35. カーマの愛
台座に横たわる女神の上に跨がり、彼女の顔の横に両手をついた。
「へえー、大胆」
「女は少し大胆な方が好きだろ?」
「それ、偏見」
「だろうな」
俺は彼女の耳元に口を近づけた。
「こうされるの、美世子が好きなんだ」
「は?」
「いやー、俺の彼女、強引にされるのが好きでさ」
にやりと笑って彼女の体を起こした。
「俺の美世子への愛、全部曝け出してやるからさ、お前の愛も聞かせろよ」
「上から目線、ムカつく。しかも誰か知らない女への愛とか……でも、まあいいよ。話してみなよ」
断られる可能性も視野に入れていたが、意外とすんなりとカーマは了承した。
「あー……俺の彼女、美世子って言うんだ。恥ずかしがり屋でいつも受け身でさ。受け身ばっかの女なんて嫌だって言う奴もいるけどさ。俺は美世子のそういうところ、いじらしいと思うんだよな」
「へー」
カーマは興味なさそうな返事を返す。
「お前ちゃんと聞いてねえな?」
「聞いてるよ。いいから話なよ」
「……美世子はさ……素直じゃないんだよな。あ、これは憎まれ口を叩いてくるとかそう言う話じゃねえぞ。思ったことを素直に伝えられないって話だ。好きなものを好きって言えないって言うのかな……俺のこともなかなか好きだって言ってくれなかった」
「それ、本当に貴女のこと好きじゃなかったんじゃないのー?」
カーマは馬鹿にしたようにけらけらと笑った。
「痛いところ突くなあ。俺も最初はそこが不安だったんだぜ?」
「ふんっ。でも違ったんでしょ?」
「ま、そう言うことだ。付き合って、一緒に暮らし出して、全部順調に進んでいると思ってた。一緒に暮らそうって話になってから結婚のことは考えていたし。子供は何人作ろうとかさ、話してなかったけど、勝手に考えてたりした」
「貴女、人間みたいなことを考えるんだね」
「俺はただの人間だよ」
「嘘つき。女神は人間じゃないよ」
「女神だって、人間だ」
カーマの視線が揺らぐ。
「でも、俺は結局美世子に結婚しようとも、ずっと一緒に居ようとも伝えられなかった。伝えられないままに終わっちまった。俺の愛は、中途半端に終わっちまったんだ」
「……なら、私の愛も中途半端かもね」
「カーマも?」
「うん。私の愛は、ただ一人、私の片割れのものだった」
「片割れ……」
カーマは俺を指差した。だが、俺の背後の首の無い女神像を指したのだとすぐにわかった。
「モークシャ、自由な子だった。愛していた。彼女だけが私の愛だった」
カーマの細く長い指が俺の指に絡む。
「私はただ、彼女とずっと一緒に居られれば良かったのに」
「なあ、カーマだって、人間みたいなことを言ってるぜ?」
「そう……。長年この地に居過ぎて腐ったかな」
「そう言うことじゃないだろ?」
絡めた手に力を込めた。
「どんな奴だったんだ?」
「奔放な子。ある時、世界が見たいと言ってこの地から飛び立って行ってしまった。私には、怖くて出来なかった。でも、私には何処にいても彼女の存在を感じられた。だから、平気だった。でも、モークシャは人間に捕まってしまった。心無い人間に羽をもがれ、何処へも行けなくなった。私は、ただ彼女の嘆きを聞いていることしか出来なかった」
カーマの顔は硬く険しいものに変わっていった。
「可哀想なモークシャ。何処へも行けないモークシャは、自ら死を選んでしまった」
「え……」
彼女の顔からふっと力が抜けた。
「彼女は、生まれ直したの。新たな命に」
「そう……か」
だが、相変わらず絡まれた手は強く握られている。
「でも、生まれ直したモークシャはモークシャであることを忘れてしまった。ただの人間として過ごしていた。私は、それでも彼女が幸せに生きているなら良かった。なのに、彼女はまた心無い人間に殺された。どうして彼女ばかりがこんな目に合うのだろう」
「うん」
「だけどね、彼女はまた生まれ直せる……そう思っていた。でも、彼女の魂はそこから消えてしまったの」
「消えた……」
「そう、この世界の何処にもモークシャはいなくなってしまった。何処にもモークシャを感じられない日々は辛かった。辛くて、辛くて、自分の羽を捥いだ。モークシャの元へ行けない私の羽など必要ないから。……ねえ、貴女の羽は何処に落としてきたの? 」
俺には元から羽なんて無かった。女神に羽があるなんて話しも初めて聞いたくらいだ。
「モークシャ、帰って来て。また一緒に暮らそうよ」
驚いた。カーマは泣いていたのだ。そして泣きながら俺の胸に顔を埋めた。
「俺は、モークシャじゃない」
告げると彼女は首を横に振る。
「嘘だよ。貴女からはモークシャの魂を感じる。今は忘れているだけ。一緒に居れば、きっと思い出せる」
「カーマ、お前がモークシャを愛するように、俺も美世子を愛している。お前なら、わかるだろ?」
「……モークシャ……悔しい。貴女は、貴女の愛を見つけたんだね。ああ、伝えれば良かった。貴女がここから飛び去ったあの日、愛している。何処にも行かないでと、泣いて縋ればよかった」
「だから俺は……」
カーマの指が俺の唇に触れた。
「今だけは、モークシャでいて」
俺は、何も言えなかった。
***
朝日が差し込むまで、カーマは俺を抱き締めていた。いい加減体が痛くなってきた頃、けたたましい音を立てて乱暴に大聖堂の扉が開かれた。
「コーイチ!!! 何やってるっすか!?」
「破廉恥〜?」
「カーマイン、馬鹿なことを言うな」
騒々しい三人衆の登場にカーマはパッと俺から離れて台座の上に仁王立ちをする。
「ま、こんなもんかな」
何事もなかったかの様にカーマはにやりと笑う。
「え? 何が?」
「愛し合おうぜって言ったのはそっちでしょ?」
「コーイチ!! やっちゃったんすか!?」
カーマの言葉にシカバは今まで聞いたことが無いくらいの大声で叫んだ。
「いや、やってねえよ」
「でもカーマ様が」
「言葉の綾だ」
喚くシカバを落ち着かせているとカーマがぐいと顔を近づけてきた。
「ジンノ コーイチ、貴女の力を操る術は、愛だよ。愛を持って魔物にも接すればいい」
「それだけ?」
「そうだよ。愛を持って接する。意外と難しいんだよ?」
「……わかった。お前を信じてやってみるよ。ありがとな」
「どーいたしまして」
彼女はにやりと笑って俺の頰に口付けた。
「私はいつでも貴女の幸せを願っているよ、モークシャ」
モークシャじゃねえっての。そう言ってやりたかったけど、カーマの目が悲しそうに揺れていたから言えなかった?
「さんきゅーな」
「ああーーー!!! またやったっす! ダメっす! 禁止っす!」
「まあまあシカバ、落ち着けよ。挨拶みたいなもんだろ、多分。な?」
彼女は台座の上にごろりと体を預け、さっさと帰れと言うように手を動かした。
『ジンノは愛の女神の愛を知る』




