ! これ成功じゃね!?」
「コーイチ、流石っす! でも、その魔物達は倒した方がいいんじゃ、ないっすか?」
「あ、そう?」
力を強めると魔物達は消し飛ぶまでしないが、遠くに吹き飛んで行った。
「何かわかってきたかもしれねえ!」
「これで、安心安全っす!」
「ああ! 敵も味方も安心安全女神バリアだな! いや、奥義女神バリアはもうあるから……これは女神バリア改だな!」
「カッコいいっす!」
「そうかあ? もっと褒めていいぞ!」
「ふっ」
闇の王が笑っていた。あまり表情の無い男だと思っていたが、笑うことも出来るのか。
……少しだけ、彼の笑顔が美世子の笑顔に被って見えたのは、俺の気のせいだろう。
俺の視線に気がついたのか、彼は視線を逸らし、再びいつもの無表情に戻ってしまった。
「私もトライバルの行方を探る」
「なあ、あんた、何で俺のこと何度も助けてくれるんだ? つか……ドラガーナまで俺達の後を追って来たのか?」
「……」
彼は何も答えずに闇の中に消えた。
「コーイチのこと好きだからっすよ。好きだから心配なんすよ」
「……馬鹿言うなよ」
「コーイチだって好きっすよね?」
「お前、カーマのときは美世子の為に怒ってくれたのに、闇の王はいいのか?」
「コーイチが好きになったならいいっす。好きじゃない人と愛し合うのは不純だって言ってるっす」
「好きじゃない奴と結婚しようとしてる奴に言われてもなー……」
「一緒にしないで欲しいっす! 俺はいろんな事情があるっす!」
「はいはい」
彼に触れられると熱くなるのは、力の暴発のせい。でも、彼に見つめられると、手を握ると心臓が高鳴るのは、力の暴発のせいじゃないと思う。
「好き……なのかな」
美世子、俺どうしたらいいんだ。お前が死んだって知って、すぐに別の奴のことを好きになるなんて、俺って薄情な奴じゃないか?
「ちょっと、保留で」
「煮え切らないっすね」
『ジンノは女神の力をものにした』




