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24. 王女の墓所

 


「婆ちゃん、来たっす!」

「おや? ジンノは一緒じゃないのかい。ここのところ顔を見せに来ないけど」

「コーイチは絶賛落ち込み中っす! 俺たちはコーイチに元気を取り戻そうとしてるところっす!」

「何だい。あの子も随分と甘やかされているもんだね」

「ま、実際女神が使い物にならないと、こちらとしても闇の王との闘いがキツくなるのでね」


 呆れた顔のブランにムスリクが淡々と返した。


「そうかい。それで? わしはあの子以外に魔術を教える気はないよ」

「安心して欲しい。俺達が教えて欲しいのは、このクマのぬいぐるみ、ベティのことだ」


 カーマインに持ち上げられたクマのぬいぐるみはキリッとした顔でブランを見つめた。


「ベティね。懐かしい名前じゃないか。そのクマはすっかりシカバって名前になっていたと思ったけどねえ」

「このクマのぬいぐるみはルミア王女のものっす。知ってるっす! 何でそれがここにあったっすか!?」

「くくっ。ルミア、か。その名前も久しいねえ」

「知ってるっすね!?」

「当たり前だろう。何年この城の地下にいると思っているんだい?」


 ブランはムスリクとカーマインの前にお茶を出してから自らも茶を啜った。


「あの子はね。わしの一番弟子さ」

「彼女も白魔術を?」

「ああ。可笑しな子でね。人から白い目で見られていたわしに、他人の目なんて気にせずにぐいぐいと迫って来た。弟子なんてとる気はなかったのにね。わしはあの子に押し負けちまったんじゃよ」


 懐かしそうに目を細めるブランの膝の上にシカバはよじ登った。


「ルミア様ってどんな人だったっすか?」

「明るい子さ。大人しそうな見た目をしている癖に御転婆でね。何処かの誰かみたいな子だったね」

「俺っすか?」

「違うよ、馬鹿者」

「ちぇっ。俺も明るくて御転婆っす」


 口を尖らすシカバの頭をブランは乱雑に撫で回した。


「お前達、ルミアのことを嗅ぎ回ってどうしようってんだい?」

「俺達は、ルミア様がコーイチの恋人の美世子さんじゃないって証明したいっす!」

「どういうことだい?」

「ルミア様の姿が、美世子さんにそっくりで、コーイチは美世子さんがもう亡くなっていると思って落ち込んでるっす!」

「そんなに似てるのかい?」

「もう全く同じっす!」


 ジンノはそこまで言い切っていなかったが、勢い余って言ってしまった。


「……ルミアが美世子なんて名前で呼ばれているのを聞いことはないけどね。あの子からその名前を聞いたこともない」

「それだけでは、ジンノは納得しないだろうな」

「そうっすね」

「ならさ、ルミア様本人に聞いてみるってのはどうカナ?」


 カーマインは名案だと言わんばかりに手を叩いて言った。


「カアちゃん、ルミア様は亡くなってるっすよ?」

「……お前、わかるのかい?」


 呆れた様子のシカバを無視してブランはじっとカーマインの目を見つめた。


ブラン婆さんの部屋(ここ)からは死者の臭いがするヨ。ドラガーナの城にもここと同じ臭いのする場所があったヨ」

「王家の墓」

「そうそう。それだヨ」


 ムスリクは思わず立ち上がった。


「王家の墓は大聖堂の墓所だ!」

「そう。こんな暗くてじめじめした地下に()()()墓はない。ここにあるのは、ルミアただ一人の墓さ」

「何でルミア様が……」

「着いておいで」


 ブランが床の絨毯をめくり、隠された扉を開けると、更に地下へと続く梯子が伸びていた。

 黙って降りて行くブランに続いて一行は地下へと降りて行った。


 梯子の先には洞窟が広がっていた。ブランが指を弾くと壁にところどころ設置されていた松明に一気に火が灯った。


「隊長も知らなかったっすか?」

「ああ。王族は皆、大聖堂の墓所に埋葬されていると聞いていた。ルミア王女だけがここに埋葬されているなど聞いたこともない」


 洞窟を進むと小さな扉があった。その先にはさほど広くない部屋の中、中央の台座の上にたった一つだけ綺麗に装飾された棺が置かれていた。


「ルミアが眠っているんだ」

「ここに……」


 ムスリクが呆気に取られている隙にカーマインとシカバがさっと台座に駆け寄り、棺の中を覗いた。


「あ、こら! 勝手なことをするな」


 慌てて二人に駆け寄ったムスリクだが、呆然としている二人に疑問を感じた。


「隊長、これ……」

「寝てるみたいだネ」


 棺の中の女性は眠っているようだった。とても三十年前死んだ女性には見えない。ただ、眠っているだけに見えた。


「どういうことだ。ルミア王女は死んでいなかったのか?」

「死んでいるよ。間違いなくね。それはただのからっぽの器さ。魂はもうない」

「それがどうして……」

「わしの手に掛かれば死体を状態の良いまま保存しておくことなんて朝飯前さね」

「だが、王女の亡骸を保存しておいてどうするつもりだ」

「さあ?」

「さあって……」

「わしには知る由もないね。わしはただ頼まれたからやっているだけさ」

「誰にっすか?」

「国王」


 ブランはそっとルミアの棺を撫でた。


「おーい。ルミア様。貴女は美世子さんなんですかア?」


 カーマインの問いに当然だがルミアは答えなかった。


「答えてくれないネ」

「そうだろうな。それにしても、陛下はルミア様の死体をどうするつもりなんだ」

「直接本人に聞いてみるっす!」

「無理だ」


 間髪入れずにムスリクが答えた。


「陛下は誰にも会わない。表向きには療養中ということになっているが、大臣が裏切ってからずっと部屋に篭って、誰も入れないんだ」

「……オネット様もっすか?」

「ああ、姫様も。例外はない」

「あ、わかったヨ!」


 ぱんと手を叩いてカーマインは三人を見やった。


「ルミア様が国王陛下に聞いてみればいいヨ!」

「何を言っているんだ」


 それは何とも酔狂な提案に思えた。が、


「いや、出来るだろうね」

「まじっすか!」


 ブランは言う。


「ああ。シカバ、お前の魂をクマのぬいぐるみに入れている様に、ルミアの体に別の魂を入れればいい。中身は違うが側から見ればルミアが動いている様に見える」

「なるほどっす」

「だが、国王を騙すなんて重罪だ。バレればただじゃ済まない」

「シカバ、悪いが俺はこの話には乗れない。あくまで俺達はジンノを励ましたくてルミア様のことを調べているに過ぎない。そこまで危険な真似は立場上出来ない」

「……そうっすね。俺も今は、クマのぬいぐるみっすけど、一国の王子っす。和平を結んだ国の王を騙すことは出来ないっすね」


 冷静なムスリクの言葉にシカバも頷く他なかった。


「いい考えだと思ったんだけどナ」


 唇を尖らせるカーマインの背中を軽く押してムスリクはルミアの墓所から出る様促した。

 出て行く二人の背中を見つめてから、シカバはブランをちらりと見やった。


「婆ちゃん、どうしてルミア様の亡骸のこと、教えてくれたっすか?」

「……」

「本当は、今の作戦、実行して欲しかったんじゃないっすか?」

「……さあねえ」

「婆ちゃん……」

「わしは、ドラゴンの鼻が誤魔化せなかったから、ここのことを教えただけだよ。他に意味はない。さあ、もうお帰り」


 ブランの部屋に戻ると、彼女は再び地下へと続く扉を絨毯で隠した。そうすると、まるで今見て来た場所など存在しなかった様な気になる。


「今見たことは、他言無用じゃ」


 ブランは何事も無かったかの様にお茶を啜った。




『城の地下の地下に眠る王女の亡骸を護る老婆が一人』







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