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不死聴講

「吸血鬼さん」


 私が声を掛けると吸血鬼は嫌そうな顔をして振り向いた。


「やあ、依頼人さん。悪いけどその呼び方はやめてくれないかな?」

「では何とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「カーミラって呼んでおくれよ。私の名前。漢字はね──」


 カーミラは名前に当てる漢字を言ったが、それを聞いた後も私の中でカーミラは漢字で表示されずに、カーミラと浮かんだ。呼ぶ上では問題無い。


 カーミラという名の女性と杏奈という名の少女は学校に行くという。私、名前は思い出せない、もまた学校に行く。学校とはどんな所だろうか。私の記憶では人間、今は人、が勉強をする場所だというのは知っている。人はみんな学校に通うらしい。ただ例外も居る。私はその例外を知っている。学校とはどんな所だろう。私は行く事が出来なかった。確か行きたいと駄々をこねたが行けなかった。白いドレスを着た少女もそうだった。二人で行きたい行きたいと暴れていた。でも行けなかった。学校とはどんな所だろう。楽しみだ。


 ふとカーミラがこちらを見ている事に気が付いた。私がカーミラを見据えると、カーミラの視線が逸れた。何だろう?


「どうしました」

「いや、ね」


 歯切れが悪い。何なのだろう。

 私が疑問に思ってカーミラを見つめていると、カーミラではなく、杏奈が口を開いた。


「ねえ、お姉さん。あの探偵のお兄さんは? 一緒じゃないの?」

「探偵さんでしたらさっきの場所に残っています。合流するので学校で待っている様に言われました」

「ああ、あいつは学校に来るのかい」


 私の答えに、カーミラが応答した。妙に嬉しそうだった。何故だか少し羨ましい。


「どうしてそんなに嬉しそうなのですか?」

「え? あ、そんな顔してないよ」

「あのね、吸血鬼のお姉さんは探偵のお兄さんの事が好きなの」


 杏奈の言葉にカーミラが顔を背けた。


「別にそんな事無いさ」

「ああ、そう言えば、お二人は夫婦なのでしたね」

「そんなの三百年前までの昔の話だよ。私とあいつじゃ、寿命が違うからね。暮らしていくなんて無理な話なのさ」

「そうでしょうか?」


 カーミラは一瞬、言葉に詰まってから、諦めた調子で口を開いた。


「ああ、そうさ。昔はどっちかが死んでもまた一緒に暮らせるだろうって思ってたさ。だからあいつが死んだ時、悲しかったけどあいつを待ったよ。生まれ変わる日をね。それ位、私の寿命は長いから」

「何処かでそんな話を聞いた事があります。タイムリープだとか、冷凍睡眠だとか、方法は様々でしたけど、とにかく死んだ人と同じ時代に生きようと。けれど生まれ変わった人は記憶の無い別の個人になってしまっていて絶望すると聞きました」

「ああ、依頼人さんは昔の人なのかい? 目覚めたのは最近?」

「はい、正確な時間は分かりませんが、時代が隔絶している様です。目覚めたのは今日です」

「そうか、なら知らないんだろうね。今の再生技術だと、記憶も引き継げるんだよ。多少だけどね」

「そうなのですか?」

「でもね、それを決めるのは町だ。人物固有値なんていう訳の分かんないデータが勝手に選ばれて、一番最小でその人らしく出来るデータが入力される。私は機械に生かされてるみたいで、生まれ変わったあいつとの再会だって機械の意のままになったみたいで気持ち悪かったね」

「そういうものですか?」

「そういうもんさ。それでもね。まあ、元々夫婦だったし、あいつはあいつだと思って一緒に暮らしてたよ。ちょっと違和感はあったけど、楽しかったさ。それで二回目にあいつが死ぬ少し前に私も死んだ。私は死ぬ時に次もまたあいつと一緒に夫婦をやろうってあいつと約束してさ、何だか、こっぱずかしい話だけど、死ぬ時にもわくわくしていたよ。でも、それがあれさ」

「あれとは?」


 仲睦まじく暮らしていた二人が些細なきっかけでぎこちなくなっていった事は分かる。それでも二人は夫婦生活を続け、それを楽しいと感じていたはずなのに。何故、別れてしまったのだろう。いや、たかが死んだ程度で関係がぎこちなくなるのであれば、所詮その程度の関係だったのだろうか。何故かそんな言葉が浮かんだ。何処かで聞いた事のある言葉だった。


「探偵だよ」

「探偵?」

「私が生き返ったら、あいつは探偵なんていう訳の分からない仕事を始めていた上に、何だか訳の分からん行動を取る様になってたんだ。会いに行ったら、突然ハムエッグを口の中に放り込まれて、ゴールとか叫ばれたからね。その場で殴り飛ばして帰ったよ」

「成程」


 何となくその光景は容易に想像できた。恐らく殴られても探偵は奇態を続けていたに違いない。


「だからね、死ぬ時も生きる時もずっと一緒ってんならともかく、死んだ後の長い空白をどちらか片方だけが味わっていたら、絶対にずれるんだ。だから私達は駄目なんだよ。あいつはもう私の事なんかどうでも良いんだろうね。探偵が好きな様だから」

「そうなのですか?」

「でも吸血鬼のお姉さんはまだ探偵のお兄さんの事が好きだよね」

「別に好きじゃないさ」

「さっきだって探偵のお兄さんの事助けてたし」

「助けてないよ。ただあのトラックを止めただけさ」

「そういえば、カーミラさんに会えて、探偵さん嬉しそうにしていましたよ」

「え? 本当かい? いや、でもあいつなんて……さっきだって結局私と依頼人さんに助けてもらってたじゃないか。男の癖に」

「流石にそういう問題じゃないと思うよ」

「はい、それは酷です」

「あ、探偵のお兄さん」


 振り向くと件の探偵がこちらへと駆け寄ってきていた。けれどカーミラは振り返ろうしない。


「流石にそんな手には引っかからないよ」


 私と杏奈のいたずらだと思っている様だ。

 そうしている内に探偵は右手を挙げて、振り返った二人と前を向く一人に声を掛けた。


「三人ともお待たせいたしました。探偵の登場です。拍手喝采でお迎えください」

「ぱちぱち」


 誰も手を叩かなかったが、杏奈だけが口で拍手をした。

 カーミラはようやく振り返ると、そこに探偵が居る事を認めて、目を据わらせた。


「あんたいつから?」


 探偵は眼鏡を外して聞き返した。


「え? 何が?」

「いつから後ろに居たんだい?」

「今、追い付いてきたばかりだよ。何か事件でも起こったのか?」

「いや、それなら良いんだけど」

「あのね、吸血鬼のお姉さんはね、探偵のお兄さんの事がね」

「ちょっとやめなよ」


 カーミラは杏奈の口を塞ぎ、杏奈はカーミラに口を塞がれ、二人が騒がしくしている様を見て、探偵は眼鏡を掛けて言った。


「もしかして私の殺害計画でも立てていたんですか? でしたら密室でお願いします」


 神速のストレートが探偵の顔面に見舞われた。探偵はまるで反応が出来ていなかったけれど、何故か眼鏡だけは外して懐に仕舞っていた。


「ああ、丁度学校に着いたよ」


 埃でも払う様に探偵を殴った手を振りつつ、カーミラは私に言った。赤いレンガの巨大な建造物が目の前に会った。私達が近付くと、ドアが開いて、中から悲鳴と喧騒が聞こえてきた。何かがあった様だ。

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