34. 愛の女神、カーマ
ドラガーナ大聖堂の中には二体の巨大な女神像がある。美しい羽を持つ女神像だ。しかし、不吉な事に片方の首が落ちている。そのの間に置かれた台座の上に、愛の女神は怠そうに寝転んでいた。
「貴女が光の女神ー?」
「お、おう」
愛の女神と言うからにはふわふわで可愛らしい、俺みたいな見た目の奴を想像していたが、現れたのは中々に高圧的な態度の女だった。
「ほー。ふーん」
「な、何だよ」
「で、何しに来たの?」
「俺の力は魔物ってだけで誰かれ構わず消しちまう。この力を制御する方法を知りたい」
「きゃはっ! そんなことも知らないんだ!?」
「こっちは笑い事じゃねえんだぞ」
「あはははっ! だって、おっかしーんだもん!」
「おい、こいつ、本当に愛の女神様なんだよな?」
笑い転げる女神に対する怒りを抑えながら尋ねた。
「その筈だ」
「俺が生まれる前から、この方はずっとこの大聖堂にいるっすよ」
笑い過ぎて女神は台座から転がり落ちた。そして、ごろごろと俺の足元まで転がって来て一言。
「お、白か」
「こいつ、まじで女神なんだよな?」
「女神のパンツの色を知ることで、私は同族愛を感じているのだよ。生まれたての女神よ」
「白……」
呟く、セイヴの頭を殴ってから転がる愛の女神、カーマに顔を近づけた。
「で、散々俺を馬鹿にしやがったんだ。知ってるってことだよなあ?」
「何をー?」
「力の制御の方法だ!」
怒鳴るとカーマは俺の頰に触れ、流れるように唇を重ねた。
「ばっ! ふざけんなっ!」
慌てて体を離そうとしたが、カーマは俺の体を押し倒して馬乗りになる。
「これは、愛だよ。教えてあげるよ。でも、その為には私と愛し合わなくちゃね」
「なっ!」
「いいでしょう? 減るもんじゃないし。それとも、誰か愛してる人でもいるのー?」
いるさ。たった一人愛してる人が。もう、この世界にはいない……愛してる人が。
「いないんでしょー?」
カーマの唇が近づく。
「ダメっす!!!」
凄い勢いでシカバがカーマに体当たりをした。
「いった! なに、このクマ」
「シカバ……」
「ダメっす! コーイチには、美世子さんと言う人がいるっす! いくら愛の女神様でも、やって良いことと悪いことがあるっす!」
「……お前、トロイか」
「ぎ、ぎくっす!」
「しばらく顔を見ないと思ったら随分と面白いことになってるね」
「あわわわわ」
カーマはシカバの頭を掴んだ。変形しそうなほど強く掴まれた頭が痛々しい。
「カーマ、離してやってくれ」
解放されたシカバは変形した頭の形を整えてため息をついた。
「で、どうするの? 」
俺に向き直ってカーマは尋ねた。俺が答えようとしたとき、
「あのー。セイヴくんの前で破廉恥なことは止めてあげて下サーイ」
カーマインがセイヴの目元を両手で隠して言った。
***
一度俺達は宿に戻ることにした。何をするにせよ、こいつらが一緒では都合が悪い。
「愛の女神があんな破天荒な奴だとは思わなかったな」
「カーマ様は変わらないっす。ずっとあんな感じっす。カーマ様、本気っすよ」
「そうか」
「仕方ない。とか、思ったらダメっすよ。コーイチには美世子さんがいるんすから」
「でも、美世子は死んだんだ。俺は、今生きているムスリクを、お前らを助けられるなら……。俺が力を制御出来ないと、多くの犠牲が出るかもしれない。ほら、あいつも言ってたけど、減るもんじゃないし……」
ぺちりとシカバの拳が俺の頰を叩いた。全然痛くなかったけど、こいつに叩かれたという事実が衝撃的だった。
「美世子さん、悲しむっす。俺にはわかるっす! 絶対絶対悲しむっす! 他に方法が絶対あるっす! そんな簡単に決めたらダメっす!」
いつもでかいのに更にでかい声でシカバが叫んだ。
「お前も……真っ当なこと言うんだな」
「俺、結構いつも言ってるっすよ!?」
俺が言うとシカバは心外そうに顔を歪めた。
「うん。ありがとう。美世子のこと考えてくれて。お前のお陰で、わかったよ」
「本当にわかってるっすか?」
シカバは心配そうな俺の顔を覗き込む。それから俺の頰を撫でた。
「叩いてごめんっす」
「お前の弱弱パンチなんて効かねえっての」
「むむっ!」
「でも、お前の言葉は効いた」
「ならいいっす」
決めた。俺は俺の方法で行く。
***
その夜、三人が寝静まってから俺は宿を抜け出して大聖堂へと向かった。
静かに扉を開くと、女神は変わらず台座の上に体を横たえていた。
「来たね」
俺の方を見ずに彼女は言う。彼女の視線は首の無い女神像に向けられている。
「ああ。愛し合おうぜ」
『愛する者の為に愛を捧げる』




