33. 勇者の苦悩
何度か休憩を挟みつつ、一日中飛び続けてようやくドラガーナに到着した。
「向こうを朝に出たのに、もう次の朝か……」
「コーイチ、顔色悪いネ」
「あれだけ吐いていれば当然だろ」
「うっ……ちょっと休ませて」
セイヴの野郎はもう慣れたもんでけろっとしている。最初は盛大に吐いていた癖に。
「とりあえず宿に行くか」
「あとジンノ、トロイ王子のことはこの国では禁句だ」
「え、何で」
「俺は王都で元気に出稼ぎ中って設定っす。母ちゃんや父ちゃんに心配かけられないっす」
「でも、協力して貰った方が良くないか?」
「トロイ王子は、絶賛家出中だ」
セイヴがしれっと答える。
「ああーっ!!!」
「自由人のトロイ王子は勝手に決められた結婚にご立腹。自分の婚約者を見定めてやろうと単身王都へ潜入したのでした」
「何だよお前、そういうことかよ……」
「うう……」
「それで、王都が楽しくて長らく音信不通なんだよネ!」
「馬鹿王子」
「カアちゃん! 何で言っちゃうっすか! この話は秘密だったっす!」
ぎゃーぎゃー飛び跳ねるシカバの頭をカーマインは掴んで持ち上げた。
「セイヴと二人、長旅だったからネ。ちょっとして話のネタに使っただけだヨ」
「秘密をペラペラ喋られたら堪らないっす!」
「でも、これは話してもいい秘密でショ」
「話していい秘密なんてっ……! 無いっす……いや、あるっす……」
「何言ってんだ? シカバ?」
シカバは口をパクパクと動かすが何も聞こえない。
「駄目っすか……」
肩を落としてシカバは座り込んだ、
「大丈夫か、お前」
「秘密を話したことはいいっす。とりあえず、俺がこの姿になってることは禁句っす」
「了解」
***
昼過ぎになり、俺の体調も良くなってきたところで、俺達は女神がいるというドラガーナ大聖堂へと向かった。
「教会にいるなんていかにも女神って感じじゃねえか」
「民家を根城にしてる女神様何でジンノくらいっす」
「煩えよ。クマの王子様」
「この格好は意外といいっすよ?」
「何処がだよ」
「女の子に抱いて貰えるっす」
「お前、その女の子って俺のことだろ。それで喜んでていいのか?」
「女の子は女の子っす!」
「お前がいいならいいけどさ。おいセイヴ、お前ちらちら見てんじゃねえぞ」
「見てない」
「嘘つけ。お前も女の子ってだけで俺に抱いて貰えたら喜ぶ口か? 」
「濡れ衣は止めろ」
ぺしりと額を叩かれた。
「カーマインとの二人旅で男として成長したか?」
「……こいつを女として見るのはちょっと」
「何だヨ! こっちだって願い下げだヨ! 」
「悪い悪い」
「折角付き合ってやったのにサ! 少しは感謝してヨ!」
「感謝してるさ」
頬を膨らませるカーマインにセイヴは笑って言った。
何だ。意外と仲良くやってたんだな。安心した。
「そういやさ。セイヴは何でドラガーナに行ってたんだ?」
「愛の女神様に、聞きに行ってた」
「何を?」
「どうやったら女神が召喚出来るのか。俺に、女神を召喚出来る力があるのか」
「……何て言ってた?」
「ジンノの思った通りだよ」
何でもないように言うが、それは、俺の言葉が嘘だとわかったってことだろう。
「ねえ! そんなことより、早く行くヨ!」
「え、ちょっ」
カーマインが俺の手を引いて駆け出した。
「ありがとう、カーマイン」
後ろから、セイヴの声が聞こえた。
***
どうしてそこまでするのか。ジンノが俺に召喚されたと言ったのだからそれを信じればいいだけの話だ。でも、俺にはそれが信じられなかった。
俺には何の特別な力も無い。自分が一番良くわかっている。
勇者に選ばれたときは嬉しかった。何の特別な力もない自分にも、何かがあるのだと思えたから。
だが、結局旅の途中、自分は足手まといでしか無いのだと気づかされた。姉さんもムスリクも優しい。気を遣っているのがわかって、辛くなった。
ああ、でも、決定的だったのは、魔王と対峙したときだ。背後から迫る魔物の軍勢を相手に姉さんは奮闘し、俺とムスリクで魔王を瀕死に追い詰めていた。
『全てはトライバルの計画通りだ』
「え……」
『お前達が離れているうちに、王都は消える。だが、お前達はこれで無事だ……愛しているよ、我が子供達』
魔王の首を、ムスリクが斬り落とした。
「ムスリク、今……魔王が」
「黒幕はトライバルだった。王都へ戻ろう」
「なあ、今」
「エペには何も言うな。知らなくていいこともある」
両親の記憶なんて少しもなかった。俺の家族はずっと姉さん一人きりだけだった。俺は何も知らなかった。自分の家族のことすら知らなかった。俺を産んですぐに死んだ母親、その後を追うようにして死んだ父親。その真相。
王都に戻ったが、王都は滅んでいなかった。だが、トライバルが闇の王を目覚めさせたのは確かのようだった。
俺は流されるままに女神の召喚の儀式をさせられた。わけもわからないまま行われた儀式で呼び出されたのは男勝りな女神らしくない女神。失敗かと思えば、彼女にはしっかりと女神の力が備わっていた。
「呼び出すなんて珍しいな」
「ムスリク、知っていることを教えて欲しい」
ある夜、ムスリクと二人で話す機会を設けて貰った。
「俺、調べたんだ。俺の家族のこと……。それから、トライバルのこと」
「ああ」
「それに、魔王の最期の言葉……」
「君の想像している通りだろうと、俺も思うよ。そもそも、君が勇者に選ばれたのはトライバルの口添えがあった。トライバルは魔王と繋がっていて、魔王は君達を生かすことを望んでいた。答えは一つしかない」
「じゃあ、やっぱり魔王は俺たちの」
「だろうな。彼は死んだことになっていたが、トライバルは屍術師だ。彼の魂を別の個体に入れたか、彼の肉体を魔物化させたかはわからないがな」
全ては初めから決まっていたのだ。何の特別な力の無い俺が選ばれたのには相応のわけがあった。当然だ。普通は力の無い者は選ばれないのだから。
俺が最後に縋ったのが、俺が召喚した女神様。彼女は、
「お前が俺を召喚したんだ」
そう、辛そうな顔で答えた。嘘の下手な彼女に嘘をつかせてしまった。
思えば彼女は最初から俺を選んでなどいなかったのだ。最初から彼女が側に置くことに選んだのはムスリクだった。
罪悪感から、無理に明るく振る舞おうとした。
幸い、彼女の周りには馬鹿なことを率先してやるようなシカバやカーマインがいた。
でも、もしかしたら本当に俺が彼女を召喚出来ていたなら……俺は。
「なら、聞きに行こうヨ」
カーマインは、いつだって周りくどいことは抜きに直球なことを言う。本当のことを知りたい。でも、本当のことを知っても気丈でいられる自信がない。
「落ち込むこと言われたら慰めてやるから安心しろヨ」
カーマインは笑って言った。彼女と一緒なら大丈夫かもしれない。受け入れられるかもしれない。何となく、そう思えた。
流されるのではなく、自分の意思で俺は彼女に乗ってドラガーナまで飛んだ。
「貴方に女神を召喚する力はない」
ああ、やはり。思った通りだった。予想はしていてもやはり、落ち込むものは落ち込む。そんな俺の背中をカーマインは力強く叩いて側にいてくれた。
「落ち込むなヨ。お前さ、ドラゴンに乗る才能あるヨ。それだけあれば充分じゃないノ?」
「はは……そっか、そうだな……」
「元気出せヨ!」
確かに、彼女の笑顔に救われた。
***
「セイヴ? 何笑ってるんだヨ? 置いていくヨ」
カーマインは不思議そうにセイヴを振り返った。
「ああ、今行く」
『何も無い勇者は何も考えていないドラゴンに救われる』




